ある晴れた日に
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536部分:柳の歌その三
柳の歌その三
「言うに言えないし」
「こんなこと」
「あのことは」
「悪い俺もだ」
「俺も」
男連中もだった。今はとても言えなかった。どうしても足がすくんで動けない。一歩も前に出られずに苦しい顔になってしまっていた。
「けれど言うべきよね」
「それはわかってるけれどよ」
「どうしても」
顔を見合わせているがその顔は暗いものである。眉を顰めさせてそのうえで歯を噛み合わせている。口の中も苦いものが混ざっている。
正道は彼等に背を向けている形になっている。その手にギターを持っていてそれで作詞と作曲をしている。周りには意を介していなかった。
「そっといくしかないかも」
「そっと!?」
「うん、要するに裏方になるってことだよ」
桐生はここではこんなことを言うのだった。
「僕達がね」
「裏方かよ」
「それなのね」
皆は顔を顰めさせていた。それ以上先に進めなかったのは自分達が最もわかっているから逃げなのはわかっていた。しかしだった。
「逃げじゃないよ」
「逃げじゃないって」
「それは」
皆今の桐生の言葉に顔を向けた。
「それは嘘でしょ」
「言い繕うにも無理があるわよ」
「かなりな」
「それは」
「逃げているわけじゃないよ。様子を見るんだよ」
こうだというのである。
「様子をね」
「見るのかよ」
「今は」
「うん、見るんだ」
また言う桐生だった。
「今はね」
「見るのかよ」
「とりあえずは」
「それに皆どうしても今は前に出られないよね」
桐生の言葉は冷静だった。広いものを見てそのうえで冷静に語っている、そんな言葉だった。少なくとも彼は極めて落ち着いていた。
「それでも動かないといけないよね」
「だから未晴は」
「私達にとっては」
五人がすぐに言ってきた。
「それで何もできないなんて」
「絶対に嫌よ」
「そうだよね。何があってもだよね」
桐生は今度も五人に対して声をかけた。
「だから。できるだけのことをしよう」
「裏方に」
「あいつを支えて」
「難しいだろうけれど支えるのが大事だよ」
桐生は静かに述べた。
「気付かれないようにね」
「それじゃあ」
「やろうかしら」
「できると思う?」
「無理ね」
明日夢と恵美は小声で話をしていた。
「それはやっぱり」
「無理なんじゃ」
「そうよね。私も隠れるの下手だし」
「私もよ」
二人もそうだった。そして他の面々もである。見てみればそうしたことが得意そうな人間はこの顔触れの中で一人もいなかった。全く、である。
「見つかったら大変だけれど」
「今は。とても言えないわね」
「それでもやっていくしかないわね」
明日夢は正道の背中を見ながら言った。ギターを持って自分の席に座っている彼のその背中をだ。見続けながらそのうえで言ったのである。
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