ユア・ブラッド・マイン─焔の騎士は焦土に佇む─
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第三話 交流会(後)
前書き
gdgdなので後半に登場する可愛い冴空だけを見てください
特定の製鉄師候補に特定の魔女候補と契約をしてほしいという要求、それも学園長がするなんてことは前代未聞。だが、氷絃は黄劉から目を逸らし、首を横に振った。
「……黄劉学園長、誠に申し訳ありませんが、俺は冴空とは契約する気はありません」
「ほう、私の言葉程度では首を縦に振らないか」
驚いたような口調だが、彼は眉一つ動かしておらず、想定内だと言っているように氷絃は感じ取れた。
「これだけは、どうしても譲れませんから」
「ふむ、一つ尋ねるが……君は製鉄師になりたいのか?」
「勿論です。俺は製鉄師になりたいです。でも、冴空を魔女にはしたくない。それだけです」
「ほう。だが──それでも解せない事があるな」
黄劉の言葉に氷絃は口を噤み何も返さない。
「君は『位階』こそ『製鉄』ではあるが、戦闘実技では中等部一年から一位を保ち続け、純粋な戦闘能力では製鉄師候補生トップだ。勿論、製鉄師となった者と比べてもソレは見劣りしないレベルだ。
学力も平均より上、魔鉄加工技術に関しても『聖境が望むもの』を毎回完成度の高いモノを君はこなしている。そんな君に契約を申し込む魔女候補も何人かは存在した」
「……何が、言いたいんですか」
「君は製鉄師になりたい。
だが最も身近に存在する珠充 冴空は『君個人の理由』で契約したくない。ならば、契約を申し込んできた魔女候補と手っ取り早く組んだ方が君の目的が果たせる。
だが君はそれら全てを断り、交流会でも魔女候補に近づく素振りさえ見せず、珠充 冴空と離れることになったらこの場所で一人佇んでいる。
とても製鉄師になりたい者がする行動とは思えない。少なくとも、私は学園長に就任しこの交流会を執り行ってからそのような行動を取るのは君しか見たことがない。
つまり、君の言動と行動に齟齬が生じていると思うのだが、違うか?」
氷絃は図星だったそれに対して、適当に取り繕って反論をしようとする。しかし、黄劉の瞳を見ると全てを見透かされているような感覚に陥り、また視線を逸らした。
少しの間の静寂が訪れ、氷絃は口を開いた。
「……そうですね。学園長を前にしてコレを言うのは気が引けますけど、俺は来年の後期まであらゆる契約の話を断るつもりです。これ以上言うと流石に不味いですかね」
「構わない。どんな思想でも筋さえ通っていれば頭ごなしに否定するほど私は落ちぶれた教育者ではない。続けなさい」
「……はい。俺は『理想』の為の手段として製鉄師になりたい。しかし、俺の理想は相方の魔女の意志を無視して巻き込むことになります。早い段階で契約の話をするってことはソイツにも目的や理想があると思うんですよ。だけど、俺の理想にソレは邪魔です。
でも、それを譲るほどの魔女はそんなに早い段階に話を持ちかけない。つまり、俺は組むなら拘りがない、プロになりたい、しかし切羽詰まって組む相手を妥協するような都合のいい魔女がいいんですよ」
『理想』のために魔女のことを道具同然として扱う。氷絃は学園長を前にしてそう断言した。
「成る程な。見当はつくが、君の『理想』について教えてもらってもいいか?」
「簡単なことですよ。『冴空が魔女にならず、アイツの幸せを守り抜く』それだけです。もう二度とアイツをあんな事に捲き込まない為に、俺は──」
「ほう。つまり、今の君がしていることは全て珠充 冴空の為だというのか?」
「はい。今まで俺は冴空のためだけに生きてきました。勿論、これからもそのつもりです」
氷絃が覚悟の籠った視線で黄劉の方を見据える。その言葉を聞いた彼は──
「愚かだな、阿國氷絃」
見下すような、冷たい視線でそう吐き捨てた。
「……どういうことですか」
「どういう事も何も、君の『理想』が愚かだと言っただけだ」
「……頭ごなしに否定しないのでは?」
「『筋が通っていれば』を忘れるな。
君は『理想』は珠充 冴空の為と断言したが……私には自分自身の為、自己満足としか思えなかったがな」
「そんなことは!」
「ならば君の掲げているその『理想』を彼女に話し、理解してもらったか?
ただ己のみが負い目を感じている過去の贖罪をする為に、願われてもいない事を、彼女のためだと押し込めることで今までの自分をただ正当化しようとしているのではないのか? 彼女から、逃げ続けていたのではないか?」
「────────」
全てが図星だった。彼の『理想』はいつしか歪み、綻びだらけになり、その対象である最も大切な人にさえ話さなかった為、こうして指摘されるまで氷絃は自身の歪んだ理想を自覚できなかった。
「貴方に、何が、分かるんだよ……」
「反論の常套句だが、敢えて言わせてもらおう──分かる。と」
その言葉に、下を見てただ言葉を吐き出していた氷絃は黄劉の方を訝しんで見る。
「昔の私は君のように愚かで歪んだ理想を持ち、そうして後悔した。だから、分かる。大切な者を永遠に守っていきたいという理想も、大切な者を兵器にしたくないという願望も。
──経験者としてこれだけは言わせてもらおう。大切な者とは共に歩め。後ろに置いて守ろうとするな、その『理想』はいつか君の全てを絶望に変える」
その言葉にはとてつもない重みがあった。実際に経験して、後悔した、彼の自身への怒りを氷絃はただ感じ取り──助言を受け入れた。
「……ありがとうございます。すぐには無理だと思いますけど、少し考えを見直そうと思います」
「何よりだ。私のような者を教え子に出したくは無いからな。珠充冴空から逃げずに対話する事を勧める」
黄劉は「長話をしすぎたな」と言い残し、その場から離れた。
「黄劉学園長、失礼な態度を何度も取ってしまい誠に申し訳ありませんでした」
「気にするな」
氷絃の謝罪の言葉を受け取り、黄劉は室内へと入っていった。
「……冴空としっかり話す、か……」
年長者に諭されることというのは予想外に効果があるな、と思いながら氷絃は残った時間を自分の『理想』を見つめ直すことに注ごうと
「氷絃くん!」
したところで、件の少女の可愛らしい声が氷絃の耳に届いた。
「冴空、どうかしたか?」
振り返り、氷絃が返事をすると、冴空がそこそこ速いスピードで彼に近寄り、腕を引っ張る。
「あ、おい、冴空?」
「もう交流会が終わっちゃいます! その前に一緒に美味しいデザートを食べましょう!」
「わかった、わかったから!」
そういえば冴空は美味しい食べ物に目がなかったな、と思いながら氷絃は小さく柔らかい手に引っ張られて室内へと戻った。そうして、冴空の要望通り二人でデザートを食べて彼らの交流会は幕を下ろした。
「……相変わらず冴空ちゃんはたくさん食べるね……」
「今日は少なめだったな。体調でも悪かったか? いや、そんな素振りは見なかったな……」
最後に積み上げられたデザートの容器の山を見て、隆太が引き気味に言うが、氷絃曰く、いつもより少ないらしい。
現在冴空と羽矢はお手洗いに行っており、残った男二人はこうして待ちながら駄弁っている。
「これで少なめ……そ、そういえば氷絃も結構食べてたよね。主に冴空ちゃんから勧められたの」
「冴空が俺に食べてほしいと思って持ってきたからな。そりゃ全部食べる」
「はぁ、ほんと冴空ちゃんのことが大切なんだね。そんなに大切なら契約をすればいいのに」
「あー、それなんだけどな。少し、考えることにした」
氷絃のその返答に、隆太は「え?」と声を漏らして彼の方を何があったとでも言いたそうな顔で凝視した。
「……黄劉学園長と話をしてな、反論できないくらいに論破されたんだよ。それで、考え直そうと思ってな。
お前にも迷惑かけた、悪かった」
その謝罪に隆太は目を丸くして口をポカンと開けたまま氷絃の顔を見る。
「おい、なんだよその反応は」
「い、いや。君の頑固さを知っている身としてはあの数十分で考え直すなんて言葉が出てくるのが信じられなくて……あと単純に氷絃が謝ったのが意外すぎて……」
「俺を何だと思ってんだよ。それに謝ることくらい……」
「したことあったっけ?」
「……冴空とか目上の人になら謝ったことが何回もあるな」
「うん……まあ知ってたよ」
そんな雑談を続けていると、隆太のポケットから電話の着信音が鳴った。彼は端末を取って画面を見ると、その表情をまた変えた。
「……! 氷絃、用事ができたから席を外す。羽矢に『いつもの場所』で待ってるって言っておいて」
「? おう、なんか用事があるなら冴空と一緒に羽矢も送るが……」
「いや、羽矢も関係あるからさっきの通りで頼むよ。気遣いありがと。じゃあね」
「おう」
真剣な顔つきで電話に出た隆太はそのまま早足でその場を後にした。氷絃は一人、ボーッとして二人の帰りを待つ。
およそ五分後、二人は戻ってきた。
「氷絃くん、お待たせしました」
「ごめんねー。凄い混んじゃってて……おろ? セットンは?」
「ああ、用事ができたらしくてな。お前に『いつもの場所』で待ってるって伝えろって言われた」
「ふーん、わかった。じゃ、セットンのところに行ってくるからヒートはバイバーイ。冴空っちはまた後でねー。
ヒート、ちゃんと冴空っちを送るんだよー?」
「……ああ、当然。じゃあな」
「羽矢、また後でです」
氷絃が伝言を伝えると、羽矢もそう別れの挨拶をして、少しだけ顔を強張らせて去っていった。
「それじゃ、帰るか。バスはまだ出てるから……」
「あ、あの氷絃くん」
「ん? どうした?」
端末を起動させてバスの時間を調べようとした氷絃に、冴空は少し恥ずかしそうに声を掛ける。
「その……歩くのは、駄目、ですか?」
「徒歩で帰るか? 別にいいけど、どうしてだ?」
「交流会で、氷絃くんとずっと一緒にいられなかったので、できれば長く、二人でいたい……です」
「よし、歩いて帰るか」
冴空は顔を紅に染めて理由を説明すると、氷絃はそれを即座に承諾した。
「いいんですか?」
「当たり前だろ。俺も冴空とできるだけ長く一緒にいたいからな」
「ありがとうございます!」
「よし、帰るか」
「はい!」
二人は雑談をしながら帰り道を歩いていると、不意に冴空が氷絃の手を握った。氷絃がどうしたのかと視線を向けると、冴空はニコニコしながら身体を少しだけ寄せる。
「えへへ……寒かったので握っちゃいました」
「なら、もう少しくっつくか?」
「ふえ!? えっと、そうすると暑くなりすぎちゃうので……このままで!」
「わかった」
そんな風にいつも通りの自然にイチャイチャしていると、ふと冴空が口を開いた。
「氷絃くん、交流会で何かあったんですか?」
「……どうした、いきなり」
「その、氷絃くんが何か考えている感じだったので……違いましたか?」
「いや、当たってるし、少し考え事をしていた」
「それって……私に関係のあることですか?」
「……ああ、そうだな」
的確に言い当てられた氷絃は冴空の質問に嘘で取り繕うこと無く、正直に肯定した。
「っとな……あー……その……」
「ふふっ、無理して言わなくていいですよ?」
「……悪い」
「でも、私のことを考えてくれていても、こうして隣にいるんですから、ちゃんと今の私を見てくれないと怒っちゃいますよ?」
「それは嫌だな。冴空には笑っていてほしい」
「えへへ……あ、着いちゃいましたね」
冴空の声に反応して氷絃も彼女の視線の先を見ると、確かに女子寮がすぐそこにある距離まで二人は歩いていた。冴空が握っていた手を離し、くるりと氷絃の方を向く。
「氷絃くん、私の我儘を聞いてくれてありがとうございました」
「このくらいなら大丈夫だ。冴空がそれで満足してくれるならな」
「はい! ではまた明日──」
「ちょっと、待ってくれ」
すぐ近くの女子寮に帰ろうとする冴空を、氷絃は咄嗟に引き留めた。
「氷絃くん?」
「あ、っと悪い。これだけは、聞きたくてな……」
「効きたいこと、ですか?」
「冴空は、魔女になりたいのか? 今、魔女候補だからとかそういうのは関係無く、純粋になりたいかなりたくないかで答えてほしい」
氷絃は自分の考えを見直すと同時に、冴空の考えも知りたかった。そのため、こうして冴空の意思を尋ねた。
「私は、魔女になりたいです」
その答えは分かりきっていた。氷絃は知っている、冴空が魔女になりたいことを。そしてそれは今までの氷絃が目を逸らしてきた紛れもない事実だ。
「でも、ただの魔女ではありませんよ。私は氷絃くんの魔女になりたいです。氷絃くん以外とは契約したくありません」
冴空は真剣な眼差しで、真っ直ぐ氷絃の顔を見てそう断言した。それも氷絃は理解している。
「……どうしてそこまで俺と契約したいんだ?」
そして、彼は一つの疑問を彼女にぶつけた。
「──ですから」
「……え?」
本当に小さな小さな返答を氷絃は聞き逃した。咄嗟に聞き返すと冴空は顔を真っ赤にしてワタワタしだした。
「あ! えっとなんでもありません! でも私は氷絃くん以外考えられません!」
「……そうか、ありがとな」
「そ、それじゃあ、また!」
「お、おう」
駆け足で去っていく冴空を見送り、寮に入ったところで氷絃は男子寮を目指して歩き始める。
交流会が終わり、一日空ければ入学式。新たな日常が始まる。
後書き
繋ぎの回なので……まだ書きたい回じゃないので雑なんです
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