ユア・ブラッド・マイン─焔の騎士は焦土に佇む─
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第ニ話 交流会(前)
ホテルに到着した二人は受付で名前を書き、交流会の開かれるフロアに案内された。まだ開始時間ではないので立食パーティースペースとなる大部屋のドアはしまっている。
「あと三十分か。ま、五分前には入れるだろうな」
「ちょっと早く着きすぎちゃいましたね」
「だな。時間があるからアレするか?」
「あ、お願いします。氷絃くん」
二人はフロアの隅にあった鏡と椅子のあるスペースに移動した。冴空がちょこんと座り、その後ろに氷絃が立つ。
「一応聞くが、リクエストとかあるか?」
「氷絃くんを魅了できる髪型にしてください!」
「はいはい。なら自由にやらせてもらうわ」
ウェットティッシュで手を拭き、冴空の荷物から髪櫛や髪ゴムを手渡された氷絃は慣れた手つきで彼女の三つ編みを解く。細く、色素が殆ど含まれていない輝く糸のような髪が広がる。
「ほんと、ずっと見ていたいくらい綺麗だよな」
「十本くらいなら抜いても大丈夫ですよ?」
「髪を進んで渡そうとするな。女の命だろ」
そんな会話をしながら、氷絃は冴空の髪をアレンジしていく。昔から手先が器用だった氷絃は幼い頃からずっと冴空の髪型を整えていた。
その習慣がいまも続き、冴空の髪は氷絃が整えるのが二人にとっての当たり前となった。
ヘアアレンジ開始から十五分、少し人が増えてきた中で終了した。
「完成だ」
そうして完成した冴空の髪型はハーフアップとフィッシュボーンを合わせたモノだった。ボリュームがあり、まとまった髪はとても美しく、冴空の可愛い顔を更に引き立てていた。
「すごく綺麗です! さすが氷絃くん!」
「簡単に済むやつだけどな。まぁ、冴空なら余程の髪型じゃなきゃどんなのでも可愛くなる。んじゃ、一応手を洗ってくるわ」
「着いていってもいいですか?」
「男子トイレだからな……?」
「わかってますよ。いってらっしゃいです」
と言っても、トイレはそう離れておらず、二分ほどで氷絃は冴空の下に戻ろうとしたのだが──
「……アレは高校編入組か?」
紅のリボンを着けた魔女候補用制服に魔女候補にしては少し身長の高い、ボブカットの少女が数人の男子生徒に囲まれていた。少女の表情は強張っている。
その様子を見て、氷絃は止めに入ろうと向かい寄る。
「君も高校編入組? 流石聖境、魔女候補可愛いわ!」
「ねえねぇ、俺らの中で誰と契約したいとかある?」
「お! いいこと聞くな、教えてくれよ!」
「えっと……その……」
止まらない質問の回答に戸惑っている少女に、そのうちの一人が肩を組もうとしたところで氷絃の止めが入った。
男子生徒の腕を掴み、少女を囲んでいた数人を睨みつける。
「交流会前に『契約』の話をするのはルール違反だ。それと数人で囲むことも、承諾無しの異性間接触もだ。事前に配布されたプリントくらい目を通しておけ」
そう警告した氷絃は掴んでいた手を離すと、その男子生徒は舌打ちをして睨み返してきた。
「……おい、止めとけ。行くぞ」
「チッ……」
「…………」
だが、多くなってきた生徒たちに怪訝な視線を向けられた三人はそれ以上なにもすることなく二人から離れていった。
「大丈夫か?」
「は、はい!」
「友達がいるなら合流した方がいい。始まったら中等部上がりも先輩もさっきみたいに来るからな」
「ご丁寧にありがとうございます……えっと……」
恐らく名前を尋ねたいのだろうと直感した氷絃は簡潔に自己紹介をする。
「……阿國氷絃。同じ一年生だ」
「阿國くん……わ、わたしは碧周静流です。本当にありがとうございました」
「気にするな。それじゃあ、また縁があったらな」
氷絃は静流と別れ、冴空の方へと向かう。彼女は二人の生徒と楽しげに会話をしている。話している二人を見て、此方はナンパではないことが氷絃は理解する。
「よう、隆太に羽矢」
「氷絃、ダメじゃないかお姫様を置いてっちゃ。ちゃんと仕事しなよ騎士様」
「そーだよヒート! 元々可愛かったサラっちが更に可愛くなったんだから番犬がどっかいっちゃダメだよー!」
「挨拶くらい返せよお前ら……」
穏やかな口調で茶化したのは勢登隆太。口調と同じく見かけも優男といった感じが伝わってくる。
元気な茶化したのは石須羽矢。『魔女候補』なのだが、背がそこそこ高く、胸も大きいという『魔女体質』らしからぬ外見だ。
二人とも中等部からの氷絃と冴空と特に仲の良い友人だ。
「氷絃くん、もしかして人助けをしてましたか?」
「……あー……一応? アレって人助けに含まれるか……?」
冴空の鋭い勘に驚きながら、氷絃は頭を掻いて肯定とも否定とも取れない曖昧な返答をする。
「男の子に囲まれてた女の子を助けるのは十分人助けですよ?」
「……もしかして見てたのか?」
「いいえ? ずっとお二人とお話してました。当たっていましたか?」
「……当たってる。凄いな、冴空」
「氷絃くんのことなら目を見れば二割くらいはわかります、えへん!」
「俺の幼馴染が世界で一番可愛い……!」
冴空は自慢気に、魔女体質故にあまり無い胸を張ってドヤ顔をする。氷絃はそれで完全に魅了されたようだ。
その後ろからちょいちょいと羽矢が氷絃の裾を引っ張る。
「美少女アイドル羽矢ちゃんとどっちが可愛いー?」
「冴空に決まってんだろうが、冴空を見る邪魔をするな。角刈りにして剃り込み入れるぞ」
「ひっどーい! セットーン、ヒートがいじめるー!」
「はいはいどうどう。羽矢は可愛いよー」
「……セットンに言われてもあんまり嬉しくなーい!」
「氷絃、ハリセンかなんか持ってる?」
「あるぞ」
「あるの!? 待ってー! セットン許してー!」
そんなコントを繰り広げていると、時間はもう交流会開始の五分前となり、大部屋の扉が開いた。フロアで待っていた生徒たちが次々と入り、開始時間一分前で全員が大部屋に入ったことが確認された。
大部屋はニ百人もの候補生達が入室してもなおまだまだ人が入れるほどの広さだ。
全員が雑談を始める中、静かに一人の齢三十代後半から四十代前半に見える男性がステージ状になっている所へと登った。鋭い目付きに眉間の皺、それが威圧感を与える。
その直前──姿が見えた瞬間に全員が静まり返る。男性──黄劉誠也の方に生徒たちは視線を向ける。
彼はマイクを取り、始まりの言葉を紡ぐ。
『全員、知っていると思うが今一度自己紹介をする。学園長の黄劉誠也だ。本日は一人も欠けることなく候補生全員が集まった事を大変喜ばしく思う。
この交流会は『強者』を作り出すためのモノだ。お前たち候補生は『製鉄師や魔女』でも『普通の人間』でもない半端者達だ。私は、学園は、否、この国は『強者』のみを欲している。『強者』となるため、この場を有効活用してもらいたい。以上だ。これより三時間、親睦を深めてくれ』
黄劉が降壇すると、もう何度もこの交流会を経験している生徒たちが食事を取り始める。一瞬で数秒前の静けさとは大違いの賑やかさになった。
「さーて、どんな飯があるか……」
「氷絃くん、あくまでも今日は交流会なんですよ。ちゃんと企画を全うしてくださいね?」
「話しかけられたら応対はする。ま、『製鉄』の俺と契約をしたがる魔女候補はいないだろ」
胸ポケットに着けた『製鉄』位階を示すブローチを指して自嘲気味に氷絃は嗤う。その彼の手を強引に引っ張り、冴空は真剣な眼差しで氷絃を見る。
「いますよ。少なくともここに一人、ずっと氷絃くんと契約したい魔女候補が」
「……はいはい、ありがとな」
「むぅ……いつも契約の話をすると適当な返事をする……」
ジト目になる冴空から目を逸らした氷絃は料理を見渡す。彼らのいる一角は中華料理が所狭しと並んでおり、独特の匂いが食欲をそそらせる。
「冴空は何を食べる?」
「うぅ……麻婆豆腐ください!」
「はいよ」
「ありがとうございます」
冴空に麻婆豆腐を取った皿を渡し、氷絃は餃子を取って食べ始める。最初はこうして用意された食事をつまみ、時間が経ち始めたら積極的な生徒から話かけに行く。それが交流会の大まかな流れだ。
しかし、氷絃も冴空も自分から話かけに行くということをしようとはしなかった。そしてお互いにそれを指摘することなんてことはしない。
「そう言えば、氷絃くん。今日の『歪む世界』はどうですか?」
「ん? あー……相変わらず燃えている中にアイツがいる。今日はアレだ、腕の鎧がなんか……ドラゴンぽくなってる」
「ドラゴン……ですか?」
「そうそう。なんつーか腕の部分だけやたらファンタジーにいるドラゴンの腕みたいな攻撃的なフォルムで爪っぽいのができてるんだよな」
「なるほど……『腕の部分だけがドラゴンのような攻撃的なフォルムに爪』ですね」
カチカチ、と冴空は何処からか取り出した小さなノートとペンで氷絃の言っていた『歪む世界』を簡潔に分かりやすく書き記していた。
これは彼女の日課で氷絃の『歪む世界』を彼から聞いて毎日ノートに記録している。
「それ、書き始めてどれくらいだ?」
「えっと……小学ニ年生の春からなので九年目です。冊数は四十ニ冊です」
「そんなに俺の『歪む世界』を書いてんのか……そういや、どうしてそんなことしてるんだ?」
「えっと……その……笑いませんか?」
「笑うわけないだろ」
少し恥ずかしそうに目を逸らす冴空に「何言ってるんだ」といった風に氷絃は答える。
「『歪む世界』は契約をする時までずっと観測する人を蝕むんですよね」
「ああ。契約して魔女に格納することで晴れて『普通』を初めてないしは再度見ることができるようになる。それまでは『歪む世界』がつきまとうな」
「それで……氷絃くんが昔『歪む世界』の影響でとても辛そうな顔で私を見ていたから、せめてその『歪む世界』を言葉にして吐き出してくれたら少しは氷絃くんが楽になるかなって。
最初に聞いてみたら氷絃くん凄く安心したような顔をしてたから、いつの間にかノートに書いて、こうして毎日聞くようになっちゃいました」
「つまり……俺のためか?」
「動機はそうですけど、いまはただの自己満足ですよ。あと、少しでも氷絃くんの見ている世界を私も感じたかった。というのもあります」
「そうか……」
初めて聞いた冴空の日課の真意に、氷絃は申し訳なさそうな、しかしとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ありがとな、冴空。確かに、お前のおかげで俺は多分、楽になれていたんだな」
「えへへ……そう言ってもらえたら嬉しいです」
それから交流会は緩やかに、時間の流れと共に進み、残り一時間となった。
氷絃は現在、ベランダに出て夜風に当たっている。流石に冴空とくっつきすぎて学園側から少し離れるようにと警告があったため、冴空は隣にいない。
「やあ、氷絃。ここにいたんだね」
「……なんだ、隆太か。ちゃんと交流会に出ろよ」
「その言葉をそっくりそのまま返すけど」
「俺は『製鉄』お前は『鍛鉄』つまり俺はいてもいなくても関係ない」
「いやその理屈はおかしいんじゃないかな?」
柵の部分に背を預けながら二人は男子高校生らしい、下らない話を続ける。冴空と話す時とはまた違った、優しい笑みを氷絃は浮かべている。
「また冴空ちゃんから逃げたのかい?」
「……逃げたってなんだよ」
隆太が尋ねたのは先程、冴空が仄めかした『契約』のことだと氷絃は理解している。そして逃げたのも事実だが、それでも彼は問い返す。
「ほんと、付き合っているのかってくらい仲がいいのになんで契約しようとしないのさ。彼女ほど最高の魔女はいないだろう?」
「ああそうだな。製鉄師になるなら冴空ほど最高の魔女はいねぇな。しかも宇宙で一番可愛いし優しいときた」
氷絃は最後に自慢するかのように笑いながら呟く。
「なら!」
「だが、それは俺の『理想』に反する。アイツが俺の魔女になったら俺は俺のしてきたことを全て否定することになる」
「……冴空ちゃんはキミ以外と組みたくないと言っている!」
声を荒げる隆太に対して、氷絃は冷たい眼で彼を見る。
「なら、好都合だ。契約の成功には魔女側の受け入れる思いが不可欠だ。それならアイツが誰かの魔女になる心配もないな」
「…………キミのその『理想』ってのは、冴空ちゃんの思いも利用するモノなのかい?」
「ああ、そうだ」
「彼女が、大切じゃないのか? 彼女を守りたくないのか?」
「大切に決まっている、守り抜きたいに決まっている、この命よりもな。
だからこそ、俺は冴空を魔女にしたくない」
「はぁ……ほんと頑固だね。冴空ちゃんが可哀想だ」
「言ってろよ」
そう告げると、隆太は悔しそうな顔でその場を去っていった。冷たい風が氷絃の少しだけ熱くなった頭と身体を冷やす。
それから数分、氷絃は夜景をボーッと見つめ、中に戻る気配さえなかった。そのため、彼は最後まで背後から近寄る一人の男に気がつかなかった。
「失礼、隣いいか?」
「……え? あ、どう、ぞ……」
後ろからやってきた予想外の人物に話しかけられ、氷絃は目を剥き硬直する。それは──
「黄劉、学園長……」
「驚かせてすまない。少し、君と話をしたくてな」
「俺と……? 『製鉄』位階の俺に、学園長が話、ですか?」
「そうだ。尤も、私が話をしたいのは君と珠充冴空の事だがな」
その言葉を聞いた瞬間、怪訝な顔をしていた氷絃の表情が腑に落ちたそれに変わる。この学園においてカースト底辺にいる氷絃において、数少ない特徴の一つが『珠充冴空と幼馴染であり交友関係が良好』であるということだ。
「……契約を断り続ける冴空を説得しろ、とかでしょうか?」
「言っただろう。『君と珠充冴空のことだ』と。安心してくれ、私はあくまでも『製鉄師養成学園学園長』だ。生徒の心情を完全に無視するような契約をさせるつもりはない。
それと、君だから言うが彼女と契約できる『鍛鉄』位階以上の生徒は存在しない。いや、それどころかたった一人を除いて『製鉄』位階でさえ彼女と適合する者は居ない。全ての養成学園の生徒を対象にしてもな」
その事実に、氷絃はほっと安心する。
──冴空と契約する製鉄師候補が『鍛鉄』以上にはいない。この学園は『史上最高』の魔女候補である冴空を『製鉄』と組ませる訳がない。なら、冴空は魔女にならずに────
「そして、そのたった一人とは──君だ。阿國氷絃」
その事実に、氷絃のその思考は停止した。
「え……?」
「単刀直入に言おう。珠充冴空と契約を考えてもらいたい」
その言葉に、要求に、氷絃は────
後書き
書きたいことしか書いてないので色々とおかしいですね(主に氷絃が)
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