ユア・ブラッド・マイン─焔の騎士は焦土に佇む─
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第一話 製鉄師候補と魔女候補
──幼い頃から『ソレ』は視界の先にいた。
ある時は焔のように紅い鎧を装備している『ソレ』
ある時は焔そのものをただ単に纏っている『ソレ』
明るく、燃え盛る視界の中で『ソレ』は俺に背を向けながらただ単にそこに佇んでいた。
常に燃え盛る風景と何者か分からない『ソレ』が視界に常駐している。
それを見ていると、俺は、どうしようもなく、イラついて、まるで、届かない理想を、ずっと、ずっと、見せられているような────
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けたたましく鳴り響く目覚まし時計が朝の八時を知らせる。掛け布団を覆い被さっている少年はまだ覚醒しきっていない意識の中で手を思い切り振り上げ、叩きつけると鈍い音が響いた。
「いっつ……」
そんな声を漏らし、結果的に意識は覚醒した。手を擦りながら、少年は相変わらず視界を明るく染める色とりどりに燃え盛る焔とその先に背を見せて佇む全身に紅の焔を纏った『ソレ』を今日も確認する。
少年──阿國 氷絃は俗に言う『OI能力者』の『製鉄師候補』だ。現在15歳で京都府の京都市伏見区の山岳をゴッソリと変貌させた『聖境製鉄師養成学園』の高等部新一年生だ。尤も、まだ入学式は行われていないが。
聖境学園は一部特例を除けば殆どの生徒が寮生活を強要される。彼は既には済ませているため、今現在彼が生活しているのは『高等部一年男子製鉄師候補一等寮』だ。
「今日は製鉄師候補と魔女候補で顔合わせか……」
彼が目指しているのは『製鉄師』なので相棒──つまり『魔女』が必要不可欠。
聖境学園では入学式の前に候補生全員が顔合わせをして親睦を深め『契約』を早い段階で円滑に行えるように『交流会』と称した立食パーティが入学式の前日に、最初のイベントとして行われる。
「……アイツはどうするんだろうな……」
氷絃はずっと側にいてくれた少女のことを考えながら、支度を進める。高等部用の制服─灰色のブレザー─を着用して、朝食を摂りに食堂へと赴いた。
食堂に到着すると、大半の男子生徒から嘲笑うかのような視線が氷絃へ送られる。
この聖境学園では確固たる生徒内序列が存在する。
最上位は中等部上がりの製鉄師──所謂『エリート組』
彼らは中等部で既に魔女と契約をした一握りの生徒だ。学園は『製鉄師』であることを何よりも重要視するため、寮は別で、授業に対してもある程度の自由が与えられているほど彼らへの待遇は厚い。
次に中等部から在籍している『製鉄師候補生』
契約はしていないものの、聖境学園の中等部試験はある特殊性を含んでいることにより最難関クラスとされている。そのため中等部から在籍しているということ自体がステータスになるほど彼らの地位を押し上げている。
一応、氷絃はコレに該当するのだが彼はとある事情からその中でも序列が最も低い。
最後に高等部からの編入である『製鉄師候補生』
積み上げてきたものが何もないと中等部組から判断されているため、格下に見られ、舐められている。
氷絃は視線を無視して朝飯の定食を注文、十数秒で手渡され、誰もいない席に座る。
「いただきます、と」
熱々の白米に味噌汁、だし巻き玉子におひたし、メインの鯖の味噌煮を十分程で平らげて食器を返却する。相変わらずの視線が氷絃へと送られてきたが、やはり彼は無視して自室へと向かった。
自室に戻った氷絃は日課の筋トレや魔鉄加工技術を向上させる練習、そして春期休暇の課題を確認し終える。すると交流会まであと二時間となっていた。
「交流会まであと二時間か……何するか……移動には二十分あれば充分だしな……」
選択肢1-冴空の所へ行く
選択肢2-寝る
選択肢3-読書
選択肢4-ボーッとする
選択肢5-鍛練
「冴空に会いに行くか。アイツといれば時間なんてすぐに経つしな」
冴空は氷絃の幼馴染みであり『魔女体質』の女子生徒だ。彼女も高等部からの編入で、氷絃の記憶がある限りでは十一年目の付き合いになる。
氷絃は端末を起動させる。メッセージアプリの一番上にある『冴空』をタップ、そして『これから会いに行ってもいいか?』と送信──したと同時に送った本人から『これから会いたいのですが、お時間ありますか?』と送られてきた。
まるで合図をしたかのようなタイミングのよさに氷絃は笑みを溢して女子寮の方へ迎えに行くという旨のメッセージを再度送信すると、また同時に同じような内容の丁寧なメッセージが送られてきた。
そこから数度、自身の意見を通そうとお互いに同じタイミングに送り続けて結局、冴空が折れたので氷絃が迎えに行くことになった。
「直行になると思うからコイツは持ってた方がいいな」
そう言って氷絃が手に取ったのはトライアングル型の銀色のブローチ──ソレは学園側が用意した『OW深度』と『立場』を示したモノであり、聖境学園での生徒内序列に更に拍車をかけるモノでもある。
氷絃が持っているのはトライアングル──位階が『製鉄』であることと『製鉄師候補』の証明になる。次に『製鉄』位階の『製鉄師』はスクエア型。
五芒星型が『鍛鉄』であり『製鉄師候補』それを円で囲ったモノがその位階の『製鉄師』
そして六芒星型が『振鉄』の『製鉄師候補』で同じく円で囲ったモノがその位階の『製鉄師』という印だ。
聖境学園は他の製鉄師養成学園と比べると少しだけ、異常さを孕んでいる。
製鉄師養成学園は基本的に『OI体質者』ではない一般生徒を対象にした『普通科』ドヴェルグを志す者を対象にした『魔鉄加工科』そして製鉄師(候補)と魔女(候補)を対象にした『製鉄師科』の三つの『科』が存在する。
しかし、聖境学園の『普通科』は数年前に現学園長──黄劉 誠也が就任してから撤廃された。
──何故、普通科を撤廃したのか? そう黄劉に問いかけた者がいた。それに対して黄劉はこう答えた。
『普通科に在籍している者は全て弱さしか所有していない弱者だ。弱さは製鉄師にとって最も不要である。普通科による弱さの蔓延──それを防ぐための最善手が普通科などという怠惰の塊であり弱者の巣窟を消すことだっただけだ』
その言葉は批判され、前任の学園長に戻せという話も出た。しかし、黄劉は一年で結果を出し、それらを黙らせた。
最終的に『製鉄師科』に所属していた全員が、一人も欠けることなく『プロ・ブラッドスミス』の道を選び、その職に就いた。
『魔鉄加工科』のドヴェルグも全員が軍に所属することとなった。
元々製鉄師養成学園として平凡だった聖境学園はそれから『プロ・ブラッドスミス』を志すのなら西日本なら聖境学園が真っ先に候補に挙げられるようになった。
そして現在までそれを持続させて学年の人数は他と比べると些か少ないものの、卒業までに全ての製鉄師を『鍛鉄』以上にまで育て上げて確固たる実績を重ねている。
さて、聖境学園の指針とブローチの関連性はというと、至って単純だ。──『強者』を作り上げるため、その一点に尽きる。
位階はあくまでも『格』を示すものであり、製鉄師の強さを示すものではない。しかし『製鉄』位階の者がどんなに優秀な魔女と契約していても『振鉄』位階の製鉄師に勝てる可能性は低い。聖境は前者を防ぐため、もっというと『振鉄』の製鉄師候補と完成度の高い魔女候補を契約させやすくするために『格』を分かりやすいアクセサリーとして公然の場で着用することを義務付けられている。
その上、分かりやすい格を見せることにより競争心を煽ってより強い製鉄師を育てるという役割をそのブローチは存在するだけで担っている。
──さて、話が逸れに逸れたが当然交流会においてもそのブローチを着用することは必須のため、氷絃はそれを胸ポケットにしまった。
「さて、向かうとするか」
氷絃が歩き始めて十数分経つと腰まで伸びた長い綺麗な限りなく白に近い銀色の髪を一つの三つ編みにした外見年齢十二歳程の美しい女子生徒──冴空が女子寮の前に居た。彼女は氷絃を視認すると笑顔を浮かべて駆け足で彼の下に駆けつけた。
「よ、冴空。待たせて悪かったな」
「好きな人を待ってたら時間なんてあっという間に過ぎちゃいましたよ?」
「……いっつも会うたびに可愛い顔でんなこと言うの止めてくれ……心臓に悪い」
いきなり好意を包み隠さずに、当然のように冴空はそう返す。だが、これはもう『いつものこと』なので氷絃は頭を掻いてぶっきらぼうに返答する。
「氷絃くんだって当たり前のように可愛いとか言うじゃないですか、おあいこですよっ」
「俺は事実を言ってるだけだ。お前は俺が知るなかで一番可愛いんだよ」
付き合うどころか契約さえしてない幼馴染とはいえ男女がするような会話ではないがもう何年も似たような会話をしているので二人の間ではこれがデフォルトになっている。
「さて、どうするか。どこか行きたいところとかあるか?」
「えっと、アクセサリーショップに行きたいんですけど、いいですか?」
「ああ、確か魔女候補はなんかのアクセサリー着けろとか言われてたな、いいぞ。店は新しくできたって言ってたところか?」
氷絃が装飾品に興味ないことを知っているため、控えめに聞いた冴空だったが、彼は冴空の考えをしっかりと読み取り拒否することなく答えた。
「そうです。氷絃くん、アクセサリーに興味ないのによく覚えてますね?」
「冴空が言ってたところだからな」
「えへへ……嬉しいです。では、行きましょう!」
「あ、おい。引っ張るなって……」
彼の何気ない一言に顔をほんのり紅に染めた冴空は彼の手を握って急かしながら目的地へと向かった。
聖境学園から出て数分も歩けば店が数多く並んでいる通りに出る。京都市内ではあっても、京都駅周辺のショッピングモールなどには気軽に行けない距離のため、生徒たちはここの大通りを日頃からショッピングに使っている。
そのため、氷絃たち以外にも時間を潰す目的や純粋に買い物を楽しんでいる生徒たちがそこそこ見かけるほどいる。
「おい、見てみろよ」
「『絶姫』じゃん……ってなんだよ、阿國も一緒かよ」
「やっぱ可愛いよなぁ……あー契約するなら絶姫みたいな可愛い魔女がいいなぁ……」
遠くにいる三人組の男子生徒が冴空を見てそんな会話をする。
『絶姫』──冴空は中等部二年の後半からそう呼ばれている。彼女は聖境学園の歴史の中で最も『完成度の高い』魔女として入学され、全生徒に知られる立場に在った。
当然、『強者』を欲する聖境学園は彼女と『鍛鉄』以上の生徒とコンビを組ませようとし、より『最強』の製鉄師を作り上げるために、ある教師の『鉄脈術』を使用して『契約の成功確率』と『相性』を視たところ『鍛鉄』以上の位階の生徒の中に彼女と契約が成功する確率が1%でもある生徒は存在しなかった。
その事が何処からか生徒たちにも伝わり、『鍛鉄』以上の生徒は彼女とコンビを組もうとするアクションさえ起こさなくなった。その代わり、『製鉄』位階の生徒が数多く押し寄せてきたが、彼女はそれを全て断った。以上の経緯によって名付けられたのが全てを拒絶する魔女姫──略して『絶姫』だ。
故に彼女は未だに『魔女候補』である。しかし生徒内序列では完全に別格として扱われている。
「ここです!」
「めっちゃ高そうな店だな……」
冴空が案内した店は静かな雰囲気を纏っている店で見るからに一見さんお断りというようなモノだった。もっとも、氷絃は一応そういう雰囲気がなんとか読み取れるだけで、視界には一人の男が燃え盛っている店の前で佇んでいる様子が映し出されている。
「学生向けだからお値段はリーズナブルらしいです。さ、入りましょう!」
「はいよ」
二人は店内に入り、冴空が目を輝かせて氷絃の手を引っ張りながらアクセサリーを見て回る。
「確かに安いな、小遣い程度で買えるのが揃ってる。しかも魔鉄器だからそう簡単に壊れないか……」
「そうですね、こんなに可愛いくて丈夫なのが千円なんて……!」
冴空がはしゃぐ姿を氷絃は穏やかな視線で見ながら、彼女の買い物に付き合った。
「氷絃くんはどっちの方が好きですか?」
「あー……そっちの紅色の方が俺は好きだな」
「そうですか。ならこっちですね!」
「おいおい、俺の意見で決めていいのか?」
「いいんですよー」
いくつか見定め、氷絃の意見を聞いて冴空は一つのブローチを購入した。
「氷絃くん、付き合ってくれてありがとうございます。つまらなかったですよね?」
「いや、冴空とだからな、楽しかった。ブローチ、似合ってるぞ」
「えへへ……ありがとうございます。では、交流会の会場へ行きましょう」
「ああ。分かったからあんまり引っ張るなって」
嫉妬の視線を受けながら、氷絃は冴空に引っ張られて交流会場へと足を運んだ。
後書き
ただの説明と付き合ってない幼馴染がイチャイチャするだけの回でした。今度はエタらないようにがんばります
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