ある晴れた日に
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492部分:歌に生き愛に生きその十四
歌に生き愛に生きその十四
「それは」
「また明日ね」
「来ますから」
そしてこう彼女に告げるのだった。もうギターは完全にケースの中に収めてしまい席を立ち上がろうとしていた。
そのうえでその椅子を部屋の端にやって。それからまた晴美に言う。彼女もまた席を立ってそのうえで自分の椅子を部屋の端にやっていた。
「それでですけれど」
「明日のこと?」
「こいつ、今は何も食べてないんですよね」
このことを尋ねたのだ。
「やっぱり。そうですよね」
「ええ」
彼のその問いに悲しい顔でこくりと頷く晴美だった。
「そうよ。何もね」
「ずっと点滴だけですか」
「水分もね。そうしてるのよ」
「そうですか。やっぱり」
「口も動かないし」
まずはそれが理由だった。
「食べ物が目の前にあっても。見ることも反応も何もないのよ」
「何もかもですか」
「そうなの。本当に何も食べないし飲まないの」
まさに植物人間だった。見れば今も点滴を受けている。まさに植物と同じになっていた。
「何もね」
「食べ物もですか」
「今まで桃とか西瓜とか。葡萄とか」
そうした甘いものを挙げていく未晴だった。
「未晴の好きなものを持って来て目の前に持って来たけれど」
「駄目だったんですね」
「・・・・・・・・・」
悲しい顔で目を閉じて首を横に振る晴美だった。それが返事だった。そう返事をしながら二人で病室を後にするのであった。扉を開けて。
その扉を閉めて部屋を後にする。晴美はさらに正道に話した。
「見ないのよ。本当に」
「音楽と同じで、ですか」
「それでなおるかって思ったけれど駄目だったの」
さらに言う晴美だった。
「全くね」
「じゃあ」
それを聞いて正道は。ここでこう言うのだった。
「俺考えたんですけれど」
「どうしたの?」
「俺今音楽を横で奏でてますよね」
まずは彼が今していることを話した。暗い非常灯の灯りだけに照らされている薄暗い廊下の中を彼女と二人並んで歩きながら話すのだった。
「今日みたいに」
「ええ」
「それとですけれど」
こう言葉を続けていく。
「その。あいつの好きなものをですね」
「出すの?」
「はい」
そうしてはどうかというのである。
「一つだけなら駄目でも二つなら」
「二つならね」
「それを続けていったらあいつも届くんじゃないですか?」
「届くかしら」
「目も耳も見えて聞こえるんですよね」
またこのことを確かめる正道だった。未晴のこのことを。
「それに鼻も」
「ええ、そうよ」
それは確かだと。晴美は答えた。
「そういった場所は大丈夫だったの。頭も顔も酷くぶたれて怪我をしていたけれどね」
「そうですよね。だったら」
それを聞いて正道は己の考えが正しいことを確信した。そうしてそのうえでまた言うのであった。
「それで行きましょう」
「音楽と食べ物で」
「これなら違うと思います」
あらためて晴美に告げるのだった。
「ですから」
「そうね」
晴美もまた。今の正道の言葉に声で応えるのだった。
そうしてそのうえで。非常にゆっくりとだが確かに言葉を出したのだった。
「じゃあ私は果物とかを持って来るわ」
「そうですか」
「そして音橋君は」
「ええ、俺もできるだけ持って来ます」
彼もこう申し出るのだった。
「それにギターだってこれまで通り」
「有り難う」
彼のその心を受けて深い礼の言葉を出す晴美だった。
「それじゃあ明日からも」
「それであいつがまた動いてくれるのなら」
「話してくれるのなら」
二人はそれぞれ言うのだった。
「俺はもうそれで」
「そうね。私もそれでいいわ」
二人は同じ言葉を出していた。心が同じになっていたからこそだった。
「やってみます」
「私も。本当にそれを」
「じゃあ。また明日ですね」
「ええ」
ここで隔離病棟の出入り口を出たのだった。病院の中ももう消灯の時間で暗くなっていた。廊下に出ている人間は患者も看護士も医師も誰もいなかった。
病院の中を進んでも看護士達が時折行き交うだけだった。その他には誰もいない。その静まり返った不気味なものさえある病院の中を進んで。そうして病院を出たのだった。
「じゃあ」
「お休みなさい」
二人はここで別れの言葉を告げて病院を後にした。彼は一人で家に帰った。
しかしであった。その病院を出たところを見た者がいたのだった。それは」
「あれっ、あいつ」
春華だった。彼女は丁度その自分のバイクで病院の前の道を通っていたのだ。そしてそこで彼に気付いたのであった。
「何でこんな場所にいるんだ?」
これがまた話のはじまりになった。一つの悲劇がさらに多くの悲しみ、そして戸惑いを生み出して巻き込んでいく。それもまた運命だったのだろうか。運命という渦が大きく何もかもを巻き込みその中で彼等を弄ぼうとしていた。
歌に生き愛に生き 完
2009・9・29
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