ある晴れた日に
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267部分:その吹く風その二十四
その吹く風その二十四
「それで」
「いいのかよ」
「悪くないから」
今度最初に述べた言葉はこれだった。
「ここでキスって。いいわよね」
「雰囲気あるよな」
「キスするのはこういうところがいいって思ってたの」
次にこんなことも言う未晴だった。
「だからね。これでね」
「そうか。ならいいんだけれどな」
「それでだけれど」
未晴はさらに言う。
「キスはこれではじめてだったけれど」
「キスはか」
「他のことも。まだ」
この辺りは本当に奥手、もっと言うならウブであるらしい。未晴の意外というか容易に想像がつく一面だった。
「私達皆そうだけれど」
「柳本とかもかよ。彼氏いてもかよ」
「咲。あれで物凄い奥手だから」
だからだというのだ。
「だからよ。慶彦さんともね」
「許婚でもか」
「あれでそうしたことにおどおどするの」
これは正道には驚くことだった。少なくともあの咲の顔を思い浮かべたうえでとても信じられないと結論を出さざるを得ないことだった。
「そうだったのかよ、あいつが」
「春華も。他の皆もよ」
「他の奴等もかよ」
「口では色々言うけれどそういうことには奥手なの」
「口だけか」
「こういうことにはね」
実は、ということなのだった。やはり正道にとっては意外なことであった。
「他のことにはかなり積極的でも」
「あいつ等がな」
「だから。あれで皆繊細だから」
「まずそれが絶対に信じられないんだけれどな」
正道の中の固定観念になってしまっていることだった。これはどうしてもだった。
「あの能天気で騒がしい奴等がな」
「そう見えてもなの。本当はね」
「そういえばうちのクラスの女連中ってな」
「多分。少年達もよ」
明日夢達も同じだと見ている未晴だった。
「そういうことにはね。疎いわよ」
「北乃なんか理想のタイプがあれだからな」
正道は明日夢が自分から言っていた理想の異性像を思い出していた。
「横浜のエースのな」
「三浦大輔投手よね、確か」
「今時リーゼントかよ」
三浦と言えばリーゼントである。かつてはその二段投球フォームもまたそうであったが彼のトレードマークであり漫画のネタにもなっている。
「あいつの趣味もなあ」
「茜ちゃんはお笑い好きだし」
「おまけに自分の爺ちゃん大好きだしな」
茜の祖父もこれまた町でかなり有名な人間であるのだ。
「全くな。うちのクラスはな」
「まともじゃないとか?」
「安橋なんかそもそも男の話自体がないしな」
彼女に至ってはそこまで至っているのだった。
「全くな。何かな」
「男の子達はどうなの?」
「大して変わらないな」
実はそうなのだった。このクラスは遊ぶことは好きだがそうした話にはかなり疎いのだった。
「坪本は彼女いるみたいだけれどな」
「そうだったの」
「詳しい話は知らねえ。そうらしいってだけでな」
正道はこう語った。
「他の奴等はな」
「いないのね」
「野本とか竹山なんてそもそも作る気すら怪しいしな」
この従兄弟同士に至ってはこんなことを言われる有様だった。
「自分の趣味ばかりだからな」
「そうね。あの二人はそうよね」
「まあ男もそんなところだよ」
あらためてこう言うのだった。
「うちのクラスはね」
「そうしたものなの」
「そうなんだよな。それでな」
「ええ。それで?」
「俺もキスははじめてだったしな」
自分のことに話を戻して照れ臭そうな顔にも戻った。
「実際な。やっぱり俺もな」
「奥手同士ね」
「そうだよな」
今度は笑顔になった二人だった。
「じゃあ奥手同士でいいか」
「それならそれでいいと思うわ」
未晴も言った。
「知らない者同士で歩いていっても」
「いいよな。別にな」
「ええ。だから」
そっと自分から正道の手を握ってきた。そっとではあったが確かに。
「今日はこのままね。暫くここにいましょう」
「ああ、二人でな」
未晴の言葉ににこりと微笑む。これが二人のはじめてのキスだった。夏は二人の仲を少しずつだが確かに育てていくのだった。
そよ吹く風 完
2009・4・13
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