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fate/vacant zero

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紅の礼拝堂





 明くる日の朝のこと。

 光ゴケに包まれた鍾乳洞の秘密港には、ニューカッスルから疎開するために乗船待ちをしている人々が列を成していた。

 乗船待ちの列の先にはイーグル号の他、昨日イーグル号に拿捕だほされたマリー・ガラント号の姿もある。


 その人混みを見下ろす高台に、才人ら3人と2振りと1頭と1匹の姿はあった。

 ウェールズ皇太子からの依頼、『避難民を乗せた二隻の凧フネの護衛』のため、朝早くからこの場で出航を待っているのだ。

 才人が、手近な岩肌に腰を下ろして本を読むタバサに話しかける。



「タバサ、調子はどうだ?」

「悪くない」

「そうか。無理はすんなよ?」


 こくりと頷くタバサ。

 目を離すと本当に倒れるまで魔法を使いそうで、どうも不安になる。



「なあ相棒。娘っこに別れの挨拶ぐらいしなくていいのか?」


 いつでも振るえるように鞘を取っ払い、背中に吊るしたデルフが声をかけてきた。



「いいんだよ。今生の別れじゃあるまいし。
 だいたい、会って何を話せってんだ?」


 ふむ、とギーシュが隣で頷いた。

「愛しているからこそ、ひかねばならないときもある――か」

「黙れ」


「おや、それまたどうしてかね?」

「お前に言われると無性にむかつく」


 そうかい、とギーシュが黙った。



「愛するがゆえに、知らぬふりをしなければならないときがある――ねえ」


 代わりにデルフが喋繰しゃべくったけど。

 なんか仲良くないかお前ら。



「今度はお前かよ。そんなんじゃねえって」

「じゃあ、なんでなんだね?」

「なんでって……なんでだ?」


 ふっとシェルとタバサの方に話を振ってみた。



「いや、俺に訊かれても困るんだが」

「……(ふるふる)」


 まあ、そりゃそうだな。



「ああ、もうこの話題は終わりだ終わり。ってか、お前ら俺をからかおうとしてただけじゃないか?」

「「してないしてない」」


 そういうことはその緩んだ頬をなんとかしてから言えや。



「しかしサイト。きみ、どうするんだ?」


 どうって?


「これからのことだよ。
 修行しようって思ってるのはなんとなくわかるんだが、具体的なヴィジョンが見えないのが気になってね」


 ああ、そういうことか。


 そういえば、魔法のことをもっと知ること、ぐらいしか決めてなかったけど……どうすりゃいいんだ?

 そっち関連の本でも読んでみるか? ……って無理だな。字が読めないからそれ以前の問題だし――」


「なら、わたしがおしえる」


 ――へ?



「文字と魔法と。学院に戻ったら、わたしが教える」


 あの、タバサさん?



「いいのか?」

「いい。一昨日のお礼」

「わるい。また借りが増えるな」

「それも気にしなくていい。これは、わたしの借り」


 むぅ。

 まあ、タバサがそういうんならそれでも――



 おいこらギーシュ。

 なんでニヤケてるんだお前。



「いやいや、ぼくはただ、素直にきみの姿勢に感服しているだけだよ?」


 俺の目を見て言えやゴルァ。



「まあそう目くじらを立てるなよ相棒。……で、だ」


 なんだよデルフ。



「魔法対策の方はそれでいいとして、だ。

 剣の腕前と実戦経験の方はどうするね?
 さすがに、そっちの娘っことやりあう気にはなれんだろ?」


 当たり前だ。



「ぼくの『戦乙女ワルキューレ』では、相手にもなりそうにないしね」


 まああんだけ怪我して、かつお前の作った剣を使っても楽勝で倒せたしな。

 っていうか、そこらへんはお前も修行したほうがよくないか?


「耳が痛いね」


 事実だ、受け止めろ。

 ……しかし、どうしたもんかね。



「だったら、傭兵でもやってみるか?
 今なら二代目『地下水』の二つ名を襲名させてやるぞ?」


 とシェルがのたまった。

 なんだ、『二代目地下水』って。



 
「傭兵か。実戦経験を得るには丁度いいかもなぁ。
 でも、娘っこの魔法の勉強と兼ね合えないんじゃないか?」

「その辺は伝手つてがあるからなんとかできる。
 一応これでも傭兵歴はン百年だからな。短期の人手を欲しがってるところは結構あるもんだぜ」

「よっしゃ、ならそれで――」


 待て待て待て!

 当事者を置いてけぼりにして話進めるな老剣二振り!



「そもそも傭兵ってどんなことするんだ?」

「そっからか。なに、やることは簡単だ。
 得物一振り携たずさえて、今日はこっちの戦場、明日はあっちの戦場と諸国を渡り歩く。
 それだけだよ」


「簡単に言えば、生き残るたびに戦闘のベテランへと近づいていく道さね。
 実入りは悪かねえし、暴れてみるのは楽しいぜ?」


 なるほどね。

 魔法学院を拠点ベースキャンプにして、タバサに文字と魔法を教わりながら、時々戦場に出向いて日銭を稼ぐ。



 ――そんな生活をしてみるのも、おもしれえかもな。









Fate/vacant Zero

第十八章 紅の礼拝堂







 さて、才人たちが避難民たちを眺めていた頃。


 ウェールズ皇太子とキュルケは、ニューカッスル城の礼拝堂において本日の主役、新郎と新婦の登場を待っていた。


 ウェールズは王族の象徴たる明るい紫の外套を羽織り、七色の羽王国の象徴をつけたベレー帽を被っている。

 皇太子としての礼装だ。


 キュルケも借り物ながら、鮮やかな赤のベールドレスに身を包み、片手を腰にやって、ウェールズの隣に佇んでいる。

 普段キュルケの使っている礼装と同じ物であった。



 この場に、二人以外の人の姿はない。

 皆、戦の準備で忙しいのだ。

 ウェールズもまた、すぐにこの式を終わらせ、戦の準備に駆けつける心算であった。



「気分が優れないようだが、大丈夫かい?」

「……昨夜、ちょっと悪酔いしてしまったみたいですの。大したことはありませんわ」


 ウェールズが思わずそう訊ねてしまうほど、キュルケの顔色は悪い。

 青を通り越して白に染まっていた。


 昨夜、ルイズと話した際の懸念けねんが、未だに拭ぬぐえていないのだ。



 彼女が視線を向ける先。

 礼拝堂の入り口が、ゆっくりと開いてゆく。


 純白の外套マントを纏い、華の冠を戴いただいたルイズは、自分が何故ここにいるかを理解していないような、そんな呆然ぼうぜんとした表情で。

 いつも通りの獅鷲グリフォン隊の制服に身を包んだワルドは、いつも通りの笑顔で、そこに並んで立っていた。



 キュルケは、今日という日が無事に終わることを、己の懸念が外れることを、望まずにはいられなかった。





 ……ここは、いったい何処なんだろう?



 ルイズは、着飾ったキュルケとウェールズを視界に納めながら、昨夜からずっと、戸惑う心で考え続けていた。



 昨夜、キュルケが言っていたこと。

 わたしが、今日・・、この地で、ワルドと、結婚式を挙げる、と。



 性質の悪い、冗談だと思っていた。

 それか、何かの間違いだと。


 ワルドは、確かに待ってくれると言ったのだから、と。



 それが、今は。


 何故、わたしはこの『新婦の冠』を身に着けているの?

 何故わたしは、『乙女の外套』を羽織っているの。

 ワルドは、何故。わたしを礼拝堂へ、連れてきたの?

 何故、王子さまとツェルプストーは、始祖ブリミルの像の前に佇たたずんでいるの。

 なぜ、わたし、ワルドと並んで、二人の前に――。



「では、式を始める」



 皇太子の声が、あの大砲の音の様に、雲の向こうから聞こえるような。

 そんな錯覚に囚われている。







「ん?」


 そろそろ避難民全員の乗船が終わろうかという頃、才人が、唐突に奇妙な声を挙げた。



「どうしたんだいサイト? 突然変な声を出して」


 ギーシュが、変なものを見る目で才人を見やる。



「なんか、目がヘンだ」


「疲れてるんじゃねえか?」

「治療、する?」


 シェルが、タバサが心配そうに訊いてくる。



「いや、そういうんじゃねえんだ。
 なんか、片目だけが霧に包まれてるみたいに……、ヘンな感じに、ぼやけて」







 昨夜ゆうべ、キュルケの言っていた言葉が、頭の中を駆けていく。

「新郎、ワルド子爵、ジャン・ジャック・フランシス」

『恋愛は感情によって、結婚は理性によって、って格言はご存知?』

「汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを誓うか?」

『この男になら、自分の一生を任せられる。そう理性で納得できないと、結婚したってろくなことにならない』

ワルドは重々しく肯くと、杖を握る左手を胸の前に置いた。

『あなたが、子爵に人生を任せられないと言うのなら……』

「誓います」

『……はっきり断っておあげなさい。それが礼儀よ』だっただろうか。

 ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移した。

 自分の、人生を預ける相手と……。

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン」

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

「汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを誓うか?」

 汝あなたに問うわ。汝あなたは、彼に。


 ワルドに、自分の人生を預けられる?

……ルイズは、返事をしない。

 わからない。でも、嫌いじゃない。

 多分、好きだとも言えると思う。

「……新婦?」

 なら。それならば、どうしてこんなに切ないんだろう。

 どうして、こんなに気持ちは沈むんだろう。


 ……なぜ、わたしは、答えに詰まるのだろうか?


やはり、ルイズは返事をしない。

 滅び行く王国で、このような式を挙げることがイヤだから?

 そうではないと思う。それだけなら、こんなに気持ちは沈みこまなかったはずだ。

「新婦? どこか、具合でも悪いのか?」

 では、望んで死に向かう王子に。王子に捨てられた姫さまに、遠慮をしているの?

 違う。確かにそれは悲しいことだけれど、答えに詰まる理由にはならないはずだ。


 それほど明瞭な理由なら、わたしはきっとはっきりと告げる。

 正直に。それが、わたしのささやかながらの誇りだから。

それでも、ルイズは答えない。

 では、なぜ。



 そう考えたとたん、脳裏に一人の青年の顔が浮かんだ。


 ――サイトだ。

 自ら呼び出したあの使い魔の不機嫌そうな顔が、ワルドに負けたときの普通を装った顔が、頭の中を流れた。







「うわ、うわ、うわ……」

「ほ、ほんとに大丈夫かね?」


 シルフィードの上に乗っかってからも、イーグル号とマリー・ガラント号のタラップが外されても、才人は奇妙な異常を訴え続けていた。



「な、なんか段々視界が捩ねじれてきたぞ?
 な、なんだこりゃ? 病気か? それとも魔法か?
 なんなんだよ一体?」


「そりゃ俺たちが訊きてえよ! いったいどうしたってんだヒラガ?」


 皆の視線と不安を一身に受ける中、歪みに歪んだ左目は、一瞬にしてある像を結んだ。



「うわ! な、なんだこりゃ! なんか見えるぞ!」


 果たして、その左目には、ギーシュやタバサが見える右目とは別の、奇妙な光景が映し出されていた。



「なんだね、何が見えるって言うのかね!」


 そこには、ここに居ないはずのキュルケが、ワルドが、ウェールズが、こちらを覗き込んでいる様子が映し出されていた。


 どこなのかまではよく分からない。

 わからないが、アニメなんかで見た、教会の内装って奴はこんな感じだったように思う。



「これは……」

「「「「これは?」」」」


 これは、多分。



「……ルイズの、視界だ」



 ギーシュは、ワケがわからないというように首を捻っている。

 タバサは、目を少し見開いている。何か思い当たる節でも……。


 ふと、自分がこっちに来た日にルイズが言ったことに思い当たった。



 『使い魔は、主人の目となり、耳となる能力が与えられる』。

 そんな内容だったはずだ。


 己が使い魔である証の、左手の痕ルーンを見やれば、武器デルフやシェルを握っているわけでもないのに、仄かに光を放っている。



 ひょっとして、これが原因か?

 でも、なんだってこんな急に……?







「新婦?」

 あの日。学院で、ワルドと再会した日。

ワルドがウェールズを、片手で制した。

 思えば、あの日からずっと。

「ここは、僕が……」

 違う……。

 本当はサイトが、『風』の魔法を使ったあの日から、ずっと。

そう言って一歩を踏み出そうとしたワルドを、さらに別の手が制した。

 わたしはサイトと、向き合ってこなかった。
「キュルケ?」

 わたしは、サイトと、本当の意味で言葉を交わさなかった。
「あたしに任せてくださらない? 女同士の方が、こういうのは得意ですのよ」

 どうしてだろう。

 サイトに、会いたい。会って、話をしたい。
「……任せよう」

 でも、なんで今、そんなことを思うの?

キュルケはニッコリと微笑み、ルイズへと一歩を踏み出した。

 それは、きっと――



「……ルイズ」

「ふえッ!」


 内心で結論を出し、我に返ったルイズは、自分を覗き込んでいるキュルケの顔に気付いて思いっきり驚愕した。



「大丈夫?」


 そう言ってくるツェ――キュルケの顔は、本当に心配してくれていると思える顔で。

 その向こう、ウェールズ皇太子は苦笑して、ワルドはいつものように微笑んでいて。



 それ・・に気付いた時、わたしは、わたしの心を決めた。



「緊張しているのかい? まあ、仕方がないか。
 初めてのことは、それがなんであれ緊張するものだからね」


 ウェールズは、苦笑しながら言葉を続ける。



「まあ、これは儀礼に過ぎないことだが、儀礼には儀礼の価値と意味がある。
 では、繰り返そう。

 汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを――」


 ウェールズが言葉を続ける中、ルイズはゆるりと、だがはっきりと、首を横に振った。



「――新婦?」

「……ルイズ?」

「ルイズ――」


 怪訝な顔のウェールズとワルドが、心配そうなキュルケが、ルイズの顔をまじまじと見つめた。

 ルイズはキュルケに軽く眉を落として微笑むと・・・・、ワルドに向き直り、瞳に涙を浮かべ、潤んだ視界で再び首をふるふると振った。



「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」


「……違うの」


「日が悪いのなら、また改めて――」

「違うの。そうじゃないの。
 ……ごめんなさい、ワルド。わたし、あなたに応えられない」


 ワルドの時が、凍りついた。

 いきなりの"花嫁"の拒絶に、ウェールズは面食らいながら言葉を発した。



「……新婦は、この結婚を望まぬのか?」

「そのとおりでございます。

 ――お二方には大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」


 ワルドの顔が、さっと紅く染まった。



「子爵、まことにお気の毒だが、花嫁の望まぬ式をこれ以上進めるわけにはいかぬ」


 ウェールズが困ったようにそう告げる。

 だが……、ワルドはそれ・・を耳にした様子も無く、視線一つ動かさずにルイズの手を取った。



「…………緊張、しているんだ。そうだろルイズ。
 きみが、僕との結婚を拒むわけがない。そうだろう、ルイズ」

「ごめんなさい、ワルド。
 憧れなのよ。もしかしたら恋だったのかもしれなかった。

 でも、憧れだったの。今は、もう違うのよ」


 その途端、ワルドの気配が一変した。

 両手はがっしりとルイズの肩を掴み、双眸はきつく吊り上がり、その面持ちは、どこか爬虫類を思わせる冷たいものへと変わった。



「い、いたっ……」

「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる。そのために、きみが必要なんだ!」


 熱っぽい口調で段々叫ぶように話し始めたワルドに、ルイズは脅おびえながら、それでも首を横に振る。



「……わたし、世界なんか、いらない」

「僕にはきみが必要なんだ! きみの能力が! きみの力が!」


 ワルドはカミソリを思わせる語調でルイズへと詰め寄った。



 ルイズは、ただただ恐ろしかった。


 あのワルドは、優しかった昔のワルドは、何処へ行ってしまったのだろう。



 ――これは、誰なんだろう?


 後ろへ思わず後ずさると、キュルケがワルドとの間に出来た隙間に割り込んできた。



「ちょっと、脅えてるじゃないの。もう少し落ち着い――」

「黙っておれ!!」


 ワルドはそう叫ぶと、思いっきり左手でキュルケの横っ面を張り倒した。

 キュルケは勢いよく跳ね飛ばされ、辺りの長椅子の群れへと突っ込んで、それが壊滅的な轟音を奏でる。


 そんなGを子音に持つけたたましい音をBGMに、ワルドはなおも捲くし立てる。



「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか!
 きみは始祖ブリミルにも劣らぬ、優秀な魔法使いメイジへと成長するだろうと!
 きみは自分で気付いていないだけだ! その溢れんばかりの才能に!」


「ワルド……、あなた――」



 ――いったい、何が彼を、こんな人物へと変えてしまったのだろうか――







「お、おい! サイト!
 サイト、何処へ行くんだ!」


 才人は、その声に振り向くことなく、自分たちが朝、ここへきた通路へ――城へと向かう一本道へと、迷わず飛び込んでいった。



「ああもう――ミス・タバサ! 後は任せたよ!
 ぼくは、サイトを追う! 追って連れ戻してくる! きみは、下で待っていてくれ!」


 ギーシュはそう叫ぶと、シルフィードから飛び降りて、才人の後を追走していく。

 その姿が見えなくなった頃、シェルンノスと、もう一頭の声が、タバサの耳に届いた。



「――で、どうするんだ嬢ちゃん」

「きゅい。もう、凧フネが出ちゃうのね」


 タバサは、二艘そうの凧フネの方を見やる。

 なるほど、もやい綱は既に解かれ、その船体は宙に浮かぶところだった。



「あいつらを捨て置いて、凧フネの護衛を務めるか。
 それとも、あいつらを待つか?

 ――二つに一つだ」


 タバサは、降下を始めた凧フネを見て、才人とギーシュの駆けて行った洞みちを見て、もう一度、凧フネを見て――

 "きっ"と、視線を強めた。







「子爵! 乱心したか!
 今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ!
 さもなくば、我が魔法の刃が君を撃ち抜くぞ!」


 ウェールズが突然のワルドの乱行に驚いた硬直時間から立ち直り、ワルドに杖を向けてそう怒鳴った。

 ワルドはそれに杖の一振りと『風槌エアハンマー』で応えると、ルイズの手を柔らかく握った。

 ルイズはその途端、蛇に絡みつかれたような悪寒に襲われた。



「ルイズ。きみの才能が、僕には必要なんだ」


「わたしは、そんな、才能のある魔法使いメイジじゃないわ」

「だから何度も言っているだろう! 自分で気がついていないだけなんだ、ルイズ!」


 ルイズは、ワルドの手を振りほどこうともがく。


 だが、身を捩れば捩るほど、ワルドの手からはもの凄い力が加わっていく。

 そのまま握りつぶされそうな痛みを堪えながら、ルイズは叫び返した。



「もし、本当にそんな力がわたしにあったとしても――こんな結婚、死んでもイヤよ!

 あなた、わたしを愛してなんかいないじゃない!
 あなたが愛しているのは、在りもしない魔法の才能だけじゃない!
 そんな理由で結婚しようだなんて、こんな侮辱は――」


 ルイズは、思いっきり片足を引くと――


「――無いわ!」


 思いっきり、高々と振り上げた。



 その爪先ハイキックはワルドのアゴを掠め、一瞬手の力が弱まった。

 その隙に手から逃げ出し、距離を取って向かい合う。


 捲くし立てたせいか、息が少し上がっている。

 息を整え見つめる先、ワルドが、昔のような――それでいて、仮面のような微笑みを浮かべた。



「こうまで言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」


 怒りで、声が震える。



「いやよ。誰が、あなたなんかと結婚するもんですか。
 金輪際、僕のなんて言わないで。虫唾が走るわ」


 そうルイズが返しても、ワルドは微笑みを浮かべたままだ。

 まったく変わらない表情というものは、こうも恐怖を煽るものなのか?


 そんな微壊ほほえみを顔に貼り付けたまま、ワルドは天を仰いだ。



「この旅で、きみの気持ちを掴むために、随分と努力したんだが……」


 そのまま両手を広げると、ワルドは大げさに首を振った。



「こうなっては、仕方がない。目的の一つは、諦めるとしよう」

「――目的?」


 なんのことだと、ルイズは疑問符を並べる。

 ルイズの呟きを聞いた途端……、ワルドの微壊みはいっそう口角を吊り上げ、禍々しい焔々壊みほほえみへとそのカタチを変えた。



「そう、目的だよルイズ。この旅における僕の目的は、三つあった。
 その二つが達成出来ただけでも、よしとしなければな」

「達成? ……二つ? どういうこと?」


 ワルドは焔々壊みを僅かたりとも崩さず、右手を掲げた。

 人差し指だけが立てられている。



「一つ。これはきみだ、ルイズ。まあ、これは果たせぬようだがね」

「当たり前じゃないの!」


 ワルドは気にした風もなく、中指を立てた。



「二つ。これはきみの懐にある、アンリエッタ・・・・・・の手紙だ」



 ……今、コイツは、何と言った?



「ワルド……、あなた「そして、三つ目」」


 ワルドが高々と杖を掲げると、その杖に風が纏わりつき、青白く光を放ち始める。



「――貴様の命だ! ウェールズ!」


 そうして振り下ろされた杖から、青白く細長いトゲが飛んで、刹那の時をもってウェールズを……、



「……なに?」


 貫くことなくトゲは空中で焔に呑まれ、全てを灼かれて・・・・消え失せた。


 ワルドは壊れた笑みを消すと、能面のような表情でその炎の飛んできた方向を振り向いた。

 ルイズもそれにつられ、そちらの方に視線をやった。



「何の真似だ。キュルケ」


 そこには、頭から血を滴らせながらもイイ笑顔を浮かべて、火球を先端に浮かべた杖をワルドへと向けたキュルケの姿があった。



「なんの真似、とはご挨拶ですわね、ミスタ・ワルド。
 あなたの凶行を止めてさしあげたのだから、むしろ感謝して欲しいくらいですのに」


 そう微笑みながらキュルケはのたまった。

 ワルドの眉が、訝しげなものへと変化する。

 ルイズは、そんなキュルケの様子よりも何よりも、先ほどのワルドの行動そのものの方が重要だったらしい。



「貴族派……、あなた、アルビオンの貴族派だったのね! ワルド!」


 そう喚くルイズに、ワルドは冷ややかに答える。



「いかにも。僕は『聖邦復興連盟レコン・キスタ』が末席に名を連ねる者。
 ジャン・フランシス・ヴィコント・ド・ワルドだ」


「どうして! トリステインの貴族のあなたが、どうして!?」

「我らは、ハルケギニアの将来を憂い、一点に集いし貴族の集合体だ。
 我々の間に、国境はないのだよ」


 そう言って再び杖を掲げようとするワルドだが、キュルケが放った炎が鼻先をかすめ、それを下ろす。



「……ハルケギニアは我々の手で一つとなり、Magnus大くよ始祖ブリミルの光臨せし『聖域』を、Turbidus病み――取り戻すのだ」


「……昔は。昔は、そんな風じゃなかったわ。
 何があなたを変えたの? ワルド」



「月日と、数奇な運命の巡り会わせだ。Solo集い
 それがきみの知る僕を変えたが、Rui見据えよ今ここで語る気にはならぬ。Ventosus風
 ――話せば長くなるからな」


 ワルドが軽く杖を揺らすと、キュルケの体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 あの日、サイトを吹き飛ばした呪文。


 『震風ウィンドブレイク』だ。


 それを目の当たりにしたルイズが思い出したように杖を握り締め、ワルド目掛けて振り上げようとした。

 だがそんな行動も、『閃光』の名を持つワルドの前では間に合わない。


 振り切ることも出来ずに喉を一突きされ、礼拝堂の入り口近くまで吹き飛ばされた。



「がはっ……、ごホっ、ひゅゥッ、ゲほッ」


 気管に強い衝撃が走り、全身を打ちつけながら転がって止まったルイズ。

 目からは涙が溢れ、息をするだけでも激痛が奔り、まともに呼吸をすることさえ難しい。



「――た■け■……」


 立ち上がることも出来ない。

 ただの一突き、魔法すら使わぬ一突き。


 それだけでも、ルイズの運動能力を阻害するには充分すぎた。



「■ずけ■」


 声にならぬ声を上げるルイズを見下ろし、ワルドは芝居がかった大袈裟っぷりで首を振った。



「だから。だから共に、世界を手に入れようと誘ったではないか!」


 再び無造作に杖が振るわれ、『震風ウィンドブレイク』が飛んだ。

 それは背後で立ち上がりかけていたウェールズを吹き飛ばし、始祖ブリミルの像を崩落させる。



「ゃ、ぁ……、たす■、て……、■す……」


 酸素が届かない脳で、ひたすらここにいない己の使い魔を、求めて祈る。

 もう、声を出せているかもわからない。


 それでもルイズは、助けを求め続ける。



「言うことを聞かぬ小鳥は、首を捻るしかない。

 そう思わないかい? ――ルイズ」



 遠くなり始めた耳にワルドの声が届き、その杖がパチパチと音をたてて光り始める。

 『雷撃ライトニングクラウド』だ。



「残念だよ。この手で、きみの命を奪わねばならないとは……」


 アレを受けてはいけないと、全身が叫びを上げるが…最早、ルイズは意識すらも保てない。



 ――たすけて――



 そう最後に祈りを託して、ルイズの意識は闇に融けた。

 その耳に、何かの砕け散る轟音を捉えながら。









 ……いま、いったい、何が起こったんだろう。


 あたしが痺れて軋む体を罵倒しながら杖を掲げ、こちらに背を向けて『雷撃ライトニングクラウド』を唱えているワルドに『火球ファイヤーボール』を打ち込もうとした途端。

 何故か、ワルドの左手側にあった壁が弾けとんだ。


 その瓦礫と土埃がルイズも、ワルドすらも隠してしまい、狙いがつけられなくなってしまったわけだけど。



 ……土煙が晴れてきた――え?



「……サイト」


 薄れていく土煙の中、剣を振り下ろした姿のサイトと、それと切り結ぶワルドの姿が、そこにはあった。





「――貴様」

「――テメェ」



 俺とワルドは、同時に吐き捨て、同時に得物を振るって距離を取った。


 ちらっと足元のルイズをみれば、喉は真っ赤に腫れあがり、涙をこぼしながら、ぴくりとも動かない。

 正面右手に、壊れた長椅子の背を支えにして立ち上がりつつあるキュルケが見える。

 さらにその向こうには、上半身の無いナニモノカの像と、その真下でよろめきながら立ち上がる王子さま。


 そして、真正面。



 ――そこにこの惨状を造り上げた、『元凶』ウラギリモノがにやりと嗤いながら佇んでいた。



 ぎりっ、と奥歯が鳴る。

 負けられねえ。


「赦さねえ」



「なぜ、ここが分かった? ガンダールヴ」


 嗤ったまま、ワルドが嘯うそぶきやがった。

 裏切り者にきく口なんぞ――ねえよッ!


 二歩で距離を詰め、勢いよく、大上段から力任せにデルフを振り下ろす。

 だが、当たるどころかワルドにはカスりすらしなかった。

 ワルドは高々と飛び上がり、砕いた像の上へと飛び移った。



「ああ、そうか。
 そういえばきみは、ガンダールヴである前に使い魔だったな。Impleo満たせ
 主人の危機が目に映ったか?」


 腕を組んでそう呟いたワルドは、再びその場から跳躍し――次の瞬間、像の残骸は風に砕かれ、炎に灼かれ、台座だけ跡に残してこの世から焼失した。


 頭上、シャンデリアの上に乗ったワルドを見上げながら、思いっきり叫ぶ。



「よくも、騙してくれやがったな!
 ルイズは、テメエを信じてたんだぞ! 婚約者の、憧れだったテメエを……」


 その間に、どうにかしてあそこへ登る手段がないか、辺りを見回す。



「ハ。信じるのは、そちらの勝手だろう? 騙されるお前たちが悪い」


 こんなヤツには、負けてやらねえ。


 さっき、キュルケと王子さまに壊された像のあった台座が目に留まった。



「それにしてもImpleo満たせ、不意討ちとは随分だなキュルケ、ウェールズ」


「ぬかせ、下郎。貴様とて不意を打ってくれたではないか。二度も」

「生憎とあたくし、宿敵しんゆうを虚仮こけにされて黙っていられるほど、お人よしじゃあございませんのよ」


 むっちゃイイ笑顔なのに笑っていないキュルケと、怒り心頭の様子のストレートに言って能面顔な王子さまが、ワルドの戯言たわごとを切り捨てる。


 ……だめだ、シャンデリアまで届く気がしねえ……っと!


 嫌な予感と"揺らいだ"空気に、咄嗟にルイズを抱えて後ろに跳び、一秒。

 さっきまでルイズの転がってた床は砕け、大理石の小さい瓦礫カケラが飛び散る。



「ほう、よくかわしたなガンダールヴ。Impleo満たせ
 その調子で、僕を楽しませてくれないか?」


「テメェ、卑怯だぞ! 降りてきやがれ!」

「なぁに、もう少しの辛抱だ。Impleo満たせ
 もう少し待てば言われずとも、 Beorc産まれよ――降りていったともUr力――」



 なんだと?



「まさか……ッ、させん!」


 王子さまが、シャンデリアに向けて杖を振り。



「遅いな。
 Particulariterそこに在れ Magnus大いなる Ventosus風よ――!」


 ワルドが呪文を唱え。

 シャンデリアを吊るす鎖が断たれ。


 砕け軋むシャンデリアと共に……ワルドたち・・は、地上へと降り立った。



 二人のワルド・・・がキュルケたちの方へ。

 シャンデリアを挟んでこちら側に、三人のワルド・・・が。



「…………分身までしやがるのか、魔法使いメイジってヤツは!?」

「残念ながら、これは『分身ダブルスペル』ではない。『偏在ディヴィジョン』だ。

 風とは、『個』を持たぬ元素でな。
 風を極めしもの、大気の繋がるところ何処いずことなく彷徨い現れ、その距離は意志の強さに比例して際限なく伸びてゆく」


 ワルドの全ての分身たちは一斉にそう呟くと、懐から額から鼻までを覆う真っ白な仮面を懐から取り出し、装着した。


 その姿は。

 髪こそ結ばれていないが、紛れもなくこの姿は……、



「――仮面の男」


 フーケ襲撃の夜、あの宿でタバサに奇襲し、『雷撃ライトニングクラウド』をぶっ放したクソ野郎の姿、そのものだった。

 コイツには、負けたく、ねぇ。



「テメェだったのかよ。なら、フーケを脱獄させたのも、テメエの仕業か。



 器用な真似をしてくれんじゃねえか。おまけにどこにでも現れるだって?

 ――おもしれえ」

 いつもと同じ、それでいていつもにはない凄みが込められた好奇心は、たった今ワルドが使った魔法に向けられている。



「いかにも」


 この魔法の効果持続時間はどの程度か?



「しかも、一つ一つが意志と力を持っている」


 この魔法の、消費魔力はどのレベルか?



「既にコピーが一体でも存在している場合、そのオリジナルがこの魔法を再び使用することができない、というのはネックだがね」



 ――この魔法を、徹底的に、根底からブチ破る方法は無いか?



「その程度、気になることでもないだろう?
 これだけの戦力差があればな!」


「おーい、サイ……と、ぉぉおおおおお!?
 なんだねこれは!? なんで子爵がこんなわらわら居るんだね!?」


 ワルドの杖は、突然乱入してきたギーシュに向かって振り下ろされた……って間が悪いにも程があるぞバカヤロウ!

 咄嗟にギーシュと杖の間に割り込んで、俺はデルフを横に薙いだ。


 ザシュ! っと聞こえない音を立てて、的確にワルドの飛ばした"歪み"を切り捨てる。



「なるほど。どうやら、ただの剣というわけでは無いようだ。
 いや、これはこの私の『雷撃ライトニングクラウド』を軽減した時、気付くべきことだったな」


「さ、ささ、サイト! 一体なんなんだねこの状況は!? なんで子爵がぼくに杖を――」

「ワルドは裏切りモノだったんだよ!」

「んなこたどーでもいいから、小僧もちっと手伝いやがれ! そら来るぞ!」


「な、な、ななななな!?」


 ――俺は、負けねえ。



 闘いが、始まる。







 さて、シャンデリアに分断された対岸では、既に戦闘は始まっていた。

 キュルケとウェールズは動きの鈍い体を引き摺りながら、二人のワルドと十数歩の距離を離し、散乱する長椅子を盾にしながら対峙している。



「く、もっと早く気付くべきだったか……。よもや4体もの『偏在』を解き放つことが出来るとは!」

「ミスタ・ギトーの唱えようとしてたのはこれだったのかしら……?
 確かに、これは最強と言い放てるだけのものはありそうね」


 軽く『火球ファイヤーボール』を左手のワルドへ放ってみる。

 すると、左手のワルドは『突風ガスト』によって『火球ファイヤーボール』を跳ね返し、おまけに右手のワルドが『風槌エアハンマー』を放ってきた。

 どちらも、正確に杖を持つキュルケの手へと飛んでくる。



「いかん!」


 すぐさまウェールズが横殴りの『突風ガスト』を唱えてくれたお蔭で、『火球ファイヤーボール』と『風槌エアハンマー』は腕を掠めて壁へとぶち当たり、四散していった。

 肝を冷やしながら、キュルケが嘆息する。



「……参ったわね。コンビネーション、完璧じゃないの」

「それはそうだろう、どちらも自分自身なんだ。
 これほど厄介な相手も、そうは居まいよ。迂闊に動くのは拙い」


 お互いが詠唱を隠して溜めあい、どちらかが動けばそれがリセットされる。

 先ほどから、こちら側の戦闘風景はずっとこんな調子であった。



「それなのよね……、どうしたもんかしら。
 片方ずつなら、何とか出来そうなのに」


 ふ、とワルドたちが鼻で笑った。



「あら、何がおかしいのかしら?」

「「なに、決まっているだろう?
 『トライアングル』の身で、『スクウェア』二人に勝つつもりでいる、その気楽な思考回路がだよ」」


 ステレオで馬鹿にするワルドたち。

 は、とそれを馬鹿に仕返すように嘲るキュルケ。



「「何がおかしい?」」

「あら、決まっているじゃありませんの。
 クラスの差が、絶対的な戦力の差ではないということを、あなたに教授して差し上げますわ」


 そう言って不敵にも微笑み続けるキュルケの姿が、そこにあった。



 ちなみにキュルケはいま現在笑っているわけだが、彼女には一風変わった特徴がある。

 キュルケは、怒れば怒るほど、声が落ち着き、態度は余裕を奏でていくのだ。


 ――キュルケはいま。完璧に、キレていたのである。







 ここで、一旦視点を戻そう。


「どうして、死地に戻ってきた?
 お前を見ることのないルイズのために、なぜ命を捨てる?」


 キュルケ・ウェールズ組の戦闘を"静"の戦闘とするなら、こちらは圧倒的なまでの"動"の戦闘である。

 いや、そこは既に、戦場であった。



「なんでテメェはルイズを殺そうとしやがった! 婚約者だろうがよ!」


 三人のワルドはそれぞれ先ほどウェールズを打ち貫こうとした魔法――『風棘エアニードル』を使い、青白く光らせている。



「お前は己になびかぬ、敵対する者であろうとも生かしておくのか?」


 中央のワルド(本体?)が言うには、杖そのものに魔力を纏わせ尖らせる、武器強化的な魔法だそうだ。



「ああそうだよ!
 テメェは、味方になるかも知れねえ奴を、恩のある奴を自分で殺すことができんのかよ!」


 常に杖から魔力を放射するようなものらしいので、デルフで打ち合わせても斬ったりすることは出来ないようだ。



「そうだとも!
 ああ、やはり貴様はルイズに恋していたか?
 叶わぬ恋を、主人に抱いたか!」


 実際、先ほどからガスガスとデルフと激しく受けたり流したり打ちかかったりしているのに、折れる気配も無ければロクにこたえた様子も無い。



「ちげえよバぁカ!」


 ギーシュの『戦乙女ワルキューレ』に至ってはさらに凄まじい状態で、先ほどから両断されては錬金、両断されては錬金を繰り返して、なんともツギハギだらけな異容と成り果ててしまっている。



「どう違うというのだ!
 それとも何か、ささやかな同情を恩と勘違いでもしたか!」


 おまけにこちらから攻撃しようにも、こいつらは一向に隙を見せやがらねえ。



「俺がテメェを嫌いだからだよ!
 だいたい、俺は、使い魔だ!
 主人を助けて当然なんだろうが! 文句あっか!」


 いや、一人一人には結構な隙があるんだ。


「まったく、平民の思考は理解できぬよ!」


 なのに、その隙を次の一人、次の一人と波状攻撃で潰してくる。



「俺にだって貴族の考えることなんかわかんねえよバカヤロォ!」


 お蔭で、ずっと守勢に回り続けなくちゃならねえ。

 お前はどこのJジェッ◆Sス▼リーム■★▲ックかとツッコミたくなるぐらい鬱陶しいなこの野郎!



「ふ、平民と『ドット』にしては随分と粘るではないか。
 だが、所詮しょせんはその程度。
 『偏在』に手も足も出ぬようでは、伝説の名が泣くぞ?」


 二人が同時に踏み込んで、杖を思いっきり振り下ろした。

 隣で戦っていた『戦乙女ワルキューレ』が首を落とされ、腰を斜めに割られ、真上から降ってきた『風槌エアハンマー』に潰され、打ち砕かれる。



「ぅわっ――」


 そのまま首と腰を断ち割った2本は構えたデルフを直撃し、俺の体は振り回されるようにしてギーシュの足元まで投げ飛ばされた。



「くっそ、ジリ貧じゃねえか……、おいデルフ、お前あの杖、本当に斬れねえのか?」

「無理だぜ、相棒。ありゃ、常に魔力が供給され続けてっからな。ちまちまと吸ってたんじゃ、埒があかねえよ」

「じゃあ、一気に吸えよ!」

「無茶言うんじゃねえ、アレで精一杯だよ!」


「ああクソ、じゃあギーシュ!」

「ぼ、ぼくかい!? ってこら、サイト、前見たまえ、前!」

「前だぁ!? ってだぁあああッ!」


 ギーシュの言葉に会話を中断して振り向いてみれば、ワルドの一人が杖を構えて突っ込んできていた。

 他の二人は、ニヤニヤと笑いながらその後ろの方でこっちを見てやがる。


 ナメてやがんのか畜障。

 いや楽になったから別にいいんだけど。


 突っ込んできたワルドと鍔競り合いをしながら、気合と根性でギーシュに訊ねる。



「お前、『錬金』以外になんかできねえのかよ!」

「自慢じゃないが、出来ん!」


「ほんっっと自慢じゃねぇええええええッ!
 だったらさっさと『錬金』しろ『錬金』! なんとかして手伝え!
 いま後ろの二人が来たらシャレに、ってキタ――――――ッ!!」


「そんな無茶苦茶な――ぁ」

「"ぁ"って何だ、"ぁ"って!
 いいから早く速くハヤくもうだ「ぁ」みぇ?」


 なんか語尾が狂ったけど、何秒かの間、確実に時が止まった。


 正面、超至近距離で鍔競りあってるワルドは、後ろを振り返り。

 俺も、なんか聞こえた生々しい音に動きを止め。

 突っ込んできていた左側のワルドは、呆然と己から見て左側を見つめて立ち止まり。

 デルフは、一言呟いたっきり完黙して。


 何より、その光景を作り出したギーシュ本人が、目を見開いて固まった。



 俺から見て・・・・・右側から突っ込んできていたワルドは、砕けた『戦乙女ワルキューレ』の欠片から生えた・・・、数えるのもイヤになるくらいの、青銅の――そう、竹林・・に、全身をくまなくぶっ刺されて。

 血やら臓物やら骨やらの類を、これでもかと辺りにぶちまけ――痕跡も残さず、ただの魔力塊と化して。


 それらのブチマキものごと、この世界から消失した。



 俺たちが正気に戻ったのは、それから5秒あまりが経過してからのこと。

 わずか、5秒。

 だが、全てを決着に導くには、それで充分だった。







 あちら側で起きていた喧騒が、不意になりを潜めた数瞬。

 それが訪れた一瞬の間に、キュルケは杖を振るっていた。


 その先端から飛び出したものは、いつも通りの『火球ファイヤーボール』。



「またそれか! 芸がないな、君は!」


 そう左側のワルドが叫び、『突風ガスト』を解き放って『火球ファイヤーボール』を押し戻す。

 そして、右側のワルドが杖をかざし。



「芸が無いのは、どちらかな?――Vesci喰らえ」


 ウェールズが、先に杖を振るった。

 それによって生まれた魔法は――



「な――『裂風エアブラスト』だと!」


 『風刃エアカッター』の上位魔法。

 風の刃を渦巻かせることでより強力な切断力を得た、言わば"チェーンソーカマイタチ現象"。


 揺らぎながら飛ぶソレは、同じラインスペルでありながらも右のワルドの『風槌エアハンマー』を圧縮レベルで上回り――『風槌』を、右のワルドを、胴体から両断した。



「『風』の王族に、『風』のスクウェアが勝てる――そう考えられるお気楽な思考回路には、確かに笑わせていただいたよ」


 それは、実に痛烈な皮肉。

 盛大に顔を顰しかめた右のワルドは、あっさりと魔力塊に還り、霧散していった。



「く――、だが、貴様の援護を受けなかったキュルケは、自らの炎に――なに?」


 残されたワルドが負け惜しみを口に出そうとして、キュルケの方を見たとき――ソレ・・は、其処に或った。

 キュルケの眼前――杖の先に浮かぶ、蒼く輝く炎は。其処に、在った。



「なんとか、間に合ったわね……。

 そうよね。
 自分の得意分野を、余すところ無く使えばよかったのよ。
 最初から、こうすれば良かったのね」


「なにを、言って――」


 ワルドが呟くと、キュルケはにっっっっこりと微笑んで。



「なに、至極、簡単なことですわ――Krümme dich.お逝きあそばせ」



 杖を、振るった。

 杖に灯った蒼い炎は、跳び退ったワルドの立っていた床を直撃して――


 跳び退ったワルドの他、シャンデリアや盾にしていた長椅子の半分を呑み込み、その範囲全てを火柱に包み込んだ。



 『焦壁ブレイズウォール』。

 火の3乗、蒼き炎がもたらす炎の攻性防壁・・・・は、幅1m、高さ3m、奥行き4mほどの空間を、綺麗サッパリと焼却し尽くして、2秒で消え失せた。

 その跡に、何を遺すこともなく。



「なんとも、派手なことだね」

「情熱と破壊が、火の本領ですので。――え?」


 炎が消え、ワルドが消え、シャンデリアが消えたその向こうに。

 キュルケは、ありえないものを見た。



 見つけて、しまった。





 ――サイ、ト。
 サイトが、たたかってる。
 まけ、ないで――、サイト。
 わたし、の――――――、つかいま。





 初めにその空気の中で動いたのは……、左、立ち止まっていたワルドだった。


 いや、動いたというよりは、動かされた、というべきだろうか。

 ぼごん、と。

 明らかにナマモノが立てる音ではない音をあげ、その上半身は頭と、両腕だけを残して、もののみごとに爆砕した。


 千切れとんだ頭が空中でくるりと前転し、魔力塊に戻り、まさにいま斃れ伏そうとしていた下半身ともども、世界へと溶けていく。


 後ろから、微かな声が聞こえる。



「――え――消え――た?
――わたしの――魔法で――」

 息も絶え絶えなその声は、紛れもなくルイズで。

 次に再起動したのは、よりにもよって、俺の目の前のワルドだった。

 思いっきり杖に力を加えられ、危うく斬られそうになったところで、ようやく俺も再起動を果たした。



「……Terebratio貫け」

 そしてワルドは、

「Volatus空を舞う」

 俺にも理解できるくらいの声の大きさで、

「Spina茨の」

 俺に、見えるように、

「Reflatus逆風――」

 呪文を完成させ――



「逃げろ、ルイズ!」


 シャンデリアが、蒼色の炎に包まれて、



「――ぇ――」


 立ち上がったばかりの、ルイズに、



 まだ足元もおぼつかない、ルイズの左胸へと風の棘が飛び、


  乱れた夏の空が、



「――ぇ」


   その手の短剣が、



「――ぁ」


 ずぶりと、鳴って。



「――な」


  ふわりと、揺れて。



「――」


   かたりと、落ちた。





  とサりと、小柄な体ガ、



「ぁ――」



    ぴちャりと、赤イ液体が、



「あ――」



  さらリと、見慣レた"蒼"が、



「あ゙――」























 落ちた。







「あ――」





 これハ誰だ。





「あぁあアァ―――」





 こレハ、誰だ。





「アアアァァアァァアアアアアアァアアアアア――――!」





 コれハ――





















たばさ、ダ。







 俺が■ナせタ。



 お前ガ■なセた。



 オ前Ga、■シた。



 俺が、■シた。



 俺ヲ■th。



 オまEヲ――







 「殺ス」























 この少年は今、なんと言った?

 僕を殺す?

 笑えない冗談だ。


 今、後ろから、前から届く殺気の主にならそれも可能かもしれない。

 いや、現に既に『偏在』は消されている。


 だが、あの程度の。

 剣士にも届いていない、素早いだけの少年に。

 あの程度の、錆びた剣に。


 この僕が、殺されるハズなd──









 ……何が、起きているのか。

 ……何が、起きていたのか。



 今度は、いったい、彼は、何を起こしたのか。



何故、


何故、ぼくの錬金は、あのような光景を生み出してしまったのか。


 何故、彼の錬金が、あのようなモノに、変わり果てたのか。



 何故、ルイズの魔法は子爵の偏在を消すことができたのか。


何故、ルイズの魔法は、成功しなかったのか。


何故、ルイズは、魔法を失敗しなかったのか。



 何故、


何故、彼女はここに居たのか。 .


彼女は、凧フネの護衛についたのではなかったのか。



何故、


何故、         .


 何故、彼の錆びた剣は、子爵の杖に触れた途端、光を放ったのか。



      何故、


何故、いま彼は、錆びた剣ではなく、朱金に煌めく片刃の・・・長剣などを手にしているのか。


何故、子爵は、心中線から二つに割れているのか。



何故、



何故、                          .



                          何故、



 何故。







 何故、子爵の、体は、消失を、始めているのか。





 何故、





何故、





何故、                 何故、





何故、                      何故、                       何故、







 何故。 



























 
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