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fate/vacant zero

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風の訃報





「――――――おい」



 手の中の、赤みがかった片刃の直刀の重みが、現実感を俺に与える。



「――――おい」



 左右、真っ二つに割れたワルドの残りカスが、人を割る気持ち悪い感触を繰り返し俺に思い起こさせる。



「――おいヒラガ」



 正面、表情が消えたキュルケの視線は、呆然とした皇太子の視線は、俺を捉えていない。



「――おぉぉい。なんだよ、無視するなよ」



 後ろ、低い人外の声の方に向けられている。



「――なあヒラガ。聞こえてるか?」



 呼ぶな。



「――ヒラガ」



 もう、呼ぶな。



「――ほら」



 そんなに呼ばれたら。



「――こっち向けって」



 振り返っちまうじゃ、ねえか。













Fate/vacant Zero

第十九章 風の訃報







「――やれやれ、やっと振り向いたか」

 足を踏み出すのって、こんなに難しかっただろうか。

 よたよたとよろめきながら、でも俺の視線は小揺るぎもせずに、そこだけを見つめて。

「――あー。相棒、とりあえずちょっと落ち着こうぜ」

 そこの。

 血の海を拡げつづける、タバサの目の前に、膝が落ちた。


うつ伏せに倒れたタバサを、そろりとひっくり返す。

「――お、おいおい。大丈夫か?」

 俺は。

「――おーい……、聞いてる?」

左胸に、赤く瞑い孔が空いて。

「――ダメだこりゃ」

 俺は、まだ。

「――重症だねぇ、相棒」

小さく開かれたままの唇が動かない。

「――あーもう。ほらシェル、構うこたねえから、さっさと戻しちまってくれよ」

 お前に、何も、返してないのに。

「――いいのか? こいつ放っておいても」

閉じられた瞼まぶたが、動かない。

「――いいのいいの。その方がダメージ少ないし」

 なんで――









「――え?」



ただ、その全身が、ぶるりと震えた。









 その場の全ての人間は、呆然とその様を見つめていた。

 しゅるしゅると、動かないタバサが縮んでいく。

 その全身が白く染まり、一瞬だけ光って――



 "タバサ"だったものは、小さな、木彫りの人形へと姿を変えた。



 言葉が出ない。

「だから落ち着けって言ったじゃねえか」

「や、あんなリアルスプラッタ見せられたら普通の人間は落ち着いてられねって。てか、なんで『物真似人スキルニル』?」

 剣たちの声がする。

「いや、ただ単に嬢ちゃん自身の魔力が相変わらず底辺ってただけなんだけどな。戦闘なんて出来るわけもなし」

「あー」

「おまけに凧フネの護衛もあるからな。そんなわけで、援軍のお鉢が俺に回ってきたわけだ」

 本物じゃなかったことを喜ぶべきか、愕おどろかされたことに怒るべきか。

「なるほどねぇ。しかしそうなると、オレっちたちどうやってここから逃げるんだ?」

「ああ、それなら心配いらねえよ。そろそろ来る」



 とりあえず。







「がーっ!」

「ちょ、どうした相棒!?」


 がりがりがりがりと。

 恥ずかしさに頭を掻かき毟むしりながら安心することにした。



「さ、サイト、ちょっと待ちたまえ!」

「血ぃ出てる、血ぃ出てるって! 落ち着けヒラガ!」

「――あ、タバサ、無事なのね……。
 ……後でからかってやろうかしら」

「まあ、死者が出なかったのは幸いかな。
 大使の一人をこんなことで死なせてしまっては、王家の面目丸潰れだよ」

「……」


 それにあわせて、皆も再起動を果たしたらしい。

 ルイズだけはタバサ人形の返り血をモロに浴びたからか失神中だけど。


 しかし、心配してくれるのがシェルとギーシュだけって正直、人としてどうよ?







 閑話休題それはさておき。


「なぁ、デルフ。いくらか質問があるんだけどな」

「なんだい、相棒」


「とりあえずお前、確か両刃だったような気がするんだけどさ。
 なんで形変わってんだ? 錆びも落ちてるし」

「あ、これか?
 いや、相棒がマジギレした拍子に、なんか引き摺られてなあ。
 どうもオレっち、自分に魔法掛けて姿変えてたみたいだわ」


 ふむ。つまるところ。



「――忘れてたんだな?」

「うん。いやぁ、相棒。鋭いねぇ」


「気付かん方がどうかしてるだろ。ていうか、引き摺られたってなんだよ?」

「ああ、それも引き摺られた拍子に思い出した。
 相棒、『神の盾ガンダールヴ』なんだよな」

「あ? ああ。それが?」


「いやぁ、懐かしいね。もう2000年も前の話になるのか」

「……なんの話だよ?」



「オレは昔、お前に握られてたぜ、『神の左手ガンダールヴ』。
 いや、さっきの心の震えを感じるまで完璧に忘れてたんだがな」



「――は?」


「いいか、相棒。肝に銘じとけ。『神の盾ガンダールヴ』の強さは、心の震えで決まる」


 デルフが珍しく真剣な口調で語る。



「魔法とおんなし要領さ。怒り、哀しみ、喜び、楽しみ、なんだっていいんだ。
 お前がそれを忘れねえ限り、オレは、『運命の剣デルフリンガー』はお前の武器だ」



 途方も無い話、って奴になるのかね。

 こいつの話をそのまま信じれば、こいつは2000年前の、伝説の武器ってことになるんだが。


 なあ、こんな軽くていいのか伝説。

 伝説の魔法使いメイジだの伝説の秘宝だの、その辺に転がってねえだろうな?

※転がってます。

「……まあいいや。
 それで、お前は何が出来るんだ? 必殺技とかある?」

「シェルじゃねえんだからんなもんねえよ! 」


「マテこらデルフ、俺にもそんなもんねえぞ」

「そか? まあ気にすんなって」

「気にするぞ」



「で、だ。俺に出来るのは、魔法を喰うこと。
 とりあえず思い出してるのはそんだけだね」


「しょっぺえなぁ」

「ほっとけ」

「俺はスルーかよ……」


 すまんね、好奇心につられた。

 別に愕おどろかされた仕返しなんて考えてないヨ?


 考えてナイ。







 剣を両手にわやわやと話し込んでいたら、王子さまが話しかけてきた。



「サイトくん」

「はい?」

「きみの助力に、感謝する。

 今が平時だったなら、爵位の一つでも与えたいのだが……」


 シャクイ?



「いえ、俺はただ……、なんかこう、ワルドの奴がムカついたから、殴りにきただけですから」

「それでも、私たちが助けられたことに変わりはないさ。

 ……そうだな、代わりといってはなんだが、これをきみに」


 そういうと王子さまは、その手に嵌はめた宝石――『風のルビ-』を外すと、俺に手渡してきた。



「……いいんですか?」


 これ、国宝だったんじゃ。



「なに、連盟レコン・キスタにくれてやるくらいなら、恩人に自ら手渡す方が手放し方としては遥かにいいさ。

 ついでだ、これも受け取ってくれ」


 今度はその頭に乗せられた羽つきのベレー帽を脱ぐと、そのまま俺の頭に、ぽすり。

 って。



「……あの?」


 ずれ落ちそうになって視界を塞ぐベレー帽を、両手で支える。



「こっちは、私の感傷かな。まあ要らなければ、捨ててしまってくれて構わないさ」


 感傷、ね。


「いえ……、ありがとうございます」



「ところで、あのモールベアは君たちのツレかね?」


 へ?

「ヴェルダンデ! 僕を心配してきてくれたのかい!?」

「きいっ」

「ああ、ヴェルダンデ! きみは、最高の心友しんゆうだ!」

 あー……。



「なあ、シェル。ひょっとして、脱出経路って……」

「ご名答。アレだよ」


 ほへぇ。



「……ええと。いま抱きついてるバカの使い魔です」


「それじゃあ、ダーリン。はやくここから逃げたほうがよさそうよ?」


 と、まだ目覚めていないルイズを背負ったキュルケが急かしてきた。

 ……あれ、こいつらこんなに仲良かったっけ?



「なんでだ?」

「聞こえない? 耳を澄ましてご覧なさいな」


 どら。



    低く轟く、火薬の音。

忍び寄る、炎の燃え盛る音。                                      .

何か炸裂したような、半端に高くて低い音。

                                           兵士たちの怒号。

断末魔の、声。    .



 そんな音が、遠く、少しずつ大きくなりながら響いている。



「しまった、出遅れたか!
 きみたち、すぐにそのモールベアが掘った穴から脱出したまえ。
 その先で、彼女もおそらく待っているだろうからな」


 そう言って駆け出そうとした王子さまの肩を、咄嗟とっさに掴んだ。



「何やってるの、ダ-リン!」


「お前ら、ちょっと先に行っててくれ。

 最後に、少しだけ話がしたいんだ」


 じっと。

 キュルケを、そうして見つめる。



「……わかったわよ。急いでね、ダーリン」


 キュルケはそういうと、ルイズを包み込むように抱きかかえなおして、躊躇ためらいなく穴の中へと跳びこんだ。

 次いでモールベアが、ギーシュが跳びこんでいき、あとには俺と、王子さまだけが残された。



「それで、話とはなんだい? 時間もないことだ、急いでくれるとありがたいのだが――」


「やっぱり、行くんですか」

「ああ。やはり私は、『王子』であることを辞められないようだ」


 自嘲するように呟く王子さまを見ながら。

 さっき、ついさっき、シェルの使った人ぎょ――――いや、タバサ・・・が胸を射抜かれる光景を思い出し……、締め付けられるような痛みを堪えて、その言葉を口にした。



「後に遺されるものが――それで、どんなに悲しんだとしても?」



 ──間。



 ────間。



 ──────間。



 ────────間。



 ────────――間。





「……ああ」


「そう、ですか」


 俯うつむいた頭に、ベレー帽越しに、俺よりも少し大きな、線の細い、それでいて硬い手が、ぱさりと乗せられた。



「――きみは、平民だ。使い魔という身分を与えられた、ただの平民だ」


「…………はい」

「だが、わたしは。それが、『ただの平民』という身分が、とても眩しく見えた」


「……」



「きみは……、私のようにはなるなよ。

 きみには、自由がある。

 きみは、きみの大事なものを、選んでいくといい」


「――はい!」


 擦かすれた声で。尻上がりに。

 でも、大きく返事を返す。



「俺――、おれ、あなたのことを、忘れません。
 おれ、あなたに誓います。
 おれは、俺が信じる者を――、守りたいものを、何があっても守り抜くことを――、

 護りたかったものを、護りぬくことを、あなたに誓います!」



 王子さまは、少し驚いたように目を見開くと。


「ありがとう」


 そう、微ほのかに笑ってくれた。



「さあ。もう行かなければ。これ以上遅れては、パーティに間に合わなくなってしまうからね」


 きびすを返し、会場せんじょうへ赴く王子さまに、最後の問い賭けを口から解といた。



「また……、会えますよね」



 半分だけ振り返った王子さまは、ふっ、と苦笑を浮かべると、


「ああ」


 快く、返事をくれた。







 ヴェルダンデが掘った穴を滑り台の様に通り抜けた先は、なんでか空中だった。


「やっと来たわね、ダーリン」

「遅いよ、サイト」


 上を向いていた視界には、遠く光る白い丸が見えた。

 どうやら、港への昇降孔のど真ん中に出たらしい。


 シルフィードの背中に尻餅をついて(ぎゅえ、と声がした)、辺りを見回してみる。



 足元、30mメートルほど下に雲の上を浮かぶ二隻の凧フネ。

 シルフィードの口には、来る時と同じように銜くわえられた功労者ヴェルダンデ。

 背中の上には、揃ってマントがボロボロになったキュルケとギーシュ。

 キュルケの腕の中で気絶→睡眠のコンボを発揮したらしいルイズ。


 ──そして、



「お疲れさま」



 そう声を掛けてくる、相変わらず仮面をつけたタバサの姿が、何食わぬ顔でそこにあった。







「……どうしたの?」


 はた、と我に返る。

 頬には、風が当たる度に涼しくなる一本線が、いつの間にか現れてしまったらしい。

 正面には、心配そうに覗き込んでくるタバサの顔。


 うわやべえ、女の子の前でぼろぼろ泣くとか、ただの恥ずかしいやつじゃねえか。

 でも止まんないし。やっべ。



 その向こうには、ニヤニヤと笑い始めたギーシュとキュルケ。



「タバサ、ちょ~っとダーリンは傷心中なのよ~」

「ちょっとばかり、きみの姿をとった小魔法人形アルヴィーが貫かれる瞬間を目の当たりにしてしまってね。
 情緒不安定なのさ」


 ……ぅおい、おまいら。



「……どうしたらいいの?」

「そうね、とりあえずは頭を抱きしめるなり、お礼の言葉を言うなりしてあげたらいいんじゃないかしら?」


 こら!



「キュルケ、ちょっと冗談にしちゃタチが「そうする」……ヱ?」



 ぎゅっと。

 弾力のあまりない胸は、それでいながら柔らかく、俺の頭を包み込んでくれた。



「ありがとう」


 キュルケとギーシュの驚いた顔が見物だったが……、とりあえずそれどころじゃねえ。



 やべ、ほわほわしてる。

 やーらけぇ。

 きもちええ。



 ――あったけぇや。



 もうしばらくこうしていたくて、腕をタバサの背中にまわ――


「なあ相棒、娘っこ。
 ラブコメは後にして、とりあえずここを離れねえか?」

「おわぁ!」「っ」


 ぱ、っとちょっと距離を開ける。

 デルフか、空気読めよ。



「だから読んだんじゃねえか。
 一応ここの頭上は戦争中ってこと忘れんなよ」


 それもそうだな。



「そ、それじゃあタバサ、出しゅっぱ――あ、そうだ」

「?」



「これ、返しとく。ありがとな。……でも、お前は真似しないでくれよ」


 後半は独り言気味になったが、シェルと、胸に孔のぽっかりと空いた『物真似人スキルニル』を、タバサに受け渡した。

 タバサはしばらくその両方を見つめていたが……、ややあって、


「わかった」


 そう、頷いた。




「……さ。それじゃ、帰ろうぜ。トリステインに。
 お姫さまへ、任務の顛末てんまつを語りに。


 凧フネが見つかったりしねえよう、こそこそとさ」













































 ぼんやりと、夢の中を彷徨っていた。


 故郷の夢。

 あの日に見た、夢の続き。

 あの日と違うのは、この体が初めから今の自分の姿であること。



 忘れ去られた、実家の中庭の池。

 その小船の上で寝転び、霧がかった空を見上げて、思う。


 自分は、つらいことがあった時は、いつだってここに寝転んでいた。

 選べない選択肢から逃げるように。

 いいことが何も見つからない、つらい選択から逃げるように。


 自分の世界に、閉じこもるために。

 自分の中の理想からあまりにかけ離れた、悲しい現実から逃げ出すために。



 でも。



 もう、ここで寝転んでいても、"理想"がこの舟を訪れることはない。

 もう、ワルドはここにやってくることはないのだ。


 優しい子爵は。

 憧れの貴族は、もう思い出の中にしか居ない。


 甘い"理想"は十年という歳月を経て、辛い"現実"へと変わり果ててしまっていた。

 あの日、幼い日にかわされた約束を果たす子爵は、本当の意味で“心の中の偶像”になってしまったのだ。


 "現実"にいるのは、薄汚い裏切り者。

 勇気溢れる皇太子を狙い、自分を殺そうとして、自分の数少ない友人を手に掛けた――残忍な男。



 もう、自分の迷いに答えてくれる男は、居ない。

 自分で、選ばなければならないのだ。



 "現実"が、怖い。

 ずっと、"理想"に寝そべっていたかった。

 "理想"と訣別した今でも、そう思う。



 小船の上で、涙を落とす。

 彼女は、もう還らない。



――キュルケに、なんて言えばいいんだろう――



 途方にくれ、はらはらと泣き崩れていると、ぱしゃりと、小さな音がした。



「……だれ?」


 ぱしゃぱしゃり、ぱしゃぱしゃり。

 水面に、波紋が拡がっていく。



 ……子爵では、ない。



 というか、子爵だったらもう一度爆発で吹っ飛ばす。

 杖を構え、その波紋が拡がる元をみやると――


 そこにいたのは、キュルケだった。

 そこにいたのは、タバサだった。


 キュルケは何故か騎士の姿で。

 タバサは、何故か黒いドレス姿で杖を担いで。


 衣類の裾すそが濡れるのにも構うことなく、二人は島から池の中を歩いてきていた。



「ぁ――」


 キュルケが、小船の上から自分を抱え起こし、その腕に抱き上げる。



「ちょ、ちょっと――」

「泣いているの? ルイズ」


 キュルケが、言った。

 戸惑いながらも、こくりと頷く。



「泣かなくてもいい。ここに、あなたを脅かすものは来ない。

 来ても、彼とわたしたちで片付ける」


 ……彼?

 タバサはそう言って、杖でわたしの背後を…、いえ、小船の向こうを、今までワルドが現れてきた方を指した。



 そこに、サイトは立っていた。

 こちらに背を向けて、でも、片手には朱金に煌きらめく片刃の長剣を、もう片手には草銀に煌めく刀身の、双輪の鍔つばをつけた短剣を握り締め。


 ここは通さないと。

 そう告げるように、力強く立っていてくれた。



 自分の、傍らではなく。

 遠い、所で。


 ずっと、守ってくれていたのだ。



 涙が、止まらなくなった。















 風竜の上、誰かの腕の中で、ルイズは目覚めた。


 その腕の色と、わずかに視界に入る炎のような長い髪から、自分がキュルケの腕に抱かれていると気付いた。

 だいたい、風竜の尻尾の付け根辺りだろうか、ここは。


 風が、頬を撫でていく。


 ……夢では、ないようだ。



 自分は、助かったのだろう。


 そして。……タバサは。



 沈鬱ちんうつな気持ちで上を見上げてみれば、キュルケの寝顔がドアップで見えた。



 申し訳ない気持ちで、一杯になった。



 あの夜も。宿敵のはずの自分を心配してくれていた。


 今朝だって、一人、式に出て。

 戦って、くれて。

 そんな、キュルケの親友を。


 わた、しは。



 涙をこぼしながら、軽く、ぽつりと呟く。


「ごめん」

 違う。


「ごめんなさい」

 そうじゃ、ない。



「ありが、とう」


 そう、これだ。



 ……ツェルプストーに礼を言ったラ・ヴァリエールはわたしが初めてなのかしらね、と少しだけ苦い笑みがこぼれた。



 顔を前に向けてみると、ギーシュは一つ向こうの背びれに、こちらを向いてもたれていた。

 泣き顔を見られてしまったが、今はどうでも――?



 なにやら口に人差し指を立て、笑って自分の背後を指差している。

 いったい、なんなんだろうかと見やった、


 その向こう、風竜の首の付け根の辺りに。


 剣こそ構えてはいないようだが、夢と同じように、わたしに背を向けて何かを見ている使い魔。

 朱金の剣を背にぶら下げ、どこかで見たベレー帽を被った、半袖の私の使い魔サイト。


 その視線の先にある、見覚えのある二隻の凧フネ。



 そして何よりも、サイトの足もとに。



 ちょこんと、背びれにもたれて、いつも通りに本を読んでいる――、タバサ。









 え?

 え、ええええ?

 あれ、タバサ、確か胸を『風棘エアニードル』でこう、どぱぁって、血が。



 あれ?



 ついっとギーシュに視線を戻してみるが、くつくつ笑うばかりで何かを教えてくれるわけでもなし。



 なんだかその内、気張っていたのがバカらしくなって。もう一度、目を閉じた。





 結局、あれからどうなったんだろう。


 ワルドが裏切ったことまでは、紛れもなく真実だ。

 タバサが生きているのはワケがわからないが、まあ死んでいなかったのだからいい。


 どこからが理想ゆめで、どこからが現実ほんとうなのかわからないけれど。



 それでも、きっとサイトは勝ったんだろう。



 だけど、ウェールズ皇太子はここに居なかった。

 たぶん、王軍は今頃、負けてしまっているだろう。

 皇太子はここに居ないのなら、王軍と運命を共にしてしまったのだろう。



 喜びと悲しみが入り混じる。

 なんとも言えない感覚だけど、これ以上涙を見せるのも癪だ。


 特に、サイトに見られてしまうかもしれないのがイヤすぎる。



 涙を我慢しながら、ルイズはこの任務の一連の出来事を振り返った。



 裏切り者の、ワルドの策略。


 意地と家名でいがみあってきたハズだった、キュルケの優しさ。


 死んでしまっただろう、皇太子のこと。


 護ってくれた、人たちのこと。


 勝利を収めた、『聖邦復興連盟レコン・キスタ』。



 そして……、王女に、伝えるべきこと。



 王女に、どう報告すればいいのかもわからない。

 でも、何かを。

 絶対に、伝えなくちゃいけないと。


 漠然とだけれど、そう思った。









 風竜と二艘の凧フネは加速する。



 トリステインへ。



 港町ラ・ロシェールへ。



 王宮へ。



 才人たちが学院を出て、僅か三日と四半日足らず。



 ほんの少しの時の間に、少年少女の心は大きく揺らぎ、人々は死地を脱した後の、哀しみと倦怠感、生の実感に囚われた。




 多くの、暖かさが姿を見せた。



 多くの、憎しみが産声を上げた。



 多くの、悲しみが零れ落ちた。



 多くの、力強い感情がそこには在った。




 彼らはこれから何を思い、何を目指して生きるのだろう。



 いま、それを知る者は一人と居おらず。





 ただ彼らの足跡あとに、風が空しく吼えているばかりであった。

















































 なあ、アンリエッタ。   |



 トリステインでは、元気にやっているかい?   |



 きみのことだ、国のどろどろとしたものに心を悼め、その行く末を嘆いているかもしれないな。   |





 でも、きっと大丈夫だ。   |



 きみの国には、私たちなどよりも、ずっと貴族らしい平民の少年がいた。   |



 それだけのことだ、ときみは悲嘆するかもしれないが。   |



 何故だか僕は、それだけのことで、何よりも安心できたんだ。   |





 もし、生きて帰ることができたなら、   |



 今度は、あの少年の様に生きてみたいと思う。   |



 今度は、一人の男として。   |



 きみに、真っ先に会いに行くよ。   |







 親愛なるアンリエッタへ   |



 愛を込めて XXX   |





(Wales Tudor,"部屋の灯りとなった手紙" Anno.Vartoli.1963.Mann.Othel.Lagu,末文)












 
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