徒然草

八十七．下部に酒飲まする事

八十七．下部に酒飲まする事
　肉体労働をしている人にお酒を飲ませる場合には注意しなければなりません。宇治に住んでいたある人は都に住んでいる具覚房という名の知れた世捨て人と義兄弟だったのでよく酒盛りをして親睦を深めていました。ある日いつものように馬をやっこの人を迎えに行かせました。具覚房はこの先道は長いのでまず一杯とその馬で迎えに来た人に飲ませました。彼は出されたお酒を次々と飲み干しました。
　この人が太くて長い太刀を腰から下げ勇敢に歩くのを見た具覚房は何と頼もしい男だと内心心強く思いながら連れて歩いておりました。そうして伏見のところまで進むと奈良法師が鎧を着けた僧兵達を引き連れて歩いていました。酔っていた男は何を血迷ったのかこの僧兵達に待て、日の暮れた山道歩く怪しい狼藉者と呼んで刀を抜きました。すると向こうも刀を抜き矢を向けてとんでもない事態になりました。具覚房はこの事態に謝り命乞いをしました。無礼をお許し下さい、この男は酔っていますので私が代わりに謝りますと言って。僧兵達はそれを見て冷笑して去りました。出鼻をくじかれた男は今度は具覚房につっかかり何を言っているのだ、自分は酔ってはいない。狼藉者を成敗する筈だったのに抜いた刀のやり場に困ったと逆上して刀を振り回し具覚房を斬ってしまいました。
　そして男は山賊が出たと怒鳴りました。何が起こったのかと飛び出してきた人々に対して俺が山賊だと叫んでこれまた刀を振り回し多くの人を斬りました。人々は大勢で取り囲み押さえ込んだ上で縛り上げました。血まみれになった男が宇治の大通りを駆けたので具覚房を呼びに行かせた男は狼狽し人を現場に行かせると彼はくちなしの花に埋もれて唸っていたので医者に見せました。何とか助かりましたが腰の傷が深く以後は不自由な暮らしを余儀なくさせられました。


下部に酒飲まする事　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００９・８・９