人理を守れ、エミヤさん!
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おもてなしだね士郎くん!
寧静なる海域に風が出てきた。
潮流にうねりが入り、波高く、白波が船体に打ち付けられて飛沫が舞う。渦潮も散見された。
温和な母なる海が、我が子に危機が迫りこれを守らんと気を立てるかのような大海原の表情。嵐の予感がある。比喩ではない嵐と、比喩である嵐の。自然と弛んでいた空気が引き締まり、上げられたドレイクの声が、弓の弦のように気を張り詰めさせた。
「野郎共支度をしな! もうすぐ念願の陸だ!」
アーチャー、とネロが固い声で呼び掛ける。霊体化した赤い弓兵はマストの上に実体化し、強風にも揺らがず高い位置から遠くを見る。視認したのか、マストから飛び降りてきた彼は告げた。
「距離四千。切り立った岩肌が前方にある。そこを迂回すれば舟をつけられる岸壁があるだろう。向かって一時の方角に船首を向けて進めば、砂浜につける事も可能だ」
報告を受けたネロが頷く。「総員、戦闘配置」と呼び掛けた。
臨戦の熱を秘めた視線を周囲に向け、サーヴァント達が配置につくのを見届けると、前方を進む海賊船のドレイクへ大声で呼び掛ける。大音声を張り上げねば、声が届かないほどの風だ。
「フランシス・ドレイクよ、来るとしたらそろそろであるぞ!」
「は、そうだね! アタシのうなじもビリビリしてらぁ! おら野郎共、気張りなァ!」
ヤケクソの鬨の声。肝を据えた海の男は、いざとなっても及び腰にはならない。
それを頼もしいとは思わない。安易な敵ではないのだ。どっしり腰を据えたからと、簡単に勝てるほど易い復讐者ではないだろう。
――転瞬、『アン女王の復讐号』が揺らぐ。敵襲だ! アタランテの声が響く。やはり来たかとネロが忌々しげに剣を握った。
多数のサーヴァントの知覚出来る限界域の外、荒れた海面を抉る、長大な矢が飛来したのだ。
黒髭エドワード・ティーチが哄笑する、大胆不敵なる大海賊の嘲笑である。
「ダァッハハハハ――ッ! 俺の船をたかが矢なんざで沈めようたぁ、ふてぇ野郎だ! だがよぉ! 俺ぁそんな易かねぇぞ……!」
激甚な憤怒に彩られた凶相が殺意を放つ。
宝具『アン女王の復讐号』の最大戦速は大した事がない。しかしその代わりに装甲が厚い。
そして何よりも、黒髭艦隊の旗艦は搭乗した船員の力量によってその装甲や火力を向上させる特性があった。黒髭の愛船には今、九騎のサーヴァントがいる。その強度と火力は飛躍的に向上し、アルケイデスがサーヴァントの半身を消し飛ばす威力の矢を直撃させても、船に損傷は全くの皆無であった。
その巨躯より凶悪な獣気を立ち上らせ、海賊は吼えた。
「全砲門開いてぇ! そしてぇ、撃て撃て撃て撃てぇ――!
んんwww 一方的ですぞwww」
黒髭の旗艦より四十門の大砲が顔を出す。その威容は宝具の特性で魔界の牙が如きそれへと変貌している。大砲に面していた海面が、砲撃の衝撃で大きく抉れた。
砲弾は矢の飛来した方角へ向けられていた。間断なく撃ち放たれる絨毯爆撃は、一国を一時間もあれば焦土に変えてしまいかねない大火力。打ち上がる水柱は天にも届き――爆発は海をも引き裂く。誰の予想をも上回る火力の強化率に黒髭は喝采を上げた。
「ハッハハハ、ハァーハッハッハハハハデュフフフwww 行けや低級霊の野郎どもぉ! 虫の息の糞野郎からお宝を根刮ぎ奪って来やがれハハハ! これで勝った、黒髭完!」
具現化するは黒髭艦隊の無数の低級霊、全てが海賊である。
嘗てカリブ海に君臨した大悪党の支配下にあった多数の海賊、その物量は数多の英霊が持つ宝具の中でも極めつけだった。
船員に多数のサーヴァントがいたら、海という戦場に於ける最強は黒髭なのではないか――その戦慄に多大な説得力が滲む。
低級霊もまた大幅な強化が加わり、その一体すらもがサーヴァントの残留霊基であるシャドウ・サーヴァントに匹敵する。圧倒的物量に質が加わり、もはや単騎の敵に成す術はないかに思われたが――しかし。海賊の亡霊らは海面を疾走し、不気味な鬨の声と共に矢を放って来たであろう復讐者に襲い掛かるも。
其処には誰もいなかった。
戸惑ったように振り上げた剣の行き場を探す海賊の亡霊。高笑いしていた黒髭は目を点にする。あり? あの糞野郎はいずこへ?
困惑する黒髭の後頭部へ矢玉が飛来する。黒髭がまるで反応すら出来ていなかったそれを、槍の一閃で叩き落としクー・フーリンが喚起する。
「来たぜッ」
――げに恐ろしきは神速の聖獣。召喚者が神性を捨てた者故に神獣の位は喪失しているも、その脚が鈍る事はなかった。
自身を捕捉すらしていない砲撃など恐れるまでもないとばかりに、ケリュネイアの牝鹿は『アン女王の復讐号』による砲撃を、発射前から爆撃地点より脱出していたのだ。
正確な位置を掴まれる前から回避していた聖獣は、騎乗者の意思を受けて船体の後尾についたのである。そのまま荒海を蹴り海賊船の頭上より船を展開している黒髭を弓で狙った。矢は弾かれる、あわや絶命する寸前であった黒髭は、しかし危機感を抱いた素振りすらなく頭上を仰ぐ。
優雅に虚空を飛び越えていく、黄金の角を持つ牝鹿。巨漢は吼えた。
「――分かってんだよ、勘で撃った砲弾に当たるほど鈍くは無ぇってなぁッ!」
ネメアの獅子の毛皮を剥いで加工した、神獣の裘より船上を垣間見る復讐者の眼光。『アン女王の復讐号』の上空を飛び越えるまでの時は刹那、されど卓越した動体視力を持つ復讐者にはそれで充分。
黒髭、光の御子、錬鉄の弓兵、二騎の騎士王、楯の少女、聖杯の嬰児、狩人――狐? 新たな敵影を確認する。未知のサーヴァントだが武威は感じられない。風貌とも合わさってまず戦士ではない。暗殺者でも。であれば、
「キャスターか」
能力は何か。日ノ本の英霊であれば、魔術ではなく呪術とやらを扱うのかもしれない。それなら対魔力は役に立つまい。最高ランクの対魔力を持つからと慢心する訳にはいかない。
あの白髪の男は何処だ? 姿が見えないが。やはり船内で休んでいるのか。しかし黒髭の宝具である船にこれだけのサーヴァントが乗っているのだ。であれば防備の観点から見て、その前方を往く海賊船にサーヴァントのマスターが乗っている事はあるまい。現に金髪の女マスターは宝具の海賊船にいる。
であればそちらを狙い海の藻屑としても敵戦力の削減は望めない。狙う価値はないが――だからこそ狙う。
「どぉっせい! 槍男、逝けやァ――!」
「見え透いてんだ、テメェのやりそうな事は」
黒髭がその膂力を唸らせる。両手を組み、光の御子を空中に押し出した。
推進力を得たクー・フーリンは、前方の『黄金の鹿号』に弓を向けた復讐者へ挑み掛かる。真紅の呪槍を以て刺突を放つが、復讐者は来るのが分かっていた故にあっさりと牝鹿の身を躱させ、大弓で槍を払う。空中ゆえに踏ん張りが利かず、本来の力を出し切れない光の御子を嘲った。
「今度は以前のようにはいかんぞ、忌々しき神の御子よ」
「ほざいてろ――」
交錯は一瞬。重力に引かれ、落下していく槍兵に最低限の意識を常に割きながら、牝鹿を海面に着地させる。再び跳躍させ、船ごとフランシス・ドレイクを消し飛ばさんと弓を構えた。
星の開拓者が吼える。
「――全砲門開けぇ! 藻屑と消えな!」
時は干潮。潮が低い。海底より剣山のような岩の突起が覗いている。そこへ船員が縄の輪を投げ掛け、剣山の如き岩を起点に『黄金の鹿号』が急激に旋回する。船体の真横に獲物を捉え、空中の牝鹿目掛けて砲弾が撃ち放たれた。
アルケイデスが己に狙いを定める寸前より旋回は始まっていた。己を睨む砲口に復讐者は憎悪に染まった瞳で暗く笑む。
迫る砲弾は、己にはまるで功を奏さない。だが牝鹿は違う。騎乗する忌々しい聖獣を護る為、舌打ちしながら砲弾を矢で撃墜した。
「おいおい……冗談きついよ?」
砲撃より半秒としない内に全弾を撃ち落とされたのを目撃し、さしものドレイクも顔を引き攣らせる。
聖杯を所有するドレイクの乗る船だ。その銃撃や打撃は言うに及ばず、彼女の駆る船もまたサーヴァントに有効な攻撃を与える事が可能となっていた。
にも関わらず、全ての砲弾が撃ち落とされたのである。神業だ。弓は矢をつがえ、弦を引き、狙いを定め、放つという動作があるというのに、それを全く感じさせない速射だった。
『黄金の鹿号』は旋回し『アン女王の復讐号』の後尾につく。アルケイデスに接敵するや多数の剣群、矢の雨がケリュネイアの牝鹿を襲った。
錬鉄の弓兵とアルカディアの狩人だ。自身らの矢や剣が、アルケイデスに効果がないと見切っている故に、その足となっているケリュネイアの牝鹿を狙うのは必然だった。
アルケイデスは無造作に牝鹿の腹を腿で締め付け、牝鹿の頭を下げさせると、海面を黄金の角で掻き上げさせた。水柱が突き上がるも、そんなもの防壁にもならずに剣群と矢雨は突き抜ける。
だが――水柱が消えると、アルケイデスの姿もまた消えていた。聖獣もいない。一同が瞠目し、その行方を探るも周囲にその姿はない。ならば上かと見上げるも、そこにあるのは天高くある日輪を翳らせる暗雲のみ。奴はどこへ? アルトリアが鋭く指した。
「後ろです!」
言うのと同時だった。
アルケイデスを乗せた牝鹿が海中から現れたのである。
「海の中から!?」
「奴め、性懲りもなく……!」
アイリスフィールが驚愕し、ネロが憎々しく吐き捨てる。復讐者が狙うはまたもドレイクの船であった。弓に矢をつがえ、今度こそ撃沈せしめんと狙いを定めた。ヤバイ、とドレイクが戦慄した瞬間、
「――だから、見え透いてるっつってんだろうが」
アイルランドの光の御子がその直上へ突っ込んだ。
「ヌ……!」
咄嗟にアルケイデスは槍の穂先を大弓で受け止める。鬩ぎ合いは一瞬、神獣の裘越しに交差した視線。侮蔑の視線、憎悪の眼光。聖獣がアルケイデスの受け止めた槍の衝撃に足を痺れさせた。
転瞬、槍を打ち払いアルケイデスは失笑した。
「荒波に呑まれ、失せよ」
「そうは問屋が卸さねぇぜ」
弾き飛ばされたクー・フーリンは『海面に』着地した。慮外の現象にアルケイデスは目を剥く。本能的に危機を察し、離脱するべく牝鹿を走らせるも、聖獣は見えない壁に阻まれたかの如く制止させられた。
「貴様――空間を固定したのか……!」
「は、袋の鼠ってなぁ!」
それはルーン魔術。彼の師であるスカサハの魔術奥義『死溢るる魔境への門』、その応用だ。
本来は影の国へ通じる門を開き、その地へ送還するものだが、影の国の王ではないクー・フーリンにはそれは再現出来ない。故に彼はその一部、魔力を急激に吸収する効果と、周囲空間を固定化する力を再現したのだ。だからクー・フーリンは海面に立てた。そしてその場に閉じ込めたアルケイデスの魔力を吸収し、能力を劣化させたのである。
キャスターのクラスのクー・フーリンに出来る事は、ランサーのクー・フーリンにも出来る――
「アーチャー、やれ!」
「『偽・螺旋剣』――!」
ネロの指示が飛び、クー・フーリンは即座にその場を離脱する。アルケイデスは咄嗟に牝鹿を送還して消したが、己へ迫る剣弾への対処は遅れてしまった。
錬鉄の弓兵が黒弓につがえた螺旋の剣を射出する。それはルーンの結界を易々と貫き、アルケイデスに着弾する。同時に投影宝具は炸裂した。壊れた幻想――無論、人の手による作である螺旋剣は神獣の裘を突破出来ない。されどそれに覆われていない部分はその限りではなかった。
炸裂した爆発がアルケイデスに確実なダメージを刻み込んだ。激痛よりもその屈辱に呻き、アルケイデスは結界が崩れ去るより前にそれを足場に跳躍した。
『黄金の鹿号』の船上に乗り込んだアルケイデスは、神獣の裘に覆われていなかった腕や脚を焼け爛れさせ、憎悪と共に弓を消し魔大剣を取り出す。
「――やってくれる」
「まだまだたんまりあるよ? コイツはアタシの奢りだぁ!」
デッキの隅に下がった船員をよそに、ドレイクは怯む素振りすらなく二挺の拳銃を連射した。
その全ては神獣の裘に阻まれ、まるで意味がない。故に彼女から視線を外し、一足先に船の上にて待ち構えていたクー・フーリンを睨み付けた。魔大剣を構え、アルケイデスは大剣の間合いまで瞬時に踏み込もうとする。
「魔槍は使わせん」
「余所見とはな。その傲り、高くつくぜ?」
「何――?」
「どこ見てんだいッ!」
銃撃がまるで意味を成さぬと見るや――ドレイクは素手で殴り掛かってきていた。
生身の、それも女が明らかな格上に白兵戦を挑んできたのに、さしものアルケイデスも面食らった。その拳を咄嗟に受け止めたのがアルケイデスの不覚。なまじ卓越した反射神経を持っていたのが不運。瞬時にドレイクの拳を握り潰すもその瞬間は明確な隙だった。
「呪いの朱槍をご所望みてぇだな? 喰らいな、『刺し穿つ』――」
「グッ……!」
ドレイクを捨て置きアルケイデスは全力で後退した。隔絶した戦士を前にして隙を晒すなど言語道断、己の失態にアルケイデスは歯軋りし、魔槍の真名解放を凌ぐべく肉壁を押し付ける。
宝具『十二の栄光』より召喚せしは『クレタ島の暴れ牛』と『ディオメデス王の人喰い馬』だ。海神により凶暴化した魔獣の牛と、軍神の子が飼い慣らしていた四頭の聖獣がクー・フーリンに迫る。
「――『死棘の槍』ッ!」
魔獣を一突きで屠り、四頭の聖獣の合間を掻い潜ったクー・フーリンはアルケイデスに肉薄した。
「飛べ」
己の腹筋が爆発したような衝撃に苦悶する。光の御子の蹴撃がまともに入り、アルケイデスはドレイクの船から『アン女王の復讐号』まで吹き飛ばされる。
黒髭の旗艦のマストにぶつかり、落下した復讐者を待ち構えていたのは、楯の少女と騎士王ら。黄金と漆黒の聖剣の光が復讐者を照らしている。
「やぁぁ!」
マシュ・キリエライトは果敢に攻める。大楯を前面に押し出した体当たり。その楯を破ること能わぬと、復讐者は認めていた。故にアルケイデスは魔大剣ではなく、片腕でその突進を受け止め、マシュの背後より飛び出してきた黒王の剣撃を魔大剣で止める。
重い。片腕では止めきれない。たたらを踏んだアルケイデスへ、麗しき華の怒りが叩きつけられた。
「不快である、余の眼前より消えよ――!」
「後詰めは拙者に任されてぇ!」
深紅の工芸品が如き剣は灼熱を纏っていた。アルケイデスはその剣を、この期に及んで曇りもしない心眼で捉え、敢えて神獣の裘で止める。しかし死角より飛び込んできた黒髭の飛び膝蹴りは防げなかった。いや、防がなかった。
感じていた。巨漢の殺気を。だがそれは致命的ではない。敢えて打撃を受ける事で、アルケイデスは自ら吹き飛ばされてこの死地からの離脱を目論んだのだ。だが――蒼き騎士王が打撃の一つのみで易々と逃しはしない。お土産を忘れているぞとばかりに暴風を装填している。
「風よ、撃て――『風王鉄槌』!」
「ッ!」
アルケイデスの全身を風の魔力が打ち据える。船外に押し出されたアルケイデスは己が決して軽くない傷を負ったのを自覚する。
襤褸屑となった体が宙を舞い、されどカルデアの猛攻は止まらない。
「我が弓と矢を以って太陽神と月女神の加護を願い奉る。この災厄を捧がん。――『訴状の矢文』」
アルカディアの狩人の宝具である。天に向かって放たれた二本の矢が、雲を突き抜け変じた。
間断なく降り注ぐは矢の弾幕。一軍をも射殺す封殺の空間。それはアルケイデスの守りに対して全くの無力だった。だが、空中に打ち出されていたアルケイデスに回避はままならず、迎撃も間に合わなかった。
全身を矢の弾幕に打ち据えられ、あらゆる動きが封じられた。ケリュネイアの牝鹿も召喚出来ない。下手に呼び出せば瞬く間に蜂の巣となるだろう。故にアルケイデスは、そのままなら海面へと叩きつけられ、そのまま沈んでいく定めだった。
故に、アルケイデスは手札を切る。
「森羅万象とは遍く暴威の似姿だ」
――不意に海流がうねった。歪み果てた復讐者が、海面に落ち行く中で赤黒い腕を天に伸ばしている。
天を翳らせる暗雲。逆巻く瀑布の如き魔力の奔流。稲妻を纏いてアルケイデスの腕へと堕ちる、自然の力。
「謳うは悍ましき暴君の弑逆。なればこそ、私は万象の力をも捩じ伏せよう……!」
天より逆巻きて堕落する暗雲は竜の如く。彼を呑まんとする大海もまた翻り、彼の下へと集う。
あたかも天の権能を簒奪するかのような。海の潮流を踏みにじるかのような――海面へと落ちたアルケイデスを、大海は甘んじて受け入れる。
組伏せられた手弱女を彷彿とさせられる。
真紅の復讐者は自然の理を捩じ伏せ――その脚で海の上に立った。
神話に曰く。
『ヘラの栄光』と名乗らされた英雄はその第五の試練にて、決して洗い落とせぬと思われていた神獣、聖獣の糞尿に塗れた家畜小屋を洗浄する為に、二つの河の流れを呼び込んで強引に洗い流したという。――即ちそれこそは、水の理の支配に他ならない。
束ねられた天と海の理、その圧倒的な魔力は大地を削り、大陸をも抉るだろう。其れは軍勢など歯牙にも掛けず、城壁など防波堤としても機能させない。国を滅ぼし、世界に亀裂を刻む、まさに暴圧の具現。
雲という水、海という水を近くに置いていたアルケイデスにこそ地の理はあった。
復讐者は自らの腕に装填した、桁外れの潮流と雷鳴を轟かせ、軋むような憎しみを込めて囁く。
「『人の星、震撼せし万象』」
二つの札を潰され、一つの鬼札を切った。
人理の救済を目指す男は嗤う。狙い通り、と。
歪まされた大英雄の残骸も嗤う。思った通り、と。
思惑を乗せた船は航行を止めず、もう間もなく陸地へと辿り着こうとしていた。
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