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人理を守れ、エミヤさん!

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策戦の時間だね士郎くん!




「拙者の船に美女がひぃwふぅwみぃw うおおお! みwなwぎwっwてwキター!www
 可憐にして清廉な騎士王様! 可憐なれど冷酷な騎士王様! 穢れを知らない純情無垢なマシュマシュ! 暴君とはなんだったのか美の化身ネロちゃま! アルゴノーツの紅一点アタランテちゅわん! そしてそしてぇ! 古き佳き大和撫子! ケモ耳尻尾のモフモフ系超絶美女のタマモ殿! デュフフwww 拙者の船にこれだけ乗ってもらえるなんて光栄の極み……はっ! 拙者の船に乗る……? サーヴァントにとって、宝具は本体……つまり拙者の上にそれぞれ趣の異なる美女達が乗っているのと同義なのでは!? くふー! とか守護者総括的な興奮を示してみたりwww そう拙者こそは美女達の守護者www」

 うぜぇ、と直截的に顔を顰めるのはクー・フーリンだ。男性陣を頭数に入れず、さらりと完全にスルーする黒髭の語りに、俺としても放置一択しか有り得ない。
 黒髭は航海に出てからずっとこの調子だ。フルスロットルで喚き続けている。騒がしい奴だなと頭が痛くなる一方、知らず頬が緩んだ。この気が狂ったような喚声は、何も黒髭の言う所の美女を多数乗せている故のものではなかった。
 『アン女王の復讐号』と並んで航行する『黄金の鹿号』に、子供のようにはしゃぎ回りたいのを誤魔化しているだけなのだ。謂わばプロ野球選手に憧れていた野球少年が、大人になってプロ野球選手となり、憧れの人と同じ球団に入って野球をする事が出来た――といった風情の感動である。
 それと判じられるからこそ、俺は制止しない。まあだからといって誤魔化しの対象とされている女性陣が、不愉快な巨漢の言動に大人しくしている必要もないのだが。

 玉藻の前は盛大に顔を引き攣らせ、ネロに問い掛けていた。

「――ちょっとネロさん、なんですかあの顔も魂もイケてないナマモノ。顔はイケてても心がひねくれてたら獣も同義、これ即ちイケモンですが、あれは顔も心もモンスター! 繋げてモンモン、逆に可愛らしい響きなのがまさに吐き気を催す邪悪……! 黒々とした魂の中に、無駄に純粋な所があって逆に不快なのですけど! (わたくし)、良妻たるもの人を見掛けで判断はしませんが、アレは無理です! 台所を不意に横切る、黒光りするG並みに無理! 近づくだけで鳥肌ならぬフォックス肌になってしまいそうデス!」
「……諦めよ。余は諦めた。あれで海上では唯一の足として重宝するのだ。多少の無礼は見て見ぬふり、存在自体をスルーせよ。どうにもアレからの賛辞を受け取っても全く嬉しくない上に、逆にぞわっとクるものがある故な」
「そ、そうですか……ネロさんをドン引きさせるとは大したものですねあのブラック・ビアード・クリーチャー。略してBBC。ですがもし不埒な真似をしようとたら、躊躇う余地なく猥褻物陳列処刑砲、もとい必殺の玉天崩を放たねばなりせんね……」

 しゅ! しゅ! 切れ味のあるシャドー金的の蹴りに冷や汗が噴き出る。さっき俺に言っていた呪相・玉天崩とは金的の事だったのか……。
 ごくりと生唾を呑み込み、戦慄を隠しつつ傍らのクー・フーリンに言った。

「……いざとなったら、楯になってくれ」
「は? オレに死ねってのか!?」
「お前霊体だろ、こっちは生身だ。潰れて困るブツじゃないだろランサーのは」
「男に潰れて困らねぇブツは無ぇよ!」
「大丈夫だから。満身創痍になっても平気な顔をしていられるお前なら金的も大丈夫だから」
「そっくりそのまま返すぜ糞マスターが!」
「……醜い争いはやめたまえ。見苦しい事この上ないぞ」

 アーチャーが心底下らなさそうに制止してくるのに、俺とクー・フーリンは顔を見合わせる。
 玉藻の前のシャドー金的によって、割れかけていた心が一つになった瞬間だった。

「生け贄はコイツだな」
「そうだな。顔は同じだしアーチャーがやられても俺がやられても同じだ」
「どんな理屈だ貴様! キャスターに貴様の所業を伝えるぞ!」
「おっ。遠回しに自殺か。流石は色男、なかなか出来る事じゃねぇな」
「くっ……! それを言ったら貴様もだろうランサー! 貴様の好色ぶりは伝説にも語られるほどだと忘れるな!」

 男性陣の絆がたかがシャドー金的で崩壊寸前に……! だめ、やめて! 私の為に争わないで!

「まあいざとなったら令呪があるしいっか」
「!? テメエ血も涙も無ぇのか!?」
「それをやったら戦争だぞ……! 戦争するしか無くなるぞ……!」
「ふはは、マスターの身代わりになる栄誉だ、咽び泣きたまえ。だが安心しろ、この特異点の間なら、黒髭の奴が最優先で使われるから」
「なんの慰めにもなって無ぇ!」

 ははは、と笑う俺を、何故か生暖かい眼差しで見守る騎士オーズ。オルタは黒髭を蹴り倒し、頭を足でグリグリと踏みにじっているので、その暖かい眼差しとの乖離具合が実に混沌としている。
 ほろりとマシュが涙を流し、アイリスフィールなど感極まったように口許を両手で覆った。

「先輩が元気に……! いつもの先輩が帰って来ました……!」
「そうねっ。ええ、マスターが元気になってくれて嬉しいわ」

 ……居たたまれなくなったので咳払いをする。マシュとアイリスフィールに俺がどう見えているのか、一度膝をつき合わせて問い質す必要があるかもしれない。

 風に乗り、波を掻き分け進む二隻の海賊船。潮風と波打つ海の調べと、どこからか聞こえてくる海鳥の鳴き声を背景に、今のところ一度もドレイクと黒髭が立ち寄っていない最寄りの島を探し求めていた。
 海図が宛にならないこの海域の状況、原因は聖杯であると見て間違いあるまい。それがドレイクの持つ聖杯のせいなのか、はたまたまだ見ぬ敵の黒幕による狙いがあるのかはまだ判然としなかった。問題は地形の把握が著しく難しくなっている事である。これは敵の探索、戦場の選択を大幅に難しくさせるのだ。指揮官(コンダクター)としては頭の痛い状況である。

 クー・フーリンとアーチャー、アイリスフィールと玉藻の前、ネロに視線をやってからデッキの手摺に向かう。其処に肘を乗せて縋りながら、俺は彼らが寄ってくるのを待つ。

「なんだ、シェロ。意味深な視線を寄越して」

 ネロが開口一番に問い掛けてくる。肩を竦め、俺は白波の立っていない穏やかな海から視線を離さず、『黄金の鹿号』のドレイクとその部下のやり取りを眺めた。
 船首に立つ星の開拓者の生前の姿。その全盛期にはほんの少しばかり若いだろう女傑はこちらの視線に気づくと不敵な笑みを浮かべた。幾人かサーヴァントを同乗させようかと出航前に訊ねたのだが、彼女は要らないと退けた。そっちの方が面白いだろう? と。まあそれならそれでいい。やる事は何も変わらないのだ。
 振り返り、デッキの手摺に背を預けて集まった連中の顔を見渡す。

「そろそろ具体的な作戦を詰めておこうと思ってな。なんの取り決めもなしにぶっつけ本番ってのはバカ丸出しだろう? 一度は奇襲された、これからも襲撃されるのは分かっている――ならその対策と立ち回りを周知して、意思統一を図るのは当然だ」
「うむ、道理である。ヘラクレスの名を汚すあの下郎は、なんとしても討たねばならん。そなたが言い出さねば余から言おうと思っておった所だ」

 ローマ皇帝ネロは、熱烈なヘラクレスのファンである。神祖が一番だろうが、二番目に是非とも召喚したいサーヴァントの候補だろう。
 故にアルケイデスの所業が赦せない。アルトリア達やクー・フーリンに、負けず劣らず腸が煮え繰り返る思いなのは想像に難くなかった。

「で、具体的にはどうするのだ? 船の上では、あの黒髭めやドレイク、騎士王らしかまともに戦えぬだろう。何せ奴の駆る牝鹿は水面でも問題なく走るというではないか」
「堅実且つ現実的に作戦を練るなら、やはりどこかの陸地で迎い撃ちとうございますね」
「それが一番だけどな、タマさん。だがそんな事はあのヘラクレス野郎も承知している。単騎で仕掛けて来る事は考え辛いが、逆に単騎でも立ち回れるとしたら、俺達が海の上にいる時だ。何せこちらの戦力の過半が海上だと無力。エドワードやドレイクの砲撃も、素早いケリュネイアの牝鹿に直撃させるなんて無理な話だろう。相手にも船を宝具に持つサーヴァントがいたら話は変わって来るが――これはアルトリアも共通認識だが、恐らく次もヘラクレス野郎は単騎で来るだろう」

 俺の場合は純然たる経験や、戦術の観点からの勘だが、アルトリアの場合はそれを込みにした生まれ持っての直感である。
 未来予知に近いその勘が、俺に同意してくれるなら間違いはほぼないと言えた。
 アーチャーは腕を組む。片目を閉じて意見を口にした。

「……確かに貴様の考えは選択肢の一つだ。だが何故そうも確信を持てる? 寡兵を以て大軍を討つ、その考えが通用する条件ではない。我々も苦戦はするだろうが、如何なる相手であっても単騎を相手に決して遅れを取りはしないぞ」
「ピントがずれてるんだ、アーチャー。俺達とあちらの事情が」

 事情? とアイリスフィールが首を傾げた。彼女は聡明だがやはり戦闘の素人である。今の一言だけで彼女以外の全員が納得していた。

「――そうか。あの復讐者の視点では、未だ衛宮士郎は快癒していない。ならば完全に立ち直られる前にもう一撃、もう一押しが欲しくなる。アサシンも落とした、多少のリスクは承知の上でも攻めるだけの価値はある」
「そういう事だ。向こうはタマさんの加入は想定外、アイリさんの宝具の力がどれほどなのかも正確には把握していないだろう。だから俺が何処まで治っているのかが今一掴めない。それを確かめる意味でも、素早く攻撃を加えに来る。――今の航路は、ヘラクレス野郎が撤退していった方角をなぞっている。次の島に着く前か、着いた直後辺りに戦闘になるだろう」
「そうこなくっちゃな」

 クー・フーリンが好戦的に嗤う。犬歯を剥き出しにした獰猛な戦意に海がざわついた。
 玉藻の前は心底不思議そうだ。あのランサーさんが此処まで強そうになってるとか、どんなインチキしたんです? その疑問に、俺は笑って答えた。聖杯戦争でインチキしないのは素人だぞと。さもあらんと玉藻の前も苦笑した。

「それにあたって考えるべきは、あの野郎にとって都合のいいタイミングだ」
「余らにとって、ではなくか?」
「単独行動の利点は、イニシアチブを握りやすい事だ。集団行動をする側は足並みを揃えなくてはならないからな。反面単独なら自分の好き勝手が出来る。リスクとなるのは危機に陥っても助けが入らない点だが、それさえ切り抜けられるならリスクを無視するのも充分にアリだろう。そして現代の戦争に於ける戦術、戦略の中で最も忌避されるのが――」
「ゲリラっつう訳だ」

 槍兵の言葉に、その通りだと俺は頷く。

 古代の名将を侮る気も、下に見るつもりもないが、こと戦術や戦略に於いて俺は劣っていると感じていない。
 何故なら彼らの時代よりも、現代のそれは遥かに洗練されている。道具は使い手によってその効果を増減させる故に、必ずしも現代の指揮官格が古代の将軍に勝っている訳ではないが、高度な視点を持っている者なら寧ろ上を行くだろう。
 俺がそうだ、とは思っていない。しかし古代の名将と対等には語れると思っている。そして断言できるのは、個としては最強でも軍を率いては、はっきり言って一流未満であったヘラクレスに負ける気はしない。

 狩人、戦士としてのヘラクレスが相手なら、俺は逃げの一手。だが武力だけではなく戦術が介在するなら――そして相手が『なんでもする』類いの外道なら、至極やり易い格好のカモである。
 俺が最も苦手とする手合いは、自分が賢いと勘違いしている底抜けの阿呆だ。思考が読めない馬鹿ほど厄介なものはないのだから。その点ヘラクレス野郎は半端に頭が切れる。ああカモだとも。

「――奴に俺を殺し切れなかった事を後悔させてやる」
「うむ」
「だな」
「うわぁ……この方は肉食系ですやっぱり……玉藻こわーい!」

 玉藻の前の戯れ言をさらりと流し、俺は彼らに向けて笑みを投げた。

「纏めよう。俺としては、奴は俺達が上陸する寸前に仕掛けて来ると踏んでいる。そのタイミングなら普通気が抜けるからな。そして海上でも遠距離から仕掛けられる奴にとって最も都合がいい。俺達の迎撃を考慮に入れても、仕掛けない理由はないだろう。ネロ、この時に俺達がすべき事はなんだ?」
「まずはドレイクらが落とされぬよう、守備を固める事だな。アルケイデスと名乗る事すら烏滸がましい下劣な外道ならば、必ず狙ってくる」
「それが一点。アーチャーは?」
「フン。決まっている。奴の優先順位は後衛である私やアルカディアの狩人、何よりもマスターである皇帝と貴様だ。奴にとって目障りな回復役のキャスターは必ず仕留めたいだろう。それをさせない配置を心掛ける必要がある」
「それで二点。だが定石だな。一つ言っておくと俺は次でヘラクレス野郎を仕留めようと思っちゃいない」
「なんでかしら?」

 アイリスフィールの質問に俺は丁寧に答えた。

「アイリさん、奴は戦術家としては大した事はないが、無能じゃない。そして戦士や狩人としては一つの神話の頂点でもある。簡単に殺しきれると考えるのはナンセンスだろう? 奴が海上で仕掛けて来る利点は、引き際を見誤らなければほぼ確実に撤退出来る点だ」
「あ、そうね。じゃあどうするのかしら」
「第一の目標は、全員が無傷で切り抜ける事。第二の目標は――奴の手札を可能な限り晒させる事だ」

 仕留められるならそうする、だが無理はしないで次に繋げる。方針はそれだ。
 次で仕留めるのは難しいだろう。だから次か、その次までに手札を全て晒させ、三度目で必ず殺すというのが、玉藻の前が召喚される寸前まで考えていた事だ。それには今も変更はない。無論、敵の新手が来た場合についても考慮の内だ。

「好いた殿方の事は一つでも多く事前に把握し、ここ一番の本番でそのハートを鷲掴むって事ですねエミヤさん!」
「タマさん、その喩えはちょっと……いやまあ、トドメの心臓(ハート)をゲットする役はランサーになるだろうけどな」
「おい。嫌な言い方すんなよ。やり(・・)辛くなるだろうが」
()だから?」
「うるせぇ!」

 槍の石突きで軽く小突かれ、俺は笑いながらも謝った。
 微かに空気が弛緩する。その弛みを引き締めようとはせず、あくまで自然に続けた。

「定石は踏む。が、それだけだったら詰まらないな。折角の賓客、催しの一つぐらいないとな?」

 それに、全員がにやりとする。俺は玉藻の前に言った。奴が存在を知らない彼女が、次の戦闘でのジョーカーだ。







 
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