オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔22
オスマンに頼み、サイトは寮の一室を借りていた。そこは、足の踏み場がないほどに紙が散乱し、壁にも紙が張り付けられていた。
それらすべてがここ数ヶ月の間、サイトが外出し、さまざまな場所を飛び回った成果であった。ラ・ローシェの情報屋に頼んで集めさせた情報、タルブ戦で捕虜となったアルビオンの軍人から集めた情報、編成したてのリカネサンス隊を使って集めた情報、これらすべてに目を通し、1%でも勝率を上げられる作戦を生み出そうとしていた。
「……ダメだ」
そう呟いて書き上げた紙を屑かごに放り込んだ。
天井を仰いで身体の中にたまったものを吐き出すかのように息を吐いた。
そのとき、ドアがノックされた。サイトが応えると、ワインのボトルとグラス、チーズの乗った皿を載せたトレイを持ったウェールズがいた。
「酒はいらない。アルコールで思考を鈍らせたくない」
「わかった。今度からは紅茶にするよ。
でも、すごいな、これは…」
「…たいしたことじゃない。ただ、この世界の人間が情報の大切さを理解していないだけだ」
ウェールズは、サイトの話を聞きながら、屑かごに投げてある紙を拾い上げた。
「これだけすばらしい作戦がなんで駄目なんだい?」
ウェールズの見た紙には、綿密な作戦が書かれていた。
「それは綿密に作戦を立てすぎたんだ」
サイトが前に指揮を執っていたスマートSWAT部隊は、常にリアルタイムで戦況がほぼタイムラグなしで手に入り、また、それに合わせてすぐに指揮を執ることができた。ゆえに綿密に作戦を組み立てることができた。しかし、この世界にリアルタイムで連絡を取ることは不可能である。それに、急造士官であるここの学生などの経験不足の兵が多くいるため、こちらの細かな指示に対応できずに混乱してしまう可能性が高い。そのため、綿密に組まれた作戦は逆に邪魔になる。
「なんだか、楽しそうだね」
「…そうか?」
「口元が笑っているよ」
ウェールズに指摘されて口元に手を当ててみると、確かにつりあがっていた。
前にいた世界では、作戦を考えるということに対して張り合いを感じなかった。なぜなら、所詮、自分たちよりもはるかに劣る能力しか持たない人間の集まりなのだ、退路を予測してそこを抑え、ライダーが救援に来た時の対処法さえ考えておけば楽々と勝てた。
絶対的な有利の中で指揮をとってきたサイトは敵に飢えていたのかもしれない。自分の実力が発揮できそうなのだ。サイトの心は本人の気付かないところでワクワクしていた。
ウェールズは、トレイをテーブルの上に置いて、目にとまった資料を手に取った。
「『クロムウェルについて』?」
その中には、クロムウェルの生年月日から出身、趣味、性格、性癖、さらには反乱を起こすまでの彼の行動など、かなり詳しく、細かく書かれていた。
「すごいな…」
「それを見て思ったんだが、本当にこの男が反乱の中心人物なのか?」
「そうだよ」
「確かに、この男は野心家ではあるだろうが、この手のタイプは、内に秘めるだけで、外に出せないで終わるタイプだ。気になるのは、反乱直前に言ったガリアだ。そのころから、クロムウェルの近くにある女の姿が見られるようになった」
「ある女?」
「そっちについては色々な手段で調べてみたんだが、額に刺青をしているってことしかわからなかった」
サイトの話を聞きながら、ほかの紙に目を向けると、そこには、クロムウェルに下っている軍の指揮権を持っていると思われる貴族の資料が大量にあった。
ウェールズは、この男がアルビオンにいてくれたら、自分はまだ、あの城で政治に関わっていたのではないだろうかと思ってしまった。
(サイト、君はやっぱりすごいよ。僕の予想のはるか上をいっている……)
*************************
上陸した連合軍は、今後の侵攻作戦について話し合っていた。
上陸後、来るであろうアルビオン軍の反撃を叩きのめし、そのまま、首都ロンディニウムへ侵攻するつもりだったが、アルビオン軍は反撃をせず、さっさとロンディニウムにたてこもってしまった。
これからの侵攻作戦について話し合うことになったのだが、占拠した港町ロサイスからロンディニウムまでにある城や砦をすべて迂回し、一気にロンディニウムに侵攻しようと主張するゲルマニアの将軍であるハルデンベルグ侯爵と、ロンディニウムにたどりつくまでにある城や砦を一つ一つ落としていこうと主張する参謀総長ウィンプフェンが互いに譲らず、ただの怒鳴りあいになっていた。
そんな中、ミズチはただ黙って地図を眺めていたが、両者がついに杖を抜いたところで腰を上げた。
「お二人とも、我々が争ってどうするのです?」
静かに発せられた声に二人は杖を下した。
「確かに侯爵が言う通り、長期戦を望むつもりはありません」
ミズチに言葉にハルデンベルグがそれ見たことかと胸を張って得意げにウィンプフェンを見る。
「しかし、参謀総長がおっしゃるように、功に焦って後ろから撃たれては堪りません」
続けられたミズチの言葉に今度はウィンプフェンが得意げに見返す。
「そのため、私は、侵攻するのに最小限の場所を落としていくことを進言します。侯爵の案の場合、侵攻ルートはこうするのがベストです。そして、参謀総長の案の場合の侵攻ルートはこう」
ミズチはテーブルに広げられた地図にインクが蛇のように線を引いていく。その線は確かに二人の提言する案の通りのルートだった。そして、二匹の蛇が混じり合い、一つのルートが地図に引かれた。
「両者の意見を組み合わせると、このルートが割り出せますが、どうでしょう?」
二人がオオと声をもらし、ド・ポワチエ将軍はその線上にある都市の名を呟いた。
「シティオブサウスゴーダ…観光名所の古都だな」
「はい。こちらの補給路を確保したうえで最短で攻略戦を行うのならば、ここを確保するのが一番だと判断しました」
「ならば、五千をロサイスに残して補給路と退路の確保、残りを攻略に参加させる。空軍にはそれを全力で支援。もちろん、敵の主力が出てくれば、決戦だ」
ミズチの案を採用したらしく、ド・ポワチエ将軍は将軍侯爵、参謀総長に指示を出す。その様子を見てから、ミズチは立ち上がった。
「さっそく、リカネサンス隊に偵察に向かわせます」
―――――――――――――――――――――――――――――――
会議を終え、自分たちの天幕に戻ろうと、本部として使っている建物を出たところで、ルイズはふいに目の前に現れた青年とぶつかった。
「キャッ!」
「ッと」
よろめいたルイズは受け止めてくれたサイトに礼を言い、ぶつかった青年に文句を言おうとして、青年を睨んで思考が止まった。
ルイズがぶつかった青年は、驚くくらいの美形だった。彼を作るパーツ一つ一つが美しく、中でも、髪の間からわずかに見える鳶色と隠れていない碧眼のオッドアイが目を引いた。
「ケガはないかい?」
女と間違えてしまいそうな美声に青年に見惚れていたルイズは、ハッと意識を戻した。
「え、ええ!! 大丈夫よ!」
「それは良かった」
にっこりと青年はほほ笑んだ。その笑みにルイズの頬が思わず赤くなる。そのため、サイトの目が僅かばかり鋭くなったことに気がつかなかった。
「ボクはジュリオ・チェザーレ、ロマリアの神官さ」
青年は自己紹介をすると、ルイズの前に片膝をついた。
「あなたがミス・ヴァリエール? 噂どおりだね! なんて美しい!」
そう言うとジュリオはルイズの手をとって口付けした。口づけをされたルイズの頬は、本人の意識のないところで真っ赤に染まった。
それから立ち上がり、サイトに視線を移した。
「君が噂の使い魔、サイトーンくんだね?」
「俺の名は、サイトだ。そのサイトーンとやらを探しているんなら、人違いだ」
「すまない! 名前を間違えるなんて大変な失礼をした」
ジュリオは大仰な身振りでのけぞり、優雅に一礼した。そして、右手を差し出した。
「君とは一度、あってみたかったんだ。許してくれないかい?」
「すまないが、俺たちは、軍議で疲れているんだ、帰らせてもらう」
サイトは、その手に気付かなかったかのようにジュリオを避けて天幕に歩き出した。
このとき、キュルケがここにいれば、気付いただろう。ジュリオはサイトにとって“嫌いな人間”だと…
―――――――――――――――――――――――――
会議のすぐあとに任務に向かったリカネサンス隊からの情報を受け取ったサイトは、その内容に目を細めた。
今回は、あの艦隊戦の時に報告に来た竜騎士率いる隊だけでなく、潜入調査を専門とする隊まで使い、徹底的に情報を集めた。
(サウスゴーダには、亜種が多すぎるな。あと、食料の強奪…
それに砦や城にいる兵の量が少ない…これじゃ、維持でやっとだ……強行軍で行った方が良かったか?
いや、砦とかを捨てて攻めてくる可能性もあるから、サウスゴーダを目指すべきだな)
ある程度まとまった考えを紙に書き、それから、ド・ポワチエ将軍に言わせる士気向上を狙った激励文の作成を行い、きりが良くなったところで天幕を出た。すでに日は沈んでから相当時間がたっており、月も真上よりやや西に傾いていた。
見張りなどの夜勤の兵士以外、起きているものなど、いないような時間、サイトは寒さを感じつつ歩き始める。
フラフラとさまよい、広場に出た時、どこかで見た金髪を見つけた。
「ギーシュ」
「あ、バケモノじゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」
彼の中でサイトの呼称はバケモノになっているようだ。
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう」
「ボクは上陸部隊で中隊長を任されたんだ。だから、あの艦隊戦には参加していないんだ。
で、そろそろ、進軍を開始するって話を聞いてね。ついにボクも戦場に立つ時が来たんだって思ったり、隊長としての責任を思うと、寝られなくなってこうしてここにいるわけさ」
「…別に緊張する必要なんてない。あの、宝探しの時と同じだと思え」
「宝探しの時?」
「あのとき、おまえは何度も戦場に出て戦ったんだ。規模が大きくなったからって焦る必要はない。結局、突き詰めれば殺し合い以外の何物でもないんだしな」
ギーシュは目を閉じて宝探しの時のことを思い出した。あのときは、焦ってしまった自分のせいで作戦がダメになり、サイトに殴られた。
その時の痛みを思い出すと、なんだか緊張が薄れた気がした。
「……君と話せてよかったよ。これなら、ちゃんと寝むれそうな気がする」
「そうか」
立ち上がって去っていこうとするギーシュを見つめながら、ふと思い出したかのように声をかけた。
「ギーシュ」
「なんだい?」
「隊長の一番大切なことは、絶対に弱気を見せないことだ。指揮をとったりするのは場馴れした副官にでも任せておけ、隊長がどっしりと構えていれば、部下は大丈夫だと安心できる。そうすれば、自然と士気は高まる」
「わかった。助言、ありがとう」
礼を言って去っていくギーシュを今度こそ見送り、サイトも、天幕に向かって歩き出した。
――――――――――――――――――――――――――――
ド・ポワチエ将軍の号令と共にシティオブサウスゴーダ戦が始まった。
ギーシュはサイトの助言と副官の助けもあり、この戦いで一番槍をはたした。その陰で、一組の主と使い魔が戦っていた。二人は敵に混乱を招くため、派手に亜人と戦い、巨大な亜人の潜む建物を片っ端から強襲するなどして混乱を引き起こしていた。
「己の血に、食い殺されろ!」
トライデントを突き刺し、ミズチオルフェノクが叫ぶと、オグル鬼の身体から血が噴き出し、身体をズタズタに引き裂いた。
「行け!」
続けてその血に命じて、背後から迫るトロル鬼の目を封じる。
「ルイズ!」
「エクスプロージョン!」
ミズチオルフェノクの声に応えるようにルイズの呪文でトロル鬼の頭が吹き飛んだ。先頭のトロル鬼が倒され、それが邪魔して後に続くトロル鬼たちが動けなくなったところを飛龍形態となったミズチオルフェノクのブレスで一網打尽にする。
地上で使っていたブレスより威力も、収縮もあまいものだったが、頭部を吹き飛ばされてはさすがの亜種とはいえ、ひとたまりもない。
「ハァハァ、これで何匹目だっけ?」
鬼たちを倒し、死臭漂うその場を離れ、鬼たちが入ってこれそうもない路地で二人は腰を下ろした。
「オグル鬼7、トロル鬼11だ。予定よりも多く倒せているくらいだ」
「そ、それにしても簡単に侵入で来たわね。あの手引きしてくれた人もリカネサンス隊の隊員なんでしょ?」
「いや、あれはアルビオンの軍人だ」
「え?」
「どこの組織にも、黄金色の菓子に弱い奴っていうのはいるんだよ。今回はついでに今後の身の安全まで保証してやったんだがな。
……何か言いたそうだな」
「やり方が、汚いわ。誇りあるトリスティン貴族としてやっていいことじゃない……でも、これも戦争に勝つための手段の一つなんでしょ?」
「当然だ。それに、あの兵士の裏切りで分かったことがある」
「わかったこと?」
「オリヴァー・クロムウェルに求心力はない」
「なんでそんなことがわかるの?」
「あの兵が簡単に交渉に応じたからだ。奴への忠誠心があれば、こうも簡単にはいかないからな」
そいうと、サイトが立ち上がった。休憩終了の合図だ。ルイズも立ち上がり、路地から出ると、すぐ目の前にオグル鬼と警邏のメイジが立っていた。
メイジが反応するよりも早くサイトの手が空を薙いだ。メイジは一言も発することができないまま、首を落とされた。
「最近、空気が乾燥気味だったが、今日は湿度が高くてなんだか調子がいい」
「ってそんなこと言っている場合じゃないでしょうが!!」
ルイズは、苦悶の表情一つ浮かべることなく切り落とした首を満足そうに見ているサイトにツッコミを入れた。
「わかっている」
サイトが、トライデントをとりだし、オグル鬼の注意をひきつけ、その間に詠唱を済ませ、エクスプロージョンで吹き飛ばした。
「さてと、将軍たちが、攻め込んでくるころだ。行くぞ」
サイトは、遠くから聞こえる音を聞きつけ、自分たちの今回の役割はもう終わりだと判断し、この場に残って敵兵と間違えて討たれないために、開戦前から潜入していたリカネサンス隊の隊員が用意している建物へと向かった。
それから一週間とたたず、シティ・サウスゴーダは、落とされ、連合の活動拠点となった。
――――――――――――――――――――――
糧食を市民に分けたため、進軍するには糧食が心もとなくなり、本国に補給を要請し、補給されるまで動けないのだから、兵たちを休ませようという将軍たちの意見にミズチは異を唱え、近場の城や砦を攻略し、シティオブサウスゴーダの安全を高めるのと同時に、経験不足の新兵たちに実戦経験を積ませようと進言し、強引に採用させた。補給部隊がつくころには、ある程度の攻略を完了することができ、攻略した砦と城の維持を、以前、サイトがアンリエッタに進言し、保護させた旧王党派アルビオン貴族たちに任せた。
しかし、さあ、進軍だと意気込んだ矢先、本国から届いた指令に、降臨祭終了まで休戦することが書かれていた。
それを知ったミズチは、思わず言葉を失った。
敵は以前にも自身から出した協定をその後、自身で破っている前科がある。そのため、何もされないため、また、何をされても即座に対応できるよう、周辺と水源の巡回警備(ミズチは巡回ではなく、簡易詰め所を建てて常時警備させたかったが、強い反発で却下された)の強化を命じた。
その後、ミズチの衣装を脱いだ後、やり場のない怒りを発散するため、たまたま見かけたギーシュを連れて慰問隊としてやってきた『魅惑の妖精』亭で一晩飲み明かした。
―――――――――――――――――――――
「フゥ…」
サイトは、アンリエッタに送る報告書を作成していた。漸く書きあがった報告書を読み直し、誤字がないことを確認してすっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。ふと、視線を向けると、寒がりのルイズが毛布にくるまって暖炉の前でガクガク震えているのが、目にとまった。
「ルイズ、籠城ってどんな戦い方か知っているか?」
「寒い寒い寒い……、え? 何?」
どうやら、あったまることしか考えていなかったため、聞いていなかったようだ。
「だから、籠城ってどんな戦い方か知っているか? と聞いたんだ」
「それぐらい知ってるわよ。城に立て籠もるってことでしょ?」
デブ猫がめんどくさそうに動くかのような、鈍重な動作でルイズは振り返った。
「50点だ」
「何でよ!?」
「“立て籠もって援軍が来るまで耐える”っていうのが100点の答えだ」
「そうなんだ…」
「で、奴らはどこからの援軍を待っているんだろうな。潜入員からの情報だと、どこの城も援軍に行けそうなほどの兵がいないらしい。それに援軍の要請もないそうだ」
「他国から?」
「その他国が現在の敵だ」
サイトのよどみない返答にルイズはしばらく考えてから思ったことを口にした。
「そういえば、ガリアって資金提供しかしてないのよね?」
「ああ、連合軍にガリア出稼ぎ兵はいても正規兵はいないな」
「じゃあ… ガリアってこと!?」
「可能性から考えるが……正確なところ、読み切れないでいる」
(ガリアの中にいる隊員から情報を聞きたいところだが、ここに届くまで時間がかかりすぎるし……
とりあえず、マザリーニに報告しておくか……この手の駆け引きはアンリエッタよりもあのジイサンの方が上だし)
サイトは、別の紙をとり、再びペンを走らせた。
――――――――――――――――――――――
夜空に満開の花火が打ちあがった。
シティオブサウスゴーダの広場にたくさん張られた天幕の下、人々は歓声を上げた。
連合軍が駐屯したおかげで、一気に倍近く膨れ上がった町はいたるところに兵隊が寝泊まりするテントや、仮説の天幕であふれており、また、兵隊たちにモノを売るためにいろんなところから商人がやってきて、シティオブサウスゴーダはかつてない活気に包まれていた。
そして、一年の始まりを告げるヤラの月、第一週の初日である本日はそんな活気をさらに倍増させる日であった。
ハルゲギニア最大のお祭り、降臨祭が始まったのである。今日から十日間ほどは、連日、飲めや歌えの大騒ぎが続くのだ。
ルイズは『魅惑の妖精』亭の天幕にいた。
ここ数カ月、サイトがよく外出したり、今も陰の総司令官として色々と暗躍しており忙しそうにしており、自分をおろそかにしているように思えた。
「何よォ…私はご主人さまなのよォ~」
そう呟きながら、サイトの方を向くと、先にこの店で飲み始めていた魔法学院の男子集団が大騒ぎしており、サイトはギーシュに引っ張り込まれ、そこで飲んでいた。
「おかわりー。りー」
「ちょっと飲みすぎじゃない?」
たまたま近くを通りかかったジェシカが、そろそろやめるよう警告するも、ギロッと睨まれた。
「うるさいわね」
「うるさいって、うちで働いていた時は、あんなにフォローしてあげたのに」
「そのことは感謝しているけど、だからってこんなことにまで干渉しないでよ」
今度はイジケだしたルイズを見て、ジェシカはルイズの隣に座った。
「何かあったの? ジェシカお姉さんに話してみなさい♪」
まだ、大して飲んでいない(一般人基準)のだから、相談相手くらいになってあげようと思ったジェシカだったが、酒に弱いルイズは完全に出来上がっており、この一言を言ってしまったせいで延々と続く愚痴を聞かされる羽目になるとは、この時、彼女は思ってもみなかった。
――――――――――――――――――――――――
「くだらないな」
「なんだって?」
「いや…」
サイトは、初めてアルビオンを訪れた時に出会ったまだ、男だったころのウェールズと貴族たちを思い出した。彼らも名誉やら誇りのためなら死ねると言っていた。
オルフェノクとなった今のウェールズは、「死はとても恐ろしいものだ。今なら名誉と命どちらが大事だと聞かれたら、迷わず命といえるよ」と笑って言っていた。
あの時、王党派で生き残り、この戦いに参加している貴族たちは、サイトに笑って「軍師殿、我々は生きている。だから、あの戦いは我々の勝利ですぞ!」と報告してきた。きっと彼らはこれからも誇りや名誉のためではなく、生きるために戦うだろう。
あの時のように話したいところだが、目の前にいる少年兵たちは命をかけて戦争に参加している自分に酔っている。ミズチの采配で、勝利ばかりを得続けているため、死の恐怖が薄れてしまっている。
どうやら、戦いの緊張を忘れないために取った行動が、逆に変な自信を与え、“命をかける”という重さを忘れさせてしまったようだ。その事実を痛感し、サイトは、眉をひそめ、目の前で高らかと語る少年たちをどうするべきか、思考を巡らせ始めた。
“誇り”“名誉”この二つの言葉には、本当に神聖な意味があったのだろう。だが、千年を超える長い貴族の歴史がいつのまにかその意味を変えてしまったようにサイトには思えた。
(こいつらもある意味で時の犠牲者ってことか…)
「名誉名誉って言って簡単に死のうとするんじゃないぞ。勝ち戦だって逃すぞ」
「どういう意味だい?」
「戦争は兵の質も重要だが、量の方が重要度が高い。事実、学生であるおまえたちは、経験値が低くてもいいからって前線に出ているだろう。
我々、連合軍は質よりも量で戦っている軍だ」
「それはボクらをバカにしているのか?」
周囲にいた学生たちの視線が殺気だったのを感じながら、サイトは芝居ががったしぐさで手を大きく動かす。
「なら、おまえたちは、数え切れないほどの死地を乗り越えてきた歴戦の勇士のような力があると思っているのか? これまで勝ってこれたのは、敵の量があまりにも低かったのが大きい。
だからこそ、言える。簡単に人が減ることは、決して避けねばならない。我々のアドバンテージである量が失われてしまうからな。
それに…」
サイトはもったいぶるように言葉を切ると、ワインをあおって喉を潤す。一気に話さず、間を開けたことで、学生たちの意識がこちらにより集中するのが感じられた。
「それに、なんだね?」
「噂で聞いたんだが、兵が不足した場合、トリステイン魔法学院にいる女子生徒たちが補充要員としてここに来ることになっているそうだ」
男子たちの息を飲む気配を感じる。サイトはたたみかけるように話す。
「どうだ? 簡単には死ねないと思わないか? お前たちが死ぬということは、学院に残してきた大切な恋人が、戦場の最前線に送られてくるということなんだからな。死神が常に隣に座っている殺し合いの世界に」
名誉のために命をかけると騒いでいた学生たちが静かになった。
「モンモランシーも戦場に出るってことかい?」
「ああ、彼女は『水』でドットだから、最前線はないだろうが、危険な場所に配属されることは間違いないな」
ギーシュの問いに声音を変えることなく、即答した。
「これは死ねないな。今回は、名誉の死をあきらめないといけないみたいだ。彼女が戦場に出るようなことあっていいわけがないからね」
つぶやくようなギーシュの声を聞き、彼らが死ねないと思うよう誘導できたことを確信した。
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