オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔21
「……」
艦隊が出陣した翌日、コルベールは薄暗い研究室にいた。いつものように何かを研究しているわけでもなく、ただ、ボーッと椅子に腰かけ、天井を眺めていた。
先ほどまで、授業を行っていたのだが、女王直下の銃士隊が学院にやってきて女子生徒を兵不足の際の士官にするという名目で、授業をつぶされ、ここに戻ってきたのだ。
「…誰も傷つかないよう行動を起こす……か」
――――――――――――――――――――――――――――
サイトとルイズがここを発つ数日前のことだった。
戦争に参加するつもりのないコルベールはいつものように研究室にこもって研究をしていた。
「邪魔するぞ」
入ってきた人物に、コルベールは笑みを浮かべて振り向いた。
「やぁ、サイトくん」
手を止めて来客にお茶を出そうとするコルベールをサイトは止めた。
「悪いコルベール、今日は茶を飲みに来たわけじゃないんだ」
そう言うと、紙の束を手にしたサイトは椅子に腰掛け、コルベールの顔をじっと見つめた。
「な、何かね?」
「ここは、敵に狙われる可能性がある…」
「ッ!? そ、それは本当かね!?」
「ああ、何とかしたいんだが、学院で戦力になりそうなのは、オスマンのジジィとキュルケとタバサ、それとシエスタとウェールズだけだ。他のやつらはランクも低いし、場馴れしていない」
「なら、王宮に要請を!」
「とうの昔にした。できれば、メイジの隊を派遣してほしかったんだが、かないそうにない。
このままだと、正直な話、ここを離れるのは不安だ。しかし、ある戦力が加わってくれれば、俺は安心してここを離れられる」
「私に戦えと言うのかね?」
「理解が早くて助かる。魔法研究所実験小隊の元隊長が加勢してくれれば心強いんだがな」
「ッ!? 君は、それをどこで…」
「前に、オスマンのジジィにお前のことを聞いたことがあったんだが、はぐらかされてな。何があるのか興味を覚えたんで調べてみた」
そう言ってサイトは、手に持っていた紙をコルベールに投げた。受け取ったコルベールが目を通すと、そこには、当時の自分の情報がびっしりと書かれていた。自分のことをここまで調べたサイトの能力に驚愕し、それから、コルベールはすまなそうにつぶやいた。
「すまないが、私はもう、争いのために魔法は使わないと決めたんだ」
「そのために生徒たちが死んでも構わないと?」
「そうは言っていない!」
強い口調で叫んだコルベールだったが、すぐにハッとすると、サイトから目をそらした。
「すまない…」
「いや、謝らなくていい。それに言い方が悪かったな。俺は、『炎蛇』のジャン・コルベールに魔法で戦えとは言っていない」
そういうと、サイトは椅子から立ち上がり、外へ出て行こうとした。それをコルベールは驚いたような顔で見つめる。
「お前は、目の前で生徒が傷ついて黙っていられる男じゃない。
だから、お前には“何もせずにいてだれかが傷ついてから行動する”か“誰も傷つかないよう行動を起こす”かの二つしか残っていない。
お前が逃げるのは勝手だが、逃げているだけじゃ、何の解決にもならないんじゃないのか?
……それに、魔法を使う以外にも戦い方はいくらでもあるぞ」
自分の頭を軽く叩く仕草をしながら部屋を出て行くサイトを、コルベールは見送ることしかできなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
「魔法を使うだけが戦いではない、か……
サイト君には、いつも助けてもらいっぱなしだな」
コルベールは自嘲気味に笑って立ち上がった。
「せめてもの恩返しだ。後方の憂いは私が何とかして見せよう。
彼が教えてくれたように魔法以外の戦い方で!」
彼は勢いよく、研究室の扉を開けて外に出た。
****************************
コルベールは深呼吸をして学院長室の扉に手を開いた。
「失礼します」
中では、オスマンとアニエスが警備について話し合いをしていた。話し合いと言ってもアニエスがどう配置したのかを事後報告しているだけなのだが。
アニエスがここに来たのは、ここに残る女子生徒たちを予備士官として短期教育することと、ミズチに頼まれた学院の警護のためだった。
「すまんが、今は警備についての話し合いの最中じゃ、出なおしてきてくれんか?」
「その話し合い、私も参加させていただきます」
「貴様のような腑抜けにようはない」
教室でやったようにアニエスは、コルベールを睨んだ。しかし、あのときのようにコルベールは怯えなかった
「私は、ミスタ・ミズチにここの警護を任された身です」
「何!? ミズチ殿が!」
アニエスの驚くさまを見てこの名を口にしたのは間違いだったのかもとコルベールは少し後悔した。
サイトがここを出る前に「ミズチの名を出せば、確実に通る」と言われていたため、実際にやってみたのだが、アニエスの動揺にコルベールは内心ヒヤヒヤしていた。
「ック、ならば仕方無い。ここに来たのなら、なにか考えがあるのだろうな?」
「ええ、銃士隊長殿、敵が来るとしたら、何を目的としてくると思いますか?」
「ミズチ殿が言うには、ここにいる生徒を人質にしてアルビオンに向かった軍の足並みを乱すこと」
「その通りです。目的が分かっているのですから、手を打つべきです」
「それで?」
「学院にいる者を本塔に移します。本塔は、宝物庫など、重要なものが多く存在するため、壁は魔法を受け付けませんし、物理的方法で破壊しようとしても、膨大な力を必要とします。以前、フーケに壊されたため、従来よりも強固なものとなっていますので、破ることは不可能と言っても過言ではありません。
そうなれば、侵入する手段はかなり限定されます。窓と門だけになります。ここまで限定されれば、かなりやりやすくなるはず…」
アニエスは昼間の認識を改めた。昼間見たとき、この男は腑抜けの一言で事足りるちっぽけな男だった。だが、今目の前にいるのは、ミズチに信頼されるに値する男に見えた。
「確かに…一理あるな。警備の配置を練り直すか」
「それともうひとつ、やっておこうと思っていることがあるのですが」
席を立とうとしたアニエスは何を言おうとするのか興味を覚え、座りなおした。
「水系統の教員と生徒を集めて救護班をつくろうと思うのです。
戦いになれば、どうしても傷人が出るものです。それに迅速に対応できる救護班は必要不可欠かと」
オスマンは髭をなでながら、コルベールの話を聞き、ゆっくりと体を起こした。
「フム…救護班の方は、ワシが何とかしよう。それに彼が我々のために置いて行ってくれた戦力も使わんとな」
―――――――――――――――――――――――――――――
キュルケとタバサは、着替えと必要最低限の荷物を手に本塔の中に入った。中に入ってすぐ、大急ぎで用意されたのであろう受付があり、そこで、字が読めるメイドたちが生徒の名前を聞き、これからしばらくの間、住む部屋を伝えるという作業に追われていた。
キュルケは、その中にシエスタを見つけ、タバサを伴って彼女のもとへ行く。
「シエスタ、あたしたちの部屋の場所、教えて」
「あ、はい! えっとお二人は…」
シエスタはパラパラとリストをめくり、二人の名前を探しだす。
「お二人は三階になります」
「そ、ありがとう」
「いえ」
キュルケが礼を言い、タバサも小さく頭を下げるとシエスタはにっこりと笑った。邪魔になると悪いと思い、キュルケはタバサを連れてそこから離れることにした。
「あ、言い忘れるところでした、ミス・タバサは、あとで中庭に行ってください」
「わかった」
コクンと頷くタバサをちらっと見てから、キュルケはシエスタに疑問を投げかけた。
「あら? タバサだけなの?」
「はい。水系統の魔法を使える方を集めているみたいです」
「水系統かぁ…、なら、私はお呼びじゃないわね」
彼女は、火系統であるため、水系統の魔法とは相性が悪く、扱えないのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
早朝4時過ぎ、まだ日は昇らず、暗闇の中、本塔の屋根の上にシエスタとウェールズ、それと、オスマンの使い魔モートソグニルがいた。
「ふぁ~っと」
人間以上の感覚を持つ二人には、暗闇であっても何の問題もないため、ここで見張りをしていたのだ。
大きな欠伸をしたシエスタは、ウェールズの視線に気づき、慌てて口を押さえた。
「クスクス…」
「もぉ、笑わないでくださいよぉ」
「スマナイ。でも、こんなところで見張りなんだ。退屈だよね」
「はい。でも、サイトさんの期待にこたえるためにも頑張り……」
シエスタは、不意に言葉を切って周囲をキョロキョロと見まわし始めた。その様子を見たウェールズの目つきが真剣なものに変わり、確認するように訊く。
「どうかしたかい?」
「風の匂いがかわりました…」
鼻をクンクンと動かしながら、シエスタはつぶやくように言った。
「血と火の臭い…洗っても、洗ってもぬぐえないほど、体に染み付いてしまった臭い……」
「敵がきたと思っていいんだね」
「…ハイ」
ウェールズはカイザドライバーを、シエスタはデルタドライバーをそれぞれ腰に装着した。
――― 9 1 3 Enter ―――
「変身!」
<Standing By>
シエスタは、コードを音声入力し、右手を左下に左手を右上に伸ばし、それぞれの腕が半円を描く。
ウェールは、右手でカイザフォンを持ってコードを入力し、素早く手首を動かしてカイザフォンを閉じると、左拳を腰に構え、右手を右に水平に伸ばした。
そして、弧を描くように左へと移動させ、左肩の上で腕を曲げ、力強く叫んだ。
「変身!」
そして、二人は同時にそれぞれのフォンとドライバーを接続させる。
<Complete>
ウェールズの身体を黄色の、シエスタの身体を白のフォトンブラッドが駆け抜け、ウェールズはカイザへ、シエスタはデルタへ変身した。
カイザは本塔の一番高い所に立つと、カイザブレイガンを抜き、ミッションメモリーを挿入し、黄色の光刃を生み出した。
そして、ヒーティング・イニシャライザを操作し、ブレードの熱放出量をミドルから、最大出力のアルティメットに調整して横一線に振り抜く。
アルティメット時のカイザブレイガンは、ブレードの延長線上最大120m先にある対象を両断できるのだ。
何もなかった空間が突然燃え上がり、両断された空艦が墜落した。
「今のでほとんど落とせたと思ったんだけど、何人か逃したみたいだ」
「10人です」
見に徹していたデルタが正確な数を報告する。
「モートソグニル、オールド・オスマンに伝えてくれ」
ネズミはチュッと鳴いて敬礼した。
「ボクは、迎撃に出るけど、君はどうする?」
「私も一緒に行きます」
――――――――――――――――――――――――――
「フムフム…」
「どうされました? オールド・オスマン」
先ほどの爆発から本塔内は慌ただしくなった。敵に悟られないため、明かりをつけていない学院長室に集まっていたコルベールとアニエスは、使い魔から何か知らせを受けているらしいオスマンに視線を集める。
「賊が来たそうじゃ。艦は落としたらしいが、10人ほど侵入されたそうじゃ。ウェールズくんとシエスタくんで迎撃に向かった」
「…通常ならば、学生寮を攻めて学生を人質にして教員たちを降伏させるのが常套手段ですね」
顎に手を当てて、敵の戦略を予測するコルベールの声を聞き、アニエスが部下たちに本塔から学生寮に向かうであろう敵の狙撃を指示した。
「さてと、アニエス銃士隊長殿、ワシが表門を警備するとしよう。浮いた分の人員で他の場所の警護を固めるのじゃ」
「御一人で大丈夫ですか?」
「力比べならば、幼子にも負けてしまうじゃろうが、魔法比べならば、今でもそう簡単に負けはせんと自負しておるぞ。それにウチの警備兵もつれてゆく」
袖をまくり、枯れ木のような腕を見せてニカッと笑ってからオスマンは立ち上がり、扉に手をかけたところで振り返った。
「二人とも、いかなることがあっても、子供たちに怪我をさせてはならんぞ」
「わかっております。オールド・オスマンもお気をつけて」
「了解…」
うなずくコルベールと敬礼するアニエスに見送られて、オスマンは部屋を出て行った。
オスマンを見送ると、アニエスは、表門に配置していた人員を他方に回し、自身も銃を取り、現場に向かう。コルベールは生徒の誘導と、事前に声をかけておいた水系統の魔法が使える教員と生徒からなる救護班の指揮を執るため、行動を開始した。
――――――――――――――――――――――――
侵入者たちは、学生寮に侵入した。だが、そこは物音一つしない空間だった。先ほど、彼らが乗ってきた艦の爆発音はとても大きかった。起きた者がいてもおかしくない、いや、起きていないとおかしい。だから、強引な方法を取る必要があるだろうと予想していた侵入者たちは、その雰囲気に疑問を抱いた。
男子寮と間違えたのかと確認してみるが、間違いなく、そこは女子寮だった。
生徒たちが全員実家に帰ったという情報は来ていない。ならば、何故、こうも静かなのだろう? そう思いながらも雇われ傭兵として依頼を遂行するため、出入り口に仲間を2人残し、8人で学生寮に侵入。
二人一組になって各階を探っていく。
一階を担当になった二人は、一つ一つ部屋を開けて行く。
「おい、誰もいないぜ」
「ああ、どうなってんだ?」
「まさか、全員でどっかのパーティに行ったとか言わねぇよなぁ…」
「マジかよ」
半分を回り、誰もいなかったため、わずかに気が緩み、無駄口を叩きつつも、次の部屋を開ける。
部屋を調べるときは、片方が外に残って周囲を警戒し、もう片方が部屋の中を探るという方法を取っていた。
そして、今回の部屋も片方が部屋の中に入った時、隣の部屋が音もなく開いた。そして、周囲を警戒していた傭兵が気付くよりも早く、黄色い閃光が駆け抜け、傭兵の首を斬り落とした。
「ったく、本当に誰もいねぇよ」
そう愚痴りながら、部屋を出てきた。傭兵は、ふと、相棒の返事がないことに気がついた。
「どこ行ったん…!!」
足元に、相棒が首を斬り落とされて死んでいることに気がついた。
一瞬思考が止まったが、今まで戦場で生きてきた彼の本能がすぐに行動を開始した。敵襲があったことを味方に伝えようとしたとき、背後に気配をかんじ、慌てて距離を取って振り返った。
そこには、体中にのびたラインを白色に、大きな目と思われる部分をオレンジ色に輝かせ、こちらを見ている異形の姿があった。
異形を倒すため、呪文の詠唱を開始するが、それが終わるよりも異形の拳が傭兵の意識を奪う方が早かった。
「証言させるための生け捕り確保、完了です」
デルタがそう言うとロープを持ったカイザが現れ、侵入者を縛り上げた。
「ボクが本塔に行く。君はここでそいつを見ていて」
「私も一緒に行きます」
「君は人を殺せるのかい?」
「……サイトさんにも言われました。できるかどうかは、わかりません。でも、何かできるかもしれないのに、何もしないでいられません!」
――――――――――――――――――――――――
本塔から学生寮を狙える窓にできる限りの部下を集めたアニエスは、寮の前に立つ二人の傭兵以外、外にいる者はいないことを確認した。
「構え…」
敵に悟られないため、囁くような声で指示を出す。全員の銃が侵入者に向けられたところで一呼吸置き、侵入者たちを睨みつけて叫んだ。
「撃て!」
アニエスの号令とともに銃士隊の銃から弾が発射され、二人の傭兵のうち、本塔から近い位置にいた傭兵を血の海に沈めることができたが、もう片方は傷を負ったようだが、まだ動けるらしく、領内に避難されてしまった。
「ッチ! 次弾装填!! 警戒を怠るな!」
敵が外に出てきたときのため、学生寮を睨みつつ、指示を出した。
――――――――――――――――――――――――――
激しい銃撃を聞きつけ、侵入者たちは寮内で合流した。
「一階のやつらはどうした?」
「わかりません」
侵入者たちのリーダーであるメンヌヴィルは、現場にイラ立ちつつも笑みを浮かべた。
「平和ボケしていると思っていたが、なかなか頭が切れるやつがいるじゃないか。
オイ、どこから攻撃された?」
「た、たぶん、本塔です、隊長」
銃士隊の一斉射から生き残った傭兵が、仲間に治癒の魔法をかけてもらいながら、報告した。
「なるほど、ありゃ確かに籠城するにはもってこいの場所だ」
襲撃前に得た情報を思い出し、メンヌヴィルは目を細めた。
――――――――――――――――――――
土の魔法で本塔の死角に出口を作り、そこから遠回りして本塔までやってきた侵入者たちは、二手に分かれた。
片方は表門へ向かい、門を調べる。そして、その門が開いていることに侵入者たちは顔を見合わせた。門には、魔法で開けられないよう術が施されているし、ピッキングでも開けられないようになっている。
侵入者の作戦は、表門を無理やり開けようとして騒ぎを起こし、警備の目を表門に集め、その隙に別グループが、人質を取るというものだったのだが、何もしていないのに鍵が開いているという状況に困惑したが、潜入できるのならばしてしまおうと三人は門を開けた。
「もう少し警戒するとかせんのか? 最近の若いもんは不用心じゃなぁ」
椅子に腰かけた老人が、大陸最古のメイジと噂されるオスマンが、いた。杖で頬を掻きつつ、侵入者たちをみつめる。
「なんじゃ? 敵が目の前におるのに何もせんのか?」
「「「ッ!!」」」
こんなところにいるはずのない人間がいたことに混乱した侵入者たちはオスマンの言葉で反射的に杖を構え、詠唱する様子のないオスマンに向かって襲いかかった。
「ワシはもうすんでおるのじゃがな」
オスマンが立ち上がり、魔法を解除すると、侵入者たちに背を向けた。背後には、切り刻まれた肉片があった。
あらかじめ、門の近くに極限まで薄く細い刃がオスマンの土の魔法によってクモの巣のように張っておいたのだ。
「他愛もないのぉ」
オスマンは学院で雇っている警備兵に死体の処理を言い渡した。
「これで、残り4,5人ってところかの」
―――――――――――――――――――――――――
「あいつら、いつまでもかかっていやがる…」
「隊長、もう、夜明けまで時間がありませんぜ」
メンヌヴィルは、作戦時間の無さに焦る部下を蹴った。
「焦るな! 窓に火の魔法をぶち込んでフライで入る」
「了解!」
半分以下になってしまった部下を連れ、一つの窓に狙いを絞り、ファイヤーボールを打ち込んだ。
「よし、行くぞ!」
メンヌヴィル自ら、先陣を切って本塔に飛び込んで行った。それに続き、もう一人飛び込み、さらに続こうとした時、黄色と白の光弾が足元に着弾し、侵入者たちは思わず、たたらを踏んだ。
そちらを向くと黄色と白の異形が銃のようなものをこちらに向けていた。
「シエスタ、ここは僕がやる。君は中に入った二人を追いかけてくれ」
「はい!」
デルタはうなずくと、メンヌヴィルたちが入って行った窓に跳んだ。ジャンプ力38mを誇るデルタにとってこの程度なんてことないのだった。
一人残ったカイザは侵入者二人と対峙した。
「あんまり長々と相手をするつもりはないんだ。サッサと決めさせてもらうよ」
――― Enter ―――
<Exceed Charge>
ダブルストリームを光が駆け抜け、右手に持ったカイザブレイガンへとチャージされた。
侵入者たちの放つ魔法を跳んで避け、次々と侵入者たちをポイントし、カイザはブレイガンを手に低く構え、光となって駆け抜ける。
光に斬られた侵入者たちは、Χの紋章を刻みつけ、青い炎をあげて灰になった。
―――――――――――――――――――――――――――
「なかなか、頭が回るやつがいるじゃないかと思っていたが、まさか、隊長殿がいるとは思わなかったよ! メンヌヴィルだ、隊長殿!! 」
デルタが本塔に飛び込み、侵入者たちを探していると、侵入者たちはすでに生徒たちを発見し、人質を取っていた。近くに怪我をして呻いている銃士隊の隊員やすでに死んでしまっている隊員がいた。
彼女が隠れている物陰とは別の場所にオスマンや、銃士隊の隊員たちの姿も見えた。突入するタイミングをはかっているようだ。
侵入者のリーダー格と思われる男は、人質にならずに済んだ生徒や先生たちをかばうように立つコルベールに気付いてとてもうれしそうに笑っていた。
「あの、女子供関係なく顔色一つ変えることなく平然と焼き払ってきた男が、教師? 何の冗談だ、魔法研究所実験小隊隊長・ジャン・コルベール?
ああ…もう隊長じゃないから元隊長か!」
「……」
魔法研究所実験小隊隊長、その言葉を聞き、アニエスの殺意が侵入者ではなくコルベールへと変わった。
「ダングルテールの作戦、あれが疫病発生というのは嘘で、本当は新教徒狩りだったということは知っているかね?」
コルベールは、ゆっくりと問いかけた。
「ん? ああ、それが?」
「私はその事実を知ってから、毎日罪の意識にさいなまれた。
確かに、私は君の言ったとおり、女子供、見境無く焼いた。
許されることではない。忘れたことは、ただの一時とてなかった。
私はそれで軍をやめた。二度と炎を破壊の為に使うまいと誓った」
「……」
コルベールの告白にメンヌヴィルは少し茫然とした顔をしたが、杖を持っていないほうの手で口を覆った。
「クククク…ハハハハハハハハハハハハ!!!」
耐えられなくなったのは、口を覆うこともやめてメンヌヴィルは大声で笑った。
「何がおかしいっていうのよ!!」
そう叫んだのは、コルベールと同じように杖を抜いていたキュルケだった。
彼女はコルベールをバカにしていたことを恥じた。火の系統でありながら、争いを嫌う彼の姿勢は同じ火の系統のメイジとして、あまり好意的に映らなかったし、なによりも、サイトがコルベールを信用していることが気に入らなかった。
何故、こんな男をサイトは、壁の内側に入れているのかわからなかった。
だが、コルベールの言葉を聞き、この男は決して情けない男ではなく、悩み考え、自ら進む道を必死に探している尊敬すべき先駆者であるのだと感じた。
「何がおかしいだと? あの鬼の隊長が何と腑抜けたことか! あんたのことを尊敬していた自分が情けないぜ!!」
そう叫んで魔法を放とうとした時、デルタが飛び出した。メンヌヴィルとデルタの距離は約40mその距離をデルタは全力で疾走する。
「何ッ!?」
100mを5.7秒で駆け抜けるデルタが、メンヌヴィルにたどり着くまでの時間は約2.3秒、さらにソルメタル製のボディに包まれたからだは体温を発することもないため、両目を失明し、周囲の体温と音で対象を識別してきたメンルヴィルは完全に反応が遅れ、できたことは、驚くことだけだった。白い弾丸の体当たりをくらい、メンヌヴィルは吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
突然現れたデルタに人質のそばにいた侵入者の意識が向いた隙にオスマンは風の魔法でその侵入者を吹っ飛ばした。
―――――――――――――――――――――――――
銃士隊と警備兵が侵入者たちを拘束する中、アニエスがコルベールのもとへやってきた。彼女から放たれる殺気を感じ取り、コルベールはアニエスの方をじっと見つめる。
「貴様が……魔法研究所実験小隊の隊長か? 王軍資料庫の名簿を破ったのも、貴様だな?」
剣を抜き放ち、コルベールに突き付けた。
「教えてやろう。わたしはダングルテールの生き残りだ」
「そうか」
周囲にいた者たちの視線が二人に集まり、静まり返った。
「…死ね!
アニエスが繰り出した本気の一撃からコルベールは、目をそらさなかった。
そして、その一撃は、彼に届くことはなかった。
白い異形がコルベールの盾になるかのように立ちはだかり、黄色い異形の持つ光刃がアニエスの剣を根元から切り落としていた。
「何故止める!」
「ボクたちはこの学院にいる人々を守れと言われている。だから守ったまで」
「私は、その男を斬らねばならんのだ!」
「そんな事情知りません。もし、ここで見逃せば、私たちが帰ってきたあの人にひどい目にあわされちゃいますから」
目の前に立つ異形たちに勝てるとは思えなかった。
アニエスは、悔しそうに、憎々しそうにコルベールを睨みつけた。
「貴様、オールド・オスマン殿やミズチ殿を騙していて善人面をしていたのか? 何と厚顔無恥なやつだ」
そう吐き捨てて去ろうとしたアニエスにオスマンが声をかけた。
「そのミズチという男はどうか知らんが、ワシは知っとったよ」
(まぁ、サイト殿のことじゃから何らかの方法で知っているじゃろうけどな)
「ならなぜ、この殺人鬼に教師などさせている!!」
「何故? 魔法研究所実験小隊の隊長をやっとった男じゃぞ。そんな優秀な男を優秀な人材育成のため、優秀な教師を求めているワシが拾わんわけがなかろう。
それにのぉ、銃士隊長殿。彼は殺人鬼ではない、軍人だっただけじゃ」
「軍人だっただけだと!?」
アニエスは、射殺さんばかりに殺気を込め、オスマンを睨みつけた。
「そうじゃ、彼は軍人として命令を実行したまでじゃ。隊長殿だって命令されれば、生まれたばかりの赤子から老いた老人までを手にかけねばならん」
「そんな言葉で割り切れるか!!」
「割りきれとは言ってはおらんよ。理解せよと言っておる」
「ッッ!!! ……こいつらを、連れて行け…」
無理やり感情を押し殺したような声で部下に指示を出し、アニエスは出て行った。
「申し訳ありません。オールド・オスマン」
「気にすることなど何もない。大事な人材を失うわけにはいかんからの」
「…ありがとうございます」
髭をなでながら答えるオスマンにコルベールは深々と頭を下げた。
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