オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔20
「あなたの直属の部隊ですか?」
「はい。現状では、私の戦法が有効に使えません。故に、それをできるようにするため、部隊を作りたいのです」
「それで、どういった部隊なのですか?」
「情報の収集、統制及び操作など、情報に関する部隊です」
「情報に関する部隊?」
「よくわからないのも無理はないでしょう。しかし、陛下もルイズに情報収集を命じているところから、本能的には情報の大切さを理解していると私は思います」
「はぁ」
ミズチの話にアンリエッタはあいまいな返事をする。
戦争に勝つための部隊と聞けば、普通、強力な力を持った部隊を想像するものだ。アンリエッタもそうだった。だが、ミズチの求めた部隊は情報を目的とした部隊だった。
「許可が下りれば、すぐに隊員の選別を行い、訓練を始めます」
「訓練が必要なのですか?」
別に、戦うわけでもないのに、訓練など必要なのかと疑問に感じたアンリエッタに対して、ミズチは大きくうなずいた。
「ええ」
「それは、本当に戦争に勝つために必要なのですね」
「はい。戦時のみならず、戦争後、国のために役立てることもできます」
「わかりました。その部隊を新設することを許可します」
それから数ヵ月、アンリエッタはミズチが極秘裏に新設した部隊の力を知った。
内通者の摘発にその真価を発揮して見せたのだった。
**************************
学院に戻ったサイトとルイズは、すでに準備しておいた荷物を手に、トリスティンとゲルマニアの連合艦隊の待つ、港へと向かっていた。
「ウェールズを連れていかなの?」
「あいつは、学院にいてほしいんだ」
「なんでよ」
「ウェールズを連れていかない理由はいくつかあった。
第一に、学院に戦力になりそうなのが、あまりにも少ないことだ。俺が見た限りでは、キュルケ、タバサ、コルベール、オスマンのジジィくらいだからな。
第二に、広い学院内のどこで、何が起ころうと即座に対応可能な機動力を持っていること。
第三に、敵を前にして暴走する可能性があるからだ。たとえ一騎当千の力を持っていたとしても、輪を乱す者がいれば、そこから崩れて行ってしまう。崩す可能性のあるものを連れていくわけにはいかない。
そして最後に、シエスタだ。あいつは、人を殺した経験がない。戦わなくてはならない時、戦えなくなってしまうかもしれない。それをフォローできるのは、ずっと一緒に訓練を受けてきたウェールズしかいない」
「あんたも色々と考えているのね」
「考えなくては、戦争には勝てない」
感心したようにつぶやくルイズに、サイトは当然だと言わんばかりに頷いて見せた。
そんな会話をしている間に、港が見えてきた。
―――――――――――――――――――――――
港に着くとすぐにサイトは用事があると言ってどこかへ行ってしまい、それと入れ替わるようにアニエスがやってきた。
「ミス・ヴァリエール、女王陛下がお待ちだ」
「わかったわ」
サイトを追いかけようと思ったが、それは出来そうもない。サイトが行ってしまった方を一度振り返ってから、ルイズはアニエスの後について行った。
アニエスが向かった先は、この戦争に参加する者たちを激励するために来たというアンリエッタの待合室だった。ルイズを待合室に入るとアニエスは出て行ってしまった。
「ルイズ、あなたをここに呼んだのは、あなたに会ってもらいたいっていう人がいるの」
「私に、ですか?」
「ええ」
その時、タイミングよく、アニエスが出て行った扉とは別の扉がノックされた。アンリエッタが許可を出すと、仮面をかぶった貴族がいた。
「彼が先ほど話していた相手、真の総司令『水君』のミズチです」
アンリエッタに紹介されたミズチは、礼をとった。
だが、ルイズの目は、ミズチの手に握られているトライデントに注がれていた。
それは、彼女のもっともそばにいるものが、愛用している物と全く同じだった。
「何やっているのよ! サイト!!」
「バレたか」
「ええ、あっさりとバレましたね」
ミズチとアンリエッタは顔を見合せてともに「つまらない」と言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「やはり、それを持ってきたのが失敗だったようですね」
「そのようですね。ルイズなら、気付かないと思いましたが、どうやら過小評価していたようです」
「あなたでも、見誤ることがあるのですね」
「それこそ過大評価というものですよ。陛下」
クスクスと笑いあう二人に完全に置いてきぼりをくらったルイズは、ミズチを睨みつけた。
「いい加減、その趣味の悪い仮面を外しなさいよ!!」
「趣味が悪いとはひどい。マザリーニ殿が考えてくださったというのに」
「いいから外しなさい!」
「この部屋は人払いしてありますから、はずしても平気ですよ」
アンリエッタの了承を得て仮面を外した。
「で、なんでこんなのつけてるの? それに真の総司令ってどういうことよ?」
ルイズは、近くにあった椅子に腰かけたサイトに詰問する。
適当にはぐらかされるものかと身構えた。こちら見向ける目はどうせ、適当そうなものだろうと睨んでいた彼女の予想に反し、サイトは真剣な目を向けた。
「ッ!?」
「理由は、俺の立場にある」
「立場?」
「そうだ。その立場が何か分かるか?」
「え? だから、総司令なんでしょ?」
「違う、それじゃない」
ヤレヤレと首を振るサイトにルイズの眉間にしわが寄る。
「ルイズの使い魔ってことですか?」
「正解だ。それが問題なんだ」
アンリエッタの言葉にサイトは大きくうなずいた。
「私の使い魔が問題ってどういうことよ!?」
「ルイズは素晴らしいメイジです。その使い魔であることが問題とはどういうことですか?」
わからないらしい二人に、サイトは芝居がかったしぐさで首を振った。
「いいか? 例えば、俺が素顔をさらしたまま、総司令として表に立ったとする。そうなれば、まず「あんな若造が総司令?」、「あれは誰だ?」、なんて声が上がるのは間違いない。
その程度ならば、どうとでもできるが、この戦争には魔法学院の生徒や教員も多数参加している。そいつらが俺を見れば、俺が何者か気づくだろう「あれは『ゼロ』のルイズの使い魔だ」っとな。そうなれば、「何? 使い魔が総司令? ふざけているのか!?」っていう具合になっていくだろうな。この時点ですでにアウトだが、まだ挽回できる。
しかし、問題はこの先だ。「『ゼロ』のルイズ? 誰だそれは?」そうなればアウトだ」
「なんでアウトなの?」
「お前の前の二つ名の由来は?」
「魔法が使えないから……でも、今は!!」
『ゼロ』の由来を思い出し、悔しそうな顔になるが、今のルイズは『虚無』のルイズだ。そう主張しようとしたルイズに手をかざして黙らせる。
「今の二つ名を知る者はほとんどいない。だから、お前のことを聞いた者はこう思うだろう「魔法が使えない落ちこぼれメイジの使い魔の命令など聞けるか!!」、そうなってしまえば、俺がいくら指揮をとろうとしても、軍は機能しなくなり、敗けるだろうな。
素顔をさらしたまま陰で、ていうのも駄目だな。調べればあっさりとばれる。
だからこその仮面、だからこそのスケープゴートだ。わかったか?」
「うん」
サイトの思考の深さにルイズはただ頷くことしかできなかった。
「指揮をとるとき、俺は『虚無』のルイズの使い魔、平賀サイトではなく、『水君』のミズチだ。間違えるなよ」
「わかってるわよ」
「ルイズ、彼の正体は隠し続けなければならないものなの。だから、気をつけてね」
「わかっておりますわ、姫さま」
直情的なルイズの性格を考え、2人は不安を感じずにいられないのだが、彼女がサイトのご主人さまでアンリエッタ直属の女官である以上、教えておかないと後々面倒なことになるのは目に見えているため、教えないわけにはいかなかったのだ。
「さてと…」
サイトは、仮面をかぶってアンリエッタの前に跪いた。
「女王陛下、そろそろお時間です。皆、陛下の激励のお言葉を待っております」
「そうですね。
では、『水君』のミズチ」
「ハッ!」
「汝の知将としての実力、期待しておりますよ」
「ご期待に添えて見せましょう」
ミズチは一礼して部屋から出て行った。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「お待ちなさい、ルイズ」
アンリエッタが、慌てて追いかけようとするルイズの手を掴んで引きとめた。
「ミズチはこれからの式に参加することができません。だから、みんなの視線がわたくしに集まっている隙に乗艦することになっているのです。
あなたは、式に参加するのですし、将軍たちにも紹介しなければいけません。ですから、わたくしと一緒に来てください。ミズチのもとへは、あとで、ちゃんと送りしますから」
「わかりました」
ルイズはアンリエッタとともにミズチが出て行ったのとは違う扉から出て行った。
―――――――――――――――――――――――――
「ミズチ殿、アルビオンとの戦闘が予測されるのはここなります」
「……」
艦隊の旗艦『ヴュセンタール』号の作戦会議室で報告に対して何の反応もしないミズチに、その場にいる全員の視線が集まる。
「みなさん、今は待ちですよ」
「待ち?」
「もう少しで正確な情報がここに運ばれてきます。策はそれからで十分間に合います」
「例の部隊ですな? 本当に使えるのですか?」
ミズチは悠然とイスに座り、紅茶を飲む。ルイズは余裕を持っているミズチの姿を部屋の隅で見ていた。
(サイトがすごく強いのは知っているけど、本当に艦隊の指揮なんて執れるのかしら? 姫さまは信じているみたいだけど…
でも、ここに来る前は一万人も部下がいたって言ってたし…)
そのとき、扉がノックされた。
「リカネサンス隊、観測を終え、帰還しました」
入室した少年は将軍ではなく、ミズチに礼をとった。
「御苦労、結果は?」
「こちらに」
ミズチは少年から紙の束を受け取り、ものすごい速さでめくる。
(ほんと、サイトの速読って早すぎね)
ルイズはその姿にそんな感想を抱いていると、ミズチが立ち上がった。
「先ほど、戦場となるのはここと言いましたね?」
「あ、ああ」
ミズチの確認に参謀がうなずくと、ミズチは満足そうにうなずいた。
「敵は、広範囲に、それも異様なほど戦艦と戦艦の間をあけているそうです。これがどういうことだと思いますか、将軍?」
「どういう意味なんだね?」
「彼らは恐怖しているのですよ。ミス・ヴァリエールのあの魔法にね。少しでも被害を抑えようと、助かろうと考えているのでしょう」
「なるほど……しかし、ミス・ゼロはあの魔法は使えないと言っていたではないか!」
「向こうはそれを知りません。それとも、わざわざ使者を向かわせて「こちらはあの魔法を使うことができませんのでご安心してください」とでも知らせに行きますか?」
ミズチは小馬鹿にしたように言うと、一拍置いて、話を続ける。
「実際のところ、あの魔法の有無は関係ないのです。敵があれを恐れて今までの連携をとれなくなっているというところが重要なのです。
これだけ離れていれば、向こうの戦艦一隻に対して、こちらは最低でも二隻で当たることもできそうですね」
ミズチが小さな声で素早く何かをささやいた。すると、置いてあったワイン瓶とティーポットからそれぞれの中身が勝手に飛び出し、小さな船の形になった。
「ワインをアルビオン、紅茶を我々だと思ってください」
ワインは大きく広がって展開しているのに対して、紅茶は中心に集まって展開している。
「これでは、敵に包囲されてしまう。我々も大きく広がった方がいいのではないのか?」
「敵の戦艦の数はこちらよりも少ないのです。なのに、これだけ多く広がっている。つまり、敵の敷いた陣は、ただのハリボテ」
「ハリボテ?」
「そうです。そして、我らは岩。その岩を何故、砕いて小石にしてぶつける必要があるのです?」
「しかし、一点突破を狙ったとしても包囲されてしまえば、我らは他方からの攻撃にさらされることになる」
紅茶がワインの真ん中に突っ込むのを見ていた参謀がつぶやいた。
「たしかに、これだけでは、こうなってしまう可能性があります」
ワインが両端を折りたたみ、紅茶を包んだ。
「だが、これは最初に接触するこの部分が我らの戦力と拮抗するから起こること、実際の数の差を考えると、こうなるはずです」
最初に紅茶と接触したワインが方位を完成する前に突破されてしまった。
「我ら連合が60隻に対し、アルビオンは40隻。もともと、こちらの方が多いうえに、向こうは大きく広がってくれています。一点突破ならば、実際に戦うのは、おそらく多くても15隻程度。
なので、こういう形の陣形を取ります」
最初の布陣に戻ると、紅茶が40:20の割合で別れ、まず、40の紅茶がワインの中心とぶつかる。ワインが紅茶を包み切る前に紅茶が突破し、紅茶を包もうとしていたワインは紅茶の後ろを追いかける形になる。それを残り20が背後から若干数が減った40が転進して挟み撃ちにしてしまった。
「最後の詰めとして、ミス・ヴァリエールに協力してもらえれば、勝つことができます」
ミズチは底冷えするような冷笑を浮かべた。
それを見たルイズは確かに聞いた気がした、サイトが「“パーティ”の始まりだ」と言ったのを。
「全艦に伝えてください。“無敵”とは“敵が無いほど強いから無敵”という、しかし、アルビオンはタルブで我々に負けている。故にもう、“無敵”ではないと」
―――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、あんな作戦で大丈夫なの?」
自室で休んでいると、ルイズが心配そうに仮面を外したサイトに問いかけた。
「本当は、陽動を行うつもりだったんだが、こちらの軍は学生交じりの上に、急ごしらえの連合軍だ。練度が圧倒的に劣る危うい軍だ。
だから、精神的優位に立つため、あえてこの作戦をとらせてもらった。
それに、上手くいけば、敵の地上部隊にも大きな打撃を与えられるかもしれない」
「地上部隊にも?」
「まぁ、連中を調べて導き出した俺の予想通りに向こうが動いてくれれば…の話なんだがな」
「ふぅん、そういえば、さっきのリカネサンス隊って何なの?」
「リカネサンス隊は、俺が組織した部隊だ。偵察、諜報など、あらゆる情報にかかわる部隊だ」
「それって意味あるの?」
「夏の長期休暇におまえ、命令されて街で諜報活動していただろう?」
「うん」
「ああいう活動の専門部隊だと思ってくれ」
「あんな簡単なのに専門部隊なんて作る必要あるの?」
「……実はな、店全員にお前が貴族だってバレていたぞ」
「うそ…」
「本当だ。俺が手をまわして気づいていないフリをさせていたけどな。諜報員が気づかれるということは、失敗と同じ意味を持つ」
「……」
「まぁ、お前を人選したっていう時点でミスだったんだけどな…
おまえは、いい意味でも、悪い意味でも根が正直だからな」
「それって誉めているの? 貶しているの?」
ルイズの睨みにサイトは答えることなく、含みのある笑みを浮かべて紅茶に口をつけた。
――――――――――――――――――――――――――――
大きく広がったアルビオン艦隊は、連合艦隊の一点突破を抑えることはできなかった。
サイトの予想通り、アルビオン艦隊は、ルイズの魔法を恐れ、味方艦との連携が取れず、取り囲もうとするも、包囲する前に突破され、アルビオン軍は、連合軍を追いかける形となったが、背後からは、連合軍の艦隊が迫ってきた。しかも、その量は、突破をしかけてきた艦隊よりもはるかに多かった。ミズチの言った最後の詰めとは、最近ルイズが身につけた新たな虚無の魔法『イリュージョン』をつかって、後続艦隊の量を誤認させることだったのだ。
ただでさえ、すでに防衛ラインは突破され、味方艦の数は激減している中、続く艦隊と転進した先ほどの艦隊を相手にすることなど不可能に近い、アルビオンの艦隊の指揮を落とし、司令官の心を折るのには十分だった。
アルビオンの旗艦から白旗が上がるのにそう時間はかからなかった。
―――――――――――――――――――――――
「撤退! 撤退ぃ!!」
連合軍の上陸時に奇襲をかけるため、ホーキンス将軍率いるアルビオン軍3万の兵は、ロサイス付近で陣を敷き、待ち構えていた。
敵は艦隊戦をしてきたばかりで確実に気が緩んでいると読んでいたホーキンスだったが、連合軍は、ロサイスについても上陸せず、こちらのいる位置を知っていると言わんばかりにまっすぐに陣を敷いていた場所に向かってきて砲撃を開始した。
いくら三万の兵がいても、戦艦からの砲撃に対抗することなどできず、ホーキンスは、命からがら逃げることしかできなかった。
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