オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔19
夏季休暇の終わりに、ルイズは王宮に呼び出され、そこでアンリエッタに新たな二つ名を与えられたその名は、『虚無(ゼロ)』だった。公には出来ないだが、それをもらったルイズは喜びの余り、涙を流すほどだった。
夏期休暇から二ヶ月がたった先月、ついに遠征軍が編成されることになり、仕官不足のため、学院の男子教員や男子生徒たちが徴兵された。
アンリエッタ直属の女官であり、虚無の担い手であるルイズにも特別任務が与えられた。
サイトから散々するなと言われたにもかかわらず、ルイズが実家に「祖国のため、王軍の一員としてアルビオン進行に加わります」と報告してから大騒ぎになってしまった。
「従軍はまかりならぬ」、と手紙が届き、それを無視するとルイズの姉がやってきた。
そして今、その姉とともに馬車に乗って実家へ向かっているところだった。
「ちびルイズ。わたくしのはなしを、聞いているの?」
「あびぃ~~~、ずいばぜん~~~、あでざばずびばぜん~~~~」
自分の乗っている馬車の前を行く従者用の馬車を見つめてため息をついたルイズの頬を姉がつねった。
どこかルイズに似た20代後半と思われるブロンドの女性、エレオノールは馬車に乗ってからノンストップでルイズに説教していた。
――――――――――――――――――――――――――――
「こうやって馬車に揺られるのが普通だと思っていたけど、自分で飛べると思うと遅く感じるね」
「お二人とも飛べるんですもんね。私はお二人が羨ましいんですけど」
「なら、ボクが君を抱えて飛ぼうか?」
少し拗ねたように言うシエスタにウェールズが申し出るが、シエスタは隣りに座るサイトの腕に抱きついてねだる。
「私としてはサイトさんにぃ…」
「俺は、誰も乗せない」
右からサイト、シエスタ、ウェールズの順に座っている。
(こんなことしているときじゃないんだけどな…)
サイトは小さくため息をついて外の景色に視線を向けた。だが、その目に景色は映っていても彼の思考は別のところへ飛んでいた。
ミズチとして、アニエスとアルビオンとつながった貴族の排除や、ゲルマニアの軍人たちを傀儡にするなど、忙しいサイトにとって、このルイズの里帰りは迷惑以外何者でもない。
――――――――――――――――――――――――
魔法学院を出て2日目の昼、ようやくラ・ヴァリエールの領地に到着した。
一行は旅籠で小休憩することになった。
ルイズたちの馬車が止まると同時に、先についていたシエスタは馬車から降りてルイズたちの馬車に駆け寄った。きちんと召使としての教育を受けていたシエスタは、ルイズたちの馬車のドアを開けた。
ウェールズはそれを見て、自分も行くべきだったかと思ったが、その考えを見抜いたかのようにサイトが言う。
「気にするな、俺たちは平民じゃない。平民の頃の癖が抜けていないあいつが勝手にやっているだけだ」
「そう、なんだろうけど……まだ、オルフェノクっていうのに慣れてないみたいだ」
とりあえず、ルイズたちの方に行こうとしたとき、旅籠から村人が飛び出してきた。
「うわっ」
「っと」
2人は慌てて村人たちを避け、村人たちが行った先を見ると、ルイズとエレオノールが熱烈な歓迎を受けていた。
「ボクも、あんなふうだったんだろうね」
「…人間だった頃をあんまり懐かしむな」
「ああ、そうだね」
ふと気づくと、ルイズたちが旅籠に招かれているのを見て、サイトたちもそれに続いた。
旅籠の中に入ると、ルイズとエレオノールがテーブルについていた。
サイトは、さも当然のようにあまっていた席に座る。すでに諦めたルイズはため息をつき、エレオノールが睨んでいたが、サイトは全く気にしていない。
ウェールズもサイトの後に続いて座ろうかと思ったが、エレオノールの睨みを見てシエスタと一緒に立つことを選んだ。
エレオノールの睨みを受け流してみせるサイトの姿に村人たちは反応に困っていたが、サイトはやはり一切気にすることはなかった。
「サイトって凄いね…」
「…はいぃ」
新人オルフェノクたちがこっそりと頷き合った。しかし…当然、彼に聞こえていたりする。
(…あの二人……訓練レベル上げるか)
婚約を破棄されたことを知らず、そのことを口にしてしまい、エレオノールにいじめられているルイズを見ながらそんなことを考えているのだった。
そうやって休憩時間をそれぞれ過ごそうとしていた時、旅籠のドアが開き、ルイズと同じ色の髪と瞳をもった女性が現れた。
「まぁ、見慣れない馬車を見つけて立ち寄ってみれば、うれしいお客だわ! エレオノール姉さま! 帰っていらしたの?」
「カトレア」
「ちいねえさま!」
エレオノールの呟きとルイズの叫びが重なった。
――――――――――――――――――――――――
突然、現れた女性、ヴァリエール家次女のカトレアの大きな馬車で屋敷に向かうことになった。
「ひゃ、ちょッ…ダメぇ。サイトさん、助けてぇ」
大きな馬車のなかは、さながら動物園だった。トラがいたりクマがいたり蛇がいたりする。そんななかで、シエスタは、種類さまざまな犬に襲われていた本能的にシエスタから自分たちの同種の気配を感じ取ったのかもしれない。
「自分で何とかしろ」
動物たちに警戒されているサイトは、冷たく切り捨てた。
「そんなぁ…ッ!? スカートの中に頭入れないでぇ!! そんなとこなめちゃダメぇ!」
「それにしてもすごいねぇ」
じゃれつかれているシエスタを見ながら、小型動物から距離をとられているウェールズは面白そうに馬車のなかを眺めている。
「ちいねえさまは、動物が大好きなのよ」
カトレアは珍しそうにサイトたちオルフェノク組みを、特にサイトをみつめる。
「あなた、ルイズの恋人?」
「違う」
サイトは、にっこり笑みを浮かべて話しかけてきたカトレアの問いかけにあっさりと何の迷いもなく否定した。
「でも、ルイズが男の子をつれてくるなんて初めてですもの…」
「違います!! サイトさんは、ミス・ヴァリエールの使い魔ってだけです!!」
なんとか犬たちを振り払ったシエスタがバッとサイトを守るようにカトレアの前に出て叫んだが、カトレアは面白そうに微笑むけだった。
―――――――――――――――――――――――――――
深夜といってもいい時間になったころ、ようやくルイズの実家である城にたどりついた。
シエスタとウェールズは到着して、すぐに召使たちの控室に向かわされたため、現在は別行動になり、サイトは使い魔ということもあり、ルイズとともにダイニングルームへ連れてこられた。
中世の映画で見るような巨大なテーブル、そしてそのテーブルに対して座っているのは4人だけしかおらず、さらにテーブルの周りには、使用人が20人ほど並んでいる。
深夜であるにも関わらず、ルイズたちの母カリーヌは娘たちの到着を待っていたらしい。
上座に控えた公爵夫人は到着した娘たちを見まわした。
サイトは、そのとき、ほんのわずかな時間だが、確かに夫人と目が合い、そして彼女から戦う者の気配、戦士の気配を感じ取った。
「母さま、ただいま戻りました」とエレオノールが挨拶すると、カリーヌは頷いた。
三姉妹がテーブルに着くと、給仕たちが前菜を運んできて晩餐会が始まった。
とても静かで銀のフォークとナイフが、食器と触れ合う音だけがだだっぴろいダイニングルームに響いた。
沈黙を破るようにして、ルイズが口を開いた。
「あ、あの……母さま」
カリーヌは返事をしない。エレオノールが後を引き取った。
「母さま! ルイズに言ってあげて! この子、戦争にいくだなんてばかげたこと言ってるのよ!」
バンッと、テーブルを叩いてルイズが立ち上がった。テーブルを叩いたせいで銀のナイフがテーブルから落ちるのをサイトがすかさずキャッチする。カリーヌは娘たちの言い合いよりも、サイトの動作に目を向けていた。
「戦場がどんなところか知っているの? 少なくとも、あなたみたいな女子供が行くところじゃないのよ」
「知っているわ! 私は、これまで何度も戦ったわ。それに私にはサイトがいる」
ルイズの言葉を聞いて、鋭い視線を向けてくるエレオノールにサイトは、「俺に振るなよ」と小さくつぶやいた。
「こんな貧相な男に何ができるっていうの?」
「そこにいるやつら全員の首でもはねて見せようか?」
控えている使用人たちに視線を向けながらこと投げに言うサイトに、ルイズは青ざめる。サイトなら手を振っただけでそれが本当に出来てしまう。
「ちょ、ちょっと「やってみなさいよ! できるものなら」」
ルイズの言葉をさえぎり、エレオノールがサイトを挑発する。そのとき、今まで黙っていた公爵夫人が口を開いた。よく通る、威厳のある声だった。
「エレオノール」
「で、でも、母さま……」
名を呼ばれただけで、エレオノールは声を詰まらせた。
「ルイズのことは、明日、お父様がいらっしゃってから話しましょう」
それから、カリーヌはサイトの方を向いた。
「今は食事中よ。そのような血生臭くなるようなことはやめてくださらないかしら」
カリーヌもまた、サイトと目が合った時に、直感でサイトの力を感じていた。そして、先ほどサイトが言ったことは決して不可能ではないことも感じ取っていたのだった。
――――――――――――――――――――――――
「家族…か……」
「何か言ったかい? サイト」
「いや」
明らかに物置にしか見えない部屋に通されたサイトたちオルフェノク三人は、遅い夕食を取っていた。
あの後、食事は再び静かに終わり、ルイズはカトレアの部屋に行ってしまった。そのときのルイズの表情は今まで見てきた表情とは違った笑みを浮かべていた。
サイトは、その笑みがよく分からなかった。
「さすがは名家ラ・ヴァリエールなだけあるね。ボクらみたいな客にもこんないい酒を用意してくれるなんてさ」
「ああ、そうだな」
頷きつつ、ワインをあおっていて、二人は気がついた。シエスタが妙に静かなのだ。不思議に思い、二人がシエスタの方を向いた。
そして、その後、シエスタに酒を飲ませないと二人は誓うのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――
翌朝、ラ・ヴァリエール公爵が帰ってきた。
ルイズはこの戦争に参加するための許可を得るためには父を説得しなければならない。覚悟をきめ、朝食の席にサイトを伴って向かった。しかし、その席にいる父が恐ろしく機嫌が悪いことを見て、早くも覚悟が揺らいだ。公爵を見てサイトがボソッと「あのときの公爵だ…」とつぶやいたことにも気付かなかった。
「まったくあの鳥の骨め!」
開口一番、公爵は枢機卿をこき下ろした。
「どうかなさいましたか?」
夫人が表情を変えずに、夫に問うた。
「このワシをわざわざ一週間もトリスタニアに呼びつけて、何を言うかと思えば「一個軍団編成されたし」だと!? ふざけおって!! あの総司令はなかなか見どころある青年だったが、なんなのだ、あの鳥の骨は!? 女王陛下も総司令殿も認めたというのに、いつまでも、同じことを何度も何度も…」
「あら? 戦に反対のあなたが何故、ド・ポワチエ将軍とお会いに?」
夫がさらに不機嫌になってきたことを敏感に感じ取り、妻はさりげなく話題をかえる。すると、さきほどまでの不機嫌さがなかったかのように笑みを浮かべた。
「イヤ、将軍ではなく、本当の司令官殿とな。あれは…」
――――――――――――――――――――
「わたくしはすでに軍務を退役した身、いくら女王陛下のお言葉とはいえ、わたくしはこの戦、参加するつもりはございません」
「あなたほどの方がいてくだされば、きっと士気が上がるでしょうに」
トリスティン城に呼ばれたラ・ヴァリエール公爵はアンリエッタの説得にも首を縦に振らなかった。
「陛下、戦う意思のないものを無理やり連れ出したところで無意味、むしろ、邪魔以外何物でもありませんし、無理強いしては、実力も発揮してはくれないと思うのですが」
突然の声に謁見の間にいたものがそちらを向くと仮面をつけた貴族がいた。
「ミズチ、来ていたのですか?」
「ええ、またアルビオンの方々から聞きたいことがありましたので」
恭しくミズチと呼ばれた貴族はアンリエッタに跪き、それから公爵の方を向いた。
「公爵、戦いに参戦しないというその意志を私は否定しない。むしろ、あなたのような方が残ってくだされば、私は安心してこの戦、指揮を執ることができる」
「指揮を執る? 何を言う、今回の戦の総司令はド・ポワチエ将軍のはず」
「ええ、私は表に出られませんので。将軍ご本人も了承済みですのでご安心ください」
落ち着いた口調で話すミズチに、公爵はこの男の深さを感じた。ここが謁見の間であることを忘れ、公爵はミズチに問うた。
「ミズチ総司令よ。貴殿に問う。なぜ、攻める必要がある。我々はあの忌々しい大陸を包囲・封鎖し、日干しになるのを待てばよいはず。そうすれば、向こうから和平を持ちかけてくるにきまっている」
「確かに、その策も悪くわないでしょう。しかし、それで一番被害にあうのは何か、おわかりか?」
「なに?」
公爵の目つきが鋭くなった。
「封鎖をおこなえば、平民に甚大な被害が出ることが容易に予想できです。
まず、間違いなく封鎖後に食べるものを失うのは豪遊に慣れた貴族。我慢を知らなすぎますからね。
そして、食べるものを失った貴族は何をするか、おわかりになるでしょう?」
「…平民から略奪」
「そのとおり、力にものをいわせて奪う。彼らレコンキスタのこれまでの活動を見る限り、平民を気にかけているような様子はない。間違いなくやりますね。
そう考えると、敵が白旗をあげるまでにどれだけ平民たちから餓死者が出るか、わかったものではありません。
たとえ降伏させたとしても、その地にある労力が全く使えない状態では意味をなさない」
「……」
「それに、攻める理由もちゃんとあるのですよ」
「ほぉ…聞かせていただろう」
「知ってのとおり、タルブの戦いでアルビオンは大きな被害を受けました。
無敵と呼ばれたアルビオン艦隊の数が足りない今こそ、ゲルマニアとトリスティンの連合艦隊で叩き、こちらに有利な地上戦にしなければならないのです」
「しかし、もし攻めて失敗したらどうする?」
「私もこの戦、必ず勝つと断言はできません。故にあなたのような人に、残ってほしいのです。最悪に備えて」
「総司令がそのような弱気なことを口にしてよいのか?」
「常に最悪に備えよ、と恩師によく言われていまして」
そう言って笑みを浮かべた仮面の男に公爵はこの男ならこの戦に勝利の風を吹かせるかもしれないと思ってしまった。
―――――――――――――――――――――――
本当はアンリエッタにミズチのことは言ってはならないと言われたのだが、公爵はそのことをポロッと忘れていってしまった。
「彼は、なかなか見どころある男だった。機会があれば酒を共にしてみたいものだ」
「それは良い出会いをしましたね」
父の気配が総司令官の話が出て穏やかなものとなり、これはいけるのではないかと、ルイズは立ち上がった。
「と、父さま、私は戦争に参加します」
「ならん!」
公爵の一言でルイズの言葉を切り捨てた。
「な、なぜです!? 先ほどお話になられた総司令官がいらっしゃれば…
それに陛下は私を必要だとおっしゃってくださいました」
「ルイズ。お前には謹慎を命ずる。戦が終わるまで、この城からでることをゆるさん」
そう言って朝食を再開しようとする父にルイズは叫んだ。
「待って、父さま! わたし、ずっとバカにされてきた! 魔法の才能がないって、姉さまたちに比べられて、いっつも悔しい思いをしてた。でも、でも今は違うの。陛下は、私が必要だと、はっきりおっしゃってくれているの!!」
その言葉に、公爵の目の色が変わった。ルイズの前に向かうと、膝をついて娘の間を覗き込んだ。
「…お前、得意な系統に目覚めたのかね?」
こくりと、ルイズは頷いた。
「四系統のどれだね?」
虚無のことを話せないため、何と答えようか悩んでから、答えた。
「“水”です」
サイトの能力に合わせてルイズは水を選んだ。
「水?」
「はい。私の系統魔法は“水”です」
確認するように問いかけてくる父にルイズはしっかりと頷いた。
「陛下はお前の力が必要だとおっしゃったのだね?」
「陛下は私の力が必要だとおっしゃってくださいます」
ルイズはきっぱりと言い放った。しかし、老公爵は首を振った。
「名誉なことだ。大変な名誉なことだ。
しかしならん、戦に参加することは認めぬ。断固として認めぬ。
お前は、あのワルドの裏切りの一件で自棄になっているのであろう? なれば婿をとれ。心も落ち着くだろう。二度と戦に行きたいなどと言い出さぬであろう。これは命令だ。違えることは許さぬ」
「ッ!!」
ルイズは目に涙をためて駆け出そうとしたが、それをサイトに遮られた。
「どいてサイト!」
「……」
サイトは無言で手を振り上げ、ルイズの頭をコンッと叩いた。
「狂児が、交渉というモノは先に熱くなった方が負けだって言っていたぞ」
「え?」
それだけ言うと、サイトは公爵の方を向いた。
「はじめまして、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、平賀サイトと申します」
恭しく一礼したサイトは、公爵と正面から視線を交えた。公爵は娘の使い魔を名乗る男に違和感を覚えた。
「メイジの実力を測るには使い魔を見ろというそうですね」
「何が言いたい」
睨みを利かせてくる公爵にサイトは、笑みを浮かべた。
「私で、試してはいただけませんか?」
「平民が、何を言って「…いいでしょう。わたくしが、お相手しましょう」…って、お母さま!?」
エレオノールが怒鳴り声を上げたが、カリーヌがサイトの申し出を受けた。
「カ、カリーヌ!?」
「準備があります。庭で待っていなさい」
公爵の声も聞かず、カリーヌは部屋を出て行ってしまった。
(戦士としての血が騒いだみたいだな…)
サイトはカリーヌの目に宿っていたモノを見抜き、やぶをつついて蛇を出してしまったかと少しだけ後悔した。
―――――――――――――――――――――――――――――
「サイト! お母さまに勝負を挑むなんて、自殺行為よ! やめなさい!!」
カリーヌが退室してすぐ、サイトも部屋を出て庭でカリーヌが来るのを待っていると、凄い形相のルイズが走ってきて叫んだ。
「じゃあ、戦争に行くのを諦めるか?」
「それは嫌。でも、あんた、お母さまがとっても強いって知らないからそんな余裕ぶっていられるのよ!!」
「マンティコア隊の元隊長だろ?」
「ふぇ?」
「公式の記録では男子ってことにしていたらしいが、実際は女子。ラ・ヴァリエール公爵との結婚を期に騎士団を引退して現在は公爵夫人をやっているが、未だに暇を見ては、騎士団の訓練の監督に来ているらしいな」
「な、なななな、なんであんた、知っているのよ!? っていうか、お母さま、訓練の監督なんてしているの?」
「訓練が予定されている日は、だれも朝食をとらないそうだぞ。吐くから」
(吐くってお母さま……)
サイトが前に視線を向けると、騎士の武装を身につけ、マンティコアに跨ったカリーヌがいた。
「では、始めましょう」
「……」
サイトは、ルイズに離れているように言い、観客となっている公爵たちのところに行ったのを確認してから向き直った。
いつの間にかとったルイズの杖をカリーヌに見せつけるように振る。そのことについて騒ぐルイズを当然のごとく無視する。
「開始の合図は、これが地面に落ちた時」
「わかりました」
カリーヌがうなずくのを見てルイズの杖を天高く放り投げる。同時にルイズの絶叫も上がった。
くるくると回りながら、宙を舞う杖を見つつ、カリーヌは詠唱を始め、サイトは両手を振りかぶる。二人はそれぞれ、杖が落ちると同時に戦闘を開始するための予備動作に入った。
そして、杖が地面に落ちると同時にカリーヌのエア・カッターとサイトのウォーターカッターが同時に放たれた。二つの不可視の刃が二人の中間で激突し、力を失った風と水がそれぞれの頬をなでる。
詠唱を必要としないサイトは、カリーヌが次の魔法を出すよりも早く、空を薙ぐ。次々とウォーターカッターが放たれるも、カリーヌは冷静に風の障壁を生み出して水刃を受け止め、高レベルで長い詠唱を必要とするはずの魔法をものすごい速さで完成させ、サイトに向かって放つ。
迫る竜巻を前に、サイトの身体に灰色の模様が浮かび上がり、一瞬の光とともにミズチオルフェノクへと変化し、トライデントを地面に突き刺して地下水を呼び出し、カリーヌの竜巻に見劣りしない水の竜巻をぶつけて相殺する。
「それが本性かしら?」
「さあ?」
灰色の異形を前にしてもカリーヌはわずかばかり眉を上げるだけだった。マンティコアの腹を蹴って地面から距離をとった。先ほどの技を見て地上にいることは危険と判断し、どこから攻撃されても対応するための手段だ。
そのカリーヌに向けて地面から太い水流が彼女を飲み込もうと迫る。それを風で吹き飛ばしたとき、目の前に灰色の龍が襲いかかってきた。ミズチオルフェノク飛龍形態だ。
「ッ!?」
さすがにこれにはカリーヌも驚き、対応に一瞬遅れる。それを救ったのは、カリーヌと多くの戦いをともにした相棒のマンティコアだった。龍の牙をギリギリで避け、主人を守った。
続く龍の爪を捌き、カリーヌは距離をとった。
「韻竜」
「ハーフドラゴンだ」
空中で目まぐるしく動き、ミズチオルフェノクのブレスとカリーヌの風が吹き荒れる。
何度目かのブレスを降下して避けたとき、カリーヌは背後から迫る陰に振り返った。いつのまにか戦場は庭から池に移っており、その池の水が彼女に迫っていたのだ。
「ッ!!」
とっさに竜巻を生み出して水を吹き飛ばすが、吹き飛ばした水はそのまま、彼女の周囲にとどまり、全方位から襲いかかった。
それさえも防いだが、彼女を襲う水は宙に漂うモノだけでなく、まだ池に残る水もそうだった。死角である真下から水の触手がマンティコアの足をつかんだ。
そのことに気付き、それを対処しようとするが、今度は宙に漂っていた水が彼女を抑え込んだ。杖を奪われ、水に身動きを奪われてしまったカリーヌに飛龍形態から通常形態に戻ったミズチオルフェノクはトライデントを突き付けた。
「勝負ありです」
「ええ、参りました」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
二人がルイズたちのもとにもどってくると、母親が負けたことに驚いているエレオノールとルイズ、ニコニコしているカトレア、そして、
「おい、貴様」
「?」
公爵がいつの間にかサイトのすぐそばまで来ていた。公爵はものすごい形相でサイトを睨みつけていた。
「一個軍団、貴様に預ける。ルイズに毛ほどの傷でも負わせてみろ、貴様を括り殺してやる」
「軍団は結構です」
「なに?」
「使い魔である私が、軍団をもてば、自軍にいらぬ混乱を生む要因となるでしょう。
それに、公爵の戦力は減らしたくありませんし」
「何故だ?」
「最悪に備えておいてほしいのですよ」
そう言ったサイトに公爵は、違和感の正体がわかった。
「もう、行かねば、船団に間に合わないのだろう? 竜車を用意させている。それを使うがいい」
「ありがとうございます」
「行ってまいります。お父さま」
「ルイズ、必ず帰ってきなさい」
「ハイッ!」
公爵に一礼してから出て行こうとするサイトを追いかけるルイズを見て、公爵は念を押した、公爵としての威厳ある顔ではなく、三人の娘を持つ父の顔で。
「かならず、帰ってきなさい」
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