オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔18
アンリエッタはサイトがあらかじめ用意していたらしい平民の服に着替え、髪型を変え、薄く化粧をし、さらに伊達メガネまでかけさせられた。
「道具さえあれば、完全に別人に出来たんだが、とりあえずこれなら、そう簡単にばれないだろう」
アンリエッタはサイトから受け取った手鏡に自分を映した。そこには、自分とは別人がいた。
「じゃあ、ボクはルイズを呼んでこよう」
「いえ、ルイズには話さないでください」
ルイズを呼んでこようと立ち上がろうとしたウェールズをアンリエッタが引き止めた。
「何故だい?」
アンリエッタが答えにくそうにしていると、サイトが二人に声をかけた。
「あまりしゃべっていると誰か来る。ここを出るぞ」
「はい」
一瞬だけサイトに殺気のこもった視線を投げてからアンリエッタは立ち上がった。ウェールズは、その視線に気づき、何故、そのような視線をサイトに向けたのか考えると、すぐに答えにたどりつき、哀しくなった。
「どこか行くのかい?」
「お前もだ」
「ボクも!?」
「もう、スカロンには話してある。行くぞ」
「え、ちょっと!!」
抵抗する間もなく、サイトに引きずられるようにウェールズは『魅惑の妖精』亭を後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――
「え? サイトとウェールズがいない?」
「はい、さっき、スカロンさんに聞いたら、サイトさんがウェールズさんを連れてどこかへ行ってしまったそうです」
仕事がひと段落ついて厨房を覘くとウェールズの姿が見えないことに疑問を持ったシエスタがスカロンに聞き、それをルイズに報告した。
「まったく…
まぁ、サイトのことだから大丈夫でしょ。それよりも、私はさっきから外で慌ただしくしている兵士たちの方が気になるわ」
「そういえば、なんだか大勢いらっしゃいますね」
「…私、ちょっと行ってくるわ。あとお願いね!」
「え!? ちょっと!!」
ルイズは仕事着のまま外へ出て行ってしまった。
「まったくもぉ…みなさん自分勝手なんだから…」
一人残されたシエスタは仕方ないと仕事に戻った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
夜も遅いため、三人はとりあえず宿を取った。アンリエッタの希望でトリスタニアで一番安いのではないかというくらいボロい宿だった。
「火をもらってくる」
部屋に着くと、サイトはそう言って部屋を出て行こうとした。
「火ならわたくしが…」
「ついでに食べ物も貰ってくるから遅くなるかもしれない。好きにしていろ」
杖を取り出したアンリエッタにかぶせるようにそう言うと、サイトは部屋を出て行ってしまった。
「……」
「……」
アンリエッタによってランプがつけられた部屋は静かだった。ウェールズもアンリエッタも、何かを言おうとしているのだが、それを音にする前に口を閉じてしまう。
あの夜以来、会うのは初めてだ。お互い、話したいことがないわけではないのだが、ウェールズはあの時、アンリエッタを拒絶することをいった手前、こうして二人きりにされて、話す言葉が見つからなかった。
それは、アンリエッタも同じだった。
「あ、あの…今まで、元気でしたか?」
「あ、ああ。元気だったよ」
「そう、ですか…」
さきに声を出すことができたのはアンリエッタだった。
一度声が出るとあとは、簡単に話すことできた。
「ボクは、魔法が使えなくなった…」
「え?」
「サイトが言うには、副作用の一環らしい。そのかわりにボクは、この力を得た」
そういうと、ウェールズの顔に灰色の模様が浮かび上がり、イーグルオルフェノクへと変化した。
「ッ!?」
「怖いかい? この姿が。ボクは気に入っているんだけどな。新しい自分の証として」
「新しい自分?」
「ある娘がボクに言ってくれた。ボクが女になったのも、魔法が使えなくなったのも、この力を手に入れたのも、すべて神さまが生まれ変わるチャンスをくれたんだって」
イーグルオルフェノクはウェールズに戻った。
「君はまだ、サイトのことを憎んでいるみたいだね」
「……」
「沈黙は肯定ととらせてもらうよ」
何も答えないアンリエッタにウェールズは特に怒るわけでもなく語りかける。
「ボクを殺したことで許せないというのなら、その憎しみは消してほしい。あのときは、それ以外の方法がなかった」
そう言ってその時の状況を話した。きっと、サイトは弁護など望んでいないだろう。でも、大事な友を大事な妹が、自分が原因で恨んでいるのは我慢できなかった。
「あとで聞いたんだけど、アルビオンは何らかの方法で水が管理されているから下手に干渉すると、アルビオンが崩壊しかねなかったらしい」
ウェールズが話し終わると、再び、沈黙が部屋を支配した。しかし、その支配もすぐに終わった。
「彼は今、罪滅ぼしをしようとしています」
「罪滅ぼし?」
「彼は、近々起こるであろう戦争でトリスティンが勝てるようにするために奔走しています」
「へぇ」
(ここ最近、彼がよくいなくなるのはそのためだったのか…)
友が人間だった時の自分の最期の願いをかなえるために頑張ってくれていることがわかり、嬉しく感じた。
また、それと同時にアンリエッタが勘違いをしていることにも気付いた。
「サイトは、罪滅ぼしをしようなんて考えていないと思うな」
「え?」
「サイトはただ、約束したからやっているだけであって、罪意識なんてないよ」
「……」
「サイトは、口で示す男じゃなくて、行動で示す男だからね。
…だから、こそ、ボクは…ボクたちは、彼から目を離せないんだ」
サイトのことを話すウェールズの顔はとても誇らしげで楽しそうだった。視線に気づいたウェールズは微笑みを浮かべてアンリエッタの頭を撫でた。
「アンリエッタ姫、オルフェノクになってもボクは君を大切な妹だと思っている。
サイトはね、タバサ…あの風竜の使い魔を持っている小さい青髪のメイジの娘の兄なんだ。
それと同じようにボクも君の兄…いや、女の子になったんだから姉かな? でいたいし、ありたい。だめだろうか?」
アンリエッタは、首が千切れるんじゃないかというほど首を横に振った。
アンリエッタは泣きそうになった。好きだ好きだと言っていたくせにその相手のことを何も理解できず、偽物と分かっていても、のこのことついて行き、しまいには「本気で好きになったら、何もかもを捨てても、ついていきたいと思うものよ。うそかもしれなくても、信じざるをえないものよ」などと、のたまって相手の心を踏みにじった。
そんな自分を、まだ大事だと言ってくれた。その思いが兄弟愛から来るものであったとしても嬉しかった。
「ありがとうございます……ウェールズお姉さま」
このとき、アンリエッタはようやく、ひとり残されていたゲームから抜け出すことができたのかもしれない。
ウェールズは、自分の胸に飛び込み、肩を震わせて泣いているアンリエッタに慈愛に満ちた笑みを浮かべ、優しくそっと抱き締めた。
ウェールズの心音がアンリエッタの心を落ち着かせる。
そして、アンリエッタはふと、気づいた。
(……なんか、私より、大きくない?)
おもむろに体を起こすと、アンリエッタはムズとウェールズの胸を掴んだ。
「ヒャッ!? な、なにを!?」
「…やっぱり、大きい」
「へ?」
アンリエッタはさらに力を入れてウェールズの胸を揉む。
「あ、アアア、アンリエッタ!?」
「ついこの間まで男だった人に負けた…」
慌てるウェールズなど無視して、アンリエッタは脱がしにかかった。
「どうなっているのか調べます。脱いでください!」
「ちょ、ちょっと!?」
――――――――――――――――――――――――――――
魅惑の妖精亭を飛び出したルイズは通りがかりの兵士からアンリエッタ誘拐の報を聞き、王宮を目指す為、馬を都合しようとして偶然にもアニエスと合流し事のあらましを聞き及んでいた。
「じゃあ何? 姫様は裏切り者を燻り出す為に、自ら姿をお隠しになったというわけ?」
「ああ、そうだ」
「……何処に身を隠しているの? 護衛はちゃんと付いているんでしょうね?」
「どこにいるのかはわからぬが、護衛は間違いなく、つわものだ。」
ルイズが人心地吐くと、裏切りの容疑がかかっているリッシュモンの屋敷から馬に乗った年若い小姓が飛び出すのが見えた。
アニエスは、小姓との距離をとりながら慎重に後を追っていく。暫く追っていくと、小姓は一軒の酒場兼宿屋に入っていった。
アニエスは階段の踊り場で、小姓の入っていった部屋を確認すると、ルイズに羽織らせていたマントを脱がさせ、自分にしなだれかかるように告げる。髪の短いアニエスと酒場女のような形をしたルイズは、それだけで酒場の雰囲気にとけ込んだ。
手紙を渡すだけだった小姓は、すぐに部屋を出てきたが、彼から顔を隠す為、アニエスはルイズを強引に引き寄せるとその唇を奪う。ルイズが暴れようとするが、力の差が有りすぎて身動きすることさえ出来ない。
やがて小姓が去るとアニエスは唇を離し、ルイズが彼女に対して猛然と抗議した。
「な、なにすんのよ!」
「安心しろ。わたしにそのような趣味は無い。これも任務だ」
「わたしだってそうよ!」
ルイズの抗議を無視して、アニエスは先程小姓が入っていった部屋へ足音に注意しながら近づいていく。同じように足音に気を付けながら後を付いていくルイズが彼女に追いつくと、アニエスは振り返り、親指で扉を指した。
「この扉を破壊出来るか?」
「……随分と荒っぽいのね?」
「どうせ、鍵が掛かっている。開けようとしている内に逃げられては厄介だ」
なるほどと納得して、ルイズは杖を取り出して呪文を唱え、扉を吹っ飛ばした。
――――――――――――――――――――――
「…めでたしめでたしってことでいいのかな?」
二人のいる部屋の扉に背を預けて立っていたサイトはつぶやいた。その足元には、少々噛み切るのに苦労しそうなパンでつくられたサンドウィッチとワインのボトル、人数分のグラスがのったトレーが置かれていた。
「ん」
下の階に配置した水からアンリエッタを探す兵士がきたことが報告された。
「もう少し、二人きりにしてやりたいけど…仕方ないよな」
ため息をついてから騒がしくなった部屋にノックをして、返事を待たずに扉を開けた。
ノックからほとんどタイムラグなしで開けたそこには、アンリエッタによって服を脱がされ、半裸になったウェールズとその上に馬乗りになって胸を触っているアンリエッタがいた。
「「……」」
「雨が降り出したからな、宿の中まで探し始めたらしい」
「「この状況はスルーですか!?」」
二人は慌てて離れつつ、サイトにツッコミを入れる
「うるさい。
下で帳簿を見るだろうから隠れるのもまずい…さてと、どうしたものかな?」
「誤魔化すしかないですね」
「でも、どうやって?」
服を着たウェールズとアンリエッタがどうしようか唸っている。サイトも考えていると、兵士が階段を上がってきていることを感じ取った。
「しかたない…ウェールズ、アンリエッタのために一肌脱げ」
「大事な妹のためなら、別にかまわないけど、何をするつもりなの?」
「ナニをするつもりだ」
「「…え?」」
ウェールズとアンリエッタの目が点になった。
「ヤッているところ見せられたら、きっと、さっさといなくなる」
「で、でも、ちょっと!!」
「安心しろ、破らないから」
「や、破らないって何を!?」
「言ってほしいのか?」
「いや、結構だよ!」
「私も手伝います!」
「アンリエッタ!?」
「好きにしろ」
「はい! 好きにします!」
「ふ、二人ともぉ!?」
サイトがビビりまくるウェールズに足払いをかけてベッドの上にあおむけで寝かせ、アンリエッタが再び上に乗っかる。そのコンビネーションは、とても怨まれる者と怨む者とは思えないほど、息が合っていた。
「大丈夫だ。昔はこれで生活してたんだ。天国を見せてやる」
「み、見せてくれなくていいからぁぁぁ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――
明けて翌日、一睡もしていないルイズとアニエスの前に、今まで張りつめていたものがなくなり、落ち着いた表情をしているアンリエッタと、サイトとアンリエッタから不自然なほど距離を取っているウェールズ、いつも通りのサイトが劇場の前で落ち合い、少し遅れてマンティコア隊を中核とする魔法衛士隊が到着すると、アンリエッタは彼らに劇場を包囲するように命令し自らは劇場の中に姿を消した。その際、ルイズが随伴するように進言するも、アンリエッタはそれを拒否し、アニエスも密命があるのか馬に跨って姿を消してしまった。
「一体、何がどうなっているの?」
「さ、さぁ?」
ルイズはサイトに答えを求めて聞いたはずなのに返事はウェールズからしか来なかった。また、無視かと睨もうと思い、先ほどまでサイトが立っていた方に首を向けるがそこには誰もいなくなっていた。
「あれ? サイトは?」
「さぁ?」
「なんか、おかしいわよ。サイトと何かあったの?」
「そ、そんなことはないさ。さて、店に戻ろうか!」
ウェールズのからだがビクッとゆれると慌てたように、くるりとルイズに背を向け、これ以上何も聞かないでくれと言うかのようにものすごい速さでこの場を去ろうとする。
「ちょっと、待ってぇ!」
ルイズは慌ててそれを追いかける。
―――――――――――――――――――――――――――――――
アンリエッタは、客席でバレたリッシュモンと対峙していた。役者に化けていたメイジたちは、新設されたばかりの銃士隊の一斉射を受けてハチの巣になっている。
「わたくしを可愛がってくれたあなたが、何故こんなことを? あのときの優しいあなたは偽りだったのですか?」
「主君の娘に、愛想を売らぬ家臣がおりますまい。そんなこともわからぬ小娘が王座に抱くぐらいなら、アルビオンに支配された方が、まだマシというもの」
(『将を射んとせば先ず馬を射よ』…まさにその言葉そのままでしたか……
となると、彼が持ってきた報告書に記されたあれも、本当のことなのかしら?)
「そのアルビオンの支配下のもとであなたが政治をふるうというのでしょう?」
「ッ!?」
リッシュモンの顔に明らかな動揺が浮かんだ。
「アルビオンに情報を横流しにする代わりにトリスティンを治める…」
(まさか、本当のことだったとは…)
「な、何故、そのことを…」
「最後の通告です。おとなしく降伏しなさい。それがあなたの身のためです。今ならまだ、トリスティンの法で裁かれることができます」
「陛下、あなたは優しいですな。その優しさ、時として捨てることを学んだほうが良いのでは?」
そう呟くとゆっくりと歩き始めた。
「あなたがお生まれになる前よりお仕えした私から、最後の助言です」
リッシュモンは舞台の一角に立つと、足で床を叩いた。すると、落とし穴の要領で、床が開いた。
「あなたは詰めが甘い」
リッシュモンはまっすぐに落ちて行った。あわてて銃士隊が出口を探そうと行動を開始しようとしたが、それをアンリエッタが止めた。
「…わたくしは優しくなどありません……」
(私に捕まっておくべきだったのですよ。リッシュモン…おじさま。
その穴にはすべての水を従える龍が、あなたを待っているのだから……)
リッシュモンが消えた穴にそう呟くと背を向けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
リッシュモンは地下通路を進んでいた。が、その眼前に人影が立ちふさがった。
「おやおや、リッシュモン殿。変わった帰り道をお使いですな」
人影の正体が、アニエスだと知ると、強張ったリッシュモンの表情に安堵の笑みが浮かぶ。相手がメイジで無い以上、どうとでもなるという顔だ。
「どけ。私は今忙しいのだ。貴様と遊んでいる暇はない」
銃口を向けるアニエスに対し、リッシュモンは杖を突き付けて告げる。だが、アニエスは一歩も引かずに毅然とした態度で告げた、今の自分を突き動かすのは、アンリエッタへの忠誠心では無く、そこにあるのは大切なものを奪った者への復讐心だけであると。それをきいたリッシュモンは、笑い出した。
「なるほど! 貴様はあの村の生き残りか!」
「貴様に罪を着せられ……、何の咎も無く我が故郷は滅んだ」
銃口が震えた、恐怖ではなく、怒りにって。
「殺してやる。貯めた金は地獄で使え」
「お前ごときに、貴族の技を使うのはもったいないが……これも運命かね」
リッシュモンが呟き、呪文を解放すると、巨大な火球がアニエスに向かって飛んだ。
アニエスは暴発を避ける為、銃を投げ捨て裏に水袋を仕込んだマントを翻してそれを受けようとした。そのとき、二人の中間の床から水が噴き出した。
「なに!?」
「ック!?」
水はリッシュモンの炎を飲み込み、続いて二人の身体を拘束した。
「ええい!! 放せぇ!!」
「何がどうなっているんだ!?」
混乱する二人の耳に、足音が聞こえた。コツコツとその足音が二人に近付き、ついに姿を現した。白と水色の服、水色のマント、口がわずかに露出しただけの竜をかたどったフルフェイスマスクをつけた一人の男だった。
「おやおや、いつの間にか獲物が一人増えているな。アニエス銃士隊長、何故、ここに? まったく、契約違反ではないか」
「ミズチ殿! 何故、ここに!?」
「女王陛下との契約でな、この男を取り逃がした場合は、私の好きにすることになっている。貴殿の復讐、はたさせるわけにはいかない。傷をつけられるとやりづらいからな」
アニエスが声を上げたが、ミズチは気にした様子もなくリッシュモンを連れ去ろうとして、ふと、思いついたかのように立ち止った。
「一緒に来るか?」
――――――――――――――――――――――――――
リッシュモンが意識を取り戻した。板の上に寝かされていたらしく、背中に痛みを感じる。周囲にロウソクが焚かれていた。
「おはよう、リッシュモンどの」
「きさま!」
リッシュモンは、わずかに露出した口元に笑みを浮かべた仮面の男に言いようのない恐怖を感じた。
「まったく、あなたもバカな人ですね。あのまま、女王陛下に捕まっていればよかったものを、まぁ、今さらですがね」
「き、きさま、なにを?」
「女王陛下と取引しましてね。策を与える代わりに、取り逃がした場合、あなたを自由にさせてもらうと」
クスクスと笑いながら、ミズチは己の杖として持ち歩いているトライデントを握った。
「さてと、それでは、解剖を開始する」
「「か、解剖!?」」
リッシュモンとアニエスは耳を疑った。
「安心するといい、すぐには殺しませんよ。私の血の操作術でギリギリまでご自分の解剖に立ち会っていただきます」
「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃいっぃっぃいっぃ!!!!!!!!!!!!」
トライデントが振られた。すると、すでに支配されたリッシュモンの血が皮と肉を破り、肋骨を開き、内臓を露出させた。飛び散った血がミズチの唇にかかった。ミズチをそれを舐め取り、「まずい」とつぶやいた。
「あ、ああああああ!!!!!!」
「……」
リッシュモンが叫ぶ声をBGMに臓器を観察し、ときには手で触れてみたりしている。普段浮かべる薄い笑みではない笑みを口元に浮かべてリッシュモンの身体をいじるミズチにアニエスは恐怖を感じた。
(俺の知っているものと、変わらないな…)
「リッシュモンどの、これが、肝臓というものですよ。酒の飲みすぎですね。悪くなっているこっちは…」
引きちぎるように切り取った臓器をリッシュモンに見せて説明を聞かせる。聞いているかどうかわからないが、ミズチは気にしない。
「次は、こちらかな?」
その声と同時に眉の上あたりから円状に線が走り、その線の部分から上がふたを開けたかのようにはがれ、脳を露出した。
「…あ…あああ……」
脳を観察するミズチはリッシュモンの精神がイってしまったことに気づいた。
「しかたない。あとは一気に行きますか」
楽しい遊びが終わってしまった子供のような声を出し、ため息とともに指を鳴らすと、全身の皮が破けた。
「もう少し、生物の勉強をさせてもらおうかな」
そのまま、ミズチは自分の服に血肉が付いていくことを気にすることなくリッシュモンの身体を解剖していく。
その様子を呆然と見ていたアニエスは強烈な吐き気を感じ、その場で吐いてしまった。
そして、水を連想させる清楚な服を深紅に染めていく男を見て思った。復讐を誓った自分はだれよりも狂気を宿した人間だと思っていた。だが、目の前の男に比べれば、自分など、劣ると思わずにはいられなかった。
「アニエス銃士隊長、とりあえず、まだ、“これ”は生きているが、とどめを譲ろうか?」
そういって指差した先ほどまでリッシュモンだったものは、脳を露出した頭以外、人間の面影をかけらも残しておらず、ただの肉片の集まりでしかなかった。アニエスはそちらを見ることなく、普段の凛とした姿からわ想像できないほど弱弱しく首を横に振った。
「そうか…」
ミズチがトライデントを振ると、肉片は粉々に切り刻まれた。
翌日、裁縫糸で頭を縫いつけられたリッシュモンの生首が城の前に『この者、売国奴』と書かれた紙を張られて置かれていた。
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