オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔17
アンリエッタを王宮に連れて帰った後、サイトたちはウェールズを連れて学院に戻った。オスマンに断りを入れて、空き教室にサイト、ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ、ウェールズは腰を落ち着けた。
「明るい場所に来て思ったけど、本当に女の子になってしまっているね」
ウェールズは、鏡に映る自分の姿を見て他人行儀な感想を言いながら、興味深そうに変化してしまった自分の体を見ている。彼…いや、彼女は、体格が変化してしまったため、男の服では裾が余ってしまっているし、血やら何やらであまりに汚れすぎてしまっているため、今は体格が近かったキュルケの服を借りている。
「男の人がオルフェノクになると、女の子になっちゃうんですか?」
「こんな事例、俺もはじめてだ。オルフェノク化して性別が変わったなんて聞いたこともない。
本来、この世界の人間はオルフェノク化できないはずだし、前回やったとき上手くいかなかったのに、今回は成功したんだ、もしかしたら、何らかの副作用があるかもしれない。
それから、研修を受けてもらわないといけないし、こいつらに女として色々と教えてもらわないといけないだろう」
「わかった。頑張る」
ウェールズは神妙に頷いた。
「じゃあ、早速、魔法を使ってみてくれ」
そう言ってサイトは杖をウェールズに渡した。
「って! いつのまに私の杖とったの!!」
「たった今、みんなの前で、堂々と」
「あ・ん・た・はぁ!!」
飛び掛ってこようとするルイズを片手で押さえつけ、ウェールズに試すように言う。ウェールズはコクンと頷くと、『風』のドット魔法を唱えた。
しかし、魔法が発動した気配がない。もう一度試してみるが、代わらない。念のために他の属性、他の魔法を唱えてみるが、どれも効果を発揮しない。杖を交換してもそれはかわらなかった。
「どうやら、オルフェノク化したせいで魔法が使えなくなったみたいだな」
今までできて当たり前だったことが突然できなくなったショックか、ウェールズの眼は絶望に染まり、杖を構えたまま呆然としていた。
「あ、あの、ウェールズさま!」
かたまったままのウェールズの前にシエスタが出た。
「確かに魔法を失ったのはショックかもしれませんが、私たちはこの力があります」
そう言うと、ドックオルフェノクに変化した。
「……」
「たぶん、神さまがウェールズさまに生まれ変わるチャンスをくれたんです」
「生まれ変わるチャンス?」
「そうです。こうして、体が女の子になっちゃったのも、魔法を失ったのもきっと、アルビオンの皇子様のウェールズじゃなくて、ただのウェールズとして、改めて生きろってことなんですよ!」
「……」
「ッあ!? も、申し訳ありません! 私ごときが」
シエスタは、自分の目の前にいるのが、皇子様だと思い出して慌てて謝罪した。
「いや、そのとおりなんだろう。ボクは今日、新しいボクに生まれ変わったんだ」
ウェールズの目から絶望が消えた。
「ウェールズ様…」
「“様”はよしてくれ。もう、ボクは皇太子ではなくなったのだ。ウェールズでいい」
「わかったわ。あたしはキュルケ、よろしくねウェールズ」
こういうときに即座に反応できるのが、キュルケである。
「ちょっ、キュルケ! あんた馴れ馴れしいわよ!」
「いいじゃない、呼び捨てでいいって本人が言っているんだから。それにダーリンなんて最初からずっと呼び捨てよ」
「そうだ、ミス・ヴァリエール、ボク自身が望んだことだ。気にしなくていい。君も、呼び捨てで構わないし、敬語じゃなくていい」
「わかりまし……じゃなくて、わかったわ」
――――――――――――――――――――――
「っというわけで、ウェールズも預かることになった」
「サイト殿はうらやましいのぉ、美女三人と同じ部屋で寝泊りとは」
「かわってもいいぞ」
「まことか!?」
目を血走らせ、先ほどまで座っていたイスを蹴り倒してサイトの目の前に飛び出した。その動きはとても老人とは思えない。
「ただし、うち二人は危険を感じたら、人外になって襲い掛かってくる可能性があるし、家主の気に触れたら爆破されるぞ」
が、続く言葉を聞いてさっきまでのがなかったかのようにイスに戻った。
「で、何の話だったかの?」
「我々二人を呼んだのは、ウェールズ皇太子のことだけではないのだろう?」
オスマンをじと目で見てから、コルベールはサイトに続きを促した。
「おまえたち二人にだけは知っておいてもらった方がいいと思ってな。オルフェノクが抱えている最大の問題を」
サイトの真剣な目に、オスマンとコルベールの穏やかだった目つきが変わった。
「このことは、話すべき時期がくるまで誰にも言わないで欲しい」
「誰にも? 君の主であるミス・ヴァリエールや、あのメイドやウェールズ皇太子にもかね?」
「ああ、あの三人にもだ」
「それほど重要なことを何故、わしらだけに話そうと思ったのか、聞いても?」
「二人なら、まず、口外する心配もないし、力が必要になったときに二人には協力して欲しいからな」
二人のうち、どちらかの喉がゴクンと鳴った。
「で、本題だ。俺たちオルフェノクの抱えている最大の問題は“寿命”だ」
「「寿命?」」
「そう、寿命だ。といっても、老化するわけじゃなく、肉体が崩壊するんだ。
俺の知っている学者やら、博士やらが出した見解だと人間からの急激な進化に肉体が耐えきれないらしい。
過去のデータによると、オルフェノク化してから10年~20年くらいで寿命がきている。大体10年を過ぎると肉体崩壊の予兆のようなものが始まる」
「サイトくん、君は確か…」
「ああ、もうオルフェノク化して10年以上になっているし、すでに崩壊の予兆は出てきている。俺のいた世界では、この寿命の対策ができていたおかげで人間とほとんどかわらないくらい生きることができたんだけどな」
「予兆が出てきているって! 大丈夫なのかね!?」
「まだ軽度だ問題ない」
「その対策は、ここではできないのか?」
コルベールは慌てているが、オスマンはじっと、サイトを見つける。
「俺が知る限り、延命策の中で成功した方法はここではできない。
言っておくが、俺は生きることを諦めたわけじゃない。延命の方法だって探している」
サイトの言葉に二人はホッと息を吐いた。二人ともサイトが死を受け入れ、後に残す者たちのことを心配してこんな事を言い出したのではないかと気が気でなかったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
「じゃあ、オルフェノクになってくれ」
ウェールズが目を閉じて集中する。
「ウェールズさん、内側k「なれたかい?」「ああ」」
シエスタが助言しようとしたとき、ウェールズの顔に灰色の模様が浮かび上がり、姿を変え、イーグルオルフェノクとなった。
「凄いですね、ウェールズさん! いきなりなれるなんて」
あっさりと自力で変化したウェールズに尊敬のまなざしを向けるシエスタの肩をサイトが叩いた。
「アレが普通」
「……」
「……」
「……」
「……」
「サイトさんのバカァァァ!!!!!」
オルフェノク化していないにも関わらず、物凄い速さでシエスタは走り去っていった。
「じゃ、とりあえず、データを取るか」
「か、彼女のことはほっといていいのかい?」
「気にするな。そのうち戻ってくるから」
ウェールズは自分の友人のマイペースさをはじめて知った。
一通りのデータを見てランクを教える。
「やはり、飛行能力があるからかウェールズは速いな。身体能力もいいし、中の上くらいで上位の中級オルフェノクだな」
「それは凄いのかい?」
「通常のオルフェノクに比べたら凄いな。おまえの場合、パワーがもう少しあれば、上級オルフェノクでもいいんだろうけど、スピードと視力以外は上と中の境目くらいだったからな。まぁ、訓練ですぐに上級になれるだろう」
(それでも、俺よりも身体能力が上だ……)
サイトはウェールズに気づかれないよう、大きくため息をついた。
――――――――――――――――――――――――――
研修を終えたウェールズの希望を受け、彼女も戦闘訓練に参加することになった(さらにそれに便乗してキュルケとタバサも参加すると言い出した)。
また、ウェールズは現在、メイド見習いとして働いている。本人曰く、「汗水流して働くというものは、すばらしい!」とのことで、大変満足して過ごしている。
学院は夏期休暇に突入し、生徒の多くは帰省してしまい、学院に残っている生徒は、学院の設備の使用も申請すれば使えるため、勉学にいそしむものや、娯楽を楽しむもの、好きなように生活している。
学院で働く平民たちも交代で休暇に入り、学院に残るのも最低限の人数になっているため、とても静かであった。
夏季休暇に入って、サイトはよく外出するようになった。行き先も告げず、ときには日をまたいでいなくなる。どこに行っていたかを聞かれても「ちょっとした用事だ」としか応えなかった。
静かな学院の広場には灰色の怪物が三体、実践訓練を繰り広げていた。
普段なら、それをキュルケとタバサが訓練に参加し、シルフィードが見学しているのだが、タバサが指令を受け、それをキュルケが手伝いに行ったため、現在、見学している者はいない。
「えい!」
「テヤ!」
正面からドックオルフェノクのトンファ、上空からはイーグルオルフェノクの羽手裏剣が迫ってくる。それに対してミズチオルフェノクがとった行動は一歩下がるだけだった。それだけで標的を失った羽根手裏剣は、ミズチオルフェノクが下がった分だけ踏み出したドックオルフェノクに降り注ぐ。ドックオルフェノクは慌てて跳び退る。跳び退ったためミズチオルフェノクがドックオルフェノクの間合いから外れた。だが、それがミズチオルフェノクの間合いから外れたわけではなく、トライデントの刃のない方での突きを胸にくらってドックオルフェノクは吹っ飛ばされた。
続いて飛龍形態に変化してイーグルオルフェノクに襲い掛かる。イーグルオルフェノクは、羽手裏剣を投射するも軽々とかわされて両足を捕まえられ、そのままドックオルフェノクの倒れている方に投げ飛ばされた。
必死に体勢を立て直そうとするも、落下地点までの距離がないため、起き上がろうとしていたドックオルフェノクに直撃した。
「「ギャン!!」」
ミズチオルフェノクは悠々と着陸し、通常形態に戻ると折り重なって倒れている二体のオルフェノクの上にどっかりと腰を降ろした。
「「ッグ!?」」
「ったく、シエスタは攻撃が正直すぎる。真正面から大ぶりな攻撃がくれば、それなりに場慣れしたヤツなら簡単にかわせるぞ。
ウェールズは狙いが正確すぎる。おまえは良すぎる目に頼りすぎだ。敵はずっと動いているんだぞ
オルフェノクはそれぞれの特性を生かした戦い方があるからあまり口出ししたくないが、もう少し考えろ」
「「は、はい…」」
「声が小さい」
「「はい!」」
ミズチオルフェノクが立ち上がり、もう一ラウンド行こうとしたとき、ルイズが手紙を持ってかけてきた。
「サイト!」
「ん?」
「姫さまから緊急で密命がきたの」
「ほぅ…」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
密命の内容は、簡単に言ってしまえば『身分を隠しての情報収集』というものだった。
サイトが「酒が入れば、人は誰でも多かれ少なかれ口が軽くなる。だから、酒場で網張れば、その手の情報は向こうから転がりこんでくるはずだ」と言い、シエスタが「私のいとこに酒場を経営している人がいるんです」と言ったため、そこで適当な理由をつけて雇ってもらおうということになり、シエスタの親戚スカロンの経営する酒場『魅惑の妖精』亭で働くことになった。ルイズとシエスタはウェイトレスを、ウェールズは皿洗いで雇ってもらった。サイトは、フラフラとどこかにいなくなり、戻ってきたときだけ、厨房に立った。
接客がうまくいかないルイズが四苦八苦している中、『魅惑の妖精』亭ではチップレースが開催された。
それに何を思ったのか、サイトが突然、参加すると言い出し、店に来る数少ない女性客からチップをもぎ取り、優勝してしまったということもあったりしたが、比較的調子よく調査は進んでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
いつものように『魅惑の妖精亭』を出たサイトは、トリスティン城内にいた。城内に入ってから、誰ともすれ違うことなくサイトは廊下を進み、壁に手をついた。すると、壁がクルリと90°回転した。サイトは隠し部屋に入ると、そこに置かれている服に着替える。
白と水色の服、水色のマントを身につけ、口がわずかに露出しただけの竜をかたどったフルフェイスマスクをつけた。
「さてと、行くとするか…」
外に誰もいないことを確認してサイトは隠し部屋から外に出た。
そのまま、アンリエッタのいるであろう謁見の間まで最短ルートを通って進む。
「ム、ミズチではないか、今日はどうした?」
「マザリーニ殿、陛下は?」
「女王陛下は、執務室だ。何かあるのか?」
「女王陛下に頼まれていたことで報告したいことがありまして」
「そうか」
マザリーニはそう言って去っていく仮面の男の後ろ姿を見送った。
最初、サイトがマザリーニとアンリエッタの前に現れたとき、「人間のウェールズの最期の望みを叶えたい。俺を司令官にしてくれ。ただし、陰のだ。それと俺という存在を売りたくない。変装するための道具も用意してほしい」と言ってきた。
ウェールズ皇太子の最期の頼みをかなえるためだという男の目に惹かれ、マザリーニが率先して彼の望みに答えた。服と仮面を用意し、その存在の名と設定を考え(これは結構楽しんだ)た。しかし、彼の望む、“陰”の司令官というイスを用意することは難しいと考えた。何故なら、“表”の司令官となるものにそれを納得させなければならないためである。だが、それを何とかしたのは、サイト本人だった。メリットを前面に出すことでデメリットを見失わせ、ド・ポワチエ将軍を傀儡に仕立て上げたのだ。
彼の手腕はそれにとどまらず、彼を嫌悪していたアンリエッタまでもを味方につけてしまった。
すでに彼の存在はこの国の深いところまで入り込んでしまったのではないだろうか。
マザリーニは、自分の観察眼を誇らしく思うと同時に、わずかな時間でそこまでやってのけた存在に恐怖を覚えた。
――――――――――――――――――――――――――――――
マザリーニと別れたミズチは、そのままアンリエッタの執務室へ向かった。
執務室の前には女騎士の姿があった。
短く切った間髪の下、澄みきった青い目が泳ぐ。ところどころ板金で保護された鎖帷子に身を包み、百合の紋章が描かれたサーコートをその上に羽織っている。
「アニエス銃士隊長、久しいな」
「ミズチ殿、女王陛下に何ようか?」
「例の件で必要な情報がそろったため、その報告にきた」
「早いな」
「私は優秀な情報源を確保しているからな」
「しばし待て」
アニエスはそう言うと、部屋の中へはいって行った。しばらくすると、アニエスが部屋から出てきた。
「入れ」
アニエスの開けた扉を潜り、中へと入る。
「失礼します」
中には書類と戦うアンリエッタがいた。
「なんでしょう?」
アンリエッタは書類から顔をあげることなく、用件を聞く。
「例の件での証拠となるであろう書類を持ってまいりました」
ミズチの言葉に初めてアンリエッタが顔を上げた。その顔は悲しそうなものだった。
「いつものことながら、早かったですね」
「ただ、これだけでは説得力に欠きますね。これを叩きつけても知らぬ存ぜぬを通されれば、そこまでです。現場を押さえてこれを突き付けれることができれば、いいのですが…」
「そうですか……
あの方が、何故、祖国を裏切るようなことを……私は、あの人に可愛がられました…」
「『将を射んとせば先ず馬を射よ』という言葉をご存じか?」
「なんです? それは」
「『敵将を射止めて討ちとろうとするならば、まず敵将の乗っている馬を射止めて動きを止めて確実に殺れ』というものから来た言葉で、わかりやすく言えば、国王に気に入られるためにまずは、国王が目に入れても痛くないほど大切にしている姫に懐かれようって考えがあったのではないでしょうか」
「……そう、だったのでしょうか?」
「人の心はその者にしかわからないのですので、私からは何とも」
アンリエッタは少し思案していると、扉の向こうから馬車の準備が整った事の報告が聞こえた。アンリエッタはマントをまとい、杖を手にした。
「…わたくしは、これから出なければなりません。この件に関してはそれからになりますわね」
「私に策がございます」
ミズチは唯一露出した口に薄い笑みを浮かべた。アンリエッタはその笑みをじっと見つめてから呟くように言った。
「聞きましょう、その策を。知将『水君』のミズチ」
「かしこまりました……」
ミズチは恭しく跪き、自分の策を話し始めた。
マザリーニの考えたミズチの設定は『幼少期、火事からアンリエッタ姫を救うため水のメイジでも治すことのできないほどの大火傷を全身に負い、それを隠すために肌の露出を控えており、幼少より卓越した頭脳を持ち、この戦争に勝利の風を吹かせるためにアンリエッタ自ら、招集した知将』というもので、二つ名の『水君』は、いかなる水であろうと操り服従させる『水の君主』を略したものである。
「いいでしょう。その策に乗ることにします。あなたの要望も飲みましょう。
条件を付けてですが」
「ありがとうございます」
自分に背を見せ、部屋を出て行こうとする男の背中にアンリエッタは思わず杖を向けた。あの男は自分の最愛だと信じた人を殺した。しかし、呪文を最後まで詠唱することはできなかった。
自分はあの男を殺したいと思う。あの男は確かに自分の最愛だと信じた人を殺した。だが、その人の心を救い、その人に新たな生を与えたのもあの男だった。
「私は、どうすればよいのでしょう……」
自分以外誰もいなくなった執務室でその声は小さく響いた。
外へ向かうため、アンリエッタは杖を強く握りしめ、部屋を出た。
――――――――――――――――――――――――――――
「ふぅ~」
ウェールズはゴミを捨て、一息ついた。豪華なイスに腰掛け、公務を行っていた頃が懐かしくないと言えば、ウソになる。しかし、彼女は、今の生活に不満を覚えているわけではない。やったことのないものや、知らなかったことに触れる喜びに満ちた生活をウェールズは満足していた。
「さてと、もうひとガンバ…おっと!?」
「キャッ!!」
これからの仕事に向かうため、気合を入れて店に戻ろうとしたウェールズに誰かがぶつかった。
ぶつかった相手は、フードをかぶった女だった。
「すまない。怪我はないだろうか?」
ウェールズは慌てて女を助け起こした。女はウェールズの手を借りて立ち上がると、慌てた声で尋ねる。
「あの、この辺りに『魅惑の妖精』亭というお店を知りませんか?」
「それならここ……って! アンリエ…」
「ッ!!」
答えようとしたとき、フードの奥の顔が見えた。その顔を見て思わず、声をあげそうになったとき、フードの女アンリエッタがウェールズの口を押さえた。それから、表通りから見えないようウェールズの影に回り込んだ。その数秒後、慌ただしく兵士たちが走り去って行った。
「えっと、よくわからないけど、サイトに報告すべきかな?」
「彼の知り合いですか?」
ウェールズはこのとき、初めてアンリエッタが自分がだれなのか気づいていないことに気がついた。月の明かりしかない夜に一度見たきりだったのだから、仕方がない。
(このまま、他人のふりをしてしまえばいい)
そんな声が聞こえた気がした。だが、ウェールズはそれにあらがうことを選んだ。
「ボクは、ウェールズだ」
「うぇ、ウェー…」
思わず大声をあげてしまいそうになったアンリエッタを今度はウェールズが口をふさいだ。
「何やってるんだ二人とも、とりあえず、中に入れ」
いつから見ていたかわからないが、二人の様子を呆れたように眺めながら、サイトは早く来いと手招きした。
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