オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔16
(ジェットスライガーがきたってことは…)
カイザフォンにサイドバッシャーを呼び出すコードを入力してみた。
「……」
五分待ってみたがこない。再び、入力してみた。
「……」
十分待ったがこない。今度は連続で五回ほど入力してみた。
「……」
やはりこない。
(ジェットスライガーがきたからってサイドバッシャーまであるわけないか…)
そんなことをやった後、アウストリの広場で訓練を行っていたサイトの下にシエスタが現れた。
その表情には決意の色が見えた。
「サイトさん」
「なんだ?」
「やっぱり、戦い方を教えてください」
「……」
「人を殺すとか、まだよく分かりません。でも、力があるのに何もせず、今までみたいに誰かの、何かの陰に隠れているのは卑怯だと思うんです」
「いいんじゃないか? 卑怯で」
「私がいやなんです。私は力を持った。なら、その力で私の手の届く範囲の人だけでも守りたいんです」
「俺は、戦わせるために力を与えたわけじゃないんだが」
「私が、力をそう使いたいって思ったんです」
シエスタはもう、覚悟を決めてしまった。ならば、自分はそれに応える義務があるようにサイトは思えた。
「言っておくが、厳しいぞ」
「はい!」
―――――――――――――――――――――――――
シエスタが戦闘訓練を開始して数日経ったころ、アンリエッタは寝室でワインをあおっていた。姫として政治のお飾りだったときと違い、女王となった今では、決断をしなければならない。自分が頷くだけでトリステインが変わる、そう思えてしまい、思ってしまうと飲まずにはいられなかった。
少し前までは、酒など食事のときに軽く飲んだり、パーティで付き合いで飲む程度であったのだが、今では当時の倍以上飲むようになってしまった。このまま行けば、その先にあるのは間違いなくアルコール依存症だ。
途中で飲むのをやめ、グラスに魔法で水を注いで煽った。
酒で真っ白な肌を桃色に染めたアンリエッタはベッドに倒れこんだ。
明日やらねばならない公務を思い出し、うんざりした気分になり、手が再びワインに伸びたそのとき、扉がノックされた気がした。
そのノックこそが、今宵起こる事件の始まりだった。
―――――――――――――――――――――――――
ドックオルフェノクは、トンファを叩き落され、足をはらわれて倒れるとさらに腹を踏みつけられた。
「何度も言うが、おまえの方が身体能力は上なんだぞ。それなのになんでおまえの方が倒れているんだと思う?」
「サ、サイトさんのほうが強いから」
「…当たり前だ。10年以上、オルフェノクとして戦ってきたんだぞ、俺は。つい最近なったばかりのおまえより弱いわけがあるか。わかるか? 俺にあっておまえにないものが、なんなのか」
ミズチオルフェノクの問いの答えとして最初に思い浮かんだのは、ミズチオルフェノクの特殊能力だったが、サイトがまだその段階ではないと判断しているため、今の訓練で、それを使われたことは一度もない。
「サイトさんにあって私にないもの…」
「経験だ」
「経験?」
「どんなに凄い力を手に入れようとも、どんなに凄い能力を持とうとも、経験がまったく無いんじゃそれを上手く使うことはできない」
オルフェノクはそれぞれの戦い方がある。だからこそ、手取り足取り教えてやるのではなく、実践に近い訓練を行い、自分の戦い方を見つけてそれを磨いていくしかない。
シエスタの場合、オルフェノク時は機動性に優れた姿のため、サイトのように姿によって戦い方をかえる必要性がないため、オルフェノク…つまり生身に戦い方を叩き込んでおけば、仮にライダーに変身しても安心というわけだ。
「何時まで寝ているんだ? おまえの力なら俺ごとき簡単に弾き飛ばせるだろうが」
「とか何とか言いながら、体重かけるのやめてくださぁい!」
―――――――――――――――――――――――――――
飛び掛るドックオルフェノクが、ミズチオルフェノクにカウンターでボディブローをくらって崩れ落ちた。何度も倒されているが、ミズチオルフェノクはドックオルフェノクに対して一度たりとも顔などの露出する部分は一撃も加えていない。これは、仕事が控えているシエスタへのサイトの最低限の配慮だ。
「何かつまんないわね」
「……(コクコク)」
「……」
訓練の様子を見ていたルイズは、力比べに持ち込んだドックオルフェノクが巴投げで投げ飛ばされるのを観ながら呟き、タバサが頷く。その隣りにいるキュルケはずっと難しい顔をしている。
「むぅ……どっかで見たのよねぇ」
「どうしたのよ。帰ってきてからおかしいわよ?」
「帰ってくるときに結構な美男子を見かけたんだけど、その美男子、どっかで見たことがあるきがするんだけど、どこだったかしら…」
「ど~ぜ、昔の男じゃないの?」
ジト目で睨むルイズにキュルケは首を振って答えた。
「昔の男とかじゃなくて、なんかこぉ、早々近づけないような相手……」
「特徴は? もしかしたら、わかるかもしれないじゃない」
「えっと、馬に乗っててフードをかぶっていたから正確にはわからないけど、背は高くて、髪はたぶん金色、瞳は青色、顔立ちは凛々しくて……」
それから続くいくつかの特徴を聞き、ルイズは一人の男にたどり着いた。
「それってウェールズ皇子?」
「……そうそう! そうよ!! ウェールズさまよ!! あれ? でも、ウェールズさまって…」
三人の脳裏にここ数日間にあった話の内容が浮かんだ。
水の精霊の元から、死者に偽りの魂を与えるといわれている秘宝“アンドバリの指輪”を盗んだ一味の中に『クロムウェル』と呼ばれる男がいたことを。
「キュルケ! そのウェールズさまっぽい人はどっちに向かったの!?」
「えっと、あの道を進んでいくとあるのはぁ……首都トリスタニアかしら?」
ルイズは目を見開き、それからタバサの襟首を掴んだ。
「タバサ! お願い! あんたの風竜かして!!」
「…わかった」
続いてサイトに呼びかけようとそちらを向くと、ミズチオルフェノクはどこにもおらず、視線を上げると、灰色の龍が窓からルイズの部屋に入っていくのが見えた。おそらくライダーズギアを取りに行ったのだろう。
タバサの呼びかけに即座に現れたシルフィードにルイズたちは飛び乗った。すぐにミズチオルフェノクが飛龍形態で追いつき、シルフィードの上に乗ってサイトに戻った。
「ちょっと、なんであんたまで乗っているのよ」
「え、あの…」
いつのまにかシルフィードに乗っていたシエスタをルイズが睨んだ。
「シエスタならこの程度の高さから落ちても問題ないだろうが、戦力として使えるだろうから連れて行くぞ。
これを貸してやる。シエスタ、一回しか言わないから確り聞けよ」
一分一秒を無駄にできないと感じ、サイトはシエスタの生存率を上げるため、ギアを渡した。
―――――――――――――――――――――――――――
風竜が王宮にたどり着いたとき、すでに王宮は大騒ぎになっていた。前回同様にシルフィードが中庭に着陸すると、ルイズは近寄ってきたマンティコア隊の隊長にアンリエッタから与えられた権限を使って情報を聞き出した。
すでにアンリエッタはさらわれた後で、敵はラ・ロシェールの方へ向かったことからアルビオンの手のものであろうと判断されたらしい。
サイトは、行き先を聞くと、ミズチオルフェノクに変化して飛んでいってしまった。シルフィードも慌てて、その後に続いて城を飛び出した。
先行するミズチオルフェノクは、血の臭いをかいだ。そして、その先に立っている人間に牙をむいた。
その人間はギリギリのところでミズチオルフェノクに気づき、命を拾ったが、腕を食い千切られた。
「ウェールズさま!!」
そんな声が聞こえた気がしたが、サイトは荒っぽく砂埃を立てて着陸した。
――――――――――――――――――――――――
突然、現れた灰色の何かが、ウェールズの腕を食い千切り、砂埃を上げて着地した。
アンリエッタがウェールズの名を叫んだが、当の本人は腕を食い千切られたにもかかわらず、平然と顔色一つかえなかった。
砂埃が晴れた。
「…やぁ、サイト。久しぶりだね」
ウェールズの腕を咥えたサイトにウェールズは笑みを浮かべた。
「だれだ? てめぇは」
(なんだ? この血の味は…)
本当にわからないという顔をしてサイトは言い、食い千切った腕を投げつけた。投げつけられた腕を受け止めたウェールズは傷口と傷口をくっつけた。すると、食い千切られたはずの腕が体とくっつき、食い千切られたことなどなかったかのように動いた。
「だれって、きみの友だちのウェールズじゃないか」
「俺に腐った死体の友達なんていねぇよ。死体は死体らしく死んでいろ」
(指輪でよみがえったゾンビならではの芸当か? なら、指輪がアルビオンにある可能性がほぼ確定だな)
「また、私を殺すのかい? 血を抜き取って」
「え? ウェールズさまはワルドに…」
驚いて、アンリエッタはウェールズを見た。
「いや、私を殺したのは目の前にいる彼だよ」
「でも、ルイズが」
「彼女はワルド子爵の攻撃で死んだと思ったんだろう」
ようやくシルフィードが追いついた。
シエスタがシルフィードから飛び降り、サイトの隣りに立った。
「怖いならさがっていろ」
震えているシエスタに声をかけたが、彼女は首を振った。
「ここまできて覚悟できなきゃ、女がすたります」
「そうか」
サイトはカイザフォンを左手に持った。
――― 9 1 3 Enter ―――
<Stnding By>
右拳を腰で構え、左手を天に向けると同じにカイザフォンが宙を舞い、その間に右手と左拳が入れ替わった。
シエスタは目の前の敵を睨み、デルタフォンを顔の横に構えた。
右手がカイザフォンを受け止め、サイトとシエスタが同時に叫んだ。
「変身!」
<Stnding By>
サイトは、カイザフォンをカイザドライバーにセットした。
シエスタは、デルタフォンをデルタムーバーに接続した。
<Complete>
黄色いダブルストリームと白いトリニティーストリームがそれぞれを包み、カイザとデルタに変身した。
二体のフォトンブラッドと、紫とオレンジのファインダーが暗闇の中で輝く。
「姫さま! こちらにきてくださいな! そのウェールズ皇太子は、ウェールズさまではありません! クロムウェルの手によってよみがえった別の何かです!」
ルイズが二体のライダーの間に立ち、アンリエッタに叫んだが、アンリエッタは足を踏み出さない。信じたくない、とでもいうように首を左右に振った。それから、苦しそうな声でルイズたちに告げた。
「お願いよ、ルイズ。杖をおさめてちょうだい。私たちを、いかせてちょうだい」
「姫さま!? なにをおっしゃるの! それはウェールズ皇太子じゃないんですよ! 姫さまは騙されているんだわ!!」
ルイズは必至に説得しようとするが、アンリエッタはにっこりと笑みを浮かべた。
カイザは自分の中で怒りがフツフツと溢れてくるのがわかった、それを止めるつもりはない。
「そんなことは知っているわ。私の私室で、唇を合わせたときから、そんなことは百も承知。でも、それでも私はかまわない。ルイズ、あなたは人を好きになったことがないのね。本気で好きになったら、何もかもを捨てても、ついていきたいと思うものよ。うそかもしれなくても、信じざるをえないものよ。
ルイズ・フランソワーズ、私のあなたに対する、最後の命令よ。道を明けてちょうだい」
杖を掲げていたルイズの手が、だらんと下がった。
ルイズは頭が真っ白だった。まさか、最初の命令がこんなものとは…アンリエッタ女王陛下の命令でかっこよく活躍する自分を思い描き、ついに自分もこの国のため、アンリエッタのために働けると思っていたのに……サイトの言っていたように女官である自分はアンリエッタの命令ならば、どんなものであっても従わねばならない。だが、これが正しいとは絶対に思えなかった。
『今、なすべきこと、望むことを考えろ。そうすれば、身体は自然と正しいと思うほうへ進んでいく』
――― ウン
ルイズの杖が再び掲げられた。
「ルイズ。命令よ、きいてちょうだい」
「きけません。主の命令に付き従うのが家臣の務めです。でも、間違った判断を下そうとしている主を止めるのもまた、家臣の務めです。私は、姫さまがとろうとしている間違った判断を止めます!!
それに、私はアンリエッタという一人の娘の親友です。親友として間違った道に進むのを黙ってみているつもりはありません!!」
「ルイズ…」
呆然とアンリエッタは呟いた。
ルイズの前にカイザが出た。
「ウチのゴシュジンサマはやる気だし、いい加減、甘ったれたコムスメの戯言を聞くのもウザッたくて仕方ないし、なによりもウェールズの心を踏みにじろうとしていることが許せない」
ウェールズが部下に視線で指示を出した。メイジの一人がカイザに飛び掛る。
「我々をどうやって倒そうっていうんだい? 私たちはどのような攻撃も通じない」
カイザは左腰のホルダーからデジタルカメラ型パンチングユニット・カイザショットを取り外し、ミッションメモリーΧを差し込む。
<Ready>
それを右手に装備した。
――― ENTER ―――
<Exceed Charge>
ダブルストリームを光が駆け抜け、右手にたどり着く。カイザは右腕を大きく振りかぶり、近づいてくるメイジにカイザの三つ目の必殺技、グランインパクトが叩き込まれた。
メイジはΧの紋章を刻まれ、灰となって消えた。
「こうやって倒す」
戦いが始まった。
――――――――――――――――――――――
最初の一撃を見たウェールズたちはカイザを近づけてはいけないと魔法による距離を取った攻撃を仕掛けてきた。カイザはカイザブレイガンとフォンブラスターで応戦するが、銃撃ではウェールズたちを倒すには至らなかった。
デルタははじめての戦いの場に恐怖したが、目の前で戦うカイザに勇気づけられ、訓練でつちかった戦い方でメイジたちに肉弾戦を仕掛け、またはその装甲に任せてその身を盾にする。サイトにブラスターもルシファーズハンマーも使い方を習っていなかったため、それしかできないのだ(訓練してないため、後ろから撃たれてはたまらないと教えなかった)。
カイザに攻撃が集中しているため、ルイズ、キュルケ、タバサは自由に攻撃ができた。そんなキュルケの放った炎がメイジの一人を焼き尽くした。焼き尽くされたメイジが復活する気配はない。
「炎がきくわ! 燃やせばいいのよ!!」
キュルケの炎が立て続けに放たれる。タバサが風でその威力と効果範囲を高め広げる。カイザは再びカイザショットを装備し、キュルケに攻撃が向く気配があれば、グランインパクトを叩き込む戦法に切り替えた。
ルイズはエクスプロージョンで攻撃しながら、必至に考えていた。敵の数は多い、今はキュルケとカイザの連携で何とかなっているが、キュルケの精神力が尽きれば、カイザしか頼れるものはいなくなる。それではまずい。何かいい手はないかと、アンリエッタからたくされて以来、常に持ち歩くようにしている祈祷書のページをめくった。
それとほぼ同時にぽつぽつと、雨が降り出した。
―――――――――――――――――――――――
「ウソでしょ!?」
カイザの支援とタバサの援護、デルタの防衛で勢いづいたキュルケが愕然と空を見上げた。
巨大な雨雲が、いつのまにか発生していた。
降り出した雨は、一気に本降り、アンリエッタが叫んだ。
「杖を捨てて! あなたたちを殺したくない! 見て御覧なさい! 雨よ! 雨! 雨の中で『水』に勝てると思っているの!? この雨のおかげで、私たちの勝利は動かなくなったわ!!」
その瞬間、サイトの怒りが限界点を越えた。
カイザは変身を解除してサイトに戻った。誰もが、慌てた。唯一の頼りだったのだから当然といえば当然だ。
「キュルケ…」
「は、はい!」
身も凍るような怒気のこもった声にキュルケは背筋を伸ばした。
「雨の中じゃどうせ、何もできないだろ。持ってろ」
そう言ってサイトはカイザギアをキュルケに投げてよこした。
「…雨が降っているから勝利が動かなくなった? 誰がそんなことを決めた?」
「『水』の系統のメイジは雨の中ではその力は最強! あなたたちは、もう勝てないのよ! 降参して!」
「調子に乗るのも大概にしろよ…」
「ッ!」
サイトはミズチオルフェノクへと変化した。サイトはアンリエッタの言動に許せないものがいくつもあった。
一つ、王という上に立つものでありながら、いつ戦争に突入してもおかしくない状況である国を捨てようとしていること。
一つ、本物のウェールズの気持ちを理解していないこと。
一つ、この戦場を自分ひとりが能力アップしただけでかえられると思っている傲慢さ。
一つ、自分を助けにきたのだから、どんなことになっても自分だけは傷つかないと無自覚であろうが、思っている節があること。
「貴様程度の力で戦況が変わることなどないということを教えてやる」
ミズチオルフェノクがトライデントを振った。それにあわせて雨が集まり、水の矢となってウェールズたちに襲い掛かる。
アンリエッタが即座に水の盾を生み出し、受け止めた。だが、なんと矢を受けた水の盾が次々とメイジたちに襲い掛かった。
「そんな!?」
驚愕するアンリエッタを抱えてウェールズが風の盾を生み出す。他のメイジもそれぞれ盾を作って、アンリエッタの水を飲み込んだミズチオルフェノクの水を受け止めた。
「最強? だれが? てめぇが? 寝言は死んでから言え! 人間!!」
マントの金具が外れ、四肢が変化し、龍の兜の中にあった顔が消え、首が伸びる。飛龍形態へと変化したミズチオルフェノクが吼えた。
「ガァァァァァァァ!!」
吼えるミズチオルフェノクにルイズが叫んだ。
「サイト!」
「なんだ?」
「敵を何とかできそうな魔法があるの」
「…わかった。守ってやるから、さっさとしろ」
それだけ言うと、ミズチオルフェノクは一度天を仰ぎ、それからウェールズたちに向けて口を開いた。ミズチオルフェノクのブレスが、メイジの一人の身体をバラバラに吹き飛ばした。バラバラにされたメイジは即座に再生を始めるが、胴体が消し飛ばされたため、いままでよりも時間がかかっている。そのメイジにタバサが風と水を組み合わせた氷の魔法で凍りつかせた。これで再生させるまでにさらに時間がかかるようになった。そうやってルイズの魔法が完成するまでの時間を稼ぐつもりだった。
――――――――――――――――――――――――――――
アンリエッタは、灰色の龍に恐怖を感じ思わず、後ずさりをした。
「アンリエッタ」
優しい声で呼ばれ、顔を向けるとそこには笑みを浮かべたウェールズがいた。その目に昔の優しさはない。
「アレをやるよ」
「…はい」
アンリエッタとウェールズが同時に詠唱を開始した。『水』、『水』、『水』、そして『風』、『風』、『風』。
トライアングルクラスを2つ組み合わせたヘクサゴン魔法。メイジが個人でできる最高クラスの魔法はスクウェアだが、複数いれば、それだけランクを上げるも不可能ではない。
といっても、完全に息を合わせるなど、早々できるものではない。王家の血がそれを可能とさせているのだ。
二つのトライアングルが絡み合い、巨大で強力な竜巻が生まれる。この一撃で、城さえも吹き飛ぶだろう。そんな魔法を二人は編み上げていく。
――――――――――――――――――――――――
ミズチオルフェノクは、巨大な竜巻に気づき、そこに向かってブレスを放つ。だが、『風』に阻まれ、『水』に干渉することができない。
ミズチオルフェノクは翼を大きく広げ、前足を地面につけた。今までよりもさらに威力を持ったブレスを放つための発射態勢にはいった。
そのミズチオルフェノクの隣りに青い竜が現れ、ミズチオルフェノクと同じように前傾姿勢をとった。シルフィードは、ブレスなど使わなくても、それよりもはるかに強い魔法を使うことができる。だが、彼女の主の命令により、人前で使うことは禁じられている。
「きゅい!」
(ダーリンとのラブラブパワーがあれば、あんな竜巻、なんともないのね!)
これから起こることを予想できたのであろうキュルケとタバサは、詠唱に集中しきって周囲の見えていないルイズを引っ張って、龍と竜の陰に入った。デルタは、少しでも力になるために2体の幻獣の後ろに回り、2体を支える。
ウェールズとアンリエッタの呪文が完成した。うねる巨大な竜巻が放たれた。それを水の龍と風の竜が真っ向から迎え撃つ。
2体は同時に天を仰ぎ、竜巻に向かってブレスを放った。
広範囲の竜巻と、一点集中のブレス。共に『水』と『風』。
野生の竜なら間違いなく逃げ出すであろう力をたった2体で一進一退の状況を作り出した。
刃となった風と叩きつけてくる水流にシルフィードが膝をつきいた。それでも、ブレスは放ちつづける。ミズチオルフェノクが、シルフィードをカバーするため、一歩前に踏み出す。さらに激しい水と風に身をさらそうとも、ミズチオルフェノクは膝をつくことなく、竜巻に立ち向かう。デルタがそれを後ろから支える。
そして、ルイズの魔法が完成した。
目を開けていられないほど、吹き荒れる水と風の中、ルイズは前を見据えた。
(あれ?)
目の前にある龍頭が多く見えた。それを不思議に思う心を端に押しやり、魔法を叩き込んだ。
「ディスペル・マジック!!」
眩い光が輝き、竜巻を消し、死者に降り注がれた。
――――――――――――――――――――――――――――
雨は止み、綺麗な月が出ていた。先ほどまでの戦闘が嘘のようにあたりは静まり返っていた。
ルイズのディスペクル・マジックの力で『アンドバリ』の指輪の効力が解除された死者たちは、冷たい躯へと戻った。
竜巻に身をさらしたため、身体中傷だらけのサイトは傷を心配するルイズたちにそれぞれ仕事を与える。タバサにはシルフィードの治療、キュルケとシエスタには死者たちの埋葬を、ルイズには精神力の使いすぎで意識を失ったアンリエッタを見ているように言いつけた。
サイトはウェールズの隣りに腰を下ろした。そして、その頬に触れたとき、何の奇跡か、ウェールズのまぶたが弱々しく開いた。
「ウェールズ?」
「…やぁ、サイトか? 声が変だね、風邪でもひいたのかい?」
弱々しく、消え入りそうな声だったが、さきほどまでのものとは違うウェールズの声だった。
「おまえたちがあんな大技使ってくるから、全力でブレスをつかったせいで、喉がかれただけだ」
「それはすまないことをした…
こんな、腐った死体なんかに気にされたくないか……」
「誰が腐った死体だ? おまえは、俺の友だちのウェールズだろうが」
「……ありがとう」
そう言った後、ウェールズは起き上がろうとしたため、サイトは手を貸した。そのとき、サイトはウェールズの胸に紅い染みが浮かび上がってきたことに気づいた。偽りの生命によって閉じていた傷が開いたのだ。サイトはすかさず、前回同様に血に触れた。血はそれ以上広がることなく、ウェールズの中へと戻っていった。
「ウェールズさま」
意識が戻ったらしいアンリエッタがルイズを伴ってやってきた。
「アンリエッタ、君にも謝らなければならないね。すまなかった」
「いいえ、いいえ、ウェールズさまに謝られることなど、何も!」
首を激しく横に振るアンリエッタに笑みを浮かべ、ウェールズは優しい声で話す。
「アンリエッタ、愛しい我が従妹、君は私との恋愛ゲームなど忘れて、本当の愛を知るべきだ」
「恋愛ゲームなんて!」
「ゲームさ、私が一国の皇子として閉鎖的な生活から逃避したいと丁度よくいた、歳の近い姫に恋する自分に酔っていたように、君も遠くにいる皇子に恋する悲劇のヒロインに酔っていたんだ。
もう、このゲームは本当にお仕舞いだ。私には、君のことを大事な妹としか思えない」
辛い言葉を並べるのもこの愛しい妹のため、逃避したままでは彼女がだめになってしまう。ウェールズにとってそれはとても耐えがたいことだった。
「……」
「今の私には、君よりも最初で最期の友だちであるサイトの方が大事なんだよ」
「この男は、ウェールズさまを!!」
アンリエッタの凶弾にサイトの顔がわずかにこわばる。
「私がやれと言ったんだ。だから、サイトも気にしなくていい」
「……もとより、気にしてない」
「そうか…。アンリエッタ、私と約束してくれ、良き王となると」
「…はい」
アンリエッタは、目に涙を溜めながら、頷いた。
「サイト、最期に2つ、頼みがある」
「普通、一つだろうが、この欲張りめ」
「ああ、そうだね。私は欲張りだ。一つ目は、きっと近い未来、トリステインはアルビオンと戦争になる。そのとき、君にトリステインに勝利の風を吹かせて欲しい」
「…わかった、約束する」
弱々しく出したウェールズの手をサイトは力強く握った。
「もう、一つは…君の手で、私を終わらせてくれ」
「ウェールズ!」
「ウェールズさま!?」
サイトとアンリエッタの声が重なった。
「最期は、君の手で、終わらせて欲しいんだ。友の手で、私を……いや、ボクを逝かせてくれ」
「……わかった」
サイトはミズチオルフェノクへと変化した。
アンリエッタが「やめて!!」と叫ぶ声が聞こえた。
ウェールズが、最期に見たのは、青白く輝く光だった。
―――――――――――――――――――――――――――
ウェールズは目を開けた。
そこには、自分を見つめるサイトがいた。その瞳には、戸惑いの色があった。
「死者の世界には、生前の知り合いがいるみたいだね」
気のせいか、今出した声は、普段の自分の声よりも高い気がした。
「生憎、ここは生者の世界だ。それと、ウェールズ」
「なんだい?」
「スマン…おまえを死なせたくなかった。だから、おまえを俺と同じバケモノにした」
「そうか…」
「それともう一つ…」
とても言いずらそうにサイトは視線をさまよわせてから、ゆっくりと言った。
「おまえ、女になった」
「は?」
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