オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔15
馬車は、のんびりと三日かけて目的地であるガリア王国にあるタバサの実家にたどり着いた。
旧い、立派なつくりの大名邸である。門に刻まれた紋章を見て、ルイズとキュルケは息を呑んだ。交差した二本の杖、そして“さらに先へ”と書かれた銘。まごうことなきガリア王家の紋章である。
しかし、近づくとその紋章にはバッテンの傷がついていた。不名誉印である。この家のものは、王族でありながらその権利を剥奪されていることを意味している。
玄関前の馬周りにつくと、一人の老執事が近づいてきて馬車の扉を開け、恭しくタバサに頭を下げた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
他に出迎えるものはいない。四人は老執事に連れられ、屋敷の客間へと案内された。手入れが行き届いた綺麗な邸内だが、人の気配がない。もしかしたら、この老執事しかいないのかもしれない。
ホールのソファに座ったキュルケは、タバサに言った。
「まず、お父上にご挨拶したいわ」
しかしタバサは首を振る。「ここで待ってて」と言い、それからサイトに「ついてきて」と言って客間を出ていった。当然のようにサイトもそれに続いて出て行った。
出遅れたルイズが慌てて追いかけようと部屋を出るが、そのときにはもう、二人がどこに向かったか分からなくなってしまっていた。
―――――――――――――――――――――――――
タバサとサイトは屋敷の一番奥の部屋の扉をノックした。返事はない。いつものことだ。この部屋の主がノックに対する返事を行わなくなってから、5年が経っている。
タバサは扉を開けた。大きく、殺風景な部屋だった。
部屋の主は自分の世界へと断り無く入ってきた者たちに気づき、乳飲み子のように抱えた人形をぎゅっと抱きしめる。
それは痩身の女性だった。もとは美しかった顔が病のため、見る影も無くやつれている。彼女はまだ三十代後半だったが、二十もふけて見えた。
のばし放題の髪から覗く目が、まるで子どものように怯えている。わななく声で女性は問うた。
「だれ?」
タバサはその女性に近づくと、深々と頭を下げた。
「ただいま帰りました。母さま」
しかし、その人物はタバサを娘と認めない。そればかりか、目を爛々と光らせて冷たく言い放つ。
「下がりなさい無礼者。王家の回し者ね!? 私からシャルロットを奪おうというのね!? だれがあなたがたに、可愛いシャルロットを渡すものですか!
おそろしや……この子がいずれ王位を狙うなどと、誰が申したのでありましょうか。薄汚い宮廷のすずめたちにはもううんざり! 私たちは静かに暮らしたいだけなのに……下がりなさい! 下がれ!!」
身じろぎもしないで、頭を垂れ続けるタバサに、母はテーブルの上のグラスを投げつけた。それまで黙ってみていたサイトが動き、グラスがタバサにぶつかる前に受け止めた。グラスを適当な場所におき、オルレアン婦人に近づいていく。婦人の顔に恐怖の色が表れ、人形をきつく抱きしめ、逃げようとするも、サイトは素早く婦人の手を掴んだ。
タバサの顔に一瞬、不安がよぎり、サイトを止めようとしたが、それをサイトは手で制した。
「放しなさない無礼者!!」
喚く婦人を無視して婦人の手を掴んでいるのとは逆の手で、婦人の人差し指をつかまえてすっと指を撫でた。撫でられた指に紅い横線が生まれ、そこから血が滲み出した。婦人がさらに喚き散らすが、それさえも無視してサイトはその指を口に咥えた。
咥えた指をまるで極上のワインの味を楽しむかのように舌を絡める。
喚いていた婦人はいつのまにか静かになり、指を咥えるサイトをじっと見ている。
5分近く指を舐めしゃぶってから、サイトは指を解放し、部屋から出て行く。タバサは慌てて母のキズを治してから一礼して、それを追いかけた。
婦人は二人の出ていったドアを見つめ、それからサイトの唾液で濡れややふやけた自分の人差し指を見つめた。
――――――――――――――――――――――
「話はさっきの執事に全部聞かせてもらったわ。私も手伝うから、何でも言って!!」
客間に戻ったタバサの手を握ったルイズの第一声がこれだった。
ルイズの様子にサイトは思わず、ため息をついた。
(また、後先考えずに……)
なんでも首を突っ込むルイズの性格は、退屈しないですむから、嫌いではない。
だが、ルイズは考えなさ過ぎるのだ。おそらく、自分が介入した時、起こる可能性が理解できていないのだろう。彼女は、つい数日前にアンリエッタに女王直下の女官に任命されたばかりだ。
隠しとおせればいいが、もしもバレた場合、ガリアの王族にトリステインの女王直下の女官がケンカを売った=ガリアにトリステインがケンカを売った→戦争開始。っという事態になりかねないと何故、気づけないのだろうか?
サイトは自分が思慮深過ぎるのか、ルイズが考えなさ過ぎるのか、分からなくなってきた。
「さてと、タバサ、おまえの母親のことで話がある」
「……」
ルイズやタバサ、キュルケの視線がサイトに集まった。
「人の身体は大部分が水でできている。その“水”は血や体液といったものだけでなく精神面にもかかわってくるものなんだ。
そして、人はその“水”を支配している」
「“水”を支配?」
「そうだ。記憶や心がつまった自分だけの水だからな、自分の管理化に無意識のうちに常に支配している。とても強力な支配力だ。
その支配された水はそれぞれ色がある、「これは自分のものだ」ってわかるようにするためのだ。
だが、タバサ、おまえの母はその色をいじられてしまっている。
例えば、“水”の色を青としよう、そこに毒薬が黄色として混ざってきた。さて、何色になる?」
「…緑」
「そうだ。自分が支配していた水の大半が、支配の色じゃない緑に変えられてしまい、そのせいで自分の身体の“水”が自分のものだということがわからなくなって、支配下にあることが認識できなくなり、残ったわずかな部分を守るために自分の殻にこもってしまっている。というのが現在の状況だ。
しかも、黄色の侵食は今だ侵攻している」
「どうすればいいの?」
すがるように聞いてくるタバサから視線をはずし、サイトは困ったように頭をかいた。
「俺の水への干渉も厳密には水の色を自分色に染めているってものだ。その能力を応用して緑もおまえの支配している色だって教えていけばいいんだが……時間がかかりすぎる。少しずつ、少しずつ慣らしていかないといけないだろうから、今日明日で終わるようなことじゃない。もっと余裕のあるときじゃないと」
「なら、いまのうちに少しだけでもやってみたらどうなの?」
ルイズの提案に一同が頷くが、サイトは首を振る。
「本当に時間のかかる作業な上に一回一回の間を開ければ、また振り出しに戻ってしまうと思う」
「なら、ダーリンだけここに残って治療してあげれば?」
「そうするのがベストだが、な」
(監視の目とか、色々ありそうだからな……)
そのとき、扉が開いて老執事のペルスランが一通の手紙を手に部屋に入ってきた。
「王家よりの指令でございます」
話を打ち切って、タバサはそれを受け取ると、無造作に封を開けて読み始めた。読み終えると、軽く頷いた。
「いつごろ取り掛かられますか?」
「明日」
「かしこまりました。そのように使者に取り次ぎます。御武運をお祈りいたします」
そう言いのこすと、ペルスランは部屋を出て行った。
「ここで待ってて」
サイトはタバサから手紙を奪い、指令を読むと、笑みを浮かべた。
「おいおい、この指令に俺を置いて行くとはどういうことだ? 俺はいっしょに行くぞ」
「使い魔が行くのにご主人様が行かないわけには行かないわ」
タバサの頭を撫でながら言うサイトにルイズも便乗する。
「ダーリンがいれば、いざってときも安心だしぃ」
「危険」
「今までだって、危険なことはいっぱいあったわ」
キュルケは、余裕たっぷりの笑みをタバサに向けた。
――――――――――――――――
その夜、皆は寝静まった深夜、タバサは人知れず、声を殺して泣いていた。
母を治す方法が見つかった。
兄になってくれたヒトが治してくれると言ってくれた。
時間がかかるから、今すぐは無理だし、ここでは監視の目があるだろうから、できないと言われたけど、治す方法が見つかるかどうか分からず、もし見つからなかったらという恐怖と戦ったこの5年に比べれば、全然問題ない。
「タバサ?」
「ッ!?」
声に驚いて振り向くと、寝ていたはずのキュルケがいた。キュルケは、そっとタバサの隣りに座り、タバサをぎゅっと抱きしめた。
「ッ!」
「泣くんなら、思いっきり泣いた方がいいわ。あなたはそれだけ頑張ってきたんだから。
タバサ…一人で良く頑張ったわ」
「ッ~~~~!!」
キュルケの優しい声が、優しく頭を撫でてくれる手が、母を思わせて、タバサはキュルケの胸に顔をうずめて、普段の彼女からは想像もできない声で泣いた。
母性にあふれた優しげな顔で小さな親友を抱きしめながら、キュルケはサイトに少しだけ嫉妬した。ほんの数ヶ月前に知り合った人外の男が、自分より頼られている。親友だからこそ、巻き込みたくないと思ったのだろうけど、なんだか釈然としなかった。
――――――――――――――――――――――
日課の夜の訓練を行っていたサイトは、タバサの元に飛ばしていた水からタバサの様子を知り、笑みを浮かべた。
「お姉さまが泣いているのね」
「仲間の前じゃ泣かないように頑張っていたみたいだが……
さすがキュルケだな、ちゃんと親友のことを分かっている」
「お姉さま、いい友達ができてとっても幸せ者なのね♪」
「だな」
まるで自分のことのように笑う蒼髪の少女に相槌をうつ。
「ところでシルフィード」
「きゅい?」
「今度から人の姿になるときは服も用意しような」
「きゅい♪」
自分の上着を着せてやってからサイトは訓練を再開した。
―――――――――――――――――――――
「ねぇ、タバサ」
「?」
「サイトのこと、好き?」
キュルケに背中を預けて泣いた余韻でボーっとしていたタバサが振り返った。
「好きなの?」
キュルケはもう一度、同じ質問をした。
「……(コクン)」
「そっか、タバサもサイトのことが好きなのね…」
あの、本の虫で異性になんて何の興味も示そうとしなかった親友が、そういうことに興味を示したことを嬉しく思えた。
「でも、私もサイトのこと好き。今までの好きとは違う…これが、本当に愛しているって気持ちなんだと思う。だから、タバサであってもサイトは譲れない」
「……大丈夫」
「なにが?」
「私はあのヒトのものになることは決定済み、契約でそういうことになった」
「ハ?」
キュルケの目が点になった。
「私の目的を手伝ってもらう対価として、私をあげると約束した」
「……」
「私はもう、兄さまのもの」
「に、兄さま?」
「なって欲しいと言ったら、なってくれた」
「……」
この小さい親友が現在のところ、一番の強敵だとキュルケは確信した。
―――――――――――――――――――――――――
タバサに与えられた任務は『最近、水かさを増し、村を飲み込んでいくラグドリアン湖の水の精霊を退治せよ』というものだった。
実行は夜するということで、まずは偵察するため、昼間の内にラグドリアン湖に着てみると、見知った二人がいた。
「なんで、おまえらがいるんだ?」
「えっと、その……」
サイトは目の前にいる金髪縦ロールの少女、モンモランシーに問いかけるが、彼女はサイトの目を見ようとしない。
「コラ! バケモノ、ボクのモンモランシーに近づく ふべら!?」
怒鳴りながら襲い掛かってきたギーシュの足をはらって踏みつける。その間わずか一秒足らず。
「少し黙っていろ。ここら辺は危険ってことで検問があったろう?」
「森を抜けてきたから、検問にはかからなかったわ」
「モンモランシー!! そんなバケモノと話をするなんて!? まさか、ボクよりもそいつの方が、好きだというのかぁ!? ボクは、ボクは! こんなにも君を愛しているのにィィ!!!」
「黙れといっただろうが」
「グボッ」
騒ぐギーシュを気絶させ、モンモランシーを問い詰めてここにいる理由を聞き出だした。
「……つまり、ギーシュの浮気に耐えかねて、惚れ薬を作って飲ませたはいいけど、薬の効果が予想よりもはるかに強くて、あんまりベタベタして、ちょっとでも他の男と話すとすぐにわめくもんだから、手におえなくなって、解毒薬を作るのに必要な材料を手に入れるためにここにきたってことね?」
ルイズの確認に、モンモランシーはそっぽを向いて頷いた。
「確か、人の心を操る薬って違法よねぇ? そんなことするくらいなら、見限っちゃえばいいのに」
「……だって…本気で愛しているのは、私だけだって言ってくれたし…」
「こんな事を言うのもなんだけど、ギーシュの中じゃ、あんたって、もう安全パイになっているわよ。間違いなく…」
けっして、キュルケは意地悪で言っているわけではない。火と水であるため、さほど友好な交流をもっているわけではないが、同じ女としてギーシュのやっていることを考えると同情してしまうのだ。少し前までも自分を棚に上げているのだが。
「まぁ、好きな人が自分だけを見てくれるっていうのは憧れ……」
そこでサイトが自分一筋になり、先ほどまでのギーシュみたいになった姿を思い浮かべた。
「…ないわね。そんなのダーリンじゃないわ」
「……(コクコク)」
「…気持ち悪……」
三人は気持ち悪そうに顔をしかめた。
ラグドリアン湖に手を突っ込んだり、その水を口にしてみたりしていたサイトが話の進まなさに顔をしかめ、話を進めようとした。
「で、その材料っていうのは?」
「『水の精霊の涙』って言うのなんだけど…なんか水の精霊、怒っているみたいね」
「分かるのか? おまえも」
「私は『水』の使い手。香水のモンモランシーよ。水の変化に気づかないわけがないでしょ。って「おまえも」?」
「水を相棒にして長いからな。ここの湖の水に何かの意志が干渉していてそれが妙に荒れていることくらいわかる」
「へぇ」
(なんだか、ゼロのルイズには勿体無い使い魔ねぇ。あ、いや、ロビンが不服ってわけじゃないんだけどね!)
モンモランシーは感心したようにサイトを眺めた。
「どうやってそれを手に入れるんだ?」
「あ、うん。
ここに住む水の精霊とトリステイン王家は旧い盟約で結ばれているの。その際の交渉役を、私の家がやっていたから、私が呼びかければ、応じてくれると思う……たぶん」
「たぶん?」
「父上が水の精霊を怒らせて…そのせいで交渉役を降ろされちゃったから……」
モンモランシーは自分の使い魔であるカエルを取り出し、自分の指を傷つけ、そこから出た血を一滴カエルにたらしてすぐに傷を治療した。
「いいこと? ロビン。あなたたちの古いお友だちと、連絡が取りたいの。
これで相手は私のことがわかるわ。じゃあロビンお願いね。偉い精霊、古き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいって告げてちょうだい。わかった?」
カエルはぴょこんと頷き、水の中へと消えていった。
少しすると、サイトたちが立っている岸辺から、30メイルほど離れた水面の下が、眩いばかりに輝き、続いて水がアメーバのようにウネウネと動き始めた。
さきほど湖に消えていったカエルが戻ってきてモンモランシーの手に収まった。モンモランシーはカエルを指で撫でて労う。
「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」
それから水の精霊に向かって両手を広げ、口を開いた。
「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家計よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、私たちにわかるやり方と言葉で返事をしてちょうだい!」
水の精霊はグネグネとうごめき、モンモランシーそっくりに変化した。
「覚えている。単なる者よ。貴様の身体に流れる血を、我は覚えている」
「よかった。水の精霊よ。あつかましいと思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」
モンモランシーの願いを聞き、水の精霊は、ころころと表情を変え、最後に笑みを浮かべた。
「断る。単なる者よ」
「そんな!?」
水の精霊の涙が手に入らなかったら、このさきずっとこのウザッたいギーシュに付きまとわれるということだ。モンモランシーは必死になって頼むが、水の精霊は聞き入れなかった。
「水の精霊、今の話は少し置いておくとして、こっちの用事を済ませたいんだが、いいか?」
「なんだ? 単なる者よ」
「水かさが増えて困っているんだ。これ以上増やすようなら、あんたを退治しなきゃならない。何らかの事情があるなら、助けたい」
サイトにとって水は何にもかえがたい、大事で大切な存在だ。その精霊を退治するのは避けたかった。
サイトは湖に踏み出した。誰もが落ちると思ったが、サイトは平然と水面を歩き、ミズチオルフェノクへと変化した。
後ろでモンモランシーが驚いているようだが、今はどうでもいいことだと切り捨てる。
「…オルフェノク」
水の精霊の平坦な声に驚いたような色が混じった。
岸から離れたところで、二人は対面した。水の精霊は、手を伸ばしてミズチオルフェノクの顔に触れた。それから身体中を撫でていき、左手の甲にあるルーンに気がついた。
「…それに汝担い手か、…ならば、信頼してもよいかもしれん」
「……」
何故、オルフェノクの事を知っているのか気になったが、その話は後にしようと考え、黙って水の精霊の話に耳をかたむける。
「実は、我の秘宝が、汝の連れの同朋に盗まれた」
「秘宝?」
「そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと」
(月が三十交差する…ニ年半前か)
「まさか、こうやって水の範囲を広げていけば、いつかは秘法のある場所にたどり着くだろうってことで広げているんじゃないだろうな?」
「その通りだ」
あっさりと肯定した水の精霊に、ミズチオルフェノクは呆れと羨ましさを感じた。呆れはあまりに気の長い話だからで、羨ましさはそれができるだけの寿命を持っているからだった。
「…その秘宝、俺が探す。
この世界が水で覆われるのはとても魅力的だけど、個人的理由でこの世界の生態系を壊されても困るし、この世界にノアみたいに箱舟を作れるやつがいるかどうかも分からんから。
で、どんな宝だ?」
「『アンドバリ』の指輪。我が共に時を過ごした指輪。死者に偽りの生命を与えるもの」
「『アンドバリ』の指輪だな。犯人の特徴は?」
「単なる者の特徴などわからぬ。だが確か、固体の一人がこう呼ばれていた。クロムウェルと」
「わかった、期限は?」
「汝の寿命がつきるまでで、かまわぬ」
「おいおい、オルフェノクの事を知っていてそんなこと言っていいのか?」
「かまわぬ」
「了解した」
ミズチオルフェノクは、水の精霊に背を向けたが、一歩踏み出したところで振り返った。
「すまないが、『水の精霊の涙』もらっていくぞ」
「誓いの証として贈ろう」
水の精霊の一部が分裂し、ミズチオルフェノクの手の中に納まった。
水の精霊は、形を失って湖と帰っていった。
モンモランシーが悲痛な叫びをあげたが、ミズチオルフェノクが『水の精霊の涙』を持ち帰ったことを伝えると、大いに喜んだ。
「ダーリン、水の精霊とどんな話をしたの?」
二人の会話は、聞こえていなかったらしいので、サイトは手短に必要なことだけを伝えた。
「じゃあ、任務終了ってことね? よかったじゃないタバサ」
「……(コクン)」
「でも、『アンドバリ』の指輪を見つけなくちゃいけないのよね」
「水の精霊の言っていた『クロムウェル』とアルビオンの新皇帝の『クロムウェル』が同じか否か、か」
―――――――――――――――――――――――――
「これとこれを、同量入れて…」
「フムフム」
「これを少々混ぜて、あとは『水の精霊の涙』を適量いれて、澄んだ青色に変色すれば完成…」
「ほうほう」
任務の完了を報告するというタバサに、薬に興味を示したサイトが先に帰ると言い、ギーシュとモンモランシーにくっついて学院に戻り、さきほどから薬の調合にいそしむモンモランシーの手元を、興味深そうにサイトが覗き込んでいる。
モンモランシーの手元で調合された薬が綺麗な青色に変色した。
「できたわ! 完成よ!!」
モンモランシーは額の汗を拭い、出来立ての解除薬をギーシュに押し付けた。
「さぁ! 飲みなさい!!」
「いやだ。なんかこれ、臭いよ」
幼児退化したかのように口を尖らせるギーシュに頬を引きつらせながら、モンモランシーはできるだけ優しい声を出した。
「……飲んだら、キスしてあげるから。それもディープで」
「わかった、今すぐ飲もう!!」
鼻をつまんでギーシュは豪快に解除薬を飲み干した。薬の効果はすぐに現れた。
「モンモランシー、すまなかった!! 君はボクを愛するあまり、そんなにも追い詰められていたんだね!!」
「えーい、うるさい!! ちょ、どこさわってんのよ! ドスケベェ!!!」
叫び声と共に破壊音、続いて悲鳴が聞こえたが、二人は巻き込まれてはたまらないとそそくさと部屋から脱出した。
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