オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔10
礼拝堂で気絶していたワルドは、運良く瓦礫の下敷きにならずに『レコン・キスタ』に保護され、傷の手当てを受けてから戦跡を検分していた。
「片腕失って気絶しているところを保護されたんだって?」
そんな彼に、ラ・ロシェールから船でアルビオンにわたってきたフーケが笑みを浮かべて声をかけた。
「ウェールズと腕一本なら、安い取引だ」
ワルドは残った腕で瓦礫をどかし、探し物をしている。
腕で動かせないものは、失った杖の代わりとして用意された杖を振るい、小型の竜巻を起こして取り払う。
「何を探しているんだい?」
「力だ」
「力?」
「ああ、とてつもなく強力な力だ」
「ふ~ん」
「子爵! ワルド君! 無事だったかね?」
「閣下」
快活な、澄んだ声で呼ばれようやくワルドは手を止めて声のほうを向いた。
閣下と呼ばれた聖職者の姿をした三十前後の男がいた。
「片腕を失ったと聞いたが、元気そうでなりよりだ」
「閣下、申し訳ありません。件の手紙、手に入れることかなわず、なんなりと罰をお与えください」
「何を言うか! 子爵! きみは単身、敵陣に潜入し、敵軍の勇将を討ち取る働きをしてみせだのだ! 誇りたまえ!」
男は人懐っこそうな笑みを浮かべ、ワルドの方を叩き、フーケの方を向いた。
「子爵、そこの綺麗な女性を余に紹介してくれたまえ。僧籍に身を置く余からは、女性に声をかけずらいからね」
「彼女は、土くれのフーケにございます」
ワルドは簡単にフーケを紹介すると、男が気づかない程度に周囲に視線をさまよわせる。
「おお、噂はかねがね存じておるよ! 余は『レコン・キスタ』総司令官を務めさせていただいておる、オリヴァー・クロムウェルだ。まぁ、今からは、総司令官ではなく、皇帝であるが…」
「閣下、そろそろ、新生アルビオンとしての宣言を。みな、待ち焦がれております」
フーケを相手に演説しようとしていたクロムウェルは、若干、眉をひそめたが、確かにそれもそうだと考え直し、笑みを浮かべた。
「ウム。それもそうだ。そうするとしよう!」
そう言ってクロムウェルは、きた道を戻ろうとしたが、不意に立ち止まり、戻ってきた。
「そうだ、忘れるところだった。
ワルド君。ウェールズ皇太子を、是非とも余の友人に加えたいのだが。
彼はなるほど、余の最大の敵であったが、だからこそ死して後は良き友になれると思う。依存はあるかね?」
「閣下の決定に異論が挟めようはずもございません」
ワルドは首を振ってそう答えた。マントに隠された片腕が、イライラと動いていることにフーケもクロムウェルも気づいてはいない。
「魔法の四大系統はご存知かね? ミス・サウスゴータ」
フーケは頷いた。子どもでも知っている。火、風、水、土の四つである。
「その四大系統に加え、もう一つの系統が存在する。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統」
「零番目の系統…まさか……虚無?」
「そうだ。では、ミス・サウスゴータ。あなたに『虚無』の系統をお見せしよう」
クロムウェルは、杖を抜くと、フーケが今まで聴いたこともない呪文を詠唱し、杖をウェールズに振り下ろした。
すると、ウェールズの死体が、まるで時間が戻っていくかのように変わっていく。青白かった顔が、みるみるうちに生前の面影を取り戻していく。
「おはよう、皇太子」
クロムウェルが呟くと、ウェールズは微笑み返した。
「久しぶりだね。大司教」
「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子」
「そうだった。これは失礼した。閣下」
ウェールズは膝をつくと、臣下の礼を取った。
「きみを余の親衛隊の一人に加えようと思うのだが。ウェールズ君」
「喜んで」
「なら、友人たちに引き合わせてあげよう」
クロムウェルは歩き出した。そのあとを、ウェールズが生前と変わらぬ仕草で歩いていく。
フーケは呆然と、その様子を見つめていた。
ワルドは、今の魔法に興味などないといわんばかりに背を向けて再び、探し物を始めた。
このあと、フーケがいくら話し掛けようとも、礼拝堂をすべて調べ終わるまで、ワルドが答えることはなかった。
―――――――――――――――――――――――――
トリステインの王宮の上空は現在、飛行禁止令が出され、門をくぐる人物のチェックも激しかった。
そんななか、一匹の風竜があらわれ、警備の魔法衛士隊の隊員たちは色めきたった。
本日警備をしているマンティコア隊はいっせいに風竜にめがけて飛び上がった。風竜の上には五人の人影があった。
隊員たちは、現在飛行禁止であることを告げたが、風竜はそれを無視して王宮の中庭に着陸した。
桃色がかったブロンドの少女、燃える赤毛の長身の女、そして金髪の少年、めがねをかけた小さな女の子、そして黒髪の少年だった。黒髪の少年は上から下までべったりと紅い血に濡れていた、最初は少年が出したものかと思ったが、少年の様子を見ると、別にそういうわけでもないようだ。
「杖を捨てろ!」
風竜を取り囲み、杖を構えた隊員たちから一歩前に出たごつい体のいかめしい髭面の隊長が大声で命令した。
侵入者たちは一瞬、むっとした表情を浮かべたが、王宮であることを思い出し、大人しく杖を手放した。
それから桃色ブロンドの少女がとんッと軽やかに竜から飛び降りて毅然とした声で名乗った。
「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しいものじゃありません。姫殿下より仰せつかった密命を終え、帰還しました。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女…なるほど、目元が母君そっくりだ。
しかし、用件もわからぬまま取り次ぐわけにはいかん。こちらの首が飛んでしまう」
困った声で、隊長が言った。
「だったら、確認を取れ、今すぐに。オヒメサマがYesと答えたなら、通せばいいし、Noと答えたなら、追い返すなり、つかまえるなりすればいい。違うか?」
ようやく体力が戻ったサイトがルイズの隣りに立って、そう言った。
隊長は、血まみれのサイトの姿を見て、苦い顔つきになった。
どこの国の人間だかはわからぬが、貴族でないことは確かであった。
「無礼な平民だな。従者風情が貴族に話しかけるという法はない。黙っていろ」
睨みつけてくる隊長を無視し、サイトは何かに気がついたように宮殿の入り口を指差した。
「ルイズ、きたぞ」
「へ?」
全員がそちらを向くと、鮮やかな紫のマントとローブを羽織ったアンリエッタが駆け寄ってくる姿が合った。
「ルイズ!!」
「姫さま!!」
二人は、一行と魔法衛士隊が見守る中、ひっしと抱き合った。
それから一行は、アンリエッタに連れられ、ルイズとサイトだけがアンリエッタの居室に呼ばれ、キュルケたちは謁見待合所に送られた。
サイトは、居室に行く前にメイドに脱衣所に連れてこられた。血を落とせということらしい。
サイトは大人しく従い、脱衣所で服を脱ぐ。脱いだ服を控えていたメイドが洗うために持っていこうとしたが、自分で洗うからおいておけと言い、服を抱えて風呂場へと入って行った。
「さてと…」
オルフェノクとなり、両手を前に出して意識を集中させる。身体にべったりとついた血と服が吸い込んだ血が集まり出した。
気づいていた人もいるかも知れないが、未だにサイトの浴びた血が紅いのは、実際おかしい。本来なら、すでに乾いて真っ黒になっているはずなのだ。それをサイトが意識を失っている間も水の状態を維持していたのだ。
「……」
ウェールズの血は、二つに分かれ、それぞれ少しずつ形を作っていく。
片方は黒いリングに、もう片方はルビーよりも紅い小さな石になり、二つがくっつき、一つの指輪となった。細かな細工などはまったく無い黒いリングと深紅の石で構成された指輪は禍々しくも美しかった。
(血液の物質に利用して形を形成する……能力の応用として試してみたが、どうやら上手くいったみたいだな)
身体を清めて完成した指輪をはめ、サイトはルイズが待っているであろう居室へと向かった。
―――――――――――――――――――――
サイトが居室に入ると、ルイズが、サイトがワルドを倒したところを(ルイズは途中経過を知らないため、かなり省いて)話し終えたところだった。
「遅かったわね」
「そうか?」
サイトはルイズの隣りに腰を降ろした。アンリエッタのほうを向くと、件の手紙を手にはらはらと涙を流していた。
「あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら? ねぇ、ルイズ」
アンリエッタはすがるようにルイズを見た。それがなんだか、自分が責められているようにルイズには感じた。
「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」
「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのね」
サイトは違うと、言いそうになったが、何とか堪えた。ウェールズはアンリエッタを愛していた。だが、その愛は、妹を想う兄が持つ愛情に似たものだったことに彼は気づいていた。だから、彼はアンリエッタとのことを恋愛ゲームと呼んだ。
恐らく、自分は心の底からアンリエッタという少女を愛することができないと察していたのだ。
このことをアンリエッタに言ったところで彼女が理解できるとは、とても思えなかった。だから、サイトは言わない。熱が冷め、冷静になって自分から気づくべきことだと判断したのだ。
「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら…」
「それは違う」
「え…」
今回ははっきりと言い切った。
「ウェールズは生きようとしていた。戦争の本当の勝者を理解して」
「戦争の本当の勝者?」
「生きているものが勝者。あいつは生きるために戦うと、そして、勝者となって会いに来ると、友として俺に誓った。あいつが生きる道を選らんでいたことだけは本当だ」
「……とも?」
「俺とウェールズは友達になった……救えなかったがけどな」
「……」
それから、アンリエッタは二人を労い、せめてもの報酬として水のルビーをルイズに与えた。
「オヒメサマ、これからどうするんだ? アルビオンの位置からして次に戦争を吹っかけられるとすれば、このトリステインだ」
「……」
話を終わりにして退出しようとしたとき、サイトが思い出したかのようにそう言った。
「そこで、相談があるんだが…」
「え?」
「内乱で生き残った王党派が、トリステインに逃げ込んだ可能性が高い」
「……」
「連中は、レコン・キスタ以外で、一番、アルビオンを知る者たちだ。道案内役にはもってこいだと思うぞ」
サイトはアンリエッタにそっと耳打ちして、部屋を退出した。
サイトが出て行ってすぐにアンリエッタは、兵を呼んで命令を下した。
――――――――――――――――――――――――
アンリエッタのもとに件の手紙を届けた翌日から、ルイズの態度が変わった。
「向こうむいていて」
「?」
「いいから!」
「……」
今まで、ルイズは着替えるとき、サイトがどこを見ていようと気にしていなかったのに、今になって突然、こっちを見るなと言い出した。もともと見てはいないのだが、とりあえず、窓に腰かけ、外を眺めていることにした。
それだけではなかった。
食堂でも、変化が現れた。
いつものようにサイトが床においてあるはずの食事にありつこうとしたが、それがどこにもない。
「今日からあんた、テーブルで食べなさい」
「?」
「いいから。ほら、座って。早く」
よく分からないため、とりあえず御主人様の気まぐれだろうと考え、サイトは大人しく隣りに座った。
「おい、ルイズ。そこはボクの席だぞ。使い魔を座らせるなんてどういうことだ?」
「座るところがないなら、椅子を持ってくればいいじゃないの」
「ふざけるな!! 使い魔を座らせて、ボクが椅子を取りに行く? そんな法はないぞ! おい使い魔、どけ! そこはボクの席だ。そして、ここは貴族の食卓だ!!」
マリコルヌは思いっきり胸をそらせて、精一杯虚勢を張った。ちょっと震えている。ギーシュを倒し、あのフーケを捕まえたサイトは、絶滅したといわれているハーフドラゴンだということになっているのだ。
「食事のときに騒ぐな」
サイトがカップに注がれた紅茶に口をつけてから、面倒くさそうにマリコルヌを見て言った。サイトとしては、ただ見ただけのつもりだったが、マリコルヌからすれば、睨まれた気がした。
「ヒッ」
ため息混じりに指をパチンと鳴らすとサイトのカップから紅茶がフワフワと浮かび上がり、そのまま、誰も座っていない椅子のところまで飛んでいき、椅子を下から持ち上げて戻ってくると、マリコルヌの前にガタンと落とした。
「これでいいだろ?」
(やはり、人間体での精密操作は甘さがあるな)
静かに下ろすつもりだったのに最後の最後で操作が雑になったことに一瞬だけ眉をひそめ、マリコルヌが、カクカクと人形のように首を縦に動かしたのを見て、サイトは食事を始めた。
隣でルイズが満足げな顔をしていた。
―――――――――――――――――――――――――
朝食を終えたサイトは授業に向かうルイズと別れ、コルベールの研究室にやってきた。
「実験の協力を頼みたい」
これが、研究室に入ったサイトの第一声だった。
「実験? どのようなものだね?」
「これとこれを使った実験だ」
そう言ったサイトの手にはカイザフォン(前回のことをふまえてカイザギアは、常にサイトが持っていた方がいいということでオスマンから譲られた)とデルタフォンが握られていた。
「『呪われし衣』ときみがアルビオンから持ち帰ったそれを使った実験? 興味深い。ぜひとも協力させてほしいのだが……」
コルベールはカイザフォンをチラチラ見ているのを見て、なるほど、と納得した。
「安心しろ。この実験ではカイザの呪いは発動しない」
「そうかね。それなら安心だ。で、その実験とは?」
――――――――――――――――――――――――
生徒たちは授業を行っているコルベールの姿を不思議そうに見ていた。
あまりにも普通の授業過ぎるのだ。
彼の授業は、その大半を彼の研究成果のお披露目会に使っている。それなのに今日は、研究成果らしき物は特に見当たらない。しいて言えば、教壇の上に置いて黒く、黄色いラインの入った直方体だけだった。
生徒が聞いても、「後でのお楽しみですぞ!」と言ったきりだ。普段の彼なら嬉々として説明に入るのに珍しい。
そして、授業が丁度、中盤に差し掛かったとき、直方体から突然、音楽が鳴り始めた。
生徒たちが、ルイズが魔法を使うときと同じ習慣で机の下に避難する中、コルベールは慌ててカイザフォンに飛びつき、数回お手玉してからカイザフォンをキャッチして、サイトから教わった通りにカイザフォンを開き、Enterを押して耳に当てた。
「は、はい!」
<どうやら、実験は成功したみたいだな>
「そ、そのようですな!!」
<そんなに大声で話さなくても聞こえる>
興奮して鼻息の荒いコルベールに苦笑まじりの声が、カイザフォンから聞こえた。
「ミスタ・コルベール、さっきから何をしていらっしゃるんですか?」
「え!? あ、ああ!! 今、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年と実験をしているところです! え? 適当に誰かと代われ? ああ! 分かりましたぞ! ミス・ツェルプストー、こちらに来てください」
コルベールの発言で、ルイズに視線が集まり、指名されたキュルケは、しぶしぶと教壇に行き、コルベールは携帯の使い方のレクチャーを始めた。
―――――――――――――――――――――
「タバサ、キュルケが出るらしいんだけど、話すか?」
(イーグルサットの通信機能は、問題なしか。メールも試したいけど、デルタフォンにメール機能ないしなぁ…)
「……(コクン)」
サイトからデルタフォンを受け取ったタバサは、サイトがやっていたようにデルタフォンを耳に当てた。
<ダーリン?>
「ッ!?」
突然聞こえてきた親友の声に驚いてデルタフォンを耳からはなしてしまった。その仕草が彼女の容姿と相まって思わず微笑を誘う。
<ねぇ、聞こえてる?>
「……(コクコク)」
「タバサ、ここで頷いても、むこうには見えないぞ。ちゃんと声で応えろ」
タバサは、小さく深呼吸してから応えた。
「聞こえる」
<キャッ!? ほ、本当に声が聞こえた!? って、タバサ?>
「そう…」
<なんで、あんたがダーリンと一緒にいるの?>
「ついてきた」
<ついてきたって…あんたねぇ。それで、今どこにいるの?>
「トリステイン城下のそば」
<うそでしょ?>
「本当」
5分ほどしゃべらせ、そろそろいいだろうと、サイトはタバサからデルタフォンを取り上げた。
「あ……」
「もう、十分だろう?」
与えられたばかりのおもちゃを取り上げられ、納得いかないといった感じで見てくるタバサの頭を撫で、デルタフォンに話し掛ける。
「キュルケ、そろそろ、終わりにする。コルベールに返してくれ。……コルベールか? 切り方は覚えているな? それじゃ、またあとで」
サイトはデルタフォンをポケットにしまった。そのポケットをタバサがじっと見つめている。
「あとで貸してやるから」
「約束」
「で、話したいことでもあるのか?」
携帯としての機能が使えるか否かを調べるため、適当に離れた場所に行こうとしていたミズチオルフェノクが学院を出た直後、背後から追いかけてくる気配を感じ振り返ると、シルフィードと、それに乗ったタバサがいた。邪魔する様子もないのでほっといたところ、ここまでついてきてしまったのだ。
「何故、聞かないの?」
「なにを?」
「私がタバサと名乗っている理由」
「……世界には本名を名乗れないやつもいれば、自分の本当の名前がわからずにいるやつもいる。それぞれ理由があってやっていることだ。
下手に首を突っ込んで巻き込まれるのは、ゴメンだ」
「……」
「それに、必要なとき以外に無理やり聞き出すのは趣味じゃない」
「なら、聞いてほしいといったら?」
「聞くだけでいいんなら、聞こう」
タバサは、ゆっくりと自分のことを話し始めた。
自分は、ガリア現国王ジョゼフの弟王シャルルの一人娘で、ジョゼフに父を殺され、母は自分をかばって毒を飲んで精神を病んでしまったこと、そして、自分は復讐するつもりであることを話した。
「で、それを俺に話してどうしたいんだ?」
サイトは、話を聞き終わってから、ゆっくりと口を開いた。
「あなたは水を操る強力な力がある。その力を貸して欲しい」
「俺の力は、純粋に水を操るだけだ。水のメイジみたいな治癒能力はない」
「それでも、あなたの力を借りたい」
「力を貸した場合、俺に何のメリットがある?」
「……私に、あなたにあげられるものは何もない」
タバサは顔を下に向けてしまった。自分のこれまでのことを話して同情を買おうと考えていなかったといえば、ウソになる。サイトはなんだかんだ言っても情に熱い部分があると思っていた。
「なら、問題外だ。俺は、自分にとってメリットがないにもかかわらず、強力な軍事力のある国に売ろうとしているケンカの手伝いなんてできないな」
だが、サイトはその期待を裏切り、自分の求めを切り捨てた。それでも、タバサはサイトに力を貸して欲しいと思った。そして、彼が振り向きたくなるようなカードがないか、必死に考えた。
「…私をあげる」
「ん?」
「私があなたのものになる」
これがタバサの引っ張り出したカードだった。
「…そんなこと言っていいのか? 俺がもし、すべて終わったあと、母親に会うなといったらどうする? 完治して元気になったというのに会えない。抱きしめてももらえない。
そうなったとしても、おまえは文句を言うこともできないんだぞ?」
「それでもいい。母さまが、治ってくれれば」
「その覚悟、忘れるなよ」
おもしろい、サイトは心の底からそう思った。タバサの覚悟は、口先だけのものではない。本気でそうなったとしても、願いをかなえたい。そう、彼女の揺るがない瞳が言っていた。
「手を貸そう」
タバサの目が輝いた。それだけ、彼女にとってサイトの協力は心強かった。
「もう一つだけ、お願いがある」
「なんだ?」
「兄さまになってほしい」
「ハ?」
――――――――――――――――――――――――
夜にも、ルイズの変化が現れた。
「サ、サイト!」
「…なんだ?」
下を向いたまま、顔を真っ赤にしたルイズが震える声で続ける。
「そ、その、今までがんばってくれたし、え、えっと…いつまでも、床じゃあんまりよね。だ、だか、ら……べ、ベッドで寝ていいわよ!」
「いや、床でも全然気にしないし平気だぞ」
自分がこんなに必死になっているのに、けろっとした顔をしているサイトにルイズは、カチンときた。
なんだか、悔しさがこみ上げてくる。
「御主人様がいいって言っているんだから、大人しく、ベッドで寝なさい!!」
「俺は、別に構わんが、男と女が同じ寝床で、ていうのもマズイだろ?」
「あ、あああんたが、変なことしなければ、問題ないわ!」
「ムリしなくていいぞ」
「ムリじゃないもん!!」
「…」
「……」
「わかった」
ルイズの頑固さをこの短い期間で知っているサイトは、仕方ないとベッドに入った。ルイズは勝利の笑みを浮かべ、サイトの隣りに寝転んだ。
二人で寝ても、まだ余裕のあるベッドで、二人は天上を見ていた。
「…あんたって、前にいた世界で何してたの?」
「おまえに連れてこられるつい数時間前までは世界を治める企業の精鋭一万人で構成された戦闘部隊の総隊長をしていた」
「すごいじゃない。でも数時間前までって?」
「色々あって、考えに考え抜いたすえに自主的に除隊して、世界でも見て回ろうと思ってた」
「それって、脱走?」
「ああ、そうとも言うな」
「なんで!? だってがんばって手に入れたんでしょ?」
「…色々あったんだよ」
「……」
「……」
「あのね、私ね、立派なメイジになりたかったの。別に、そんな強力なメイジになれなくてもいい。ただ、呪文をきちんと使いこなせるようになりたい。得意な系統も分からない。どんな呪文を唱えても失敗するなんてイヤ。
小さい頃から、ダメだって言われてた。お父さまも、お母さまも、私には何も期待してない。クラスメートにもバカにされて。ゼロゼロって言われて。
先生や、お母さまや、お姉さまが言ってた。得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かがうまれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。それがリズムになって、そのリズムが最高潮に達したとき、呪文は完成するんだって。でも、そんなこと、一度もない…」
ルイズは、落ち込んでいるらしい。
そういえば、今日の授業でいじめにあっていたとキュルケが、教えてくれたのを思い出し、サイトはどうしたものかと少し悩んでから口を開いた。
「おまえは、まだ出来る。
誰かに頼りにされているうちは、まだ可能性がある証拠だ。本当に無能で何にも出来ないやつなんかに、誰も助けを求めない。だが、おまえはオヒメサマに頼られた」
「……」
「頼ってくれるヤツのために努力を止めるな。それは裏切り以外何ものでもない」
(こんなこと、言えた義理じゃないよな…)
今度こそ、もう話はおしまいだと、サイトはルイズに背を向けて目を閉じた。
ルイズはその背中を眺めつつ、考える。自分はこの使い魔のことをよく知らない。
(なんなんだろう…)
平賀サイトという人物は、ルイズの今まで見たことのないタイプだった。ワルドの正体にいち早く気づき、皇太子にまで認められた洞察力、オスマンに認められるほどの実力。
それ以上のものをまだ、隠しているかもしれない。
「あんた、本当に何者なの?」
底が見えない恐さ、それ故の懐の深さ、さり気ない温かさ。ルイズは、サイトの背中を眺めて、自分の中でもてあましている感情が何なのか、わからなかった。
(でも、いやじゃない…)
ルイズはサイト背中に張り付き、目を閉じた。そんなルイズを薄目でチラッと見てからサイトは再び目を閉じた。
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