オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔8
起き上がったミズチオルフェノクは、トライデントで水をすくい上げた。飛び散った水滴たちがまるで弾丸のような速さで三体を襲う。センチピードオルフェノクはムチで水の弾丸をさばき、ロブスターオルフェノクはその陰に隠れる。
<『水を意のままに操る』という特殊能力と五感の鋭利さは上の上。それ故に彼は強いのです>
「ふ~ん、でも、こんな水、ボクには何てことないよぉ」
弾丸が直撃した瞬間、ドラゴンオルフェノクの外装が吹き飛び、魔人形態から龍人形態へと変化し、魔人形態の長所であるパワーとガードを捨てる代わりに短所だったスピードを手に入れたドラゴンオルフェノクは、超高速の連続攻撃を叩き込むために加速した。
「あれ?」
加速したはずのドラゴンオルフェノクは、無様にミズチオルフェノクの足元に倒れていた。
「え? え?」
何故倒れているのか分からないドラゴンオルフェノクは起き上がろうとするも、起き上がれない。そのときになってようやく、ドラゴンオルフェノクは気がついた。足が膝下あたりからなくなっていたことに。
「う、うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!!」
「この部屋の水の掌握が終わった。遊びは、終わりだ」
ミズチオルフェノクがこの部屋に入って最初に発した言葉を聞くこともなくドラゴンオルフェノクは頭部にトライデントが突き刺さり、それを追うように、水の槍に、四方八方から獲物に群がる蛇のようにドラゴンオルフェノクに、襲い掛かり、あっというまに灰化させてしまった。
2体のオルフェノクは戦慄し、おもわず後ずさりする。そして、そのとき起こった水の音と先程のドラゴンオルフェノクの姿、村上の言葉、ないとは分かっていてもどこか水のない場所を思わず探す。
無論、そんな場所はない。
ミズチオルフェノクのマントの金具が外れ、首が伸び、四肢が変化する。飛龍形態へと変化したミズチオルフェノクは一度天を仰ぎロブスターオルフェノクに向かって口を開いた。その口から、極限まで密度を高めた水が放たれ、ロブスターオルフェノクを直撃した。尋常じゃない水圧を一点集中で叩き込まれたロブスターオルフェノクはその部分にぽっかりと穴を開けて倒れ、灰化した。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
センチピードオルフェノクは尻餅をつき、後ずさりしながらムチをがむしゃらに振り回す。そんな適当な攻撃がきくわけがなく、ミズチオルフェノクは悠然と近づいてくる。
「た、たすけ…」
命乞いの声を上げようとしたセンチピードオルフェノクの頭をその強靭な牙と顎で食い千切った。
首を失ったセンチピードオルフェノクは大の字に倒れ、灰化した。
*********************
パーティは城のホールで行われた。
ジェームズ一世の言葉が終わり、貴族たちは最後の客人たちに酒を勧め、料理を勧め、冗談を言った。ルイズはその空気に絶えられなくなり、ホールを飛び出していった。ワルドも、それを追って出て行った。
サイトはその姿を視線の片隅に置きつつ、自分に話し掛けようと近づいてくる貴族からさりげなく距離をとり、壁に背を預けて年代もののワインをあおり、それからグラスを下に向けた。当然、中に注がれたワインは、床に落ちるはずだが、ワインは床すれすれでとどまり、貴族たちに気づかれることなくパーティ会場を蛇のようにシュルシュルと這って出ていった。
(とりあえず、ルイズの護衛はアレでいいだろう。最悪、俺がたどり着くまでは持つはずだ)
サイトに興味を示したらしいウェールズが近づいてきた。サイトは一瞬逃げようかと考えたが、あえてその場に留まった。
「楽しんでいるかい?」
「まったくもって楽しんでない」
「それは寂しいな」
「死にたがりどもと飲んで楽しめるのは、同じ死にたがりだけだ」
いつの間にか、パーティに参加している貴族たちの視線はサイトとウェールズに集まり、耳は二人の会話に集中していた。
「だいたいにしておまえたちは名と誇りを背負いすぎだ」
「背負いすぎ?」
「名と誇りが、戦況を逆転させる術を封じ込めたからこそ、今日という日を迎えたんじゃないのか?」
「……」
「誇りある我らが卑怯な手は打てない。そう言ってこの戦況を生み出し、背に腹はかえられなくなって、ようやく、空賊に化けて物資を奪うっていう卑怯な手をつかった」
「…名と誇りは我々のすべてだよ」
「そのためなら、死んでもかまわない?」
「ああ」
当然のように頷いて見せたウェールズにサイトは思わず、ため息をついた。
オルフェノクは、誰しも『死』を恐れている。それは何故か? 答えは簡単だ。一度『死』を体験したことがあるからだ。
サイトもそれに漏れず、『死』に対する恐怖心は高い。それ故に簡単(サイトの視点から見て)に、『死』を受け入れているウェールズたちが、信じられなかった。
「くだらない。死んでどうする? 気高い魂をやつらに見せつける? 見るわけがない。勝者は勝利の美酒に酔いしれ、敗者の骸で杯を交わし、自分たちの手柄を肴に、敗者をあざ笑う。それが戦であり、戦争だ。
勝つことを忘れた兵より、畑のカカシの方がはるかに役に立つ」
「我々にどうしろと言いたいんだね。きみは?」
「勝つために、負けるために戦うな。生きるために戦え、生きるために名を、誇りを捨てろ」
「できるわけがないだろう」
「名や誇りじゃ人は強くなれない。欲を持て。
もっと美味いものが食べたい、だからこんなところで死ねない、という食欲。
もっといい女を抱きたいだからこんなところで死ねない、という性欲。
もっと金が欲しい、金欲や物欲。
そして、もっと生きたい、生き延びたい、という生存欲。
これがあるからそこ、生き物ってやつは生きていけるし、強くなれる」
そういうと、サイトはウェールズに背を向けた。
「死は敗北だ。どれだけ過程をがんばろうとも、死ねばそれは何にもならない。生きることこそが勝利だ」
サイトは振り向くことなくホールを出て行った。
―――――――――――――――――――――――
サイトは、廊下の窓から見える月を眺めていた。ただ、何も考えず、眺めていた。不意に足音に気づき、そちらを向くと、ウェールズが早足で向かってくる。
もう、何も言うことのないサイトはそれに背を向け、自室に向かって歩き出そうとした。
「待ってくれ!」
小走りしてサイトに駆け寄り、ウェールズはサイトの肩を掴んだ。
「少しいいだろうか?」
「無理やり止めといてそれはないだろう。っていうか、パーティの主役がこんなところにいていいのか?」
「すまない。どうしてもきみともう一度話がしたかった。それから、私は主役じゃないよ」
「…わかった」
両手を上げて降参のポーズをとると、ウェールズはついてきて欲しいと言って歩き始めたため、その後を追いかけた。
向かった先には壁があった。
ウェールズは懐から鍵を取り出すと壁のくぼみに鍵を差し込んだ。どうやらこの壁は、隠し扉だったようだ。
窓のない室内は真っ暗闇で何がどこにあるのかさっぱり分からない。夜目の利くサイトならまだしも人間であるウェールズは危なそうだが、彼はどこに何があるのか覚えているらしく器用に障害物を避け、部屋の明りを灯した。
「ここは宝物庫で、私の秘密の場所だ」
「…秘密基地か」
「クス、そうなるな。きみが出て行ったあと、君の言っていたことをバカにするものもいたが、多くは、きみの言っていたことをずっと考えていた。ある者は自分の妻を見ながら、ある者は料理を食べながら、それから、みなの顔から取り繕っていた表情が取れ、みなが本気でパーティを楽しみ始めていたよ」
「……」
「みな、きみの言っていた欲というもののために生きてみようと考えていた。私も考えた。だが、私にはその欲がなかった」
「オヒメサマともう一度会うためでいいじゃないか」
「いや、彼女はこれからゲルマニアの王の妻になる。それに…これは、ゲームだったんだよ。絶対に結ばれることのない男と女が、お互いに恋に憧れ、恋に恋し、愛と愛情を同一視した、いつか終わらせなければならなかったゲームだ。
そして、ついに終わりがきた。だから、彼女に会いたいなんていう理由は、許されない。だから…」
「ん?」
「だから、私と友達になってはくれまいか? 友ともう一度会うためと思えば生きられる気がするのだ」
「俺でなくても、おまえを慕ってくれているやつはいるだろう」
「ああ、だが、彼らはウェールズ皇太子を慕ってくれているのだ。だから、ただの男、ウェールズの友となって欲しい」
「俺は人間じゃない」
そういうとサイトはミズチオルフェノクに、しかも、飛龍形態へと変化した。
「これが俺だ」
「……」
ウェールズは、しばらく呆然とミズチオルフェノクを見ていたが、彼の瞳に少年のような輝きが宿った。
「かっこいいじゃないか!」
「……」
ミズチオルフェノクはサイトへと戻り、じっとウェールズを見つめた。
「恋愛ゲームの次は、友情ゲームか?」
「そんなつもりはない。私は、本気だ」
ウェールズの瞳に揺らぎはない。
「俺は友達をもったことがない」
「私もだ」
「友だちとはどういったものか知りたくなった」
「私も興味がある」
サイトの差し出した手をウェールズは両手できつく掴んだ。
「平賀サイトだ。よろしく」
「ウェールズだ。よろしく…」
どちらともなく、笑い、しばらくの間、宝物庫内で笑い声が木霊した。
「そうだ、サイト! 私と友になった証に何か贈ろう!」
そう言って周囲を見回すウェールズにつられて、サイトも周囲を見回したとき、ふと、あるものに気がついた。
(ッ!? なんでこれまで、こんなところにある!)
思わず、それをつかんだ。
ウェールズは、サイトが手にしたものが気になり、覗き込んだ。
「それは私が、この部屋を見つけたときからあったものだ。使い方がまったく分からなかったが、面白そうなので見やすい場所に飾っていたのだが、なんなのだ?」
「人間を狂わせ、見入らせる。魔性のアイテムだ。俺の同族しか使えない」
ウェールズの問いに応えつつ、色々な角度からそれを眺めるサイトを見つめ、ウェールズが言った。
「よし、それを友の証にきみに贈ろう」
「だが、俺に贈れるものなんて……」
そう言ってサイトはポケットをあさるが、何も出てこない。何かないか服を撫でまわして気がついた。
いいものがあったと。
襟元につけていたスマートブレインの社章を外した。
「これは、俺が少し前まで所属していた組織の証だ。純銀でできているそうだ。こんなものしかないんだが、受け取ってくれると嬉しい」
「いや、どんな宝よりも嬉しい」
「そう言ってもらえると助かる」
二人は笑いあった。
「…サイト」
「ん?」
ひとしきり笑い合った後、ウェールズはまじめな顔になった。
「私は生きる。名や誇りよりも大切なものを、友を手に入れた。もう一度、友に会うため、私は明日の戦いを生き抜いてみせる。『レコン・キスタ』などと名乗っている連中に殺されてなるものか!」
「……」
「そうだ。これを預かっていてはくれまいか?」
そういってウェールズは、風のルビーをはずしてサイトに握らせた。
「私が再び、きみにあえたとき、返して欲しい」
「……わかった」
「そして、いつか、アルビオンを復興させる。そのとき、手伝ってはくれないか?」
「ああ」
―――――――――――――――――――――
ウェールズと別れ、自分に割り当てられた部屋へ向かうと、扉の前にワルドがいた。サイトは、ワルドを無視して部屋に入ろうとした。
「きみに言っておかねばならぬことがある」
「なんだ?」
「明日、ボクとルイズはここで結婚式を挙げる」
「は?」
(ここは戦場だぞ? 血生臭い殺し合いの場だぞ? いい加減にしろよ)
何を考えているんだと、思わずサイトはワルドの顔を覗き込んだ。
「是非とも、ボクたちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、ボクたちは式を挙げる。きみも出席するかね?」
「気が向けばな」
サイトはウザッたそうに答えると部屋に入った。
それからベッドに座り、布で包んだウェールズからもらった証を、ベッドに置いた。
そのとき、軽いノックが聞こえた。
「……」
ルイズの護衛につけておいたワインの蛇からの情報で、相手がルイズとわかったが、黙っていればもう寝たか、不在だと思って諦めるだろうと考え、返事をしないでいると扉が開けられた。
「やっぱり居たのね。あんたのことだから居留守しているんじゃないかと思って、正解だったわ」
そんなことを言いながら、ルイズは部屋に入り、サイトの隣りに座った。
「いやだわ……あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない…」
「もう、そんなやついないそうだぞ」
「え?」
(そういえば、ルイズはあの時居なかったんだよな)
「みんな、生きるために戦うそうだ」
「生きるため?」
「勝つとか、負けるとか、そういうことじゃない。生きるために戦う。そうするように叱っておいた」
「…そう」
ルイズは、サイトの言っていることの意味がよくわからなかった。だが、この使い魔は死しか見えていなかった彼らに、別のものを見せたということだけは、わかった。
「明日、おまえはオヒメサマの手紙を持ってここを発つ」
「ええ」
「そして、手紙を届ける」
「ええ」
「それがおまえのやるべきことだ。他のことばかり考えて、そういう大事なことを忘れるな」
「ええ」
ルイズは、サイトの言葉に同じ返答を続けた。
「今、なすべきこと、望むことを考えろ。そうすれば、身体は自然と正しいと思うほうへ進んでいく」
「それも恩師が言っていたの?」
「ああ」
「さっき、ワルドに明日、結婚しようって言われたわ」
「俺が口出すことじゃない。おまえの問題だ」
この使い魔は優しくない。そう、ルイズは思った。なんと言って欲しかったのかは、わからない。だが、そう思えてならなかった。
月が照らす部屋の中で、サイトはルイズの頭を撫で、ルイズは撫でられるまま目を閉じた。その少し後には、穏やかな寝息へと変わった。
(私のやるべきこと……それは、何? ワルドとの結婚? それとも…)
――――――――――――――――――――――――
翌朝、意識が覚醒したとき、自分の姿を見たルイズは戸惑った。
何故、自分は純白のマントを身につけているのだろう?
何故、自分は新婦の冠を頭に載せているのだろう?
サイズが合っていないため、少し頭を動かしただけでもずれてしまいそうな冠を意識しつつ、ここまでの行動を振り返った。
朝、どうやって帰ったか分からないが、自分の部屋で寝ているところをワルドに起こされ、覚醒しきる前にこの衣装を着せられ、今、ワルドに手を引かれて大きな扉の前に立っている。
扉が開き、始祖ブリミル像のある礼拝堂へとワルドに手を引かれて入っていった。
決戦直前だけあって像の前に立ったウェールズ以外、誰も居ない。サイトもこなかったようだ。
(そういえば、今日はまだサイトに会ってない…)
ウェールズの前で、ルイズと並び、ワルドは一礼した。
「では、式を始める。
新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか?」
ワルドは重々しくうなずき、杖を握った左手を胸の前に置いた。
「誓います」
ウェールズはにこりと笑って頷き、今度はルイズに視線を移した。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・バリエール……」
朗々と、ウェールズが誓いのためのミコトノリを読み上げる。
ルイズは、混乱していた。
ワルドは、自分が小さい頃から憧れていた相手であり、その小さい頃からずっと思い描いていた未来が今、現実のものになろうとしている。
だが、何故か嬉しくない。
ただ、ただ苦しい。
そうなると思っていた未来が苦しい。
ふと、サイトのことが頭の中に浮かんだ。
優しくなくて、口が達者で、強く、御主人様を敬わない大胆不敵な使い魔。
でも、冷たくない。
どんなときでも大事なことだけは、言わずとも悟ってくれる。
宿でつらくあたったのに、昨日の夜は、頭を撫でてくれた。
そばに居るだけで安心できる。
―――今、なすべきこと、望むことを考えろ―――
―――――――――――――――――――――――――――
その頃、ミズチオルフェノクは飛龍形態となって自分の限界まで上昇してきた。ワルドとルイズが一緒にいるのは危険だと思えたが、そばにウェールズがいるため、とりあえず、安心してここまで飛んできたのだ。
(アルビオンからなら簡単だと思って、限界まで上昇して、もしかしたら衛星が見えるかもって思ったんだけどな。ムリだったか…)
そんなことを考えながらサイトは降下を始めた。
「ん?」
視界がぼやけた。まるで陽炎のように左眼の視界がぼやける。
(これのせいか?)
ミズチオルフェノクは左手の甲を撫でた。
――――――――――――――――――――――
「新婦?」
ウェールズがこちらを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。
「緊張しているのかい? 仕方ない。初めてのときは、ことがなんであれ、緊張するものだからね。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と…」
ルイズは気づいた。誰もこの迷いの答えを、教えてくれない。
『今、なすべきこと、望むことを考えろ。そうすれば、身体は自然と正しいと思うほうへ進んでいく』
(私のなすべきことは…、望むことは……)
ルイズは深く深呼吸して、決意した。
ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を振った。
「新婦?」
「ルイズ?」
ルイズは悲しい表情を浮かべてワルドに向き直り、もう一度、首を振った。
「ごめんなさい、ワルド、私、あなたとは結婚できない」
いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげた。
「新婦はこの結婚を望まぬのか?」
「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」
二人に頭を下げ、もう一度、ワルドに向き直った。
「ごめんなさい。ワルド。結婚するなら、私は、ちゃんとした、恥じないメイジになってからしたい」
「今でも、きみは、素晴らしいよ」
諭すようにいうワルドにルイズは首を振った。
「あなたが認めてくれても、私が認められない。ここで結婚したら、私はあなたに甘えて進んでいけなくなる」
ワルドは、ルイズを解きふけようとするが、ルイズは首を振るばかりだ。
すると、ワルドはルイズの肩を掴んだ。その目がつりあがる。表情が、いつもの優しいものではなく、どこか冷たい、トカゲを思わせるものに変わった。
熱っぽい口調で、ワルドは叫んだ。
「世界だルイズ。ボクは世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!!」
豹変したワルドに怯えながら、ルイズは首を振った。
「ボクにはきみが必要なんだ! きみの能力が!! きみの力が!!」
そのワルドの剣幕に、ルイズは恐れをなした。優しかったワルドがこんな顔をして、叫ぶように話すなんて、夢にも思わなかった。
――――――――――――――――――――――
「!?」
ミズチオルフェノクは思わず降下を止めて左目をおさえた。
「なんなんだ?」
左目にぼんやりと何かが浮かんできたのだ。
(水が震える…こういうときは、何時も嫌なことばかりだ)
ミズチオルフェノクは降下するスピードを上げた。
―――――――――――――――――――――――――――――
見かねたウェールズが、二人の間に入りとりなそうとした。
「子爵、彼女は、きみと対等でありたいと願っているんだ。紳士なら…」
が、ワルドはその手を撥ね除けた。
「黙っておれ!!」
ワルドはルイズの手を掴んだ。ルイズはまるで蛇に絡みつかれたように感じた。
「ルイズ! きみの才能がボクには必要なんだ!!」
「私は、そんな、才能のあるメイジじゃないわ」
「きみは気づいていないだけなんだよ!!」
ルイズはワルドの手を振り解こうとするが、鍛えている男の手をひ弱なルイズが振りほどけるはずがなかった。
(何よ、これ…才能才能って……)
「そんな結婚、死んでも嫌よ。あなた、私のことをちっとも愛していないじゃない。わかったわ、あなたが愛しているのは、あなたが私にあるという、ありもしない魔法の才能だけ。ひどいわ。こんな屈辱ないわ!!」
ウェールズが二人を引き離そうとするが、逆に突き飛ばされた。
「こうまで僕が言ってもダメなのかい? ルイズ。ボクのルイズ」
「いやよ、誰があなたと結婚なんかするもんですか!」
ワルドは天を仰いだ。
「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦めよう」
「目的?」
「そうだ。この旅でボクには三つの目的があった。
一つ目は、きみを、ルイズを手に入れることだった。しかし、これは果たせそうにないようだ」
「当たり前じゃないの!!」
「二つ目は、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」
ルイズははっとした。
「そして、三つ目は……」
『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズが杖を構えて呪文を詠唱した。
しかし、ワルドはその二つ名『閃光』のように素早く魔法を完成させ、ウェールズの胸を青白く輝く杖で貫いた。
「き、貴様…『レコン・キスタ』……」
「三つ目は、貴様の命だ。ウェールズ」
血を吐き、ウェールズは床に崩れ落ちる。彼の手にあった杖は甲高い音を立てて礼拝堂の隅へ転がっていった。
「貴族派! あなた、アルビオンの貴族派だったのね! ワルド!!」
「そうとも。いかにもボクは、ハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族連盟『レコン・キスタ』だ」
「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたの?」
「話せば長くなるのでな、今ここで語る気にはならぬ」
ワルドは、ゆっくりと杖を構え、詠唱する。
「助けて…」
「だから! だから共に、世界を手に入れようといったではないか!」
「いやだ…助けて…サイトォ……」
「残念だよ。この手で、きみの命を奪わねばならないとは……」
詠唱を完了させ、『ライトニング・グラウド』を発動させようとする。
「獲物を前にして舌なめずりするのは三流以下の悪党がすることだ…と峡児が言っていた」
その声と共に、天窓が砕け、灰色の何かが、礼拝堂に降り立った。
舞い上がった埃で視界が悪くなったため、『ライトニング・クラウド』をキャンセルして風の魔法で埃を晴らす。
そこには、ルイズと倒れたウェールズ、そして、ルイズの使い魔、平賀サイトがいた。
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