オルフェノクの使い魔
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オルフェノクの使い魔7
<彼の名は平賀サイト。彼を倒すことができれば、あなたたちは再びラッキークローバーとして返り咲くことができます>
「つぅまぁりぃ、その子をやっちゃっていいってこと?」
<ええ、できるものなら>
「ふ~ん」
だらしなく服を着ている少年、北崎は、サイトの周りをゆっくりとまわりながら笑みを浮かべ、サイトの肩をポンポンと叩く、するとサイトの着ていた服が灰となりサイトの上半身を裸にした。
きっちりとした格好をしているもう一人の男、琢磨逸郎は、不敵な笑みを浮かべた。
「あなたも、災難ですね。我々を三人同時に相手にするなど」
北崎はサイトから離れ、数歩歩いた次の瞬間、オルフェノク化し、ドラゴンオルフェノクとなり、振り向きざまに裏拳を放った。サイトもミズチオルフェノクとなり、トライデントで受け止めようとするも、驚異的なパワーを誇るドラゴンオルフェノク魔人形態のクローによる一撃必殺は防ぐことができたが、威力を殺すことができず、左ななめ後方に吹っ飛ばされ、壁に激突した。激突した壁のへこみ具合がその力の凄さを物語っている。
ふらつきつつも立っているミズチオルフェノクに影山冴子が変化したロブスターオルフェノクが、サーベルで攻撃を仕掛けてくる。ミズチオルフェノクはそれを交わすと同時にクロスカウンターをはなったが、その拳は琢磨逸郎の変化したセンチピードオルフェノクのムチで止められ、動きが止まった隙にロブスターオルフェノクが両腕に装備しているシェルクラブで威力を強化されたアッパーをくらい、天上に頭部を打ち付け、倒れ伏した。
「村上くんのお気に入りの子、サイトくんだったかしら? ちょっと弱すぎない?」
<ええ、彼のオルフェノクとしての身体能力は中の上というそれなりの力しか持ってません。ですが>
****************
一階も修羅場だった。いきなり玄関から現れた傭兵たちが、酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったらしい。
岩でできたテーブルを盾にして魔法で応戦しているが、多勢に無勢であり、歴戦の傭兵たちはサイトの予想通り、メイジとの戦いに慣れているらしく、緒戦でキュルケたちの射程を見極めると、魔法の射程外から矢を射かけてきた。暗闇を背にした傭兵たちに、地の利があり、屋内の一行は分が悪い。
サイトはテーブルの陰に飛び込み、抱えてきたルイズを降ろす。
「……やつらちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れたところを見計らっていっせいに突入してくるわよ。そしたらどうすんの?」
「ボクのゴーレムでふせいでやる」
「あんたのワルキューレじゃ、一個小隊がやっとよ」
「やってみなきゃわからない」
「あのねギーシュ。あたしは戦のことなら、あなたよりちょっとばっか専門家なの」
今にも飛び出していきそうなギーシュをキュルケがおさえている。
「いいか諸君、このような任務は、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」
ワルドが低い声で言った。
こんなときでも本を読んでいたタバサが本を閉じ、自分、キュルケ、ギーシュを杖で指し「囮」と呟き、サイト、ルイズ、ワルドを指して「桟橋へ」と呟いた。
「待て、ここからの脱出ルートは裏口しかない。連中は戦いなれしているんだぞ。それぐらい気づいているはずだ」
「待ち伏せしている可能性があると?」
「ああ、正面は多数の傭兵と巨大なゴーレムがいる。あきらかにこちらのほうが危険だ、と言って裏口へ誘導しているようにしか見えない」
「では、他に作戦はあるのかい?」
「…ない。だが、隊を分けることには賛成しかねる」
(ここにいる他の貴族どもの無駄にあるプライドを刺激して乱戦に持ち込んでどさくさにまぎれて逃げるって手段もあるんだけど、さすがにOKされないよなあ……)
「考えもなしに批判されては、たまらないな」
「敵はプロだ。それも魔法使いとの戦闘に長けた。そして、あんたも魔法衛士隊っていうプロだ。プロの思考はプロ故に一定のパターンが生まれてくる。それを読んでいる可能性があるといっているんだ」
サイトとワルドの視線が絡む。お互い退くつもりはない。全員が不安げに睨み合う二人を見つめた。
ふと、サイトはルイズの方を向いた。
「…ルイズ、おまえが決めろ」
(こいつは、ルイズの言うことぐらいしか、耳をかさんだろうからな)
「え!? な、何で私が…」
「もともとこの任務を受けたのはおまえだ。おまえが決めたことならここにいる誰も文句は、言わない」
ルイズはここで自分にふられるとは思っていなかったため、混乱した。サイトもワルドも戦闘のプロであるが故に考えた策だ。
救いを求めるように無意識に動いた手が、近くにあった手を掴んだ。
「決まりだ」
「……わかった」
納得いかなそうな顔をしつつも、サイトは暗闇から飛んでくる矢を見つめ、飛び出すタイミングを測り始めた。
ワルドは嬉しそうに笑みを浮かべている。
ルイズが掴んだ手はワルドのものだった。
「援護は要らない。魔力の無駄遣いになるからな」
「わかった」
サイトは、うなずくタバサの頭をなで、キュルケの方を向く。
「ここは任せる」
「ええ、帰ってきたら、キスでもしてもらおうかしら?」
「いいぞ。足腰立たなくなってもいいならな」
「まあ♪」
わずかにあからめた頬に手を当ててキュルケが笑みを浮かべた。
ルイズは囮を努める3人にぺこりと頭を下げた。
最後に緊張でガチガチに固まったギーシュの肩を叩いてからサイトはテーブルから飛び出した。それに反応して大量の矢が飛んでくる。それをすべてウォーターカッターで叩き落し、矢の射程外である厨房に飛び込んだ。続いてルイズを抱えたワルドが、傭兵たちが次の矢を構える隙をついて飛び出し、無事に厨房にたどり着き、そのまま裏口から外へ出た。
即座にサイトが鋭利な感覚で周囲を警戒するが、誰の気配もない。
(おいおい、本当にいないぞ。どういうことだ? 誘導か? 周囲に気配らしいものはない…、向こうがこちらの目的を知っているのなら、待ち伏せ? よく分からないが、警戒だけはしておくか)
最短ルートを知るサイトを先頭にし、足の遅いルイズを背負ったワルドがそれに続き、桟橋を目指して走り出した。
――――――――――――――――――――――
「あ!?」
「どうした!?」
サイトたちが出て行った後、キュルケが声を上げ、ギーシュが反応した。
「オールド・オスマンに頼まれていたお使いを忘れてた…」
「さっさと終わらせて届ける」
「そうね」
――――――――――――――――――――――
建物までたどり着くと、サイトは足を止め、周囲に意識を向け、敵がいないかどうかを確認する。その間にワルドがサイトを追い抜き、階段を上がる。気配がないことを確認したサイトがその後を追う。
長い階段を上ると、丘の上に出た。その先には巨大な樹が四方八方に枝を伸ばしている。
大きな山ほどもある、巨大な樹で、木の枝には船が木の実のようにぶら下がっていた。
ワルドは、樹の根元へと駆け寄る。樹の根元は、巨大な吹き抜けのホールのようになっており、各枝に通じる階段には、プレートがはってあり、駅のホームのようだった。
ワルドは目当てのプレートを見つけると、駆け上がり始めた。サイトもそれに続く。
階段を駆け上がる途中、ふと、気がついたかのようにサイトは振り返り、手で虚空を薙いだ。生み出されたウォーターカッターが階段を上ってきた者の足元の段を斬った。
思わず立ち止まった相手を確認し、それがフーケと共にゴーレムの肩に乗っていた仮面の貴族であることが分かるとウォーターカッターの第二撃を放った。しかし、貴族は不可視のウォーターカッターの軌道が分かっているかのように避けてみせた。
(ッ!?)
内心避けられてことに動揺しつつも、鍛え上げられた戦士としての肉体が、意識するよりも早く、攻撃を避けた隙をつくようトライデントの突きを放った。だが、貴族は、それを飛び越えようとする。瞬時にサイトは上にウォーターカッターを放つ、しかし、それも貴族は避けた。が、何かにぶつかったかのよう吹っ飛ばされた。
振り向くとルイズを降ろしたワルドが杖を構えていた。エアーハンマーで貴族を叩き落したようだ。
貴族はそのまま、外まで飛ばされ、落下していった。
(何故、やつは避けることができた……水の流を感じた? いや、干渉はなかった。となると風か……。だが、アレを感知できるくらい優れた魔法使いが、あんな攻撃であっさりと身を引くのか?)
サイトは、襲撃者のことを考えたが、今は先を急ぐことが大事だとルイズをうながして、階段を上り始めたワルドを追った。
――――――――――――――――――――――
船にたどり着き、王室の勅命であると船長を脅し、さらに風のスクウェアであるワルド自身が船を浮かす『風石』の役割をすることで風石の足りない分を補うことで、強引に納得させ、船を出港させた。
やることのないサイトとルイズは邪魔にならないように、すみの方に座り、慌しく動き回る船員たちを眺めていた。
「よくよく考えてみれば、あんたが私とワルドを乗せて飛べばよかったんじゃない」
「悪いな。人間、オルフェノク問わず、絶対に誰も背に乗せたりしないって決めているんだ」
「…なんでよ?」
「なんとなく」
「……最悪」
「そりゃ、どうも」
そんな会話をしていた二人に船長と話しこんでいたワルドがやってきた。
「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ。
ウェールズ皇太子は生きてはいるらしいが、詳しくはわからない」
「どうせ、港町はすべて反乱軍に押さえられているんでしょう?」
「そうだね」
「どうやって、王党派と連絡を取ればいいのかしら」
「中央突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」
「いや、囮って手もある」
今まで黙っていたサイトが口を挟んだ。
「きみはボクの言ったことを忘れたのかい? すでに我々は半数を囮にしてしまっているんだぞ」
「半数じゃない。キュルケとタバサはあとから勝手にやってきた協力者だ。この任務を与えられ、この小隊に組み込まれた隊員ではない。つまり、囮として残してきたのはギーシュだけだ。もう一人囮にできる」
「ボクに囮になれと?」
「ああ。オヒメサマに勅命を受けたルイズは、(戦力外だから)除外。俺は使い魔だからな。ルイズから離れるわけにはいかない」
嫌味の入ったサイトの提案にルイズは眉をひそめた。
「……まあ、どう動くかは、スカボローについてから決めるとしよう」
そう言ってワルドは船を浮かせることに集中するために二人から離れていった。
「ワルドのことが嫌いだってことはよく分かったわ。でも、任務の間くらい仲良くしなさいよ」
「ムリだ。あいつは『嫌いな人間』だからな。触れたくもない」
――――――――――――――――――――――――――
翌朝、サイトは眩しい光で目を覚ました。空を見上げると雲ひとつない。下を覗き込むと、白い雲が広がっている。船は雲の海を進んでいるらしい。
「アルビオンが見えたぞー!!」
見張りの船員の声が聞こえ、船員が指差す方向を見ると、雲の向こうから巨大な大陸が現れた。
「これは…」
「驚いた?」
「ああ、本で読んではいたが、こうまで凄いとは思っていなかった。これが浮遊大陸アルビオン、『白の国』か」
得意げなルイズの問いに素直に頷き、サイトはアルビオンを見入った。
そのとき、先程大声をあげた見張りの船員が再び大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、船が近づいてきます!!」
その方向を向くと、一隻の船が近づいてくる。だが、その船は“船”というよりも“戦艦”だった。
船長は戦艦を貴族派のものだと判断し、自分たちは敵ではないと手旗で信号を送るが、戦艦から返信がこない。
見えなかったのか、それとも賊なのか、船長は確認のため、もう一度だけ信号を送る。だが、やはり返信されない。
「く、空賊か! 逃げろ! 取り舵いっぱい!!」
船長が判断を下し、声を上げたが、時すでに遅し。戦艦は威嚇射撃を一発だけ行うと停船命令を出してきた。
船長は助けを求めるように、隣りに立つワルドを見つめるが、船を浮かせるだけで手一杯らしく、首を振って応えられ、がっくりと力なく膝をつき、停船するよう指示を出した。
―――――――――――――――――――――――――――
抵抗することなく、とらえられたサイトたちは、船倉に閉じ込められた。ワルドとルイズは杖を取り上げられた。
することがないため、ワルドは興味深そうに、積荷を見て回っている。
「♪~~♪~~」
「いい曲ね。なんていうの?」
サイトが、口笛を吹いているとルイズが隣りに座った。
「峡児が吹いていたのを真似しただけで、曲名までは知らない」
「キョウジ?」
「俺の前の飼い主」
「恩師って人は?」
「恩師は恩師だ」
そんなことを話していると、扉が開き、太った男が、スープの入った皿を持ってやってきた。
「飯だ」
扉の近くにいたルイズが受け取ろうとすると、男はその皿をひょいと持ち上げた。
「質問に答えてからだ」
「言ってごらんなさい」
そういってルイズは、男を睨みつけた。
「おめえらは、アルビオンの貴族派かい? もしそうだったら失礼したな。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びているのさ」
「じゃあ、この戦艦はやっぱり、反乱軍なのね?」
「いやいや、俺たちは雇われているわけじゃあねえ。あくまでも対等な関係で協力し合っているのさ。で、どうなんだ? 貴族派なのか? そうだったら、きちんとした客室に行ってもらうし、港まで送ってやるよ」
サイトは黙ってルイズを見つめた。
「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか! 私たちは王党派への使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統な政府は、アルビオンの王室ね。私はトリスティンを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」
そう言いきったルイズにサイトは笑ってしまいそうになり、それをおさえるのに必死だった。このような状況でよくもまあ、ここまで言うことができたものだと。
そんなことをできるのは、すでに生をあきらめたものか、まだ何とかなると思っているバカしかいない。
ルイズの瞳に“諦め”の文字は見当たらない。つまり後者だ。
「正直なのは、確かに美徳だが、ただじゃすまないぞ」
男はスープの入った皿を置くと、「頭に伝えてくる」と言って去っていった。
「いいぞルイズ。さすがはボクの花嫁だ!」
ワルドはルイズの肩を叩いた。
サイトが「食べないのは慣れている」と言いだしたため、ルイズとワルドの二人は、一つの皿からスープをすすった。
「頭がお呼びだ」
再び、扉が開き、先程の男が現れた。
―――――――――――――――――――――――――
狭い通路を通り、三人が連れて行かれたのは立派な部屋だった。どうやらここがこの空賊の頭の部屋、つまり船長室のようだ。
豪華なディナーテーブルがあり、一番上座には派手な格好をした空賊がいた。
大きな水晶のついた杖をいじっている。こんな格好だが、メイジのようだ。
頭の周りでは、ガラの悪い空賊たちがニヤニヤと笑って、入ってきたルイズたちを見つめている。
頭がゆっくりと三人を値踏みするように見つめている次の瞬間、サイトが跳び、頭の目の前に着地し、いつの間にか生み出したトライデントを突きつけた。
「いつまでこんなお芝居につき合わせる気だ?」
「なんのことだ?」
しわがれた声で頭はサイトを睨みつけた。
「最初、俺たちの乗っていたあの船は貴族派だと信号を送ったのに無視した。貴族派と繋がっているにもかかわらず、手を出すはずがない。裏切りだと判断されて消されるだろうからな。
次に、人選を間違えたな。賊にしてはどいつもこいつも仕草に品がありすぎる。それにおまえたち、臭くなさすぎだ。賊だからと偏見を持つつもりはないが、頭のあんたが清潔にしているならまだしも下っ端まできれい過ぎる。わざと汚したみたいだが、人の鼻はごまかせても俺の鼻はごまかせない。
俺たちに探りを入れにきたやつは、あきらかに貴族派だと答えた方が安全だといっていた。汚い商売に慣れているやつらが、あっさりと自分たちの契約者を口にするわけがない。むしろ、王党派だったということにして殺してしまえば、死体から金目のもの分捕った上に、貴族派に突き出して報酬ももらえて一石二鳥なはずだ。
それと最後に、誰一人としてルイズに手を出そうとしていないことだ。こんなまな板で色気のイの字も見当たらないB,W,H,がすべてイコールになりそうなほどだが、女は女」
「な、なんですってぇぇ!!!!!!!!!」
あまりのいいように状況を忘れてブチギレたルイズの叫びを無視して、サイトは続ける。
「こんな女っ気のない場所にいる連中が飢えていないはずがない」
「……」
「……」
「…ク、クハハハハハハハハ!!
君は軍師かい? なんて、推理なんだ。きみみたいな者が我々のもとにいてくれれば、きっとこんな日を迎えることなどなかったのだろう」
空賊の頭から姿に不釣合いな若々しく透き通る声が発せられ、笑いすぎて乱れた息を整えると、先程までのふざけた態度が消え、まじめな顔つきになった。それに康応するように、周りにいた男たちもニヤニヤ笑いをおさめ、一斉に直立した。
頭は頭から縮れた黒髪を取り、眼帯を外し、付け髭をはがした。現れたのは凛々しい金髪の若者だった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、『ジャガー』号や『ベアー』号などは落ちてしまい、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりもこちらのほうが取っているだろう。
アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
さっきまで怒り狂っていたルイズは怒りを忘れ、口をあんぐりと開き呆然としていた。
「いや、大使殿には、まことに失礼をいたした。きみたちが王党派ということが、なかなか信じられなくてね。それで失礼ながら試そうとしだのが、そちらの聡明な軍師殿に軽々と見破られてしまった次第だ」
「軍師じゃないんだけど…」
サイトは、既にディナーテーブルから降りてルイズを連れてワルドのところまで下がっている。
まだ、あんぐりと口を開いているルイズの目の前で手を叩いてどこかを散歩しているルイズの魂を身体に戻す。
「ッ!? あ、あんた、さっきはよくも!!!」
「お目当ての皇太子さまの前だぞ?」
「ッ……!!」
ウェールズの前でサイトに殴りかかるわけにも行かず(さっきのことは忘れている)、ルイズは力いっぱいサイトをにらみつけるが、サイトはその視線を軽々と受け流した。
「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かってまいりました」
話が進まないため、ワルドは一歩前に出て優雅に頭を下げた。それから、一同の紹介を行い、ルイズをウェールズのほうへとうながした。
ルイズは慌てて、胸のポケットから手紙を取り出し、恭しくウェールズに近づいたが、途中で立ち止まり、何かを言おうとするが、すぐ声が出ない。目の前にいるウェールズは本物なのだろうか? 聞きたいところだが、もし、本物なら、それはあまりにも無礼な行いだ。そのため、ルイズは、声を出せないでいた。
その様子で何が言いたいのか悟ったウェールズは、笑った。
「さっきまでの顔を見れば、無理もない。証拠をお見せしよう」
ウェールズは、自分の薬指にしていた指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの指輪に埋め込まれた宝石が共鳴しあい、虹色の光を放った。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。きみのもつのは水のルビーだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「大変、失礼をばいたしました」
ルイズは一礼して、ウェールズに手紙を渡した。
ウェールズは、愛しそうに手紙を見つめると、花押に接吻した。それから、慎重に封を開き、中の便箋を取り出し、読み始めた。
アンリエッタが結婚することを知り、ショックをうけたようだが、最後の一行まで読むと微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫からもらった手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。
しかしながら、今、手元にはない。多少、面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
―――――――――――――――――――
途中、敵軍の戦艦をやり過ごし、イーグル号は隠し口からニューカッスルの城へもどった。
今、ルイズたちは、ウェールズの部屋へとやってきた。だが、その部屋はとても王子様の御部屋という感じがまったくなかった。粗末なベッドとイスとテーブルが一組あるだけで、あとは壁に戦況が記されているタペストリーが飾られているだけだった。
ウェールズはテーブルから宝石が散りばめられた小箱を取り出した。鍵で小箱を開けると、蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれていた。
ルイズたちが小箱を覗き込んでいることに気づいたウェールズは、はにかんで言った。
「宝箱でね」
中には一通の手紙が入っていた。それを取り出し、愛しそうに口づけしてから、ゆっくりと読み始めた。既に何度も読んでいるらしく、手紙はボロボロだった。
読み返すと丁寧にたたみ、ルイズに手渡した。
「これが姫から頂いた手紙だ。確かに返却したぞ」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。ルイズはじっとその手紙を見つめていたが、そのうち決心したように口を開いた。
「あの、殿下……さきほど、港にて栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」
隠しドックでウェールズが言っていたことを思い出した。
「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。我々にできるのは勇敢な死を連中に見せることだけだ」
「……」
(一人につき、約167人倒せれば勝ちか…)
サイトは、じっとウェールズを見つめている。
ルイズは深々と頭をたれて、ウェールズに一礼した。言いたいことがあるのだった。
「殿下……失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」
「なんなりと申してみよ」
ルイズは目を閉じ、高鳴る心臓を抑えるよう数回、深呼吸をした。こうしなければ、声が震えてしまいそうだった。
「わたくしにこの任を仰せ付けられた際の姫さまのご様子。そして、さきほど手紙への接吻。お二人は…」
「恋仲だったと言いたいのかね?」
「そう確信いたしました。ですから! 殿下、亡命なさいませ! トリスティンに亡命なさいませ!!」
ワルドがよってきて、すっとルイズの肩に手を置くが、ルイズの剣幕はおさまらない。
「お願いでございます! 私たちと共に、トリスティンにいらしてくださいませ!」
「それはできんよ」
ウェールズは笑いながら言った。ルイズはサイトにすがるような視線を向けた。この口が達者で、大胆不敵で、ウェールズに気に入られたらしいこの使い魔が説得すれば、聞いてくれるかもしれない。そう思ったのだ。しかし、サイトは下船してから一度も口を開いておらず、今回も黙っているだけだった。
「きみは、正直な娘だな。ラ・ヴァリエール嬢。まっすぐでいい目をしている。
だが、そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい。
しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬな」
そこまで言うと、ウェールズは笑みを浮かべ、ルイズの頭を優しく撫でた。
「そろそろ、パーティの時間だ。きみたちは、我らが、国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」
サイトとルイズが外に出た。ワルドは居残って、ウェールズに一礼した。
「まだ、なにか御用がおありかな? 子爵殿」
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「なんなりとうかがおう」
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