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許されない罪、救われる心

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32部分:第三話 歪んでいく心その十


第三話 歪んでいく心その十

「そうだよ」
「どうしてなの?それは」
「だってお姉ちゃん優しいから」
 実際に彼女は弟にとっては優しくいい姉である。これまで怒ったこともいじめたことも泣かしたこともない。いつも優しくしているのだ。
「お勉強だって教えてくれるじゃない」
「そんなの当たり前じゃない」
 これは実際に彼女が思っていることだ。
「それは」
「当たり前なんだ」
「そうよ、当たり前よ」
 また弟に対して話した。
「それはね」
「そうかなあ」
「だって。弟じゃない」
 その彼への言葉だ。
「だったらね。優しくするのはね」
「当たり前なんだ」
「そうよ。それじゃあ本当にね」
「約束だよ」
「指きりげんまん」
 実際にそれはしていない。しかし心でそれをするのだった。
「嘘ついたら」
「あっ、それはいいよ」
 弟の声がそこから先を遮った。
「それはね」
「針千本はいいの?」
「だってお姉ちゃん嘘つかないから」
 その姉への言葉だ。
「昔からね」
「そうかしら」
「そうだよ。お姉ちゃん嘘言わないじゃない」
「それはそうね」
 弟だけでなく母の言葉も来た。
「如月は嘘つかないからね」
「だったらいいけれど」
 二人の言葉にまんざらでもないがいささか気恥ずかしい顔で返した。
「けれど私だって」
「だって僕に嘘ついたことある?」
 睦月が今言うのはこのことだった。
「ないよね」
「だって睦月は弟じゃない」
 理由はそれだけで充分だと。そういうのだった。
「だからね」
「弟だからなんだ」
「たった一人の弟でしょ。だからよ」
「大事に思ってるのね、睦月よ」
「ええ」
 また母の言葉に対して答える。
「だからだけれど」
「けれどあんたは子供の頃から素直だったじゃない」
 母は彼女を全肯定してみせた。これは親の身贔屓ではなかった。実際に如月という娘を見てそのうえでこう言ったのである。
「だからね」
「だったらいいけれどね、本当にね」
 如月はここでも気恥ずかしい顔を見せる。
「私が嘘をつかない娘なら」
「そうよ。それじゃあ見たわね」
「うん」
 満面の笑顔で頷く。写真も賞状も今丁度見たところだ。
「今から行くから」
「行ってらっしゃい」
 またこの言葉が出される。今度は母だけでなく弟の睦月からもだ。
「車に気をつけてね」
「それだけはなのね」
「そうよ。交通事故にだけは気をつけて」
 それはだというのだ。絶対にだ。
「それじゃあね」
「行ってきます」
 こうして気分よく家を出る。笑顔は賞状や写真から離れた。
 その時だった。如月が弥生や長月達と笑顔で映っている写真のケースがだ。
 端にヒビが入った。それは老巧化からだった。
 
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