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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  フォックス・レポート

特定広域海洋害性黒色生物特別指定種“リバースド・ナイン”に関する統括。

我々はこの度、対応または判断に誤った点が多数ある。

・特定広域海洋害性黒色生物特別指定種“リバースド・ナイン”(以後、『“リバースド・ナイン”』と記す)の特定広域海洋害性黒色生物特別指定種へ指定することへの遅延。
・統合本部の“リバースド・ナイン”による被害状況及び加害能力への見通しの甘さ。
・現場レベルでの対特定広域海洋害性黒色生物特別指定種への対応要綱の認知教導の不徹底。並びに対応要綱そのものの機能不全。

これ等の解消無くして、特定広域海洋害性黒色生物特別指定種の出現による被害の緩和、迅速かつ適切な対応は為されない。

今回は特定広域海洋害性黒色生物特別指定種による被害への恐れから、特定広域海洋害性黒色生物特別指定種へと指定することすら忌避していた状況にあり、特定広域海洋害性黒色生物特別指定種へ指定されなかった場合の被害は尋常ならざるものとなっていた可能性がある。
また、特定広域海洋害性黒色生物特別指定種足り得る判断材料となる資料が意図的に伏せられた可能性もあり、これが事実であれば、資料隠匿により正確な判断が困難となるため、国家存亡に繋がる極めて危機的な状況を誘引する行為となった可能性もある。




「とまぁ、書かなければならない内容は山ほどある訳だが……叢雲、今回の正体の答え合わせとしよう。」

「そうね。アンタが予想していた通りの答えよ、きっと。」

ブルネイに向かう道中の『みのぶ』の司令室にはブルーライトカットのメガネをかけた壬生森と、腕組をして壁に寄り掛かる叢雲、ソファーで並んで座る熊野と鈴谷、そしてベッドに腰掛ける加賀。

「工作艦『ヴェスタル』、竈の巫女の名を冠した帝国海軍最初の取り零し。太平洋戦争の真なる特異点、ターニングポイント、グレイゴーストという戦場神話を紡いだ語り部。それを中核とした『アイツ等の勝利』と言うべきもの。もっと言うなら『太平洋戦争に於けるパラダイムシフトの記録』と言うべきかしら。そういうものを掻き集めた概念存在、ロジックビーイング……それがリバースド・ナインの本質よ。」

「……やはり、か。」

壬生森は缶箱を振って、手のひらに中身の飴をひとつ出して口に放り込む。

「最初、かの国が振った名称コードの『リバースド・ナイン』から私は『CVー6エンタープライズ』と推察した。「9回の回帰」という意味に、9の逆さまは6だ。だが、そうだとするにはあまりにも不死身過ぎる。というより実際に沈んだあとに甦ってくるのはさすがに盛りすぎだ。」

飴の缶箱を壬生森から投げ渡された叢雲は、同じように飴をひとつ出して、今度は熊野達に投げ渡す。

「おっ、と。でも、『エンタープライズ』のネームレベルだったらそのくらいはやってもおかしくない?だって、太平洋戦争は『エンタープライズの英雄譚』って言うのすらいるんだよ?」

「同感ですわ。私も最後の最後まで『エンタープライズ』だと思ってましたもの。」

熊野は缶箱を受け取ると、飴を鈴谷の手にひとつ出し、自分の手にひとつ出し、加賀に缶箱を手渡す。

「そう、エンタープライズなら。そう思ってしまう私達の恐れ、トラウマ。それがリバースド・ナインを手の付けられない怪物にしたのよ。本当の敵はその恐れこそを実現させる歪んだ願望器。だからこそ私達にとって常に一番困る手を打ってきた。私達の『あってほしくないこと』を引き起こすのだから、当然のことよ。」

「先手を打たせるわけには、と思うほど強烈な奇襲を受けるし、これ以上は対抗出来なくなる、という数の戦力で襲撃されるのも、そういう絡繰りだったわけね……」

「でも、それってつまり『鈴谷達が思い描く以上の最悪な状況』には出来ない……ってことじゃない?」

鈴谷の何の気なしに言った一言に、壬生森以外の全員が振り向く。

「え、なに?鈴谷、変なこと言った?」

自分が何を言ったのか、わかってなさそうな鈴谷の狼狽える顔を見たあと、更に全員が壬生森のほうを見る。

「……アンタ、いつから気付いてたのよ!」

叢雲が壬生森に詰め寄る。

「ん、最初から。」

「……アンッ……タねぇ!最初から本命がヴェスタル、ってわかってたらなんでこんな回りくどいことをしたのよ!」

壬生森の両肩を掴んで迫る叢雲の姿は端から見れば、歳の離れた兄に強引なおねだりをする妹のように見えただろう。

「説明が必要か?」

「いらないわよ!アンタが言いそうな理屈くらい、私にはわかるわよ!」

壬生森の肩を掴んだ手が力んで震える。
叢雲は軽く呻いて、手を離してがくりと肩を落としながら離れる。

「こう言うんでしょ?『ヴェスタルを引っ張り出すにはエンタープライズが大破するほど追い詰めなければならない。だからこそエンタープライズの撃破を第一目標とする必要があった。』とかそんなんでしょ?……そうじゃないわよ。」

叢雲は肩を落としながら壁を背にずるりと崩れるように座り込む。

「ごめん……わかってんのよ。エンタープライズの大破という状況再現で、本体であるヴェスタルを最前線に引きずり出す。そうしなければ、ヴェスタルは表舞台には立たないし、私達はヴェスタルを捉えられない。奴はそういう存在だった。そういうことでしょ?」

「あぁ、正直に言えばあまりスマートな戦い方じゃあ、なかったとは思う。ブルネイが実際のところ、どこまでやれるかは未知数だった。アッサリと壊滅的被害を受けるようなタマではないとは思っていたが、これが希望的観測であろうこともまた、否定出来なかった。」

壬生森は肩を竦めながら、呆れたように言う。

「結果で言えば、彼等は私の想定など既に越えた先にいた。彼等は強いよ。二十年前にいたら、何かは変わっていたかもしれないと思うくらいに。」

「二十年前のことを後悔しているの?」

加賀は壬生森の言葉に、静かに反論する。

「二十年前、貴方は確かに最善の手を打った。だからこそ、貴方と私達は『彼女』に手が届いた。私達はあの日と向き合うことを止めるわけにはいかない。そして、あの日を無為にしてはならない。そうではなくて?」

「二十年前のあの時、私は確かに手持ちの札で出来る最善の勝負をした。それは間違いないよ。その上でたらればを語るのは本当に、ただの無い物ねだりになってしまうね。」

飴を口の中で一転がし、ため息ひとつ。
壬生森は言葉を続ける。

「無い物ねだりで過去を悔いるのは誉められたもんじゃないね。ましてやあれだけのことをやっておいてそれを恥じるなど、冒涜も甚だしい。それはわかってるんだが……やはり難しいものだ。歯痒いものだよ。これだけの反芻を繰り返しても結局、他の手が思い付かない。そんな自分の進歩のなさがね。」

まるで他人事のように言う壬生森に、加賀は手を入れた袖の内から握り拳を引き抜く。

「……貴方が悔やんでいたことがなんなのか、やっとわかったわ。」

その握り拳を開いた中には、珊瑚珠の指環がひとつ。
戦闘中、必要としたならばと渡したそれ。

「貴方が悔やんでいるのは、無関係の艦娘約一千隻の犠牲でも、赤城さんのことでも、ましてや提督六人のことでもない。」

加賀が投げ返してきた指環を壬生森は片手で受け取る。

「貴方は自分の戦術構想の不甲斐なさこそを嘆いていたのではなくて?オムレツを作るのに割った卵を哀れむ者などいないように、積み重ねた犠牲を哀れむこともない。犠牲が手の内に収まらなかったとしても、手の内から溢した過失こそが問題で、溢したそれには本当はまるで興味がない。貴方はそもそも悔やんでなどなかった。どうしたら次はより多くを上手く踊らせることが出来るか。次はどうしたら敵をより上手く嵌められるか。策ばかりを飽くことなく考え続けていた。それが貴方の本来の性分。違う?」

加賀の言葉を静かに聞いていた壬生森は、改めて目を開いて、口を開く。

「なるほど……言われてみると、確かにその通りだ。私は今まで、犠牲にしたことを悔やんでも、犠牲になったものを惜しんだことはないのだと思う。」

「そんな貴方が、今回はブルネイを捨て石にするのを拒んだ。自分の進歩の無さが歯痒い?何を言う。貴方は間違いなく、あの時の貴方が考えもしなかったところまで来た。」

「丸くなった、弱くなった、老いさらばえた、そこら辺が妥当だと思うが?」

「馬鹿を言うのね……貴方は前なら積極的に見棄てて捨て駒としていただろう助けられる者に手を伸ばすことが出来るようになった。それを悪し様に言うことはなくてよ。」

「ほう、では今の私を、君はどう思っているのかな?」

加賀が返した指環を人差し指と中指で挟んで見せつけるように翳しながら、壬生森は問う。
彼女は壬生森の僅かな変節に気付いた。
それを当人に指摘したのだ。
何かしら、思うところくらいはあるのだろう。

「貴方は、私の提督よ。今も昔も、貴方は私の、私達の使い方をよくよく考え、上手く使いこなして勝利する。その関係にある限り、私は貴方の元にありましょう。」 
 

 
後書き
クリスマスにする話じゃないでしょ、これ…… 
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