彼願白書
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逆さ磔の悪魔
グッドゲーム
「お待ちなさいな、提督。」
熊野がそう言ったのは、壬生森の言葉を受けてのことだった。
壬生森は、熊野のほうに振り向く。
席を立って、少し出てくるとだけ言った壬生森を、熊野は引き留めたのだ。
「決着の場に、私は不要かしら?」
決着の場に向かおうとしているのだと、熊野の直感が彼を引き留めたのだ。
「……決着そのものには、確かに君の存在は関わらないね。」
「ひどい方ですわ。必要論だけで切り捨てられるような程度の関係だと、私は思っていませんのに。」
「私の読みが外れたら、この戦闘を仕切り直し、立て直す必要がある。その時、君がここにいることに意味がある。」
「まるで、貴方が倒れた時の引き継ぎみたいな言い方をしますのね。そういうのを喜んで引き受ける私ではないことは、ご承知だと思いますが?」
熊野の言葉に、壬生森は肩を竦める。
熊野の言わんとすることは、壬生森だってわかっているのだ。
「せめて、こう、おっしゃいなさいな。『決着を着けに征く。留守を頼む。』と。勝算があるのに女々しく保険を重ねていく必要はなくってよ?」
「過信が過ぎないかい?」
「いいえ、貴方が信じるものを私も信じているだけですわ。」
壬生森は、はは、と力なく笑ってから、熊野に向き直る。
「熊野、少し出てくる。用が済んだら戻るから、それまでここを頼む。」
「了解、早くお戻りになることを願いますわ。」
熊野は小さく敬礼してみせる。
壬生森も、それに返して、CICを後にする。
さて、熊野がこれから何をするべきかは明白だ。
さっきまで壬生森が座っていた席に座り、加賀が操る航空機群が徐々に食い破りつつある敵の群れの様子を映すディスプレイを見る。
熊野も、この戦いの決着がどこにあるか、探し出す。
今の熊野が自分から出来ることは、そのくらいだ。
「……見つけた。」
加賀は、再び、太く長い矢を弓に番える。
今度は上空ではなく、洋上に向けて。
「見つけた、って敵をですか!?」
「そうよ。これが、決着よ!」
矢は再び放たれた。
何もないはずの海へ向かって。
そう、何もない洋上から、敵の航空機がまた出てきた。
そして、さっき撃破されたハズのリバースド・ナインの姿も。
加賀が放った矢から飛び出した艦載機は、そのリバースド・ナインの上空を飛び抜けて、その先に突っ込む。
「いい加減に、正体を現しなさい!傀儡師!」
何もないところへと降る爆撃と、駆ける魚雷が炸裂し、海と空が破けた。
リバースド・ナインが慌てて庇うように立ちはだかるその後ろに、確かにそいつはいた。
両肩にクレーンのような突起を備え、下半身はずんぐりとした饅頭に機銃を生やしたような、大きな笠のような器官を頭に被った小柄な深海凄艦の姿。
加賀の攻撃がそいつを隠していた覆いを引き裂くと同時に、熊野から通信が入る。
『新たなターゲット捕捉!提督!』
熊野の通信から、壬生森がCICにいないことを把握した加賀は、そこでようやく、彼女が陣取る第二甲板に壬生森が来ていたことに気付く。
彼は、すっと手を挙げ、振り下ろすと同時に指を鳴らす。
彼が指した先には、奴等がいる。
「ぶちかませ!叢雲!」
「言われなくても!」
リバースド・ナインが苦し紛れに放った航空機を、加賀は自分の本来の艦載機である烈風で正面から全て打ち破って。
そこを駆け抜け、叢雲は飛び上がる。
その手には、やはり、いつものように、ピリオドを穿つがための槍。
「やっと見つけたわよ、『ヴェスタル』!」
叢雲の槍が、光の嵐を纏い、掲げられる。
「竈の巫女!ここで消えなさい!」
リバースド・ナインが叢雲を止めようと駆けようとしたところに、足下で魚雷が炸裂し、水柱に足止めされる。
水柱の崩れるその向こうから、木曾が両手に剣を持って振りかぶる。
受け止めようとするも、コンマ一秒が足りなかった。
「出番の終わった脇役はすっこんどけ!」
まるで、叩き潰すように振り下ろした一撃は、それだけでリバースド・ナインを海底に送り返す。
斬った、というよりも叩き潰したというべき一撃で、グシャグシャに引き裂かれて、水底に埋め込まれたのだ。
そして、木曾は後ろに飛び退く。
「叢雲、やっちまえ!」
木曾の言葉を聞いてか、叢雲の槍がついに空から投げ込まれる。
まっすぐに疾走し、上半身と下半身の付け根のような部分に槍は突き刺さり、貫く。
叢雲が着水し、立ち上がって、今まさに沈もうとする彼女のほうを見る。
「工作艦ヴェスタル、竈の巫女、貴女が今度は味方であることを願うわ。」
光が強まり、そして弾け飛ぶ。
飛んで返ってきた槍をキャッチした叢雲が見た先にはもう、全てが終わった、凪いだ蒼しかなかった。
叢雲はそんなものに興味も関心も、余韻も感傷もない。
「……まったく、ここまでが長すぎたわ。」
『だろうな。今夜は何かいいものを食おう。』
無線で聞こえてきた声に、叢雲は口元を上げる。
「今夜は高く付くわよ。覚悟なさい。」
「あれ?偵察機がいつの間にか戻ってるのじゃ。」
「着艦もさせてないのに、航空機が戻ってくるかよ。どこにあった?」
「いや、ホントにいつの間にか帰ってきたんじゃ。しかもこれ、さっきまで飛んでたようじゃ。」
利根が手で持てるサイズにした水偵は確かにエンジン部分がさっきまで飛んでいたかのように熱を持っていた。
『darling!空母達の航空隊が』
「いつの間にか戻ってたんだろ。どうなってる?」
『それが、戦闘機の損耗がやたら酷いらしいネ。爆撃機と攻撃機は弾薬と燃料を使い果たしてた以外はなんともないケド……』
金剛からの無線から察するに、どうやら航空戦力を黙って拝借されたらしい。
そんなことをするとしたら、誰がやったかくらいは、おおよその見当を付けている。
言えば、すっとぼけるようなことはしないだろう。
「提督、蒼征から寄港許可の要請です。」
大淀からの連絡に、金城はこう答えることにした。
どうやら振り回すだけ振り回して、最後の最後で決着は向こうに持って行かれたらしい。
せめて、キッチリ賄うべきものは賄ってもらうとしよう。
「こっちからも用がある。ちゃんと財布を握りしめて来るように伝えとけ。」
「お財布握りしめて来い、か。参ったな、これは。」
第二甲板上、そこで壬生森は熊野から受け取ったブルネイの返答を見る。
「加賀、これ絶対バレてるな。」
「でしょうね。手元から航空機がなくなって、帰ってきたと思ったら戦闘で損耗してたなんて、こんなオカルトまがいなことをやるとしたら、タイプオリジナルの空母の仕業と見るでしょう。」
「それ、完全にお前のことだな……熊野、向こうは大淀の中でもとりわけやっかいな部類のが付いてる。交渉は、手強いぞ。」
「この後のみんなのディナー次第では、尽力しますわ。」
潮風が抜ける中、壬生森に集まる視線。
ここには加賀と吹雪、そして叢雲も角で座り込んでいる。
その上で熊野がこうして、返答文を持ってきた。
困ったことに、ここにいない者も含めて、食いしん坊がかなり多い艦隊だ。
壬生森は、仕方ない、と決断する。
「BarAdmiral、何人まで入っていいか聞いてみよう。向こうさんに面倒はかけないようにな。」
吹雪がやった、という顔をして喜んでいる。
加賀も、にこりと珍しく表情に出る。
叢雲は、言質を取ったと言わんばかりに立ち上がって、艦内に入る。
そして熊野は、改めて笑顔で訊く。
「返信はいかがしますの?」
「こう送ってくれ。『ウチの連中がたまにはいいメシ食わせろとうるさい。救援を求む。』と。」
後書き
ブルネイでの話はこちらから語れる話はおしまい。壬生森の財布がフワッフワに軽くなる話は提督はBARにいる外伝で語られるんじゃないかな?たぶん。
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