渦巻く滄海 紅き空 【下】
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十八 等価交換
前書き
いつも月末ギリギリの更新で申し訳ございません…!
お待たせしました!!
瓦礫の山の上で、純白の衣をたなびかせる存在。
それは荒れ果てたこの地に君臨する、王者の如き気高さと、空気に溶け込むほどの透明感を秘めていた。
(──誰じゃ…?)
サソリといのの間に割って入ってきた人物。白いフードで顔を覆い隠した彼を、チヨは眼を凝らして見つめた。
霞む視界に映る白は眩く、戦場と化したこの場に相応しくない。だが妙な事に、一際目立つであろう純白は希薄さえ感じられた。
第三者である彼が纏う雰囲気。
一言であらわすなら【無】だ。
まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになりながらも、研ぎ澄まされた気配が感じ取れる。
同時に、本当に存在しているのかどうかすらあやふやな透明感と、この場の全てを制するほどの威圧感という矛盾さを抱えていた。
チヨは警戒しつつ、いのとサソリの戦闘を邪魔した不届き者を観察する。
いののせっかくの勝機を不意にした事から、相手がサソリの味方である事が窺える。
なにより、純白の外套とは対照的な黒い裏地に描かれた紋様が、自分達の敵だという事を露わにしていた。
赤い雲。
風影の我愛羅を攫った『暁』の証拠であるソレに、チヨは内心焦燥する。
いのはもはや限界だ。緻密な作戦を立て、全力を出し切っての攻撃が全て水の泡となったのだ。
条件反射で、サソリと、謎の相手から距離を取っているものの、動揺のあまり、立て直すのは難しいだろう。
体勢しかり計画しかり。
(ならば、わしがなんとかするしかあるまい…)
チヨはチャクラを練って、糸を再び『父』と『母』の人形に結び付けようとしたが、不意に立ち眩みを起こす。
拍子に、懐から『父』『母』を口寄せした巻き物が懐から転がり出た。サソリの毒の影響から、チャクラが上手くコントロールできず、傀儡二体が白煙をあげて、勝手に巻き物へ戻ってしまう。
「……ぐ…ッ」
サソリに刺されたワイヤーの毒が、じわじわと身体の自由を奪ってゆく。
脂汗を掻きながら、チヨは地面に膝をついた。
「チヨ婆さま…っ!」
背後を振り返ったいのは、チヨの青褪めた顔を認めて、眉を顰める。気遣わしげな視線をチヨに向けながらも、彼女の全神経は謎の人物に注いでいた。
サソリに勝てる唯一の機会。
それをふいにした相手だが、何故か憎いとは思えなかった。
むしろ、妙な事に懐かしさすら覚えたが、誰なのか全く思い出せない。
「おせぇぞ…坊」
「約束していたわけでもないだろうに」
サソリの非難めいた言葉に、謎の第三者が苦笑を返す。
チッ、と舌打ちしたサソリのほうが押し黙った事からして、力関係は彼のほうが上なのだろうか。
しかしながら『坊』という呼び名から、謎の第三者がサソリより若いという事が窺える。
彼の鈴の鳴るような澄んだ声は、一度聞いたら忘れられないほどなのに、まるで何か薄い垂れ幕に阻まれているかのように、曖昧模糊としたものだった。
声は特徴の一つのはずなのに、男とも女とも、または子どもの声にもとれる。
それでいて、どこかで聞いたことのある声なのだから、いのは内心、戸惑いを隠せなかった。
これがもし、サソリが彼を『ナルト』と呼んでいたならば、いのは記憶の底から、かつてナルへの見舞いの品である花を買いに花屋に訪れた少年の事を思い出しただろう。
デイダラのように『ナル坊』という呼び名でも、中忍試験で出会ったあの不思議な少年の顔を思い浮かべたはずだ。
だが、あいにくサソリの『坊』という呼び名だけでは、目の前の人物が以前会ったうずまきナルトと結びつけることは、いのには難しかった。
地に伏せるチヨと、傍らにいるいのに、ナルトは視線を奔らせる。
山中いのだと知っていながら、素知らぬ顔で「木ノ葉の忍びか…」とフードの陰で彼は青い双眸を細めた。
「『木ノ葉崩し』の主犯だった大蛇丸の情報が欲しいのか?」
「なにを言って…っ」
いきなり核心を衝かれ、いのは動揺する。警戒して身構えるその肩が一瞬跳ねた。
いのの本来の目的は、うちはサスケと春野サクラの居場所。
里抜けした彼と彼女が今、身を寄せている大蛇丸の居場所を突き止める為に、サソリから情報を引き出そうとしている事実を把握していながら、ナルトは涼しい顔で言葉を続けた。
「サソリから執拗に何らかの情報を手に入れようとしているのは、一目瞭然だった。大蛇丸は元『暁』であり、サソリと組んだこともあるからな…」
「俺はあんな蛇ヤローより坊と組みたかったのだがな…」
サソリの小さな呟きに気づかず、ナルトは「以上から、『木ノ葉崩し』で亡くなった三代目火影の敵討ちをする為に大蛇丸の情報を得ようとしているのだと踏んだのだが…?」としれっと訊ねる。
あえて、サスケとサクラには触れずに、いのが大蛇丸の情報を手に入れようと必死な訳を、もっともらしい理由をつけて、ナルトはでっち上げた。
ナルトの話を聞いて、「そうか…やはり三代目火影はあの時の事件で…」とチヨがしみじみ呟く。
サソリもまた「噂では聞いていたが…」と三代目火影の死を確信した。
それこそがナルトの狙いだとも知らずに。
砂隠れの里だけでなく『暁』にも、三代目火影である猿飛ヒルゼンの死を広める事で、実際は彼が生きているという真実を覆い隠す。
さもないと、木ノ葉病院の最奥で秘密裏に収容されているヒルゼンの命が危ないからだ。外堀は埋めておくに限る。
なにやら納得している風情のサソリと、急に三代目火影の話をし始めたナルトに、いのは怪訝な視線を投げた。
木ノ葉の里では一部の者しか、ヒルゼンの生存を知り得ない為、彼女もまた、三代目火影が『木ノ葉崩し』で亡くなったと思っている。
だが、いのが大蛇丸の情報を得たい理由は、里抜けしたうちはサスケと春野サクラを連れ戻したいという想いからだ。
残念ながら、三代目火影の敵討ちというわけではない。
しかしながら、いのが反論する暇を与えず、ナルトは厳かに口を開く。
フードで隠された顔の内、唯一垣間見える唇から紡がれる一言に、いのは眼を見張った。
「草隠れの里にある天地橋」
「坊…!お前、」
思わず声を荒げるサソリをよそに、ナルトは淡々と言葉を続ける。
それこそ、いのが求めていた情報だった。
「十日後の真昼、其処へ行け」
「てめぇ、なにを勝手に…!」
自分しか知り得ぬ情報を赤裸々に告白するナルトの胸倉を、サソリは掴んだ。
額と額がぶつかりそうなほどの接近にも臆さず、平然とした顔でナルトはサソリを見つめ返す。
「いや、それよりどうやって…!」
草隠れの里の天地橋で、部下と会う約束をしている事を知っているのか。
サソリの言葉尻を捉え、ナルトはキッパリと一蹴する。
「見逃してもらうに値する情報だと思うが?」
自分が割り込まなければ、いのに倒されていただろう?、と暗に告げるナルトに、サソリは気まずげに視線を彷徨わせた。
深い滄海の如き双眸の蒼に、しかめっ面が映り込む。何もかもがお見通しかのような澄んだ瞳から顔を逸らして、サソリはチッと舌打ちした。
渋々「大蛇丸の部下に俺のスパイがいる。其処でソイツと落ち合う手筈になっている」と口早に述べる。
思いがけず聞き出した大蛇丸の情報に、いのは眼を瞬かせた。
大蛇丸の部下である相手。
そいつと接触して上手く、大蛇丸の許へ向かい、あわよくば、サスケとサクラを連れ戻す。
そう、期待に胸を躍らせつつも、いのは疑念を晴らすことができない。
怪訝な表情で、彼女はナルトとサソリを注意深く睨み据えた。
「……それが嘘じゃないという証拠でもあるの…?」
木ノ葉の忍びを誘き寄せる罠ではないか、と疑ういのの前で、ナルトは軽く肩を竦めてみせる。
「…信じるかどうかは、そちら次第。だが、たとえ虚偽だとしても、藁にも縋りたいのではないのか?」
「…っ、」
確かに、何の手がかりも見出せない今、ナルトからもたらされた情報は、サスケとサクラへ辿り着く、唯一の道だ。
押し黙るいのを暫し、眺めていたナルトは「そうそう」と今、思い出したかのように、軽い口調で語る。
それは、まるで今日の天気の事でも話すかのような、軽い物言いだった。
「それから、砂隠れの里で起きた毒ガスの件は安心しろ。数日で身体から自然に毒気は抜ける」
サソリが砂隠れの里に仕掛けたトラップ。
起爆札の爆風に雑じった毒で、砂忍を痺れさせ、追っ手の可能性を減らしたサソリの罠の盲点を、ナルトはあっさり暴露する。
吸い込めばたちまち、全身が麻痺するが、その毒は何も治療しなくとも、数日後には次第に抜けてゆくのだ。
しれっとその事実を明らかにするナルトに、ほっと安堵するいのに反して、サソリは眉間に皺を寄せた。
「坊、てめぇはまた勝手に…!」
もはや、何故知っているか、という疑問を抱く事すらせずに怒るサソリに、ナルトは聊か冷ややかな視線を向けた。
「傀儡人形にしたいからって俺に毒を盛ったのはお前だろう、サソリ」
隙を見ては、モットーである『永久の美』に似合う人傀儡にする為に、幾度となくサソリはナルトに毒を盛っている。
「その意趣返しだ」と答えるナルトに、サソリは「よく言うぜ。平然としてただろうが」と肩を竦めた。
どれだけ強力な毒を盛っても、何事もなかったかのように振舞っていたナルトに呆れつつ、(自分の毒を何度も浴びている坊なら毒ガス成分も即座に把握できるだろうな)と納得したのだった。
「東へ行け。森の奥に、お前達と行動を共にしていた木ノ葉の忍び達がいる」
「ナルとカカシ先生のこと?どうして…」
毒ガスに加え、ナルトからの更なる情報に、いのは戸惑いを隠せなかった。
こちらに対して、有意義な情報ばかりを告げてくるナルトを不審に思いつつ、何故、知っているのか、と眉を顰める。
まるでこちらの動きを全て見透かしているかのような。
そこで、いのはハッと顔を険しくさせた。
「アンタ…!ナルになにかしたんじゃないでしょうね…!!??」
「まさか、」
いのの激昂に、ナルトは口許に苦笑を湛える。
ナルとカカシの居場所を知っているという事は、彼女と彼に何かしたのでは、と訝しむいのの鋭い視線を、ナルトは受け流した。
フードの陰で、儚い笑みを薄く浮かべる。
(──大事な妹だからな)
毒ガスのことも、ナルの居場所も伝えたナルトに、サソリは顔を不機嫌に歪める。
「ちと、サービスが良すぎねぇか」
サソリの文句に、ナルトは涼しげに、手の中のものを弄んだ。
「情報料を頂いたからな」
いつの間にか、二本の巻き物を手の中で軽く弄んでいるナルトに、いのは眼を見張る。
隣で、地面に膝をついていたチヨが息も絶え絶えに「い…いつのまに…ソレを…」と苦々しげに言うのを聞いて、彼女はようやく気づいた。
ナルトが手にしているのは、『父』と『母』が収容されてある巻き物。
チヨがサソリを闘う為に持ち出した、幼い頃のサソリが作った傀儡人形だ。
つい先ほどまで、サソリとの戦闘に用いていた二体は、チヨが毒で痺れた事でチャクラが乱れ、巻き物の中へ戻っていた。
しかしながら、その巻き物はチヨの真横にあったはずだった。
もちろん、チヨの傍らに佇むいのにとってもすぐ傍に落ちていた。
その巻物を、2人に気づかれず、いや、サソリにすら悟られる事も無く、いつの間にか奪っていたナルトに、チヨは驚愕した。
恐るべしはサソリではなく、この不可解な人物にあるのではないか、と。
こちらにとっての有意義な情報を与えるも、しっかりとその対価として『父』『母』の巻き物を手に入れているナルトに、サソリは舌を巻いた。
同時に、小声で囁く。
「……最初からわかっていたのか…?」
「勘だよ」
サソリの懐に、手に入れた『父』と『母』の巻き物を忍ばせる。
本来の目的である代物を、ナルトから得たサソリは、深紅の髪を軽く振った。
「…なんだか、全てがお前の手のひらの上で転がされているふうにしか見えねぇな…」
「冗談を言うな」
サソリの一言に、ナルトは口許に笑みを湛える。
それは自嘲の笑みだった。
「己自身のことでさえ手に余るくらいだよ」
敵だというのに、白いフードで顔を隠す得体の知れない存在から、いのはなんだか眼を離せなくなった。
不思議と惹きつけられるモノが彼にはあった。
「……いい加減、彼女の毒を解毒してやれ」
ナルトの声で、いのはハッ、と我に返る。サソリの毒で痺れているチヨに、彼女は慌てて解毒剤を投与した。
荒かった息遣いが次第に落ち着いたものへなってゆく。
ほっと安堵の息を漏らしたいのが次に顔を上げた時、其処には誰もいなかった。
サソリも、『父』『母』の巻き物も、そして不可解なフードの存在も。
瓦礫の山の上で、いのはチヨの身体を支えながら、茫然自失する。
目の前に広がる荒涼たる光景。
あとに残されたのは、サソリとの戦闘の爪痕だけだった。
「やっぱ、腕がねぇと不便だな、うん…」
数多の蝶型の爆弾を従えながら、デイダラは眼を細める。
木ノ葉の忍びであるヒナタ、それに砂隠れの忍びであるテマリと対峙していたデイダラは、ひらひらとたなびく袖を鬱陶しげに見下ろした。
デイダラが攫った風影の姉であるテマリ。
彼女の猛攻は凄まじく、蝶の爆弾でなんとか防御しているものの、時間の問題だ。
蝶の群れを操っていたデイダラは、ふとテマリとヒナタの背後へ視線を向ける。
にやり、と口角を吊り上げたデイダラは、蝶の一匹を人知れず、ソイツの傍へ向かわせる。
同時に、自分達の傍へ近寄る怪しい人影を【白眼】で視たヒナタが、ハッ、と後ろを振り返った。
「…テマリさん、危ない…!!」
ヒナタの呼びかけで、テマリは咄嗟に身を捩った。刹那、飛んできたクナイが、テマリの武器である扇を傷つける。
扇を掲げて身構えたテマリは、背後から現れた相手の姿を見た瞬間、愕然とした。
「お、お前は……」
砂隠れの里の上役であり、警備部隊の隊長。
周囲からの信頼も厚い上忍だったが、『暁』であるデイダラとサソリの襲撃以来、行方知れずだった。
死体が見つからないから、生存を望んでいたが、まさかこんな場所で会えるとは。
「無事だったのか!よかった…!」
同じ里忍である彼にテマリは親しげに声をかける。テマリの様子から敵ではないと判断したヒナタも警戒心を緩んだ。
「気をつけろ、アイツが砂隠れの里を襲撃した『暁』の──」
「存じてますよ」
警戒を促すテマリの言葉を遮る。
瞬間、ヒナタとテマリ目掛け、数多のクナイが襲い掛かった。
「な…!」
攻撃を仕掛けてきた同じ里の仲間であるはずの砂忍を、信じられないとばかりにテマリは眼を大きく見開いた。
【潜脳操砂の術】によって記憶を消されていた、『暁』のサソリの配下──由良。
「足止めにはうってつけだな、うん」
風影である我愛羅を攫う為に重大な任を担った相手。
彼の手引きで、砂隠れの里にサソリと共に、秘密裏に忍び込む事が出来たデイダラは、狼狽する二人のくノ一を愉快げに眺めながら、口角をくっと吊り上げた。
後書き
伏線というほどの伏線じゃないけど、【上】の70話の呼び名の伏線回収。
この話の為に、サソリにとってのナルトの呼び名を「坊」にしてました。
また、いのがナルトと花屋で会うシーンは【上】の34話です。
あと、等価交換ってタイトルのわりに、価値は巻き物のほうが上だと思いますが、情報も大事なので、ご容赦ください(汗)
どうか次回もよろしくお願いします!!
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