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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百十五話 かすかな警鐘が鳴り響いています。

フェザーン消滅!!

 この報告は既にフェザーン回廊に向けて進発していたフィオーナ以下の別働部隊を震撼させた。

「フェザーンが・・・消滅!?」

その報告をサビーネから受け取ったフィオーナはしばらく声が出なかった。同席して事務を処理していたエステルも呆然となっている。

「はい。・・・・目撃していた帝国軍情報収集艦によれば、たった・・・たった一発の砲撃でフェザーンが消滅してしまったとのことです。」

 サビーネの顔色も悪い。無理もない。惑星破壊兵器など、イゼルローン要塞のトールハンマーをもってしても不可能だからだ。

 ただ一つを除いて――。

 他ならぬ転生者である自分たちの力を使えば、可能ではあった。

「だとしたら、敵はフェザーン回廊から攻め込んでくるのではないでしょうか?」

 エステルが声を震わせたが、サビーネは首を振った。

「そのことですが、フェザーンを消滅させた自由惑星同盟の艦隊は引き揚げたそうです。宙域には敵は見当たらないとの報告も入っています。」
「シャロン教官らしいわ・・・・。」

 フィオーナが呟いたが、それはあまりにも小声だったので二人には聞き取れなかった。代わりに、

「ローエングラム本隊の状況は?」
「侵攻計画には変更はなく、本隊の先鋒は既に出立を完了。ただ、後方から移動要塞を数基派遣することになったそうです。」

 ラインハルトと教官たちならそうするだろうとフィオーナは思った。それは純然たる戦力という事ではなく、単純な補給基地として使用するのである。事実、フィオーナの別働部隊についてもレーヴァテイン、ギャラルホルンという2基の移動要塞を引き連れている。これだけの大軍が消耗する物資については到底補給船団では賄いきれないからだ。この計画については数年前からイルーナ、そしてアレーナがレイン・フェリルを首班として進めてきたものである。

「新たな指令が入っています。別働部隊はイゼルローン回廊に進路を取り、当初の計画に従って侵攻せよ、と。」
「・・・・・・・・。」
「閣下?」
「了解したと、ローエングラム公にお伝えしてください。艦隊はイゼルローン要塞に向けて進路を変更します。以上各艦隊に伝達して下さい。」
「はい。」

 フィオーナは自分のシートに身を沈めた。彼女の旗艦では自由惑星同盟同様に会議テーブルがしつらえられ、司令官のみが座るという事はしない。

(こうして遠征に出てきたけれど・・・一体どれだけの困難が待ち受けているのだろう・・・?)

 それを思うだけで、胸が苦しくなる。15万余隻の大軍は原作におけるラインハルトのラグナロックの動員艦艇数にほぼ匹敵する。それすらも今回は別働部隊なのだが、敵はそれを遥かに凌駕する戦力だという事は身に染みていた。
 副官のエステル、そしてサビーネはふと、総司令の顔を見て、お互い顔を見合わせた。

 フィオーナの顔色が悪いのだ。こんなことは今までになかったことだったので、二人とも衝撃を受けていた。

* * * * *
 フェザーン消滅の情報を開示するか秘匿するか、ローエングラム陣営としては迷いに迷ったが、航行する船舶が幾隻も目撃していたという情報が監視部隊から入ってきた。むろん臨検で抑えることはできるが、それをして何の意味があるのかという異論も噴出し、結局これらからの情報が帝都に流れ込む前に開示したほうがいいという結論になったのだった。
 
 ただし、開示には色を付けること――。それも大幅に――。

 これがアレーナの案だった。彼女が帝国全土に張り巡らした情報網とプロパガンダを駆使して伝えたその結果――。

『自由惑星同盟を称する反乱軍は、皇帝を僭称するシャロン・イーリスなる者の手に落ち、第二の銀河帝国を僭称しています。』
『今までの敵は自由惑星同盟を僭称する反乱軍そのものでした。しかしながら、それらはすべてシャロン・イーリスなる者を首魁とする一部の者の扇動によって行われたものだという事が判明しました。』
『したがって、銀河帝国はこのシャロン・イーリスなる者を討伐し、もって銀河帝国皇帝の名の下に彼らをかの者から解放することを目的とし、大規模な遠征軍を派遣することとなりました。』

 という報道が帝国全土を駆け巡ったのである。結果、自由惑星同盟の民衆はシャロンに搾取される存在としてクローズアップされることとなる。つまり、敵の位置が明確化したのである。

 自由惑星同盟そのものから、シャロン・イーリスただ一人に――。



* * * * *
帝国暦488年5月29日――。

シュルツェンの館――。

 ラインハルトらが、アンネローゼが手ずから淹れるお茶を楽しむ一時には、かすかな緊張と旋律を伴っていた。
 既に、ビッテンフェルト及びバーバラは出立していたが、ラインハルトらが出立するのは、この日の午後1時だったのである。それまでの束の間の一時を、ラインハルトらはアンネローゼと共に過ごしていた。

「ラインハルト・・・・・。」

 アンネローゼはワインセーラーにワインを取りに行ったラインハルトとキルヒアイスの背中を見ながらつぶやいた。二人の背中はこれから起こり得るであろう大戦からの重圧を感じているようではなかった。そこにいるのはあの頃と同じ――幼少期を姉たちと共に過ごしたあの日々と同じ頃の姿――を二人に思い起こさせたのである。

 だからこそ――。

「アンネローゼ、約束するわ。私は命に代えてもラインハルト、キルヒアイスを守り、あなたの元まで送り返すと約束する。そしてもう一度あの頃と同じように、皆で過ごす日々をあなたに取り戻すわ。」
「いいえ、あなたの気持ちは嬉しいけれど、それは受け取れないわ。」
「なぜ?」

 アンネローゼは繊細な睫毛をイルーナからそらし、卓上の生け花に伏せた。

「弟が死ぬとしたら、それは弟自身の力量によってです。それは誰の責めに帰するものでもなく、弟自身によるものだということ。だから・・・あなたが弟の命に対してまで責任を負う事はないの。」
「キルヒアイスの事は?」
「・・・・・・・・・。」
「あなたはジークフリード・キルヒアイスの事を、愛しているのでしょう?」
「・・・・・・・・・。」
「私たちの役目は、二人を最後まで守り通すことなの。そのためにここまで来たのだから。」
「ヴァンクラフト侯爵夫人。いいえ、イルーナ。」

 アンネローゼの瞳は悲しげに揺れ動いた。ヴァンクラフト家は叙爵されて侯爵になっていたのである。

「あなたは・・・・弟を、ラインハルトを愛しているのではなくて?」
「―――――!?」

 思わず胸に手を当てたイルーナが後ずさりしたので、テーブルがガタッと音を立てた。内心ずっと意図していなかったものにいきなり手を触れられ、初めてその存在を知ったかのような衝撃を受けていた。アレーナがまだ到着しなくて本当によかったとイルーナは思った。

「まさか、そんな・・・・・。違うわ。私はラインハルトとキルヒアイスを弟とみているだけなのだから。」
「いきなりの言葉、許して下さいね。私は、私の生きてきた場所しか見ていません。ですから、曲がった見方かもしれませんが、人間は誰しもが何らかの利害がなくては、理由がなくては、動かないものです。理由もなしに、ただ正義聖典に従って動くなどという事はありえない事・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「事実か否かは今はこれ以上聞きません。ですが、本当だとしたら、私はそれがむしろ嬉しいの。」
「えっ?」
「あなたは昔からどこか頑なでした。いつも何か使命を帯びて、それに縛られて生きてきているような、私よりもずっと年上のような、そんな不思議な感じを受けていたわ。不思議ね。あなたはまだ20代で私と同い年だというのに。」

 アンネローゼには自分たちが転生者だという事は伏せている。この事実を知っているのはラインハルトとキルヒアイス、そして今は亡きベルンシュタインだけであった。
 アンネローゼはイルーナの手を取った。それはひいやりとしてすべすべしていたが、同時に過去、そして今の苦悩といった感情が込められていた。それを受け取ったイルーナは内心戦慄を禁じ得なかった。

「帰ってきてください。そして、弟と結婚し、幸せになってください。それが私のあなたへの願いですわ。」

* * * * *
同時刻――。

 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督は世間からは引っ込んでひっそりと自邸で過ごしている。一時期隠遁状態にあった老提督は新たな職責を帯びていた。
 上級大将の重職にあり、麾下3個正規艦隊3万8000余隻からなるヴァルハラ星域軍司令長官という職責を。
 この防衛機構の長を任されていながら、自邸で過ごす事ができたのは、ローエングラム陣営が積極攻勢を進めており、ヴァルハラ星域における会戦など起こりうるはずがなかったからだ。
麾下にはクルーゼンシュテルン、ホフマイスター両提督が配属されている。いずれも堅実な指揮官でありながら、ことホフマイスターについては猛将としての側面も持つ。攻守にバランスが取れた人選が配備されている。

 そして、メルカッツ艦隊直属の司令官には――。

 ブラウンシュヴァイク討伐の前後にはメルカッツ提督も麾下の艦隊を臨戦態勢にしていた時期があったが、それもほどなく解除され、今は平素の訓練が主な軍務となっている。それとても大半の職務は副官のシュナイダー大佐が上手く取り仕切っているので、問題なかった。
書斎で書見をしていたメルカッツ提督は突然の来客の姿に眼を細めた。

「これは、ランディール侯爵夫人、ご健勝で何よりですな。最後にお会いいたしましたのは、ブラウンシュヴァイク討伐戦勝記念の宴席で、でしたかな。」
「あなたはさっさとおかえりになりましたね、メルカッツ提督閣下。」

 老提督は苦笑交じりにアレーナに椅子をすすめた。

「あのような宴席は私には似合いませんでしてな。なるべく静かなところが好ましいのです。」
「ローエングラム陣営が少々浮かれ気味なことをそれとなく指摘していらっしゃいますか。」

 答える代わりにメルカッツ提督は席を立ち、手近のテーブルの上にあったティーセットから手ずからカップにお茶を注いで、アレーナに渡した。

「その若さで帝国宰相代理という御立場を担う貴女ですから、単刀直入に申し上げれば、ローエングラム陣営は若い力がみなぎっております。ですがそれは言い換えれば古きを軽視し、血気にはやる空気を醸成しがちになるという事ですな。」
「まぁ、かくいう私もその例外ではないと?」
「貴女は少し違うようですな。そしてヴァンクラフト元帥閣下もそのようです。しかしあの方もどこか頑なさを秘めておられるところがあります。」

アレーナはやれやれというように両手を広げた。

「あなたにかかってはローエングラム陣営も形無しね。そしてもっといただけないのは、あなたのご指摘がおおむね当たっているという点ですけれどね。」
「ほう?」

 メルカッツ提督は眼を細めた。このつかみどころのないランディール侯爵夫人がそう言うという事は何かあるという事だ。

「あまり時間がありませんから、単刀直入に申し上げます。あなたに助けていただきたいんです。」
「援助とは?」
「正確に言えば、私ではなく、ラインハルト・フォン・ローエングラム公に対して、です。」

 ドアがノックされた。

「よろしいですかな?」
「どうぞ。」

 アレーナに促されてメルカッツ提督が応じると、銀髪をショートカットにした帝国軍軍服を着た女性が入ってきて、メルカッツ、そしてアレーナに会釈した。青い瞳は静かな海を思い起こさせるほど穏やかである。

 彼女こそがメルカッツ直属艦隊の司令官である。

「提督、帝国軍最高司令官ローエングラム公より書状が届いております。軍務省、統帥作戦本部、宇宙艦隊司令長官の連署付きです。」

 ユリア・フォン・ファーレンハイト。アリシア・フォン・ファーレンハイトの「実姉」であり、転生者の一人であり、メルカッツ艦隊直属艦隊指揮を務めている。ファーレンハイトがカロリーネ皇女殿下と共に自由惑星同盟に出奔した後、アリシア共々苦難の日々を送ってきたが、女性士官学校を首席で卒業し、紆余曲折を経て、メルカッツ艦隊に配属となった。当初メルカッツ提督の事を「同盟に亡命したローエングラム陣営に仇成す者」とみて警戒していたが、彼の人柄を目の当たりにして、軍務に精励し、今ではメルカッツ提督の右腕としてなくてはならない人物になっている、というのがレイン・フェリルの報告だった。

「それの前にこれも併せてメルカッツ提督に提出していただけますか。」
「???」

 怪訝そうな顔をしてユリアが書状を受け取る。宛名と署名を見てあっと言いそうになったが、そのままメルカッツ提督に差し出した。眼を細めながら、眼を通し終わったメルカッツ提督に、

「まぁ、そういう事です。もちろんすべて了承済であり、私の一存ではない事を申し上げておきます。」
「しかしこれは・・・・まさかこのようなことが起こりうるなどと・・・・。」
「まぁ、信じてくださいといっても信じないでしょうから、代わりに私の事を信じてもらえませんか?ローエングラム公を信じられなくとも、私であれば信じられるはずです。そうでしょう?」

 ユリアがひそかにメルカッツ提督、そしてアレーナを交互に見る。両者はしばし互いの顔を見ていたが、先に根負けしたのはメルカッツ提督だった。

「承知いたしました。準備だけはしておきましょう。その旨お伝えください。」
「お手数をおかけします。」
「事はローエングラム陣営の問題だけではありませんからな。それに、あなたには随分と世話になったこともある。その時のあなたは損得を考えずに行動されていた。言葉は悪いが酔狂な心情でなければできぬこと。であれば、そのあなたの申し出を信じてみることもまた、一つの酔狂なのでしょうな。」

 メルカッツ提督はそう言った。



 アレーナはメルカッツ提督のもとを辞去すると、ひとつ伸びをした。両手を組んで思いっきり上にあげ、伸びをすると、くるっと後ろを振り向く。

「さて、と・・・・。」

 視線の先にはユリアの姿があった。彼女は静かにたたずんでいる。

「どうして殿下お一人を帝都に残したのか、と言いたそうな顔つきですね。」
「アリシアもローエングラム公を御守りして戦地に旅立ちます。なのに、私一人が留守を守るなどと・・・いったいどのような了見ですか?ランディール。」

 ユリアはアレーナの仕えた某公国の公女殿下であり、いわばアレーナの主君なのであった。という事は、アリシアもまたアレーナの主君の血筋に該当することとなる。

「別に・・・深い意味はありませんよ。第一殿下お一人だけではなく、ヴァリエも帝都に残るんですから。」
「嘘・・・。あなたは他人に嘘をつくのが上手いなどと一人悦に入っていますが、私から見るとそうではないことがよくわかります。」
「・・・・・・・。」
「兄の事でしょう?正確に言えば、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトの事を期にかけているのでしょう?『兄妹』同士が相討つことになることを気にかけているのでしょう?」
「・・・・・・・。」
「これと言うのも、私があなたに折に触れてファーレンハイト・・・いいえ、兄の事を話してしまったからこそなのですから、私に責任があるのでしょうけれど。」
「・・・・・・・。」

 ユリア・フォン・ファーレンハイトは気品のある足取りでアレーナに数歩近づいた。アレーナの二の腕に一瞬だが鳥肌が走った。

「私たちの事を、あなたはどの程度知っていましたか?」
「どの程度、と言いますと?そうですねぇ、まぁ、任務に差し支えない程度に、とでも申し上げておきましょうか。」
「それならば何も知らずにいるのと同じ事・・・・。あなたは何不自由なく育ったでしょうから、私たちの事をよく理解していないでしょう・・・・。極貧時代に兄がどのように私たちを守り、そしてどのような立場に追い込まれたのかを・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「私はファーレンハイト家の者として、恥ずかしくない態度を貫くつもりです。」
「一言言っておきますけれど、私たちがここにやってきたのはラインハルトを守るためですからね。ファーレンハイト家に生まれようがビッテンフェルト家に生まれようが、やるべきことは一つだという事は念押ししておきますよ、たとえ相手が殿下であっても。」

 フフ、とユリアがかすかに微笑を洩らした。

「あなたらしいことですね。メルカッツ提督の御指図には従います。その点はあなたには心配してもらわなくともよいはずです。」
「・・・・・・・・。」

 アレーナは一礼してユリアに背を向けた。まだ相手がこちらを見ていることを知りながら一度も振り向くことなくアレーナは地上車に乗り込んだ。

「まったく・・・・とんだひずみを見つけてしまったかな。シャロンが知ったらさぞ面白がるでしょうけれど。」

 やることは山ほどあった。アレーナ自身の出立の準備もしなくてはならないし、不在の間の後任を選ばなくてはならない。忙しさをぼやきながら、アレーナの心の片隅にはかすかな警報が鳴り響いていた。

(それとも・・・・シャロンは・・・・まさか・・・・・。)
 
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