ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第百十四話 貸し借りなんて些細な事、です。
「――卿は既に勅命を受けた身だ。」
遠くから声が聞こえた気がした。瞑想の奥深い深海から意識を表層に戻し、そしてそれが自分に向けられたものであることをフィオーナは感じ取った。今自分はゼー・アドラーにいて提督たちと卓を囲んでいる最中だったのだ。
「皇帝陛下の勅命が曲がりなりにもある以上、卿に代わって我々のいずれかが総司令官になる事はできぬ。」
ロイエンタールが突き放すようにフィオーナに言ったので、ティアナが「ムッ」とした顔でにらんだが、金銀妖瞳の青年提督は意に介さなかった。
「卿もそれを承知しているのだろう?その上で、フロイレイン・ヴァンクラフトに異を唱えなかった以上、総司令官として果たすべき職責を果たさなくてはならぬ。」
「わかっています。けれど・・・・。」
フィオーナにしてはいつになく細い声が漏れ出た。それがあまりにも痛々しいので、当のロイエンタールでさえ、それ以上声をかけるのを一瞬ためらったほどだった。
「俺もロイエンタールと同意見だ。総司令官の地位を拝命した以上は、たとえ自らの器でなかったとしても、それをやり抜くこととなる。如何に周りに幕僚、副司令官、参謀がついていようとも、自らの双肩に責務がのしかかってくるのだ。フロイレイン・フィオーナ。卿はこれまで幾多の戦場を潜り抜け、部隊を指揮してきたではないか。それが今更わからぬ卿ではあるまい。」
ロイエンタールに代わって、ミッターマイヤーが口を開いた。
「今回は僕・・・いや、私もミッターマイヤー提督の意見に賛同します。閣下はもはやローエングラム陣営の重鎮であり、それにふさわしい責務を負わされることは必定。ただ一つ逃れるすべがあるとするならば、それは自ら辞表を提出することです。が、それを喜ぶローエングラム公、そしてあなたの師でしょうか?」
ミュラーが静かに声をかけた。当の本人は長い時間がたっても口も体も動こうとしない。提督たちは意外だった。これまで見せてこなかった意外な姿に、どう声をかけていいか、ティアナでさえ戸惑うほどだった。
不意に豪快な笑い声がした。場を乱す不遜な輩は誰だと諸提督たちが周りを見渡す刹那、フィオーナの身体がのめった。
「わかっているぞ。我々が側におらぬので、あまりにも心細いのだろう!!」
豪快に笑って彼女の細い肩を叩いたのはビッテンフェルトだった。
「ナァに、それも少しの辛抱だ。イゼルローン回廊を卿が制圧する。そして俺が先陣を切り、フェザーン回廊から彼奴等の領土に攻め込み、合流する。それまでの間のな。卿、そして俺の指揮する艦隊の前に、敵などいようはずがないではないか。仮に我々が苦戦するとしても、ロイエンタール、ミッターマイヤー、卿らが控えている。」
ビッテンフェルトは万座を見まわしながら話し続ける。
「メックリンガー、ルッツ、ワーレン、ミュラー、ケンプ、アイゼナッハ、フロイレイン・バーバラ、エーバルトがいる。(ちょっと、私も忘れないで下さいよ!とルグニカ・ウェーゼルが声を上げた。)」
「・・・・・・・・。」
「後方にはケスラー、レンネンカンプ、そしてフロイレイン・ヴァリエらが盤石の体制で守備し、俺達の凱旋を待っている。」
「・・・・・・・・。」
「そして、俺たちの後ろにはローエングラム公、キルヒアイス提督、そして卿の師であるフロイレイン・イルーナが控えている。卿は独りではない。違うか?」
「・・・・・・・・。」
「そして、卿の傍らには親友が控えているではないか。」
促されて顔を上げたフィオーナが見ると、親友が自分の顔を見ながらうなずいて見せる姿が目に映った。
「今回ロイエンタール提督も、ミッターマイヤー提督も側にいないが、及ばずながら俺、そしてワーレンが側にいる。卿の双肩に責務があるとはいえ、決して卿を一人にはしないつもりだ。」
「俺もだ。卿一人に負担はかけさせん。何しろ女性ばかり前線に立たせて男が後方でのんびり膝を組んで待機などと亡き妻が知れば俺をヴァルハラで叱りつけるだろう。」
ルッツ、そしてワーレンが後を引き取る。
「俺は卿の仲間を殺した。」
バイエルン候エーバルトが静かに言う。
「そのことはどうしようもない事実だ。卿が俺を正面切って恨んでくれたらと何度思ったかもしれない。だが、卿はそうしなかった。一度は命を失ったと覚悟したこの命は他ならぬ卿の仲間に生かされているのだと思うようになった。償いとは言わないが、できうる限り卿の力になろう。」
「卿は独りではない。今はそれがわからなくとも、いずれわかるときがくる。そのことを覚えておいてほしい。」
年長者のレンネンカンプがそう言った。フィオーナは灰色の瞳で一座を見まわした。どの顔も自分を見つめ返し、片時もそらすことがない。
「皆さん・・・・・。私は・・・・・。」
灰色の瞳を揺らめかせながら、それ以上どういったらわからなくなったフィオーナはやっとのことでこう言った。
「正直不安です。どうしようもなく・・・不安で、押しつぶされそうになっています。今も・・・・。でも・・・・・。本当であれば私ではなく、艦隊の総指揮を取るのは皆さんのはずでした。それをこうして励ましてくださったこと、本当に、皆さんの器が私よりも大きいことの証拠です。・・・・本当に・・・ありがとうございます。」
だが、諸提督たちはまだ彼女の顔色が優れない事を見抜いていた。とはいえ、宴の最初のころと比べると幾分かその表情に明るさが戻ってきたのは事実である。
「ルッツ、ワーレン、エーバルト、卿らにはフロイレインらの補佐役をしかと頼みたい。」
フィオーナたちが帰った後、ゼー・アドラー残留組の中で、ミッターマイヤーはひそかにそう言い、またほかの諸提督たちもこもごも依頼したのだった。フィオーナ、ティアナの実力を信じていないのではない。あまりにも重すぎる重圧に耐え兼ねた場合の彼女の心情を慮ったのである。
フィオーナたちがイゼルローン回廊に出立するのは、この二日後になる。
* * * * *
既に開戦が決定されてからというもの、ローエングラム陣営はあわただしい動きを見せていた。実働部隊を担う諸提督たちは艦隊の出航準備に追われ、アイゼナッハを中心とする後方支援部隊は補給計画の立案と航路の確保に専念し、各省庁は遠征軍に対して全面的な協力体制を構築し、帝国全土にもそれを徹底せしめた。
布令は可及的速やかに全土に広がり、帝国全土はこれといった混乱もなく総動員体制に入った。帝国国民は、長年上からの意志決定がされるに任せ、自分たちでは意思決定ができない体質となっている。それを眺めながら、イルーナの心境は複雑だった。
「民主主義であれば、このように早く動員体制は整わなかったでしょうね・・・・。もっとも、戦時下の自由惑星同盟を除けば、だけれど。」
彼女はラインハルトにそう漏らしたことがある。この体質は今の戦時下では好都合だが将来別体制――例えば民主主義――を構築するにあたってはマイナスでしかない。そのことは彼女だけでなく、ラインハルト自身もまた自覚していることだった。
そのさなか、フィオーナを総司令官とする別働部隊約16万余隻が一足先にイゼルローン要塞に一足先に出立したのは帝国暦488年5月15日の事だった。
作戦案をラインハルトらと検討していたイルーナは、顔を上げた。
「失礼します。」
ローエングラム陣営参謀総長補佐であるレイン・フェリル大将が入ってきた。そして一通の紙片をイルーナに手渡した。それを受け取ったローエングラム陣営の参謀総長の顔色が変わる。万座の視線は彼女の華奢な指先にある紙片に集中していた。
「自由惑星同盟が、早くもフェザーンに侵攻を開始し、同星を取り囲んだそうよ。その数およそ15万余隻。」
イルーナが暗い顔をしてラインハルトに報告した。その知らせに万座がざわめく。あまりにも電撃的な侵攻ではないかと誰しもが思っていた。
「いかがいたしますか?ラインハルト様。」
「これが敵のプランか・・・・・。」
ラインハルトは考え込んでいた。フェザーンは見殺しにできない。自治領主府があるとはいえ、形式的には帝国の領土であるからだ。敵もそれを知っているからこそ、電撃戦を仕掛けてきたのか。だが、あまりにも早すぎる。第一、侵攻の報告は、ましてやそれが自分たちに向けられたものであれば、当のフェザーンからすぐに来るはずではなかったのか。
「いや・・・・状況が根本的に異なるのだったな。」
既に自由惑星同盟はシャロンの支配下に入っている。だからこそ、洗脳された情報部員等役に立とうはずもない。この場合、情報戦は無意味なのだ。
「イゼルローン要塞に向かっているフロイレイン・フィオーナに連絡せよ。至急航路を変更し、フェザーンに向かえと。本隊も可能な限り出立準備を速めることとする。」
実際打つ手としてはそれくらいしかないのだ。
だが、フェザーンにたどり着く前に、第二の急報がもたらされる。
監視部隊からの報告を受け取ったイルーナは、しばらく紙片から目が離せなかった。
(フェザーンが・・・消滅!?)
青ざめた顔、震える指先は容易ならぬ事態であることをラインハルトたちに示していた。
実際にラインハルトらにこの知らせがもたらされた際、ラインハルト以下信じようとしなかったほどだ。
「フェザーンが・・・・消滅したというのですか、イルーナ姉上。」
「そうよ。フェザーンが消滅したわ。どうやったのかはわからないけれど、我が軍の監視部隊から同様の報告がいくつも届いている。事実だとみていいでしょう。」
「そんな――。」
ラインハルトが目を向けると、キルヒアイスが顔色を変えている。
「20億人が・・・・一瞬で消滅したというのですね。」
その事実に万座が重苦しい空気に包まれる。そう、20億人という数字は過去に繰り返されてきた何百という戦いによって散った将兵の数字より少ないかもしれないが、それでも一度の戦いで散った数字、それも民間人という重みを考えれば、単なる数字という表現を越えていた。
「侵攻計画を大幅に修正しなくてはならないと小官は考えますが。」
ロイエンタールが沈黙を破った。ヘテロクロミアの青年提督はフェザーン消滅の報告を聞いて衝撃を覚えたであろうが、早くもそれを材料に変換しようとしている。
「もっともだ。・・・・姉上?」
ラインハルトは眼を見開いた。イルーナの顔色が悪いのだ。それもひどく。
「少し・・・席を外しても良いかしら?」
そういうと、返答を待たずに、イルーナは席を外したのである。それをアレーナの視線はじっと追っていた。
* * * * *
ラインハルトが探し当てたのは、ひっそりとした庭園だった。ローエングラム陣営の元帥府において、無用な造作は排除されていたが、元帥府の裏手にある庭園だけはひっそりと残され、ひそかな憩いの場になっていたのである。
「・・・・・・・・・。」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトはそこに佇んでいた。ラインハルトに背を向けて。ラインハルト、そしてキルヒアイスが近づいていっても、彼女は振り向かなかった。
「イルーナ姉上。お体の方は大丈夫なのですか?」
「フィオーナを笑えないわね。」
前世のフィオーナの元教官は自嘲気味につぶやいた。
「20億人の死が、これほど重いものだなんて想像していなかったわ。そしてそれは私の読みの甘さでもあった。」
「何をおっしゃるのですか!?」
「いいえ、本当のことよ。シャロンの恐ろしさを知りながら、そして、私たちの呼び水となるであろう最大の標的はフェザーン若しくはイゼルローン要塞だというのに、私はそれに対する対策を怠っていたのだから。」
「かの者は私たちに侵攻を求めてきました。まさかあのような形で、それも消滅などという手段が実行に移されることなど想像もつきますまい。」
キルヒアイスの言葉にラインハルトもうなずく。
「だからこそ、私たち転生者があなたたちの側にいるのよ。あなたたちの想像を超えた事態に対処し、あなたたちを守り抜くことこそ、私たちの役目。それを・・・全うできなかった。」
声がかすれていた。ラインハルトは衝撃を受けていた。これほどまでに「姉上」が憔悴したのを始めてみたのだ。カストロプ星系侵攻の際のダンスパーティーの直前、一瞬だけ弱みを見せていたが、それとて今ほどの物ではなかった。
つと向きが変わった彼女の横顔を見た二人は信じられない思いだった。
「ごめんなさい・・・・。本当に・・・・・・・・。」
「姉上――。」
「私はあなたの側にいる資格などないわ・・・・!!」
ほとばしるようにそう言った言葉は二人の胸を刺した。
「何をおっしゃるのですか、姉上!?」
「私は・・・あなたたちと出会わなければよかったのかもしれない!!いいえ、この世界に来なければよかったのかもしれない!!そうすれば・・・おそらくシャロンは、あんなことをしなかった――」
パシンッ!!
乾いた音がした直後、イルーナが後ずさった。左頬が赤みを帯びて痛々しい後を残している。キルヒアイスも眼を見開いていたが、顔色が引き締まった。ラインハルトの真意を理解した顔だ。
(・・・・・・・!!)
物陰からこの光景を見ていたアレーナはあっけに取られていた表情をしていたが、次の瞬間何とも言えない笑みを浮かべていた。
「ラインハルト・・・・!!」
頬に手を当てて呆然としているイルーナに向かってラインハルトは歩み寄った。
「では、今更逃げるというのですか?」
すぐ目の前まできた端正な顔立ちと共に放たれた静かな問いは、薄い鋭い刃となって彼女の胸を刺した。
「ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、そして幾多の敵の死、さらにはベルンシュタインという転生者の死が私たちの歩んできた道の背後にあります。それをすべて無駄にせよと言っているのと同じだ!!」
「・・・・・・!!!」
「それならば最初から何もしなければ良かったのと同じ事。それを様々な形で幼少のころから教えてくださったのは他ならぬ姉上ではありませんか?」
「・・・・・・・。」
「何よりもフロイレイン・ジェニファーの死を無駄にする気ですか?」
「・・・・・・・。」
「そしてフロイレイン・フィオーナらがどう思うかをお考えになったことはありますか?」
「・・・・・・・。」
「ご自身で教示なさったことを、ご自身で翻すというのであれば、私は敢えて姉上を軽蔑します。」
「・・・・・・・。」
「イルーナ姉上。私たちの背後には、死者たちだけでなく、幾千幾万の民がいるのです。このままではかの者は帝国に逆侵攻を行い、片端から有人惑星を消滅させるでしょう。フェザーンと同様に。そうなれば、いずれ帝国の民は滅んでしまう。」
「私たちは帝国の軍人であり皇帝陛下にお仕えする責務があります。しかし、それ以上に、いえ、それよりもずっと大切なのは、民を守ることではないでしょうか。それを教えてくださったのはヴァンクラフト様、ほかならぬあなたです。」
「・・・・・・・。」
イルーナは黙ってラインハルトとキルヒアイスの言葉を聞いていた。
「姉上。今すぐにとは言いません。ですが私たちは元帥府の会議場でお待ちしています。あなたはわが軍の参謀総長だ。それにふさわしい職責を果たす義務があります。そして・・・私たちに教えてくださったことをあなた自身の手で示していただきたい。」
二人が立ち去った後も、イルーナはその場から動かなかった。ローエングラム陣営の参謀総長は自分を責めていた。ラインハルトとキルヒアイスの言葉を聞いているうちに、自分が如何に恥ずかしい言動をしたのかを理解したのだ。
(馬鹿・・・・・。私は、どうしてあんなことを・・・・・。)
「そうよ。あなたはとんでもない弱みを見せたわね。」
サクサクと草を踏む音がした。顔を上げると、アレーナが立っていた。左手を軽く腰に当ててこちらを見ている。その姿勢のまま彼女はさらに近寄ってきた。
「教え子には厳しく、自分に甘く。あなたがまさかそんなことをするとは思わなかったわ。」
「・・・・不覚だったわ。そう言わざるを得ない。あなたも私を見て軽蔑したでしょう?」
アレーナはつかつかと近寄ってきた。一瞬ラインハルトと同じようにされるのかと思ったが、彼女はイルーナの横を通り過ぎ、くるっと振り向いた。
「いいんじゃないの?」
「えっ?」
「お姉さんだからって、全く弱みのない完璧な人なんて、とっつきにくいだけでしょ。たとえ転生者であろうが、教官だろうが、軍の要職についていようが、あなたはあなた。一人の人間だってこと。」
「・・・・・・・・。」
折から吹いてきた春風に眼を細め、アレーナは空を見上げた。イルーナもそれに倣う。春只中の青空は、どこまでも抜けるようで、そして広かった。恒星ソールの光が二人に穏やかに降り注いでくる。一羽の白鳥が優雅に空を羽ばたいていった。
「前世からずっと思っていたけれど、あなたは役目に縛られすぎているところがあるんじゃない?そんなもの洋服と同じ。いつでも脱ぎ捨てることができるものよ。」
「・・・・・・・・。」
「貸し借りも同じ。今はラインハルトに一本借りた形になっているけれど、きっとこの先ラインハルトたちだって膝を折ることがあるかもしれない。心を折ってしまうことだってあるかもしれない。そうなった時、側にいて助けられるのは私たちじゃない?」
「・・・・・・・・。」
「借りなんてその時返せばいいじゃない。そんな真剣に考えなくっても大丈夫よ。」
「・・・・・・・・。」
「ま、私としてはラインハルトからいいものを見せてもらったことに満足しているけれどね。」
「・・・・・・・・?」
「待っているから。会議場で。」
それだけ言うと、アレーナは一人イルーナを残して庭園を出ていった。
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