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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ルーラー・オン・アズール

「空の彼方にあるものは?」

本来ならば、そこに対句があるはずのそれを、答える者はない。
とりわけ長い矢を一本、持った手を掲げて遠い目で黒い空を見やる。
対空ミサイルの奮進煙が風と共に彼女を撫でては通り抜けていく。

「あなた達の戦場はここにある。」

掲げていた矢に、弓を重ねる。
天に弓引く、という行為の意味。
それは、紛れもなく畏れるべきものへの反逆の決意。
加賀は、倒すべき強大なるものを見つけた。
久方ぶりに、そう、この感覚さえ懐かしい。

「私達の蒼の征途に立ちはだかるものを、切り裂きなさい!」

矢は、放たれた。
遙かに長く、そして太い矢は、その図体に似合わず、空へとまっすぐに駆ける。
その矢がやがて輝き、そして弾ける。
速度を落としつつ、なおも飛ぶ光から放たれていくのは、明らかに普通の弓矢艤装の矢一本のそれではない数の、大量の航空機。
烈風から紫電改から、更には水戦まで、とにもかくにも一空母ではあり得ない数の戦闘機が噴き出すように飛び立つ。

「空を征し、海を征し、蒼を征く。私の征途の前を邪魔しないで!消えなさい!」

彼女がこの異能を発揮したのは、これが二度目。
一度目は、戦闘中のゴタゴタの内に記録されなかった。
だがしかし、この異能の名前を付けるとしたら、すでに決まっている。
だって、この異能は言い換えれば願望。
つまり、自分の一番求めているものを求めたが故に発露するものであるから。
そして、その願望が何かをしっかりと認識しているからこそ、強固な異能としてここに発揮している。
たった一隻の空母が仕切るにはあまりにも莫大すぎる上にそれぞれがバラバラな航空機群。
それを全てかき集め操りきるという常人の域にない所業が出来るとしたら、それは悪魔だろうか。
自らを悪魔の軍艦と定義付け、故にこそ悪魔のような所業を可能とする。
そこまでしてでも、求める願望があるからこその狂気だろう。





「今の光は!?」

「……きっと、加賀さんです。加賀さんの、『願望』です。」

陽炎の言葉に、この景色に見覚えのあった浜風が応える。
一度だけ確かに見た、彼女の願望の発露。
それが見えたということは、そうさせるだけのことが『みのぶ』の周辺に起きたということ。
この戦いの終局は、どうやらやはり、そこにあったらしい。

「『みのぶ』に残ってるのは熊野と加賀、あと叢雲と吹雪だったな!?」

「ああそうだ!提督も、おあつらえ向きなメンツを残したもんだ!完全に決着を着ける場所を『みのぶ』にしてやがる!」

天龍と木曾が、並んで最前列で駆ける。
その後方に、陽炎達を引き連れ、複縦陣で並ぶ形だ。

「確かに決着には十分な千両役者を揃えているがよぉ!俺達がこのまま舞台袖に控えるのは違ぇよなぁ!?」

「その通りです。司令はどうにもこういう時に私達の扱いを軽んじている部分があります。」

不知火はムッとしながら、手袋の口を引っ張って指を填め直す。

「まぁ、そんなん言うても、作戦の内じゃ言われて終わりじゃ。」

「そう、浦風が言うことがもっともな理由だ!だがよぉ、今から俺達が役割を持って舞台に上がることは出来るはずだぜ?」

「と、言うと?」

「この空襲、仕掛けた奴が当然どっかにいる。俺達でそいつの所在を見つけ出して叩き伏せる!」

「天龍!さっきの決着から数刻でこの空襲よ!また私達が仕留めても、すぐまた仕掛け直してくるんじゃ!?」

天龍の言葉に、陽炎は反論する。
ほんのさっき、リバースド・ナインを仕留めたばかりなのに、またこうして空襲してきた。
これがもし、リバースド・ナインが復活して襲いかかったのだとしたら?
その可能性が、一番高いのだ。

「だとしたら、ウチの提督が完全に読み違えたっつーことだ!そん時はそん時だろ!」

「まぁ、私達が考えても確かに詮無いことですね。」

浜風も、今回のネームレベルの正体を予想している。

CV-6エンタープライズ。

何度も戦場に返り咲く不死身の空母など、これ以外にいるものか。

「そして一隻の応急修理された空母があった」

この一文こそが、彼女の存在を絶対としているのだ。
太平洋戦争が誰の英雄譚であったかと言うならば、おそらくはこの一隻の普通の空母のものであっただろう。
それが今、私達に牙を剥いたとしたら、おそらくはこうなるだろうと思う。
彼女一人に、帝国海軍の代役となるだろう私達は、どれだけの出血を強いられる?
壬生森はだから、これを撃破するべくここに来たのだ。
私達でなら、あの時に届かなかった一撃が届くと、信じたのだと思う。
いや、違うか。
『届かなかった一撃を届かせる手段があったから、私達を動かした』のだろう。
彼は、そういうことをする男だ。
そして、私達がどう動くかもおそらく予期しているし、それさえも彼は自分の思考の内に収めている。
だとしたら、きっとこの行動もまた、彼の作戦の内だろう。



「加賀さん!抜けてきたのはこっちでやっつけます!取りこぼしにお構いなく!」

『みのぶ』第二甲板上、そこは今や、加賀一人のための踊り場となっていた。
航空管制に全力を注ぐがために、横波一つさえも命取りとも言える状態になる彼女は、艦が艦に乗っているというこの状況でなければならない。
そして、その状況を万全にするために、吹雪が護衛に付いている。
この艦隊で現代艦との戦術リンクという技術の最先任とも言える彼女は、イージスを持ってしても抜かれた攻撃に対する最後の防御だ。

「この攻撃、本当にどこから!?」

「私には、まだわからないわね。」

吹雪の問いに、加賀はなんでもないように答える。

「ただ、イージスとの戦術リンクを繋いでいた貴女なら、先にその痕跡を見つけ出せるかもしれないわね。」

「私がですか?」

また一気、急降下して抜けた一機を、吹雪は撃ち抜いて吹き飛ばす。

「レーダーのノイズ、一番最初に検出したのはどこかしら?」

加賀はずっと変わらず、空を見上げたまま。
実際に見えている視界はどうなっているのか、吹雪にはイメージすら出来ない。
熊野に先んじて言われたことは「覗き込んだ万華鏡の断片のようにバラバラになった視界の全てに映る景色を見て、その全てをリアルタイムで把握して管制するようなもの」と言われたが、何百という航空機の全てをそうやって把握しているとしたら、それは既に悪魔の所業すら超えた神業だろう。
それだけのことをしているだけあってか、普段なら鶴姉妹二人を相手にしてても平素な彼女の頬を伝って、脂汗が顎から落ちる。
どれだけの負担が彼女にかかっているか、想像を絶する。
こんな離れ業を、あの時もしていたのだろうか。

そう長くは出来ないだろう無茶だ。
叢雲、早くして!と、そう願わざるを得ない。
今回もやはり、決着の一手は、叢雲に託されているのだから。 
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