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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  オープニング・ムーヴ

『目標探知、直上!深海機影3、高度3500!』

「第三戦速ォー!回避行動ォー!」

「主砲、短SAM、対空戦闘用意!」

「対空戦闘、用意よし!」

バタバタと、またはジリジリと、足音や警報が鳴るCIC内で、ただ二人だけ静かに動かない者がいた。
壬生森と熊野だ。
壬生森は身動ぎ一つしないで、モニターをつまらなさそうに見つめていて、熊野は壬生森が動かない以上は、と同じように動かず控えていた。

「敵の一機は既にダイブしている!シウス二番起動、AAダブル!フルオート!敵弾迎撃後の離脱するところを砲で対処!短SAM、ミサイルドーマント、残りの後方2機に照準!」

「シウス二番起動!自動射撃開始!」

恐らく、これが第一関門だ。
そのくらいは熊野もわかる。
壬生森は、どこまで読んでいるのだろうか?

「提督、この攻撃は……?」

「まぁ、『彼女』の初手だろう。」

「……この状況、『彼女』は完全に先手を取りました。」

「そうだね。しかもこの初手から既に受けそびれたら致命的な一手だ。艦長、主砲で対処する予定の一機への攻撃は中止。奴には巣に帰ってもらう。」

「は、了解。」

頭上から爆発音が遠く響く。
同時に、奮進音もいくつか。

「敵機の投下弾、3発をインターセプト!空中弾の残り確認出来ず!」

「シースパロー、5秒前スタンバイ……ターゲットキル!」

いつの間にか耳に着けていたインカムに、壬生森は指を添える。

「龍驤、一機逃がす。しくじるな。」

それだけ言って、壬生森はまたつまらなさそうな顔と居住まいに戻る。

「今のはゴングだ。次は一気に来るぞ。」

壬生森がそう呟いたすぐ後だった。

「目標探知、37度70マイル!深海機影群と思われる!」

SPYレーダーが捉えたのは、三拍子で鳴り渡るワルチング・マチルダの旋律。
熊野にも見えた、『彼女』の右手。
壬生森には、はっきりと見えているに違いない。

だからこそ、彼は耳に当てたインカムに手を添えているのだ。

そして壬生森は、彼女の誘いに身体を起こす。
彼は、『彼女』の誘うダンスホールに踏み行った。

「翔鶴、瑞鶴、航空戦!その他直掩艦、対空戦闘用意!発艦!」

これが彼の、一番最初に下した明確な第一手。
熊野に出来ることは、その第一手の確度を上げることだと思う。

「提督、今は直掩艦部隊に鈴谷を付けていますが、私も行きますか?」

「いや、鈴谷に任せる。君が信じている親友を疑うような野暮はしないよ。それに、君はまだ温存したまえ。この第一幕の終着点はまだ先だ。」

「……温存と出し惜しみの履き違えだけはなさいませんよう。」

「善処しよう。」

こんな念押し、本当は必要ないと熊野は思う。
だが、不要と思う念押しを言うと、なぜか彼は、僅かに嬉しそうにするのだ。

言うのを待っていたかのように。

やはり彼は、変人だと思う。
そして、そんな変人を慕う私は?
熊野はそこまで考えていつもの結論に苦笑する。

なんだ、同じ穴の狢じゃないか。







「提督~!大変じゃ!大変じゃあ!」

ガチャン、となかなかいい音を鳴らしながら廊下をバタバタと走る勢いのまま、執務室に入ってきたのは利根だった。

「蒼征は見つかったか?」

「見つかったどころじゃないぞ!沖合いでドンパチ始めとるのじゃ!敵は見える限りで航空機のみ、蒼征の翔鶴と瑞鶴の航空機で迎撃してるが数が多くて止めきれてないのが現状じゃ!このままだといつ、蒼征の母艦二隻が空襲されるか!」

利根の言葉に、金城は引き摺られかけた。
空母艦娘二隻分の航空機とはいえ、その中で対空迎撃出来る機数となると、そこから総数はがくりと減るだろう。
しかし、そこでふと気付いたのだ。

「翔鶴と瑞鶴の機体しか迎撃に出ていない。それは確かなんだな?」

「?……そうじゃが、それがどうしたのじゃ?」

「いや、それだけはっきりすればいい。位置を正確に出してくれ。迎えを出さねばならんだろ。」

気を利かせた大淀が、大テーブルに海図を広げて、現在進行形で航空機越しに利根が目にしている状況を示していく。
こつん、こつん、と駒が置かれていき、だいたいの蒼征の防戦一方な場面が正確に示されていく。

「ん?なんじゃ?」

利根が間の抜けた声を出したのは、その最中だった。

「どうした?」

「蒼征の艦から探照灯がチカチカしとるんじゃ……モールスかのぉ?」

「読み上げろ。」

「んー、とじゃな?『ラフィンフォクス、リクエスト、アタックミッション、ターゲットコード、『リバースド・ナイン』、グリッド……』」

利根越しに伝えられる発光信号の内容を元に、大淀は大きい赤の駒を海図の上に置く。
それと同時に、金城は生きている有線の内線通信の受話器を取る。

「金剛、俺だ。」

『darling?何かあったネ?』

金剛の受話器越しの返事は、いつもより険しくあるものの、その声の張りは万全な証だ。

「ああ、直ちに警戒待機より攻撃態勢に移る!『ラフィンフォックス』より攻撃支援要請、攻撃目標は『リバースド・ナイン』!作戦、開始だ。」

『……私達の出番ネ。ンー、待っていた甲斐があったネ。』

金剛の緊張がわかる。
それ以上に滾る、奥底の熱量も。
今回は、大丈夫だ。
そう、信じることが、金城の仕事だ。

「金剛、今度こそ仕留めるぞ。」

『モチロン、ネ。それじゃ、出撃するヨ!』

「出撃後の指示は追って伝える。今回は俺も指揮艦で出て、直接指示を出す。いいな?」

『Guardは誰を?』

「那珂に照月と凉月、それと瑞鳳を付けさせる。」

『万全を期そう、といくら配備しても思えないのデショウガ……サラとジャーヴィスをそこに付けてクダサイ。』

「サラとジャーヴィスを……?何故だ?」

金城は金剛の提案に少し、疑問を覚えた。
なぜ、その二人をピックアップしたのかがわからなかったから。
対空迎撃に不安があるから、という理由ならジャーヴィスのピックアップは何故?

『……darlingに少しでもlackがありますように、という願いネ。』

金剛が何か、他に思うとこがあるのは察した。
それを金剛が言わなかった理由を、詮索するのは野暮だ。

「わかった。そうしよう。出撃指示は海域グリッド……」

今は、速やかに金剛達を向かわせるべきだ。
こちらにわざわざ要請を出した、ということはきっと。

金城は金剛への指示のあと、受話器を置いてから一段落着いた大淀達に指示を出す。

「大淀、それに利根。指揮艦の用意を。利根は護衛ではなく、艦内に残れ。」

「了解です!」

「ふむ、了解なのじゃ。」

これより、ブルネイの総指揮所は一隻の艦艇に移行する。
執務室の扉に鍵が掛かり、金城のみならず全員が直接現場へと乗り出す。
この事態は、いつ以来のことか。
そんなことをちらりと大淀は振り返り、すぐに放棄した。
そんなことは、あとで回顧録を書く時にでも思い出せばよい。







「金剛、今回はこの編成でいいのね?」

「他にアリマセン。Perfectとは言いませんが、これがMore Betterと判断するネ。」

金剛の隣には加賀がいる。
出撃した艦隊は、金城の指揮艦の護衛を除いて2艦隊。
そのひとつが、金剛の率いる即応艦隊とも言える編成。
金剛、赤城、加賀、秋月、夕立、そして神通。

直接の殴り合いまで考慮した結果、夕立と神通は外せなかった。

そしてもう1艦隊。

『武蔵より金剛、聴こえるか?やはり、そっちのほうが足が速そうだ。』

「問題ないデス。最新のグリッドを目指して航行してくださいネー。」

武蔵が率いる低速艦を中心にした打撃艦隊。
足の速さや対応力を捨ててはいるが、それ以上に圧倒的な破壊力を有している。
武蔵、扶桑、山城、飛鷹、隼鷹、摩耶という普段だったらまずない、対ネームレベルで真正面から完封、制圧を目指した編成だ。

そして、残る敢えて出してない主力級は、ブルネイそのものの守りとして配し、事態の急変に備える。

金剛が出したプランは、金城が全面的に納得するものだった。

「偵察機、飛ばします。」

「OKネ。GO!」

金剛は神通と共に偵察機を放つ。
『彼女』の姿をこれで直接捉えられれば、今度こそ先手を打てる。
かちりと無線機のスイッチを入れ、彼女は、彼女達の第二幕のオープニングを告げる。
第二幕の題は、報復だ。

「PaybackTime!」 
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