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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ケース・スタディ

魚釣島沖、メガフロート式洋上トランスポート基地『はるかみ』

魚釣島の海岸の港化を最低限にするために、輸送艦や護衛艦の補給や荷下ろし荷揚げの中継地として作られたメガフロート人工島で、魚釣島は実際にはこの人工島基地の管轄という見方をする者もいる。
ここから魚釣島に台船で資材を運んだり、護衛艦の補給をしたり、ヘリポートとしても稼働したりとその用途は多岐にわたる。

「鳳翔、夕張、なにかあったら、いつものように頼む。」

「お任せください。例え、スプルーアンスが来ようがこの島は守りきってみせます。」

「今からスプルーアンスの相手をするのはたぶん我々だよ。ハルゼーが来たら丁重に追い返してくれ。」

鳳翔の言葉に壬生森は笑って返す。
出立の朝、主だったところの戦力を全員連れていき、残るのが主だったところが明石を筆頭に鳳翔、夕張、そしてあとは駆逐艦が何名かという状態にするのをよしとするか、最初は壬生森も考えた。
しかし、鳳翔からの「私や夕張を甘く見てませんか?」という言葉で背中を押され、壬生森は納得することにした。

「では明石、後は任せる。」

「お任せを。好き勝手やっときますよ。」

明石の返事を聞いてから、壬生森は船に乗り込む。
出航するのは二隻。

壬生森が乗り込んだDDH『みのぶ』、そして随伴のDDH『ゆきなみ』。
どちらもいい加減に旧式艦になってきた二十年来の艦だ。

そろそろ新型の艦が必要だろうが、何しろ予算不足が祟っているため、来年着工する新型艦がロールアウトする再来年まではこの旧式艦と巡視船二隻ずつでやりくりするしかない。

「やれやれ、いつ以来ですかな?壬生森司令が直々にこの艦に乗るのは。」

壬生森がタラップを上がりきった先に、『みのぶ』の艦長が待っていた。
壬生森がニライカナイ艦隊を指揮するようになってから、ずっとこの男が『みのぶ』の指揮を執ってきた。

「二十年ぶりだろうね。『みのぶ』まで出す事案がそもそも少なかったから。」

「やれやれ、定年前に最後に一働き出来て喜ばしいわけですが、司令は初めてこの艦に乗った時から変わりませんなぁ。」

「人魚の肉を食ったからね。私は人類が地球から出ていくような時代にならないと死なないと思うよ?」

ははは、と艦長と壬生森は笑う。
壬生森のセンスの悪い冗談も闊達に笑い飛ばすこの艦長だからこそ、壬生森はこの艦を任せていたのかもしれない。
そして、彼等が艦内を歩き、所定の位置に着くことが、この二隻の出航の合図だ。

「『みのぶ』出航用意!」

「出航用意!」






「さて、どうしたもんかね。」

ブルネイでは主だったところの戦力を集めて、壬生森から届いた資料を広げた状態で、黒い空母改め『リバースド・ナイン』対策会議が執務室で行われていた。

「例の空母が、シンプルに単に空母ヲ級が手を付けられないくらい強くなった、ってだけだったら、対空砲火をありったけ用意して直接殴り倒すか、潜水艦達を出して水面下から仕留めればいいだけの簡単な話なんだからな……」

「まぁ、それだけの存在だったら『蒼征』が出てくるハズがない……とは思いましたが、これをネームレベル認定しない方針だった市ヶ谷は何個の鎮守府を潰すつもりだったのか……逆に気になりますね。」

武蔵と赤城が、コピーした資料の束を見てゲッソリした顔をしている。
そこに書き連ねられた内容は、武闘派の武蔵をもってして「これは理不尽だ」とぼやくほどのものだった。

「近付いてしまえばいい、と言えど近付くことがそもそも無理難題に見えますね……」

「あー、こりゃなかなかひどいねー……これって、ホントにこの世にいる生き物?タチの悪い都市伝説とかじゃないの?これ。」

神通も僅かに嫌な表情が見え隠れする。
勇気と無謀の履き違えをわかっている神通だからこその反応だ。
北上ものんびりとした態度は変わらないが、明らかに「関わりたくないです」オーラを出している。

「ひえぇ……こんなの、昨今の異世界転生モノのラスボスでも出せませんよ……なんですか?この馬鹿と冗談が総動員でタップダンスを踊ってるようなふざけた設定。初期設定の時点で却下されますよ、普通……」

「提督、僕はこういうタイプの悪ふざけは少し嫌いかな。」

「これはちょっと流石に要素盛りすぎっぽい。」

サブカルチャーに片足突っ込んでいる比叡がいろんな意味で青褪める、その両サイドで、比叡が持ってる資料を横から見て「ないない」「ぽいぽい」と呆れている時雨と夕立。

「ま、そういう反応になるわな。残念なことに、こういういろいろと自由すぎるアホみたいな化け物を相手をする連中が『蒼征』でな。おっと、でち公逃げるな。」

「これは悪い夢でち……こんなのが現実なんておかしいでち……きっと、オリョールの行き過ぎで変なものが見えてるんでち……オリョール行って休まなきゃでち……」

ゴーヤに至っては現実逃避を始めている。
やはり、今までの集められる限りのネームレベルを参考資料に付け加えたのは間違いだっただろうか。
金城も改めて見返して、こめかみの辺りに痛みを覚えたほどだ。

「これがいわゆる、深海の世紀と呼ばれた時代の化け物です。こんなのがそこかしこにいたのがまぁ、20年前の海だった訳です。」

大淀は普段通りの表情で、信じがたい事実を淡々と説明する。

「超大和級航空戦艦を旗艦とした大艦隊、火山島そのものを動力にした菌糸生体兵器群、本土の連合艦隊の2/3を擂り潰したモンスター、この前のトラックを壊滅させた海竜……と、表に出ているものだけでも、よくもまぁ、こんなの並べて世界のひとつも滅ばずに済んだものだと、言いたくもなりますが……で、今回の黒い空母もネームレベル認定されてこそいますが、挙げた他のネームレベルとは根本的に違う点があります。」

大淀はメガネを指で上げたあと、ホワイトボードに写真を貼っていく。
それらはアングルや被害に違いがあれど、全ては『リバースド・ナイン』が撃破され、沈んでいる写真。

「このネームレベルは通常の戦力での撃破が4度、確認されています。此度は5度目の出現……これをどう見るかで、量産型の強力な深海凄艦とするか、超常のネームレベルとするか、市ヶ谷でも判断が割れたようです。現実的なのは前者なわけですが、それを正式に決定する閣議前の総理レクで、こちらに向かっている『蒼征』の壬生森提督が後者であると主張し、証拠も提出したことから、見事に引っくり返りました。」

大淀が明石にキューの合図を出し、明石がプロジェクターを起動する。

それは上空からの偵察機映像だろうか。
傷付いた姿のリバースド・ナインの空撮映像で、遠目だったそれが最大望遠になる。
傷に見えるそれは、紅く光り、どんどん小さくなっていく。

「自己修復……!しかも、速い!」

そして、映像は急にガタガタと揺れて乱れる。
そして、カメラそのものが空から落ちたらしく、落下しながらも空中を捉える。
黒い飛行機の影が、空撮していただろう彩雲を撃ち落としたらしい様子を捉え、そのまま落ちていく。

そこで映像はブラックアウトして終わる。

「自己修復の速度もそうですが、そもそもこの空撮は4度目に明らかに海中に没したのを確認したあとに高出力の空電ノイズが確認された海域で撮影されたものです。」

「高出力の空電ノイズ……その時のネガスペクトラム観測はどうなっている?」

「残念と言うべきか……ばっちり観測されてますよ。この空撮箇所を中心とした広範囲に。」

あとから部屋に入った青葉が、武蔵の質問に答える。

ほい、追加資料です。
そう言って、青葉はテーブルに更なる追加の資料を広げる。

「今となっては群体の早期発見にも然程寄与せず、個別の観測では“ネームレベル”くらいの出力がないと深海凄艦を個別に正確に観測出来ない、と下火になってしまった衛星によるネガスペクトラム観測ですが、物持ちがいいのは救いですね。あの映像の撮影時に、確かに同地点で小規模ながらネガスペクトラムを観測しています。壬生森提督も、これを根拠にネームレベルと踏み切ったと見ていいかと。」

「実際、ネームレベルと言えど基本的には普遍的な空母だ。初?、それさえ防げれば本来なら『蒼征』が出るまでもない。そうだろう?」

「防げれば、ですけどね。この空母は二航戦からあっさりと制空権を奪い取るくらいには、この空母は航空戦に長けてます。」

「なら、懐かしの南雲機動部隊で行きますか?」

赤城の提案は至極当然のものだ。
二隻で止まらないなら、四隻で止めにかかるのは当然だ。
で、空母4隻の集中編成となれば当然真っ先にいわゆる南雲機動部隊編成になるだろう。

「空母艦隊の護衛は、摩耶と初月。で、例の空母を直接叩くのは私と金剛を中心にした打撃艦隊でいいか?」

武蔵の問いに、金城は首肯く。
他に手などない、基本に忠実な戦法だろう。
相手がネームレベルという懸念事項こそあるが、基本は対空母だ。
突飛な戦法を必要とする事態ではない。

「打撃艦隊が空襲を受けた際を想定すると、触接も考え、本命の艦隊にも最低限の航空戦力が必要かと思います。」

静かに資料に目を通していた加賀の指摘は尤もだ。
主力となる打撃艦隊と言えど、エアカバー無しでは戦えまい。

「じゃ、そっちは私と翔鶴姉で付くわ。それでいいよね?」

「私は問題ないと思うけど、翔鶴?何か言いたげね。」

瑞鶴の提案に、加賀は首肯こうとしたが、壁際で腕を組んで口元に手を当てて思案顔の翔鶴の態度に思うところを感じた。
何か言い出しそうなのだが、翔鶴自身が発言を躊躇っているような。
そんな様子だ。

「提督、これはかのネームレベルを我々だけで倒すプランですか?もしそうであるなら……提督は、我々だけでこのネームレベルを撃破出来るとお思いですか?」

「蒼征の到着と、リバースド・ナインの接近……どちらが早いかのチキンレースは趣味じゃねぇ。壬生森がこのフィリピン海での戦闘を想定している以上は、こっちに向かって来ているのは間違いねぇだろう。ましてや事前にこっちに仕事を回してきた。つまり、壬生森には蒼征の到着よりリバースド・ナインの進攻が早い公算があるっつーことだ。」

「だから、壬生森は最初から到着までの時間稼ぎをさせようという意図で、私達に囮の話を振ってきた……そして、その時間稼ぎは『時間稼ぎ』程度の意識では成り立たない。ならば、ということですか。」

「ネームレベル相手に手加減出来る余裕はねぇ。だからこそ、俺達でリバースド・ナインを仕留める。その心積もりと算段で用意すべきだ。」

「……まったく、度し難いですね……敵も、味方も。」 
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