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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ティータイム

「darling、相手は例のMr.CraftyFox?」

「あぁ、金剛は直接、会ったことがないんだったな。」

「トラックの件の時に、横目には見たことがありマス。darlingの言う通りの胡散臭さデシタ。彼がワタシのオリジナルを連れている、というのがにわかに信じられまセン。というより、本当にあそこにいたあの人が、ワタシのオリジナルなのかも信じられなかったデス。」

金剛はそう言って肩を竦める。
艦娘、ってのはよっぽどの特異個体でもない限りは好みがほぼ共通するものだ。
その中でもどのような艦娘に好かれやすいタイプ、ってのはあるものらしく、明石に言わせれば俺もその艦娘に好かれやすいクチらしい。
ただ、所詮は第一印象の話で、そのあとの関係にまで根差すようなものではないらしい。
「ま、要するに提督はちゃんと攻略してるんですよ!ニコポナデポってことではないので御安心を!」と明石は言っていたし、俺だって男女の仲ってのはそんな甘っちょろいものではないと思ってる。

話が逸れた。

要するに、第一印象で言えば壬生森は金剛から好かれるようなタイプではないということだ。
ましてや、金剛のタイプ―オリジナルは本来は壬生森の部下の艦娘じゃない。

俺もちらりと巡視船のデッキの端で黄昏る壬生森の金剛を見たが、本当に金剛なのかを疑うくらい憂鬱そうな顔をしていた。
扶桑が金剛のコスプレをしている、としても無理があるくらいの暗さだったのを覚えている。
連れているのが壬生森ではなかったら、憲兵に通報するか内偵を出そうとするくらいには。

書類上、あの金剛は当時、急遽新造されたタイプ―マスターシップ、ということになっているが、薬指にルビーの指環をしていた時点で本来の出自は公然の秘密という奴だ。
そんな厄介な艦娘を壬生森が引き連れるのは、何かしらの理由があるのだろう。

「人の家にはいろいろ事情があるんだ。好き嫌いだけで集まってる連中じゃねぇのはわかるだろ?」

「hmm……ワタシに何があったら、あんなことになるのか想像できまセーン……」

「そりゃ、想像も出来ないようなことがあったんだろうよ。ま、それはいい。最近、近くを荒らして回ってた黒い空母がいたな?」

「This?もう沈められて今頃、サメの餌になってるって報告付きデスガ?」

金剛はファックスに溜まっていた連絡の内の一枚を引っ張り出して、俺の前に置く。
確かにそこには、黒い空母が撃沈された報告があった。

「その情報、どうやら相当古いらしいな。また浮いてきたそいつを狩りに、キツネが遥々、魚釣島から来るらしい。」

「Why?NiraykannayFleet'sはいつからGhostBuster'sに転職したんデスカ?」

冗談デショー?と言わんばかりに金剛は今度こそ盛大に肩を竦める。
そりゃそうだろう。
普通の量産型がまた出現したならともかく、死んだ奴がまた浮いてくるなんてのはさすがにおかしい。

「金剛、俺達の相手は言ってしまえば、もともと死んでた奴等だ。もともと俺達の仕事がGhostBuster'sで、あっちの今回の仕事がVampireHunterだとしたら?」

「darling、ワタシが知っている範囲で海の上を往くことが出来たVampireは、VclassDestroyerのVampireだけデスヨ?VampireとWitchは水に沈むのが相場、ってものデース。」

「じゃ、この報告書は『大本営発表』?」

「そう考えるのがMore betterデス。わざわざMr.CraftyFoxが動く時点で、ワタシならそう考えマス。」

ここまで話して、金剛は俺と同じ結論に辿り着いた。
つまり、常識論では「実際には一回も沈んでいないし、手に負えないネームレベルと認めるまでに相応の時間がかかった。それがようやっとニライカナイの出陣と相成った。」と考えるべきだ。
しかし、その常識論が残念ながらただの希望的観測だったと、後から壬生森から送られてきたデータで打ち砕かれてることになった。








「テートク、最近……弱くなりマシタ?」

「あぁ、そうかもしれん。君としてもそろそろ、殺し時か?」

ティーポットを片手に持ってデスクの向こう側に立つ金剛に、壬生森はタバコを灰皿に押し付けて、火を消したあとに向き合う。

「ワタシを叢雲や加賀が消そうとしていない内は、まだまだ先のことデスネ。それがわかっているから、ワタシの淹れるティーを平気で飲めるのでは?」

「論理的にはそうだね。」

「別の理由は?」

「君の趣向が、紅茶に不純物を混ぜるのを許せないと思っている。そして、君と叢雲には、いつでも殺されていいと思っている。それだけだ。」

「加賀は、どうなんデスカ?」

「加賀に殺されるのは、ちょっと違うかな。加賀が頼まれていて殺しに来るなら、仕方ないけど。」

とくとく、と空のティーカップに鮮やかな紅色が注がれていく。
彼女のこだわりは、注いでいるその仕草の淀みなさでもわかる。

「僕が驚くとしたら、熊野が僕を殺しに来た時だろうね。君も野心を抱くようになったか、って。」

「熊野はそんなことをしまセンヨ。」

ドウゾ、と出されたティーカップを受け取る。
久しぶりに金剛がレディグレイのいいのが入ったので、と持ってきただけあって、なかなかに美味しい。
そんないい茶葉で私とお茶会など、真っ平だろうと思うのだが。
まぁ、何かしらの理由があるのだろう。
金剛がその用件を切り出すのを、待つことにする。
待つのに苦心しないくらいには、彼女の淹れる紅茶は美味しい。

壬生森はそう思い、紅茶を啜ることにした。
金剛は、そんな壬生森を見つつ、自分のティーカップを手に取り、同じように啜る。

少しだけ抉れた月の浮かぶ窓からの、淡光だけが照らす部屋の中は、彼等の会話がなければ潮騒しか聞こえないほど静かで。

会話さえなければ、魚釣島の執務室で繰り広げられている光景は、まるでブルネイの執務室の静かな夜と同じような光景だ。 
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