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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ファーストインプレッション

「さて、今回のターゲットはこいつだ。暫定ネームレベル『リバースド・ナイン』、空母タイプと思われる強力な個体だ。」

「こいつは……例のゴーストファイターじゃねえか。」

「そう、5回も死んだくせにまた帰ってきたアイツだ。このままでは埒が空かない……ということで、我々がこれに対処する。」

日没後、壬生森が魚釣島に戻り、すぐさま全員にかけられた緊急召集。
その理由は、壁にプロジェクターで映された写真の被写体にある。

黒い上着とスカートに、白いシャツ。
そして、飛行甲板とクロスボウのような艤装。
引き連れた白い頭の猛禽。
そんな格好をした白い髪の女性。

一見すれば、艦娘にも見えないこともないが、しかしそれでも、近隣の鎮守府の艦娘を襲い、輸送船団を沈めたのは紛れもなく、この射手だ。

そもそも、艦娘と認めるわけにはいかない理由がある。

彼女を艦娘と認めてしまえば、艦娘同士の殺し合いとなってしまう。
そして、彼女が何かしらの陣営に属していた場合、艦娘を武力衝突に用いたという前例が出来てしまう。
それは、艦娘の軍事利用への一番のタブーを踏み破ることになるのだ。

艦娘が艦娘を戦争で殺し得たという事実は、今後200年の戦史を、あってはならぬ方向に歪めると関係各所は判断した。

それ故に、彼女をあくまでもある部署はネームレベル、ある部署は姫クラスの深海淒艦とした。

つまるところ、彼女を艦娘ではないとするための言い訳こそが、先の総理レクであり、対処する部署の押し付け合い、取り合い、パワーバランスの上でゆらゆらと揺れていたに過ぎない。

その背景を知るのは、ここには壬生森の他には、叢雲と熊野だけ。

「で、このネームレベル撃破作戦だが……」

「提督、それに関して私から作戦立案を進言したいと思うのですが、よろしいでしょうか。」

壬生森の言葉に対してガタリ、と立ち上がったのは加賀。
叢雲が何か言おうとしたのを、壬生森は手で制する。

「聞こう。」

「はい、今回の敵は極めて高い制空能力を有した空母タイプです。艦載機による攻撃しか確認されてませんが、過去の戦闘ログ等を精査すると興味深い傾向を確認しました。」

敵は、空母と敵対する時には空母以外と相対する時より遥かに多くの艦載機を放っていること。
空母に対しての一発一発の攻撃が、空母以外のそれに対する攻撃より明らかに破壊力が増していること。
こちら側の偵察で先んじて見つけることがほとんど出来ていないこと。

「明らかに、『空母殺し』と呼んでいいほどの特性を有しています。無論、空母以外の戦力はそもそも近付くこともないまま粉砕されていますが、ダメージコントロールログ等からも精査してもバイアスがかかっているものとは思いがたいデータが出ています。」

「で、その空母キラーに対して、君はどう手を打つつもりかね?」

加賀はすっ、と手を軽く挙げる。
背後に控えていた霧島はプロジェクターに繋いでいるPCにUSBを差し込む。
カチ、カチ、とマウスのクリックが二三ほどあって、地図がプロジェクターで壁に映される。
それは、ブルネイを中心とした海図だった。

「彼女を空母殺しだとするならば、誘導は簡単です。空母を出せばよいのです。まず、ある一艦隊を除いた周辺の全部隊に空母の出航を禁じます。例外とするのは、ブルネイ第一鎮守府のみとします。」

そして、ブルネイの周辺から東側の沖合いまで矢印が伸びる。

「その心は?」

「あそこにいる艦娘は、例え100%完璧に奇襲されたとしても、彼女の挨拶代わりの一撃で壊滅するような、柔な艦娘達ではないでしょう?そして彼女達には、我々の到着までリバースド・ナインを全力で足止めしてもらいます。」

「そして、彼女達の相手で消耗したリバースド・ナインを我々が仕留めます。」

「つまり、金城提督のとこの艦娘を捨て石にしてリバースド・ナインを仕留めると?」

「他の艦隊では、捨て石にすらなれません。彼女達なら、捨て石以上の存在足り得るでしょう。」

「だいたいわかった。加賀、その上でいくつかの変更点がある。これが変更されないなら、その作戦は却下だ。」

「変更点……なんでしょう?」

「彼等を捨て石とする前提は却下だ。無傷で帰せ、とまでは言わないが……彼を、私は友人だと思っている。」

「私情ですね。かつて本国の艦隊の2/3は使い潰した貴方の口から聞くとは思いませんでした。」

壬生森と加賀はしばし、無言で向き合う。
叢雲は無表情と言いたくなるような壬生森の表情が、どういうものかわかっている。

「提督、私は貴方がそのように私情を織り込めるようになったことを喜ばしく思うわ。」

「呆れたなら、素直に言いたまえ。」

壬生森の自嘲に、加賀は表情こそ変えずに、目をまっすぐに壬生森に向けて答える。

「いいえ、誓って……これは本心よ。貴方がそう言い出すことを信じていたわ。」








「やぁ、私だ。ミスター・ブルネイ。」

『なんで、この番号を知ってるんだ?アドレス交換なんて、した覚えはないが?』

壬生森が掛けた電話口の向こうは、きっと怪訝な表情をしているだろう。

「実はここにも内務省、くらしの中に内務省、いつもそこにある内務省、だよ。私にとってはピザ屋の注文も、君への電話も、同じ手間だよ。」

『……まぁいい。で、用があるんだろ?』

自分の個人名義の携帯電話の番号を抜かれていては、猜疑心も高まるものだろう。
壬生森は余計なことを省いて、ストレートに話すことにした。

「最近、南洋で暴れ回っている黒い空母がいるな?」

『あぁ、幸か不幸かこっちは被害がないがな。被害があればぶっ叩く必要があると思っていたが、もう沈められたらしいが?』

「今回、私の仕事はその空母をキッチリ仕留めることだ。既に5回も沈んだくせにしつこく蘇ってきてるらしいんでな。」

『なんじゃそら。新型の量産型なんじゃねえのかよ。その言い方だと、たった一体が何度も復活してるみたいな言い様じゃねぇか。』

「あぁ、認めがたいがそういうことだ。で、だ。電話の用件を単刀直入に言おう。囮になってくれ。」

『ほう……俺達に、囮をやれとは……言うじゃねぇか。』

「ブルネイの切り札、南方のビッグパパ、その男が率いる艦隊だからこそ、こうやって囮役を持ち掛けているのだ。そこらの艦隊であったなら、数だけ固めさせて適当に捨て石にしているさ。」

言い切ってから、壬生森はティーカップの紅茶を啜る。
しばしの間、無言の時間。

『そうしなかったのは、心境の変化かい?』

「なぜ、そう思う?」

『ジジィから昔、アンタの戦い方ってものを見せてもらったことがある。間違いなく、俺には出来ないことだったよ。』

「称賛、というわけではなさそうだね。」

『あぁ、今のご時世にこんな戦いをやる奴だったら、間違いなく俺が潰してる。』

見たのは大方、帝都防衛決戦の資料だろう。
だとしたら、金城の反応も納得だ。

『ただ、俺があの時に提督だったら、と思わない訳じゃねぇさ。その頃に比べたら、俺達はまだ恵まれてると思ってるよ。』

「そう言ってくれるなら、浮かばれるものもあるだろうな。」

そう言ったあと、壬生森はカップの中の紅茶の残りを音もなく飲み込む。
しばしの間、次の題や句を探す。

『アンタは、後悔してるのか?』

「二十年前のあの時に戻ったとしても、その更に四年前のあの時に戻ったとしても、私は迷いなく同じ選択肢を選ぶ。そう思う以上、今は後悔はないのだと思う。」

『後悔じゃなきゃなんだってんだ?禍根か?』

「ほんの少しの、自覚のある割り切られたハズのサバイバーズ・ギルトの半端な余り、だろうね。まぁ、そんなものでも年月をかけただけあって、少しだけ心持ちを変えるくらいのことはするらしくてね。囮を捨て石にすることを嫌悪するくらいには、私は日和見になったらしい。」

『いぃや。欲張りになったんだろ、昔より。アンタはもっと自分の欲しいものは欲しがっていくべきだぜ。今の俺がアンタのプランに乗ることで、アンタから何かしらの見返りを狙ってるようによ。』

壬生森は受話器を肩と耳で挟んで、タバコを懐の内から出して、咥えて、火を着ける。
最近、壬生森は拠点が地下から地上に変わったせいか、タバコの本数が増えたと思う。

「自分から仕事の内容より先に報酬の内容を催促するとは。欲張りはいいが、足元にも気を付けたまえよ。」

『俺達をハメよう、ってならアンタは最初からこうやって電話しねぇよ。一切の痕跡も残しやしない。アンタは先に『やり損なった時』を備えてから仕掛けるクチだ。』

「根拠は?」

『アンタのやり口に頭を悩まされたことがあるんだ。だいぶ昔だがな。』

だいぶ昔?
壬生森はふと考える。
さて、このブルネイのビッグパパをやりこめたことはないハズだが。

まぁ、根拠はわからないが、正解は正解だ。
資料の一枚を見ながら、壬生森はそう思う。

「まぁ、いいだろう。キッチリ、見合うだけの報酬は用意しておく。そして、手持ちの情報に関しても開示しよう。本当に引き受けるかは、その資料を見てから考えてくれ。」

壬生森は受話器を置く。
そっとタバコを口から離して、長くなってしまった灰を、灰皿に落とす。

そして、目を合わせた先には壬生森が珍しく飲んでいた紅茶を淹れた張本人である金剛がソファーで澄ました顔で、自分のティーカップにお代わりを注いでいた。 
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