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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ジャーニーホーム

「踏み込み、飛び込み、どっちも足りねぇぞ。」

「はいっ!」

砂浜の真ん中に立つ天龍と、少し離れたところに立つ神風。
二人の手には木刀が握られており、神風は前に構え、天龍は木刀を持った手を下げた状態でいる。
神風が叫び、一足で二間を駆ける。
踏み抜けた足元からは砂は跳ねず、ぎちりと踏み固められた靴跡が残る。

がつりと音が鳴り、神風の一太刀は天龍の片手で振るった木刀に止められる。
しかし、神風の太刀筋はそこで止まらない。
すぐさま刃を返し、逆袈裟で振るいかかる。
それを同じように天龍は返す刀で止めて、競り合った状態で下に回すように下ろさせる。

神風はすぐさま片手で鍔迫り合いから引抜き、そしてそのまま片手で突きを繰り出す。
天龍は下から切り上げるようにその突きを払う。

弾かれた太刀筋でそのまま神風は背負うように構え直し、一気に振り下ろす。

だがそれは、天龍の太刀に外へ反らされ、砂浜を穿つ。

「たぁああああっ!」

そのまま神風は左足を振り、蹴り上げる。

「おっと。」

しかし、その爪先は天龍の脇腹まで届かず、天龍に空いてる手で蹴り足の甲を掴むように受け止められる。

「はい、今日はここまでだ。」

「きゃあっ!」

そのまま天龍は掴んだ蹴り足を持ち上げ、軸足を払って、神風を砂浜に引っくり返す。

「熊野、なんか用か?」

砂浜に入ってきた熊野のほうに、天龍は顔を向ける。
眼帯で隠れている左のほうの目なのに、まるで見透かされているような感覚。
熊野はもう何年どころではなく彼女と向き合ってきたハズなのに、この眼帯越しの視線を向けられている感覚には慣れない。
天龍の眼帯の下の目は見えてないハズなのに。

「用はそっちで砂浜に転がっている新入りにありますわ。」

熊野は気持ちを切り替えて、本来の用件を切り出す。

「だ、そうだ。神風。起きろー。」

「はっ、はいっ!」

ばっと砂浜で転がっていた状態から神風は飛び起きる。
隠そうとはしているが、息が上がっているのは肩でわかる。

「ステイ、ステイ。呼吸を調えてからでよろしいですわ。」

「はぁ、すみません……ふぅ……」

深呼吸を二度、三度、そしてようやっと息切れが収まったらしい。

「艤装のことで話があるので、明石のところに行ってもらいますわ。明石の工廠はわかりますわね?」

「はい、わかりました!」

一礼してからそそくさと走る神風を見送ったあと、熊野は天龍のほうを見る。

「嬉しそうですわね。」

「あぁ、楽しいな。弟子を持つ、ってこういう感覚なのかね、と思ったところさ。」

「剣術に向いているようでよかったですわね。」

「向いてる訳じゃねぇよ。」

天龍らポケットから棒付き飴を出して、包み紙を剥いで咥える。

「必死なんだよ。あいつは。俺達と自分の間にある、絶対的な壁を知っていて、その上でこちら側に踏み入ろうとしているんだ。」

「本当にここの人達は揃いも揃って、新人思いですわね。」

熊野の言葉に飴を咥えたまま、天龍は笑う。

「なんだ?意地悪とか言われるのは覚悟していたが、新人思いと言われる覚えはなかったぞ。」

「だってそうではありませんか。彼女が本来なら越えられない壁をもしかしたら越えるかもしれない。だから面倒を見る、って人達ばかりですもの。」

「団結、してるだろ?」

「本当に、そうですわね。」

そして、そうして団結させているのはやはり……
熊野は風の吹くほうの空を見る。
その先には、彼女の想い人がいる。








「なぁ、叢雲。それは見せつけてるのか?」

「ふふん、羨ましい?」

「んなわけねぇだろ。オレはそんな物好きじゃねぇよ。」

浜松から飛び立った輸送機、その中の席で寝る壬生森に叢雲は腕を抱いて寄り掛かる。
木曾は対面の席でそんな様子を呆れながら見ている。

「やっぱりあんた相手じゃ張り合いがないわね。加賀辺りに見せつけるべきかしら。」

「それはホントにやめてくれ。内紛で吹っ飛ぶ泊地は見たくない。」

叢雲と加賀の仲の悪さは、それはもう折り紙付きで、特に加賀がニライカナイに合流してからは更に目立っている。
連れてきた熊野も悪いが、結論から言えば、そこで叢雲のことを意に介さず寝ている壬生森が、保留を続けているのが一番悪いのだ。

壬生森が結論を出さない理由はなんとなくわかる。

いや、

もしかしたら、結論は既に出ているのかもしれない。

結論が出ている上での留保であるなら、なかなか残酷だ。
そして、一番彼らしい結論とも思えてしまう。
彼の結論はいつだって、言葉を失うほど残酷だ。

「なぁ、叢雲。」

「何よ?」

「結局、お前は加賀が嫌いなのか?」

「加賀個人は嫌いじゃないわよ。むしろ信頼すらしているわ。でもね、こいつ絡みの話なら別。私は、こいつの悩みの種で居たくないのに、アイツは自分からこいつの悩みを悪化させてる。そのことが本当に気に入らない。だから許せないのよ……」

「じゃあ例えば、そう、例えばの話でだ。提督が指輪を3つ用意したとしたら、叢雲はどうするんだ?」

一人は叢雲、もう一人は加賀、最後の一人は熊野。
恐らく、この条件でもここまでにしか指輪を渡さないだろう。
そう仮定したものだ。

「その時は遠慮なく受け取るわよ。たぶん、そこが私達のスタートラインになるから。ただ、私達はそこまで辿り着くことも出来ちゃいないのよ。彼にとってはね、私達のスタートラインこそがゴールテープなのよ。だから……」

だから……遠いんじゃない。

叢雲は拗ねたように提督の腕に擦り寄り、目を瞑る。
きっと、彼に聞こえている言葉だ。
それでも、聞かなかったことにするのが彼だ。
いつだって彼の選択肢は、きっと絶句するほど、残酷なのだから。
木曾はそんな残酷が過ぎる彼等を、ひたすらに哀れに見ているのかもしれない。
ただ、木曾は同時に思うのだ。
そんな彼等が、それでも全員が納得しうる未来を求めているのだ。
だから、結末くらいはきっと、マトモなものになることを祈ろう。
そのくらいのことはねだってもいいじゃないか、と木曾は思うのだ。

厄介な職場だぜ、と木曾は口に出さずにごちる。

中継地の宮古島はまだ、遠い。








「で、このふざけた改造はまぁ、トラックの明石がやったんでしょうけど、そこに更にふざけた改造をしようっての?」

工廠担当の次席である夕張は、プロジェクターで映し出されている設計図に呆れる。

「やるしかないでしょう?神風もそれでいいですね?」

「はい、お願いします!」

「いや、でもねぇ……明石、これ元々の時点でもなかなかアホな改造よ?神風、ホントにこんな艤装で海に出られたの?」

「はい、出ていました。」

夕張と明石の間に挟まれるような形になってるものの、神風の返事に濁りはない。
だからこそ、夕張は頭が痛くなるような感覚を覚える。
夕張はこの感覚が苦手だ。

なんでこんなに、揃いも揃って追い詰められたような顔で決断するのだろう。
なんでこんなに、追い詰めるような選択肢しか残されてないようなことを選ばせるのだろう。

夕張は理解が出来ない訳ではない。
ただ、納得が出来ないのだ。

技術者として、ユーザーの安全が確保されていないモノは失敗作だと思っている。
ユーザーにそんな失敗作、欠陥品を渡す時点で技術者の戦いは敗北なのだ。

そんなものを平気な顔で渡せる明石が何を思っているのか。
夕張はきっと、納得することはないだろう。

ただ、おそらく、自分が明石の立場なら同じことをするだろうとはわかっている。

「あのね、神風?明石の言ったこと、わかってる?操作の加減をミスったら爆発、被弾したら当たり所がよくない限り爆発、というか何をやらかしても爆発する挙げ句に性能はじゃじゃ馬で、どこにも褒めるところのないアホみたいなマシンに命を預けろ、って言ってるのよ!?」

「わかっています。そして、これはいずれ、誰かが辿る道でしょう。だったら、私が一番最初に歩きます。」

「……モルモットだって、もっとマシな扱いされるわ……こんなの。」

神風の意思は固い。
頑な、とも言える。
クロージングされてる、とも言える。
これはもう、どうにもならない。

「それじゃ、決まりね。提督に決裁貰ったらやるから、フィッティングまでリラックスして待ってるようにね。じゃ、もう行っていいよ。」

「わかりました。失礼します。」

神風は席から立つと、一礼して工廠から出ていく。
それを見送ったあと、明石は溜め息を吐く。

「夕張、感謝しますね。」

「なんですか?嫌味に聞こえますよ。」

「嫌味なんかじゃない。あなたがいるから、自分がまだ常識を見失わないでいられる。今、間違いなくそう思ったの。」

背筋をぐっと伸ばして、戻して、息を長く吐いて。
明石は引き出しから棒つき飴を出す。
包み紙を外して、咥えて、天井を仰ぎ見る。

「どれだけ言い訳したって、誰かのせいにしたって、選んでいるのは私。そのことを忘れない限り、私はまだこちら側に残っていられる。そう思うのも、言い訳なのかな?」

「言い訳も線引きも、自分で引いたそれを踏み越えない内は正気、ね……」

非難、出来るわけない。
多かれ少なかれ、誰もがどこかで頼みにしていると思うから。
本当に正気なら、そんなことも考えやしないのだろうから。
そして、わかってしまう私もきっと、正気から振れているのだろうから。

夕張は、何も言えない。

明石の向こうに見える、自分の鏡像が、そこにいるのだ。 
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