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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  ワーカーショップ

「明石、調子はどう?」

「どう?じゃないですよ!こんな七面倒なことをさせといて!あなた達が言ったことはですね、例えるならパンパンに膨れているゴム風船を割らずに表面のゴムを擦って削ったあとに電離塗装しろ、って言ってるようなことですからね!?」

熊野は、ほんの軽く聞いただけなのになんだか複雑なキレ方をしている明石に、肩を竦めながら工廠の中に入る。
工廠の一角にあるテーブルの上、明石の前にあるものが、今の悩みの種ということらしい。

熊野が頼んだことではないが、熊野も頼み事の内容くらいは知っている。
その内容がなかなかの厄介事という想像もしていた。
だが、実際に明石がこうやってキレるというのは、想定し難いものがあった。

明石が全能の技術者である、とは思ってないが、それでも熊野は少し考え込んだ。

「やはり、難しいものなんですの?」

「難しい、なんてもんじゃないですよ。これなら自作で大陸間弾道弾でも作るほうがよっぽど楽、ってもんです。」

戦略兵器を作るより難しい、と明石に言わしめるそれは、作業台の上に広げられていた。
新参である神風の艤装、その背部装備だ。

「フィードバックデータや学習メモリを残しておきつつタイプ―マスターシップの艤装に擬似的とはいえ後付けでタイプ―オリジナルの出力器をぶちこむなんて、提督は簡単に言いますけどね?言ってしまえば熊野、あなたの心肺機能と消化器官が弱いからって、胴体を捌いて強い内臓を新しく持ってきて付け直すようなものなんですよ?無茶が過ぎるでしょう。」

「私はともかく、けっこう今の艦娘って、そういうとこありません?」

「えぇ、例えが悪かった、と言いながら思った。タイプ―マスターシップ、コルドロンはそこが利点だったのを忘れてましたね。」

はぁ、と明石は溜め息を吐く。

「提督の趣味の悪さ、最近はマシになってきたと思ったのになぁ。」

「確かに、趣味はよろしくないですわね。」

神風がどんな事情を抱えているかは知っている。
そして、神風が求めるものも知っている。
だからといって、そこに付け入るようなことをして、胸が痛まないのか?という話である。

「提督はなんと?」

「必要な時に動かせる状態であればよい。動かせないならばその旨を伝えよ……といういつもの奴よ。まったく、いつもの投げっぱなし。」

「信頼されてる、とは思いにくいとこね。」

「まぁ、今はアタリだけ付けてあるから、実際にどうするかに関しては、まだしばらく考える時間が欲しいとこですね。」

「わかりましたわ。提督にはそう伝えておきますわね。」

「おっと、熊野。ちょっと待って。話はこれから。」

「あら、何かしら?」

工廠から出ようとした熊野を、明石は引き留める。
どうやらこれからの話は長いらしく、明石は奥の冷蔵庫に詰めているラムネの瓶を出して、熊野に差し出す。
熊野は半ば溜め息を吐きながら、そのラムネを受け取る。

「まぁ、型通り一辺倒な答えはそこまでなんだけど、神風の艤装をバラしてみてわかったことがあるの。」

「何かしら?」

こうなると熊野はただ的確に相槌を打つことしか出来ない。
ややこしいことを言い始めそうだ。

「これが、タイプ―マスターシップ神風の汎用艤装展開図、そして中央のログにあった“あの神風”の艤装展開図。そして、目の前にあるのは実際の神風の艤装よ。」

作業台の前の白い壁にプロジェクターで映された二枚の展開図、そしてバラされている艤装。

「注目してほしいのは動力部、つまり予定ではこれからいじくり回す部分です。」

「ん、あれ?これは……どういうことですの?」

二枚の展開図、その動力部。
それが作り替えられている。

「来歴を見たけどあの神風、二回くらい死にかけてますね。その時に背部装備に相当ダメージが入ったみたい。普通なら元通りの復元をするんだけど、トラック泊地の明石は、こんなことをした理由こそわからないけど、神風の艤装の一部を改造していて、 図面の時点ではわかりにくいですが、 彼女はこの時点で通常のタイプ―マスターシップの神風から実際はかなり逸脱した性能をしてますね。内地所属だったら監察に見つかって『お呼び出し』を受けるような内容です。」

「なぜ、そんな改造が通ったのかしら。」

「外地の明石は内地のそれより遙かに多忙でしてね。修復保全改修エトセトラエトセトラ、様々なことを下手したら一人でやらされることもありますからね。この展開図のインデックス化も外地なら審査は自主審査でパス出来てしまいます。そして外地の艦娘のデータは現状、資料室でのカルテのインデックス化のみしかされてないため、監察の目をすり抜けたんでしょう。私もこうして実際に見比べてようやくスペック詐欺に気付けたほどの巧妙さです。専門家でもいなければ監察も気付けないでしょう。」

それで、と明石はプロジェクターの展開図から実際にバラしている艤装を指し示す。

「で、実物のほうはもう中身は神風型の原型すら残ってない、まさしくモンスターマシンです。陽炎型後期ベースの機関にあちこちからとにかく伝達系や過給器やらなんやらもうゴチャゴチャと詰め込み、『ぼくのかんがえたさいきょうのきかんぶ』を無理矢理実現して組み上げた奇跡のようなシロモノです。言ってしまえば芸術品、あるいは欠陥品です。戦闘に耐えうるような耐久性がまるで感じられません。恐らく、この機関を背負ってマトモに海を走れるのは、あの神風ただ一人だけでしょう。」

「で、最終的にどれほどのスペックになりますの?」

「機関の出力だけで通常の9割増し。もしもこの艤装を全開でこれを振り回せるとしたら、本来の倍以上の性能は間違いないでしょう。」

神風の姿をしたバケモノですよ、こんなの。
そう、明石は言い切る。

「で、手加減していたとはいえ、叢雲の槍を普通のサーベルで防いだのでしょう?つまり、タイプ―オリジナル相当にエネルギーの扱いも出来る素養と可能性がある。だからタイプ―オリジナルとして動くことが出来るように回路解放をしろ、と、そういうオーダーな訳だけど……」

「問題があるのね?」

「問題しかないですよ。ただですら今の神風の艤装はガラスの原子炉みたいなシロモノです。そこを更に出力器を追加したり放出管をくっつけたりしてみたりしろということです。下手したら……」

神風は爆死しますよ?

明石はそこまで言いきった。
ニライカナイでは割と良識的な明石がそこまで言うのだ。
実際、そうなのだろう。

「提督に、報告するべきでしょうね。」

「報告しても、答えがわかりきってるのがなんともやるせないですけどね。」

神風を呼んでほしい、と明石は言う。
恐らく、このことを問うのだろう。
Dead or Alive、か。
熊野は飲んでるラムネの味がわからないのを感じた。
こんなの、今の私では決断出来ない。
だからこそ、提督はこの場所に必要なのだ。 
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