彼願白書
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
逆さ磔の悪魔
アンクル・サム、アンサーミー
「やれやれ。どこのガレージでこんな車を用意させたのやら。で、Mr.ロング。私に要件とは?」
リムジンバスの車内は、ちょっとしたスナックバーのボックス席の様相を見せていた。
壁を背にした向かい合わせに置かれた革張りのソファーに座り、中央に固定されたローテーブルを挟んで、壬生森とロングは対峙する。
「簡潔に言おう。今、太平洋であちこちにフラフラしている奴の話だ。」
「あのゴーストライダー絡みの案件か。あいつの背中にもアンクルサムの刻印を打ってあるのか?」
「あれは我々の絡んだそれではない。というより、あれが自分達で作れるなら最初から"フローティング・ロータス"など作りはしないさ。」
ロングはそう言って、秘書代わりらしい黒服に持って来させた分厚い書類の束をテーブルに置く。
「ペンタゴンはこれを骨の髄まで暴き出せば、タイプワンでもマスターシップでも、もちろんライセンスでもない、ニューバリエーションの艦娘にコンバージョンする可能性があるという結論を出している。そして、その量産の可能性も。」
「タイプ・オリジナルの系統に含まれない、新たな系統の艦娘?その量産の可能性?またペンタゴンも大きく出たものだ。UFO探しの旅に人員を割ける国は、言うことが違う。」
壬生森は束ねられている書類に目を通していく。
英語で書かれているため、いつもより読むのが遅いものの、それでも普通の人間より速くパラパラとめくっていく。
「そもそもだ。私がこの与太話を信じたところで、君達はなにを我々に求めている?まさか君がオカルトサークルの主宰で、仲間を求めているというわけではあるまい?」
最後のページを読み終えた壬生森は、テーブルの上に書類を戻す。
投げ置かれたそれは、それなりの質量で、テーブルを叩く。
「簡単なことだ。我々は、こいつが日付変更線を越える前から追跡しており、得られたデータから……既に、ある兵器を自作した。」
「へぇ。君達の手広さが羨ましいよ。アンクルサム純正のマスターシップの雛型としてアイオワとサラトガを作りながら、タイプオリジナルのインディアナポリスを作ろうとしてリバウンドさせた反動でトラックを壊滅させて、更に同時進行で新たなカテゴリーの艦娘作り?君達の国力は本当にデタラメだな。日本が4つあったってそんな多角経営は出来ないだろうねぇ?」
「……このプロジェクトには、英国が既に協力関係にある。大西洋側でも得られた情報があり、それらの統合の末に予想された概要図を模して形だけ作ったような段階だ。」
「ほう?英国がアークロイヤルのデータを出し渋りした辺りに、背景で何かあるとは思ったが……大西洋憲章もかくや、じゃないか。で?わざわざあちこちに虫食い穴だらけの設計図で形だけ作った試作品の残りの歯車を、例の神出鬼没のオバケが抱えていると?」
「そういうことだ。君達も最近は苦戦しているようじゃないか。タイプ―マスターシップやコルドロンがメインとなっている現場での苦戦の現状に、ブレイクスルーのキッカケに飢えているのは、君達のほうも同じであろう?」
報酬に情報共有をちらつかせてまで、米国がわざわざ求めているのはなんだと言うのか。
壬生森は、この案件に絡み付いている利権の蔦が見えてきてウンザリする。
「君たちの言う暫定ネームレベル、『リバースド・ナイン』の撃破を我々にやらせていただきたい。」
「我々?君達に撃破出来るとでも?あれが“ネームレベル”とわかっていて、君達は撃破出来ると?あれは通常の戦力では落としきれんよ。そうでなければ、これまで5度の撃破報告と6度目の発見報告が上るハズがない。」
最初は、なんの変哲もない空母タイプの姫クラスと判断されていた。
それが、とある泊地に襲撃をかけて、半壊させたというビッグニュースは、最初はその泊地に問題アリと上層部は判断した。
壬生森さえも最初は、「トラックでの反省が現場レベルでは生かされていないらしい」と肩を竦めた。
しかし、相次ぐ旅船団への襲撃と、作戦行動中の艦隊、とりわけ空母打撃群への最悪としか言いようがないタイミングでの横槍での襲撃と、辛うじての撃破報告が何度かあって、ついに5度目の撃破報告が確実なものであったことから、壬生森はようやっと分析にかかろうとした僅か三日後に『傷を負ってはいるものの未だに健在』という冗談のような報告が市ヶ谷と永田町を駆け抜け、ついに壬生森は『あれは量産型の新たな姫クラス』という規定路線に進もうとしていた閣僚会議に『あれは新たなネームレベルだ』という現実を突き付けにわざわざ内地に出張してきたのだ。
「あれの正体が“睡蓮”や“光輝”だったならば、既に海の底に沈んでいるハズだ。つまり、アレの正体はこの時点では、たった一隻に絞られている。そして、これが正解であったなら、あと4回は沈めても恐らく還ってくる。そして、我々は莫大な出血をあの一隻に強いられるだろう。アレは、そういうものだ。だからこそ、そうなる前に、我々がアレを擂り潰す。」
「アレがなにかわかっているからこそ、譲れないと?」
「あぁ、我々にとってアレは死神の同類項だ。存在することが問題のイレギュラー、ターニングポイント、断固として消し去らねばならないものだ。既にこちらで上がっている報告も、そうすべきと結論付けるに値するものだった。あれがネームレベルとして更に覚醒した暁には、現在の我々が築き上げてきたシーレーンが崩壊する。そうなれば、どれだけの艦娘を死地にやることとなる?」
車内が無言のまま、車はハイウェイを駆ける。
壬生森は珍しく、自分が強硬論に出ているのを自覚している。
叢雲も、それをわかっている。
それを止めないのは、それだけの案件だから。
今の艦娘によるシーレーンと、艦娘そのものを滅ぼしかねない存在だと、叢雲もわかっているから。
だからこそ、壬生森に同調すらしている。
「ふむ、君はレポートの通りなら、自分の納得のために全体の利益を捏ち上げるタイプだと思っていたが、存外に全体主義の保守派じゃないか。」
「カエサルの物はカエサルの元に返されるべき、と考えているだけだ。彼女達を我々は好き勝手にした。彼女達の生殺与奪はもとより、目的、理由、思想すらも、我々は、彼女達をいじくり回して操った。その分の何かを、我々は誠意をもって彼女達に返すべきなのだ。ましてや彼女達を利用して生存しているような我々のような者は。」
「泣かせるではないか。人道主義者の極みのような言葉だ。」
「そんな綺麗事じゃあ、ないさ。」
壬生森は、細い煙草を内ポケットから出してくわえる。
それを見た黒服が、灰皿を壬生森の前に置き、ライターを構える。
「Mr.ロング。家族はいるかい?」
「妻と、息子が三人いた。二人は戦死したが、ね。残った次男が昨年結婚して、孫がそろそろ産まれるそうだ。」
「そうかい。じゃあ、その孫が娘だとしよう。」
黒服のライターで火を着けた煙草の煙を、壬生森は床に向けて、ふぅと吐く。
そして、老人の顔を見る。
「アンタは孫娘がある日、突然、謎の集団に連れていかれて、人としての尊厳も守られない兵器でしかない存在にされて、得体の知れない男にいいように操られていると知ったら……アンタ、どうするんだ?」
「んーっ、どんな車でもロングドライブはやはり疲れるものだな。」
浜松の飛行場に辿り着いた壬生森と叢雲は、宮古島行きの輸送機に向けて歩く。
「アンタ、さっきのアレは……」
「やれやれ、歳は取りたくないものだね。どうにも感傷的になってしまう。」
壬生森は肩を竦めると、そのままジャケットのポケットに手を入れて歩く。
叢雲は隣に寄り添い、その腕にそっと掴まる。
彼が提督の仕事に戻ってから、だろうか。
こういうことをしても、驚いたり恥ずかしがったりとかはない。
そして、窘められたりもしない。
諦めたのではなく、許容されてると信じたい。
女々しい、甘えだろう。
思うのは、彼とこの距離感でずっといた自分は、実はまだまだ彼からずっと遠くにいたのでは?という懸念。
そんなことはない。
そんなことはない、はずだ。
本当に?
私から見た彼の距離と、彼から見た私の距離が、どうして同じだと思う?
そこまで考えて、嫌になった。
そうではないだろう。
彼がどう思おうが、関係ないだろう。
彼を、愛する。
たったひとつ、それだけが私に残ったモノだとしたならば。
私はおそらく、それだけでも生きていける。
それ以上、何を必要とする。
彼にねだるのは、もうやめよう。
彼を愛することと、彼に愛されることは、別のモノだと、ようやく割り切れたから。
やっと、その地点に近付けたと思う。
つまるところ、自分は欲張りなのだ。
愛する以上に愛されたかった。
その願望を、捨てきれなかった。
今なら、そんな願望を捨てられる気がする。
捨てるまでは出来なくても、そういうものだと、割り切れると思う。
「言っておくけど、私はアンタに好き放題なんかされてないわよ。」
「君は、そう言うだろうな。私のこれは、つまるところは自分自身の納得のためだ。あの老人と、米国の分析は正しいよ。」
やはり、あの国のスタッフは隅から隅まで優秀だ。
彼はそう、呟いた。
絡めた腕は、そのまま。
ページ上へ戻る