ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第7話 末路
「くそ、何が一体どうなってんだ!?」
エルキア王城の一室。
空と白が入り浸り、常にゲームのBGMが止まないその部屋は────だが、今は焦燥に満ちた空の声だけを響かせていた。
中には、顔を歪め頭を掻く空と爪を噛む白の姿。ステフはそんな空と白を案じるように、遠巻きに不安そうな顔を覗かせていた。
普段の『 』にはあるまじき、明白な焦り────だが、それは正常な反応だった。
「ソ、ソラ────東部連合もオーシェンドも、何で奪われたんですの!?」
ステフが、悲鳴じみた声をあげる。
────その言葉が、エルキア連邦の現状と『 』の焦燥の原因を物語っていた。
そう、連邦はその全てを何者かに奪われたのだ。
旧エルキア王国領を除く全ての領土を。人材を。技術を。利権を────全てを奪われたのだ。それも、たったの一晩で。
しかもその"何者か"の情報は一切無い。その正体に一切の手掛かりがないのだ。
ステフすら事の大きさが分かる程の事態────『 』が焦るのも、無理からぬ話だろう。
「……白。やっぱあいつか?」
「それ、以外……浮か、ばない」
だが、空と白は一切の痕跡も残さなかったその"何者か"に早くもアタリを付けたらしく、そう短く言葉を交わした。
「え────ソラ、犯人分かったんですの!?」
「騒ぐな。単純にあいつ以外の誰もそれが出来ないってだけなんだよ────だが」
騒ぐステフを、空は視線で刺して黙らせる。やはり普段ではありえないその行動に、ステフは息を呑み────空は、一拍置いて言葉を続けた。
「あいつには────この行動を取る一切の動機がないはずなんだ」
「ど、どういうことですの?」
端的過ぎる言葉に、真意を掴みかねたステフが問う。
だが────それに答えたのは空でも白でもなかった。
……否、それは答えですらなかった。
「こういう事だよ赤毛────犯人様ご登場、ってな?」
どこから沸いたのか。
いつの間にか────そこには、シグがいた。
「ステフですわよッ!!って違う、そうじゃなくて……あなた、この前の!?」
突然姿を現したシグに驚くステフ。だが、シグが犯人であると想像出来ていた空と白は、かけらも動揺を見せない。
────そもそも、一晩でエルキア連邦領土を掠めとるなど空と白が知り得る者に出来た行動ではない。今まで戦ってきたゲーマー達は、確かに実力者揃いではある────だが、連邦侵略中の報せが『 』の元に届くより早く連邦を征服し終えるなど出来た事ではない。彼らが連携して『 』を嵌めようとしているなら話は別だが────彼ら自身もまた、犬猿の仲だ。この世界では、基本的に他種族との連携という発想が抜けている。
では、連邦征服が外部の者の仕業か?────それもまた有り得ない。
いくらなんでも、エルキア連邦の実態を伏せられている他種族が一晩でエルキア連邦を切り崩せるはずがない。少なくとも、連邦加盟国の中の誰かが裏切りに加担した、あるいはさせられたのだ。
以上の事を踏まえ、これが出来る者がいるかと問えば────『誰も出来ない』が正解だ。
連邦加盟国は自主的な裏切りに走ってもこれ程早く征服に成功しない。だが、部外者は不透明な連邦の構造に手間取る為これもまた有り得ない。故に────こんな事が出来る者はいない。
だが実際に事は起きた。ならば誰かがやったのだ────そう考えた時、真っ先に浮かぶ犯人像は言わずもがなシグだ。
シグは最初に『 』とゲームをした。その際、シグは誰あろう『 』本人からある程度の情報を受け取ったのだ。それでもシグにとって連邦の制度は不透明だっただろうが────『 』に単独で迫る彼なら、不可能とも言いきれない。何より、シグは既にエルキア王城に乗り込んだ事がありその際に多数の加盟国の全権代理者を目にしている。連邦の構造がある程度分かる部外者で、かつ連邦内部の者に裏切り幇助を働きかけられた────可能性として、シグは真っ先に上がるクロなのだ。
証拠を残さずとも、それこそがシグが犯人である事を示している。故に、空と白は犯人がシグであると察せられたのだ。
だが、犯人が分かったからと言って状況が変わる訳では無い。シグがこうして名乗りを上げた以上、犯人を突き止めたことはほぼ無意味とさえ言える────空はそれを自覚しながら、だが努めて平静を装いシグを挑発した。
「おうシグ、誰の許可取って『連邦』に手を出した?」
「誰かの許可は取った。『十の盟約』がある以上、それは保証しよう」
空の挑み腰な言葉に、シグはだがまるで感情の抜け落ちたような声で答えた。何も映さない黒い暗い目で、『 』を睨みながら。
────?
空は違和感を覚えた。シグは────明らかにおかしい。
以前のシグにも違和感はあった。まるで、自己定義が曖昧であるかのような、何かを見失ってるかのような違和感。
だが今のシグには────そもそも自己と呼べる物すら無いような違和感があった。
その目は空と白を見ていない。ただ倒すべき敵と設定した、『 』だけを見ている。そこに私情の存在余地はない────機械と変わらない、装置と変わらない。今のシグは空にはそう見えた。
そのあまりに歪な状態────だが、空はその状態に心当たりがあった。
────自分を、NPCと信じて疑わなかった時。
────自分を、自分と認識出来なかった時。
────白に、出会う前の……
……空は気付いた。今のシグの姿は────白、つまり支えてくれる存在がいなかった自分の末路だった。
「空。お察しだろうが、俺の目的はゲームだ。……お前は、俺とゲームする義務をかけろ。拒否権は無いから」
……もはやシグは、壊れていた。ゲームに縋るしか出来なくなっていた。
恐らくシグは、ゲーム以外の存在意義を持てなかったのだろう────『 』と同じように。そしてシグには、『 』とは違い理解者すら持てなかった。
壊れるのは────自明ですらある。否、シグは『盤上の世界』に来ていた時点で、既に────
空は、シグがとっくに壊れている事を悟った。無理をした人形が壊れるように。消耗した金属がポッキリ折れてしまうように。シグはとっくの昔に────破綻していたのだ。
────空はやがて、口を開きこう言った。
「……で?お前は何を賭けてゲームするんだ?」
破綻しているシグが、これ以上ゲームで増長すれば────止める術はない。シグにこれ以上のゲームを行わせるのは、精神破綻の助長に他ならない────それを空は理解していながら、あえてシグの提案に乗った。
シグはゲームを了承する空の言葉にほんの僅かな笑みを浮かべ、そしてこう答えた。
「俺の全権を賭けよう。文句はねえだろ?」
……元より『 』は、それを手に入れるためにゲームに応じるしかない。エルキア連邦の奪還は急務、故にシグは自分からそれを提示して『 』の退路を断ったのだ。
「戦略としては十二分だな。……いいぜ、ゲームはなんだ?」
どんなゲームにも応じるしか無くなった、その状況まで追い込んだ策士。
だがそれを前にしてさえ、空は不敵に佇む。
その様子に、シグは「それでこそ『 』」と笑い、告げた。
「ゲームは『残機制サバゲ―』……重ねて言うが、拒否権はないからな」
「……ルールを聞こうか」
ともすれば、没入将棋など比にもならない超難度のゲーム。如何に空と白のAIMが高かろうと、身体性能、スタミナ共に《《差があり過ぎる》》。まして『残機制』では、不意討ちで終わらせる事も不可能、狙撃も一発で位置が割れる。
近接戦など言語道断、必敗に等しいゲーム。だがそれを理解して尚、『 』の目が捉えるのは勝利の青写真だった。
その不敵な眼差しにシグは高揚感を抱く。……その裏で泣く、少年を見ないふりして。
その複雑に過ぎる感情を、空だけが見抜き。
「ゲームは楽しむもんだぜ、シグ?」
そう、ただ一言、言葉を投げかけた。その言葉にシグは眉をピクリと動かす。
「…ゲームが楽しめんのは、『 』と戦る時くらいだよ」
────ゲームが辛いのは、誰が相手でも同じだけどな。
そんな言葉を、シグは胸の内に零した。
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