ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第8話 飛び交う策謀
「『残機制サバゲー』のルールを説明する。質問があったらその都度聞いてくれ」
シグはそう言って、『残機制サバゲー』のルールを説明し始めた。
「『残機制サバゲー』のルールだが────
・残機は一人につき3とする
・ゴム弾一発の着弾で残機が1減る
・残機ゼロになったプレイヤーが撃った弾丸では残機は減らない
・ハンデとして、『 』が先にフィールドに入る権利を有する
・シグは、『 』がフィールドに入った5分後に、フィールドに入る
……こんな感じだな。何か質問はあるか?」
シグはつらつらとルールを並べ立て、エアガンを空と白に投げて寄越した。そのルールに、空と白はほんの僅かに眉をひそめる。
────確かにシグ有利のゲーム。没入将棋の際に見せたシグの身体性能は人類種としては抜群に高い上、シグが『フィールド』と呼ぶ場所は当然シグが見繕っているはず────地の利においてもシグが優位に立っている。
だが、シグはそのフィールドに『 』が先に入る権利を与えた。つまり、わざわざ『 』に戦略を練る時間を与えたという事だ────普通5分では大した戦略など組めないだろうが、『 』なら話は別。そうでなくとも、フィールドの情報を一方的に知っているシグのアドバンテージは確実に薄れる。
それどころか、シグは『残機は一人につき3とする』というルールまで設けた。つまりシグは3機しか持っていない状態のスタートなのに対して、『 』は空3機白3機の計6機でスタートとなる。『残機ゼロになったプレイヤーが撃った弾丸では残機は減らない』というルールを用意している事から、ミスによるルールの穴というのも有り得ない。
つまりシグは、わざわざ自分の優位を打ち消すようなルールを自ら付け加えたという事になる。否、シグのアドバンテージに対して『 』へのハンデがあまりに大きい────シグは優位を通り越して、劣位にさえ立とうとしている。
その意図は白にも、空にさえ読めない。何せシグはエルキア連邦をそのまま人質にしているのだ────機凱種が自身の滅亡を盾にゲームを仕掛けた時よりなお優位な状態でゲームを仕掛けられるというのに、シグが取った行動はフェアを超え『 』優位ですらあるゲームを行わせる事だった。
空はそのゲームのルールを訝しむように、眉根をひそめ口を開いた。
「……何のつもりだ?」
「別に目論見なんざ無い。フェアなゲームだ、お前らに不都合は無いだろ」
シグは空の視線も気にしない様子で、そう無感情に笑って言う。
だが空はそれに対し、シグが意図して作ったであろうルールの穴を指摘した。
「なにしゃあしゃあと嘘ついてんだ。リアルファイト禁止しなけりゃお前無双じゃねえか。それに、俺らを先にフィールドに入れてお前がフィールド外から一方的に銃撃するのも禁止。ゴム弾以外の弾を込めた銃渡すのも禁止────ったく、こんな安い手に引っかかるかよ」
そう、シグが仕組んだ策の一つをいとも容易く切り捨て、空はシグが寄越したエアガンを発砲した。その銃口からは、プラスチック製の弾丸が吐き出された。
────空がこれに気付かずゲームを始めていれば、プラスチック製の弾丸では『ゴム弾一発の着弾で残機が1減る』というルールによってシグの残機を減らせず負けていた。つまり、シグはルールに罠を確かに仕組んでいるのだ。
それこそ空と白が『 』優位のゲームを疑う理由だった。空が見抜けていないルールの穴が、あるいはあるかもしれない────その懸念が、シグを相手には振り払う事が出来ない。
故に空は警戒するしかない。そんな空の行動に、シグは『及第点』とでも言いたげに不敵に笑う。そして、満足げに聞こえる声でこう言った。
「……さすが『 』、こんな子供騙しは通用しねえか」
顔色一つ変えずにそう言うシグに、動揺は見受けられない。どう考えても、空が暴いたルールの穴が本命の策とは考えられない────シグは、最初から期待していなかった策を、確認程度に行っただけなのだろう。
つまり、今空が見抜いたルールの穴は見抜かれる前提で作ったという事だ。ならばやはり、空には見抜けていないルールの穴がある可能性が高い────それ次第ではゲームバランスがひっくり返る事さえ有り得る。空と白は、より一層深まった疑念に冷や汗を一筋垂らした。
「ああ、ジブリールやらイミルアインやらの参加は流石に禁じさせて貰うぞ?他種族とサバゲーなんて無謀、俺でもやらない────『ルールの穴』、お前らに突かれちゃ世話ねえ話だしな?」
シグは空を煽るようにわざわざ『ルールの穴』を強調して、『 』の手札を封じてきた。相手も人類種とはいえ、バックアップなしでのゲーム────これでは予想外に対して取れる対応策が極端に少なくなる。それに気づいて、空は歯噛みした。
「最適なフィールドを用意してある────ジブリール、東部連合に飛んでくれ」
シグはそんな『 』の様子を知って知らずか、淡々とジブリールに『命令』した。
拒否権は無いから、と皮肉に付け加えたシグに────ジブリールは、歯軋りをしながら空間転移した。
シグが指定したフィールドは、東部連合の鉄鋼業施設だった。
そこには板金が積まれ機械が設置され、施設上部には足場さえ用意されてあった。
板金などが作る物陰は確かに戦略が生きるし、二階足場は狙撃に持って来いだろう────この地形は、戦略次第でいくらでも戦況を変えられる地形だった。
「……へえ、もっと自分に有利なフィールドこさえてるもんだと思ったが」
「どう、する……にぃ?」
空と白は施設内を探索して、戦略を構築していた。
2vs1で行われるサバゲー────それならば、まず確実に人数の利を生かす策が常套と言えるだろう。
だが、互いに離れられない空と白では話が違う。2人が団体行動しなければならない前提では取れる戦略が非常に限られる────その上、二人分のスペースがあるハイドポジションしか使えないというのは相当なマイナスだ。人数の利を潰し、さらに隠れる場所を限定するなど悪手でしかない。だが、『 』はその悪手を打つしかない。
それを補うための策が必要なのは────自明だった。
「白、不意討ちじゃ削り切れない。あの跳弾弾幕、使えるか」
「ん。がん、ばる……」
空は、白に短く問う。白は当然と言外に告げるように、こくんと頷いた。
東部連合攻略の際にも見せた、跳弾を使った神憑りな弾幕────現実の空間であるここではそれを使う難易度も、使える場所も、そもそも弾幕自体の精密性も厚さも違う。それでも白は使えると、そう断定した。
ならば────と、空は脳裏に無数の策を浮かべては消し、不敵に笑った。
「白、とりあえず言っとくが────このゲーム、絶対に楽なゲームにはならねぇ」
「……ん」
「だが────負ける気なんざ、ねえよな」
「……ん」
「よし、やるか」
空と白は、そう手短に会話を交わす。普段なら確認すらしない自明の理を────だが口に出す。
それは、相当な無茶をやると断言した白に応えると、空が暗に示している事を意味した。
空と白は、それ以降一言も発することなく、だが全て考えが伝わっているように同じ物陰に姿を隠した。
互いに、同じ策に至ったのだ。そして、それを確認した2人は互いに笑みを深めて、ハイドを決め込みシグが来るのを待った。
────フィールドの扉が開くのに、そう時間はかからなかった。
カツン、カツン、カツン――――足音が響き、その発信源が近づく。
構える空。それに倣う白。迫るシグ。
高まっていく緊張感の弾けたその瞬間────
────三対の愚者が、交錯した。
最初は、空だった。
物陰から飛び出し、反応するシグより早く引き金を引く。
────存在を気取られていない状態での不意打ち。如何にシグの身体性能が高いと言えど、目視してから弾丸を避けるなど有り得ない。故にこの一撃は必中────不可避の初撃だった。
無論、シグも不用意に出てきているはずがない。恐らくシグの狙いは、残機一つは捨てるつもりで『 』の位置を炙り出す事。
出てくるのが空であれ白であれ、1機捨てるだけで相手の3機を削りきる自信があるのだろう。『後の先』を狙ったその策────だが、『 』はそれを織り込んでさらに上回る策を用意している。
後の先で空を狙うシグを、時間差で白が追い討ちする────不可避の跳弾弾幕で。
2VS1にも関わらず、2人が同じ場所に隠れるなど悪手にも程がある────一人の位置が割れた瞬間にもう一人も危険に晒すなど、デメリットとして十分過ぎる。そのあまりの悪手で、シグを瞬殺する────それこそ、『 』の策だった。
シグに身体性能で劣る『 』は、先制攻撃には向かない。そしてシグは先制攻撃に向いている────ならば、膠着状態を作ったところで互いに取れる行動は変わらない。故にシグが先に仕掛けないことも有り得ない────故に、これは完璧な策だった。
────だが。
確実にシグを襲うはずだったゴムの弾丸は────シグの手前で静止した。
「────ッ!?」
全くの想定外に、空も白も絶句する。
────あり得ないのだ。明らかに物理に反した事象。つまり、この事象を引き起こしたのはシグではない。何故なら、この事象のからくりは────
「誰だ!?誰が手を貸してるシグ!?」
────魔法の使用に他ならない。つまり、協力者がいる。即断し別の物陰に飛び込み、問う空に答えたのはシグでは無かった。
「はぁい、フィール・ニルヴァレンなのですよぉ~♪」
そう答える声に、空の脳裏を直感が走った。
咄嗟に白の方向を一瞬だけ見る。白は物陰から追撃しようと動こうとしていた。
それを確認した空は、明後日の方向を向いて叫んだ。
「待て白、そいつは幻惑魔法だ!!」
だが遅い。白は既に引き金を引いていた。放たれた弾丸の帰ることはなく、物理に従いシグへと駆け────そして突き抜ける。
「え……?」
驚愕に顔を染める白。空は、「やっぱり」と焦燥に顔を顰めた。
────何故、幻惑魔法と見破れたのか?
シグが、東部連合とオーシェンドを賭けられたからだ。つまり、東部連合の必勝ゲーの『対策術式』を持つフィールと、そもそもオーシェンドに乗り込むための手段たるプラムは、必須だからだ。
そして、その二人をこのゲームでも使い回してるのなら、魔法は使われて当然。さらに、奇襲に失敗した空をシグは撃たなかった……つまり自分に見えるシグは幻惑魔法という事になる。
────いや、それ以前にシグはエルキア連邦を丸ごと奪っていったのだ。ならば魔法や異能の類、味方につけるのはむしろ当然とさえ言える。
そんな当然にさえ目が行かないほど────『 』はルールの穴を意識させられていた。シグがルールの穴をわざわざ意識させたのは────本命の策を隠す為のレトリックだった。
ジブリールやイミルアインの参加を禁じたのも、シグが一方的に魔法を使う為だったのだろう。それを、上手いタイミングで課す事で煽りの意図と誤認させたのだ。
そう、直感に追いついた理論が告げる────だが手遅れだ。
シグは、既に二人の位置を把握した。魔法を味方につけたシグの弾丸は、確実に二人を狙って襲ってくる。弾道からシグの位置を把握するのも不可能、音も消される可能性が高い。
それどころか、弾丸そのものの姿を消されてもおかしくない。
反撃も回避も不可能────詰みだ。
────ならば、やられる前にやる。乱射し続ければ、魔法の連続使用が危ういプラムは削り切れる。
そして、シグを守るベールを剥がして────残機を削り切る。
当然、それだけではフィールの対策が取れない。だが、魔法に干渉出来ないのなら物量で削る他ない────これ以上に出来る事は無い。
あまりに無謀な作戦、と空は笑う。笑うしかない────そこまで追い込まれた自嘲と、そこまで追い込んだシグへの賞賛が空を笑わせた。
────いいだろう。無茶など『 』にとっては日常。綱渡りなど『 』にとっては茶飯事。逆境など、むしろ大親友でさえある。この程度のピンチで、音を上げてやる気など────サラサラない。
「白、分かってるな。────やるぞ」
「りょー、かいっ」
2人は同時に頷いて、エアガンをバラバラの方向に構える。
そして────
次の瞬間、大きく発砲音を響かせた。
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