気まぐれ短編集
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
鬼の娘
前書き
いつごろ書いたのかは具体的には思い出せませんが、おそらく去年の秋ごろに書いた話と思われる作品です。三題噺というのをやってみました。テーマを三つ決めて書くという企画です。これもカキコのある企画に参加した作品です。もうその企画は潰れてしまいましたがね……。
そんなわけで、童話風の世界観をどうぞ。
テーマは「部屋、パズル、最初の世界、童話」です。※三題噺
昔々。鬼と呼ばれた女の子がいました。彼女の本名は誰も知りません。
それは。私たちが生まれるはるか昔のこと――。
◆
その女の子は。鬼と呼ばれていました。なぜなら、彼女は生まれながらにして、触れただけで人を殺してしまう、恐ろしい力をもっていたからです。
彼女にも元は名前があったけれど。人は彼女を鬼と呼んで忌み嫌い、誰も彼女の名前を覚える者はおりませんでした。そうして「鬼」は、一人ぼっちになりました。
けれど。「鬼」は簡単に人を殺せます。だから、そのまま野放しにしてはならないと、ある人は言いました。
――だから、地下の部屋に彼女を閉じ込めました。
上に開いた天窓だけが、部屋と外との唯一の出入り口。人は「鬼」の子を隔離したのです。
彼女に自由はありませんでした。しかし、代わりになんでも与えられました。本もぬいぐるみも。お茶もお菓子も。服も香水も。彼女が誰にも触れないことを条件に。逃げ出さないことを条件に。彼女の生活は保障されました。けれど、彼女はそれらには一切興味を示しませんでした。
それを見たある人が、ある日、彼女に言いました。
「君、パズルは好きかい?」
「鬼」と呼ばれ、隔離されてきたがゆえに、彼女はパズルが何なのか知りません。けれど、わからないなりにうなずいて、それを彼女が届かないほど高い部屋の天窓から、中に入れてもらいました。
その人は何も説明をしてくれませんでしたが。彼女は自分でやり方を見つけ、パズルの面白さにとらわれていきました。
彼女の小さな手は。パズルのパーツのひとつひとつを手にとって、その絵柄を完成させていきます。次はどうしようこうしよう。そう考えている間は幸せで。閉められた部屋の閉塞感も、誰も話し相手のいない孤独感も。その間だけは紛れました。彼女はパズルを愛するようになりました。彼女は器用で頭が良かったのです。渡されたパズルは、少し時間が経てば、たちまち完成してしまいます。するとまた襲い来る孤独と寂しさに。彼女は天窓に向かって声をあげます。
「鬼」と呼ばれた彼女は。人の言葉を喋れません。天窓から顔をのぞかせた人間に、パズルの箱を持って唸ります。するとその人は彼女の意をくんで。今度はたくさんのパズルの箱を、天窓から縄を垂らしてつないだバスケットの中に入れて、彼女に送り届けました。「鬼」と呼ばれた少女は嬉しくなって、にっこりと笑いました。
以降、彼女のパズルの日々は始まります。彼女は毎日毎日、たくさんのパズルを要求しました。すると人々は毎日毎日。彼女に沢山のパズルをあげました。
一般的な「パズル」と呼ばれる、絵柄完成のものはもちろん。木でつくられた立体的なパズルや、自由に形を作るタングラムのようなものまで。彼女の周りはパズルであふれました。
しかし。やればやるほどパズルの腕を上げていく少女。完成にかかる時間も短くなり、日に要求するパズルの量も増えていく。なかなか広かったその部屋は。いつしかパズルばかりで埋まって、かなり狭くなっていました。このままでは、いずれ彼女も。パズルの山に埋もれてしまいます。
だからある日、ある人が言いました。
「これ以上鬼を匿うのは面倒だ。いっそのこと、そのまま埋もれさせてしまえ」
これまで定期的に与えていた飲食物も。与えるのを止めてしまえと。
彼女を殺してしまえと、その人は言うのです。
「そもそも鬼なんか匿う意味があるのか? 最初から殺してしまえばよかったんだよ!」
その会話は。偶然彼女の部屋に通じる天窓の近くで行われていたものなので。
しかも何の偶然か。天窓が少し開いていたので。
彼女は聞いてしまいました。そして感じたのです。どうして、と。
初めて感じた怒りと、抵抗したい気持ちが。彼女の内部を突き動かします。
「鬼」と呼ばれた彼女はこれまで。触れるだけで人を殺してしまう自分の力を、うまく制御することができませんでしたが。今この時、怒りを感じて。ぐちゃぐちゃになったパズルを完成させるように、彼女の中で、何かがピタッとはまりました。
そして彼女は吠えました。半ば開いた、天窓に向かって。
叫べば。驚いたような声がして。上から食べ物と飲み物の入ったバスケットが、下ろされてきました。
しかし。彼女はそれに見向きもせず。バスケットを下ろしてきた縄にむしゃぶりついて、一瞬で上へと上りました。上り切りました。
久しぶりに見た、「部屋」の外の光。人々の驚いたような声が、遠く聞こえます。
でも、人々は彼女を嘲笑っていました。獣みたいで、醜い奴と。
彼女はだから、その人を殺しました。直接触れないでも。彼女の中ではまったパズルが。人の鼓動をそれぞれ聞きわけて、空気を振動させて一瞬でその人の鼓動を止めます。
人の鼓動を止める力。それが彼女が「鬼」たる所以だったのです。
胸を掴んで倒れた人間。それを見て、恐慌に陥る人々。しかし一歳の容赦はせず。「鬼」の少女は次々に人の心臓を止めて行きました。止めれば止めるほど慣れていって。いつしかパズルの腕を次々と上達させていったように、彼女は人の心臓を止める腕を、上達させていったのでした。彼女は一度に何百人、何千人もの心臓を、止められるほどになったのです。
そもそもあまり大きな世界でもなかったのです。こうしてその世界の人間は、死に絶えていきました。自分たちが閉じ込めた、たった一人の少女の手によって。
彼女は見つけた人間を、例外なく殺しました。老若男女、一切問わず。彼女には人間らしい心がありません。誰も彼女に愛を教えてくれなかったから。だから彼女は、自分の行動を、まったくひどいと思いません。
こうして。その世界は滅びたのです。
彼女の生きた、最初の世界は。
しかし。それでも生き残った、わずかな人々もいました。
彼女は「鬼」ですが、人間です。やがて寿命で死ぬ日が来て、彼女は普通に死にました。
これにて最初の世界は終わり。生き残った人々は、そう定義づけます。
そうして新たな営みを始めるべく。生き残った人同士で手を取り合って、「第二の世界」を作るのでした……。
彼女の生きた、最初の世界は。
彼女を閉じ込めた、最初の世界は。
力に目覚めた彼女によって、ずたぼろに滅ぼされました。
今や、この新しい世界に。彼女の生きた暗黒時代を知る者はわずかとなりましたが。
その昔。こんな暗黒神話が、あったのです――。
後書き
部屋、パズル、童話と聞いて、閉じ込められた女の子の話が浮かびました。ですます調の作品ははじめでです。いつもである調で書いているものでして。童話ならばですます調だろうと考えていたのを覚えています。
ページ上へ戻る