気まぐれ短編集
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金色の秋
前書き
去年の秋頃に書いた話を、文芸部の部活動誌春号発行に合わせて加筆修正したもの。世界観設定が甘く、物語にリアリティがないと言われたがそこの修正は未だできず。
「ミストラル」「Heathaze」よりはまだマシな作品ですが、「七夕綺譚」には及びません。
テーマは「秋、兵士、冷酷な主人公、悲恋もの」です。※三題噺
秋、それは終わりの季節。あらゆるものが冬という終焉に向かい、死へと駆け出していく季節。黄昏の季節。
私は、秋が嫌いだ。
秋は終焉、死への旅路。あらゆる命が潰えていく季節。
命というものは終わる瞬間に何よりも美しく輝くというけれど。
でも――終わったら、意味ないじゃないか。
私のあだ名は「冬将軍」。冬の恐ろしい寒さのように、血も涙も無い人間だと人は言う。
しかしあの日、あいつは私の心に確かな光を灯してくれた。
その瞬間、私の冬は終わったのに。私は温かくなれたのに、どうして。
――お前は、死んでしまったのだろう。
ああ、また秋が来る。私の嫌いな、秋が。
そしてそのたびに私は、お前と出会ったあの秋を思い出すのだろう。
◆
「全軍、進めッ!」
鳴らされた喇叭(らっぱ)、始まった戦争。
ああ、ついに始まってしまったのか。私は支給されたちゃちな剣を構えて戦場を睨(ね)めつけた。
戦わなければならなかった。そうさ、私みたいな兵士がいくら叫んだって何も変わらない、何も変えられないんだ。地元で少し有名な程度の兵士には、何の権限もないのさ。戦はお偉いたちが兵士を駒のようにして使い捨てて行うゲームだ、命の遊戯だ。所詮、私たち兵士は使い捨ての駒に過ぎない。駒がいくら足掻いたって叫んだってこの運命は変わらない。この境遇は変わらないんだ、だから。
だから私は心を閉ざした。誰を殺しても傷つかないように。
人は私を冷酷と言うが――弱い私は、こうでもしなければ生きていけなかったから。
「はぁっ!」
切り裂く感触。私の剣は、怯えた顔をした少年兵の首を一撃で刈る。
その瞳には涙があった。その口は両親を呼んでいた。
――だがな、そんなの。私の知ったことじゃないんだ。
戦場に情けを持ち込むな。その瞬間殺される。戦死した兄がそんなことを言っていた。だから私は戦うんだ。相手がどんなに幼かろうと、いくら悲しみ泣いていようと。
生き延びなければならなかった。私が死んだら、家族は小さな妹と年老いた両親だけになる。それだけは避けたい。そんなになっては生きていけない。
――だから私は、戦うんだ。
「よう、『冬将軍』! 相変わらずの冷酷ぶりで!」
声に振り向いたら同僚がいた。彼は私に親しげに声を掛けてきた。
だがな、戦場で誰かに軽口を叩くとはそれは油断。油断は死へとつながるんだ。
「あんたさぁ、少年兵くらい見逃さ……」
笑う同僚。しかしその首は敵軍兵士に刈り取られた。
だから話しかけるなと言ったのに。
あいつは明るく優しくて。そして馬鹿だったんだ。
そんな同僚の死にさえ涙を流せない私は。やはり冷酷と言うのに相応しいのだろうか。
風が吹く。少し肌寒い季節だ。この風を確か木枯らしと言ったか。
秋は終焉の季節だと言うが、私はここで散るつもりはない。
私は血を払い、再び剣を構えた。私に向かってくる敵が一名。
――大丈夫、斬り殺す。
冷たい決意とともに、私はその兵士を睨んだ――
瞬間。
秋の戦場を一陣の風が吹き抜けて、舞いあがった砂埃が私の目に入って視界を奪った。反射的に瞬きをする。私の視界が一瞬だけ消えた。
まずい、この状況では!
――殺される!
目前に迫った剣の反射光。避けようにも時間がなくて。
……運命か。私も人をたくさん殺した。
目だけは閉じるまい。そう思って相手を睨んだ。
私はそうして死ぬ……はずだったのに。
「こんなのおかしいだろ!」
銀色に輝いた剣が、私のものでも相手のものでもない剣が私の視界に映って。カキーン! はね飛ばされたのは相手の剣。目の前に立つは私と歳の近そうな兵士。
私は彼に守られたのだと理解した。
「お前――ッ!」
「生憎だけど。俺は死にそうな誰かを見捨てるほど薄情にはなれないんだ」
憎らしいほど格好良く笑って、彼は倒れた私に手を貸した。
私は仏頂面で答えた。
「そんな甘ったれた思考では、いずれ死ぬぞ貴様」
「死んでもいいさ、誰かを守りきれるのならな!」
そのあまりにも場違いで陽気な態度に、私は溜め息を返すことしかできなかった。
私はそんな彼をどこか眩しく思いつつも、いつもの調子で冷たく言った。
「自殺志願ならば別に止めない」
そう言われても、馬鹿みたいな理論を笑顔で彼は口にする。
「生きたいけど、死にそうな人優先さ」
「馬鹿ってよく言われないか?」
「馬鹿でも別にいいんじゃないの?」
「…………」
どうしてだろう。その日、私は彼を見ていられなくなって。気が付いたら訊いていたんだ。
「どこ所属だ。良かったらついていってやる」
「おおぅ? 麗しきレディにそんなこと言われるなんて嬉し……」
「所・属・を・言・え」
「ハイハイ、十七番連隊ですよー。そっちは?」
「十七番連隊。フン、同じか。ならば好都合」
「何が好都合だって?」
その時私は、私を助けてくれた彼に対して抱くこの感情が何か、知らなかった。
だから素っ気なく答えた。
「自殺志願が、見ていられるか。だからついて来い。私は実力には自信がある。お前が誰かを守って死なないように、私なら何とかしてやれるさ」
殺してきた人間の数はもう両の手ではおさまらない。それだけ経験豊富だという自覚はあるんだ。
彼はその答えを聞いて、笑って言った。
「そりゃあいい。じゃ、俺に守られないように頑張ってくれよ」
「当然だろう?」
かくして私と彼は出会い、行動を共にするようになった。
明るく陽気で優しい彼。戦場だから名前こそ教えてはくれなかったけれど。太陽みたいだなと思って、私は彼を「金色」と呼ぶことにした。それはあの明るい太陽の色だ。私が彼をそう呼ぶと、彼は私の銀色の髪を綺麗だと言って、私を「銀色」と呼ぶようになった。
何の希望も無い戦場で、一兵士として働くしかない私たちだけれど。共に戦い、守り合ううち。いつしか互いの心には、友情ではない何かが芽生え始めていたんだ――。
◆
でも秋は来るんだ、人を死へといざなう秋は。
やがて秋が深まって、私たちの絆も深まった頃。
冬へ導く死神が、続く未来を断ち切った。
今日も変わらぬ戦場で、私とあいつは剣を振る。あいつははじめの頃は剣がへたくそだったが、私が教えていくうちにめきめきと上達した。筋がある。彼はいずれいい剣士になるだろう。
今日も変わらぬ戦場で。背中合わせに立って、迫りくる敵軍兵士を撃退する。私は人形、氷の冬将軍。誰を殺しても罪悪感など浮かばないさ。
私は信じていた。あいつと二人、この戦いを絶対に乗り越えられるって。
あいつの陽気さにはそう信じたくなるような何かがあったし、あいつ自体決して弱くはなかった。
「さァッ!」
気合いを発して向けられた剣を受け流す。隙ができた相手の胸。私は大きく一歩踏み出して、剣をがら空きの胴に突き込んだ。
くずおれる身体。私は相手の胸を蹴って剣を抜き、そのまま次の相手へと向け――
「――危ないッ!」
――る暇は、なかった。
見れば。あいつが胸から血を流して地面に崩れ落ちていた。
その前に立つ敵軍兵士。剣の軌道は私を狙っていた。
あいつの言葉、剣の軌道。
私は知った。
「……お前が、守ってくれたのか」
そうさ、初めて出会ったあの日のように!
瞬間、私の中で獣が咆哮を上げた。
「――貴様ァッ!」
何も考えられなかった。私は何の掛け値も無しに怒っていた。本気の本気で怒っていた。激怒していた。
目を横に向ければ。背中預けて戦っていたあいつは血の海に倒れていて。
眩暈(めまい)がする。私の目の奥が赤く染まる。
「滅べェ……滅べ滅べ滅べェエッ!」
襲ってきた衝動に任せ、私はひたすらに剣を振った。私の目には敵軍兵士の赤い鎧しか見えていなかった。隣でまた倒れゆく自軍兵士も、地面に転がったあいつさえ。
――私の眼には、映ってはいなかった。
「全部――消え去れェッ!」
叫び振った剣は誰かを守るためにあらず、誰かを殺すための殺人剣。あいつの好きな「守る剣」ではなくて、ただ純粋な怒りと悲しみからなる、自らが傷つくことさえ厭わない「殺す剣」!
殺して殺して殺して殺して殺し尽くして疲れ切った私は、荒い息を繰り返しながらも大地に寝転がった。
隣に横たわるはあいつの死体。息をしないあいつの身体。
そうさ、あいつは死んだんだ。私はそう思っていた。
しかし。
あいつの胸が、膨らんで、
「……銀色」
私をそう呼ぶただ一人の声が、
死んだと思っていたあいつの声が、
したから。
「金色!」
疲れ切った身体を叱咤して、私は起き上がって彼の身体を両の手に抱く。
その胸からは血が絶えず流れ続けていたが、その流れももう細い。
ああ、死ぬんだなと私は思った。
最初はただ命を助けられただけの関係だったのに。私が誘い、あいつが乗った。そうして絆を深めていった。
赤の他人さ、戦場で出逢った赤の他人に過ぎないのに。彼の死が間近に迫っていると知って、私の心の中は悲しみでいっぱいだった。
「……銀色」
私があいつを「金色」と呼んだら。ならば私の銀の髪の毛から銀色と呼ぶって、屈託なく笑ったあの笑顔。
あいつは私をその名で呼んだ。そして途切れ途切れの息の中、私の知らなかった感情を、戦場に生きる私には無用だと強いて遠ざけていた感情を、短い言葉に乗せて私に投げてきた。
そうさ、この感情は互いを激しく縛るから。口にしてはいけないものなのに。
あいつは死ぬから。今しか言えないから。
その言葉を、言った。
「……好きだよ」
ずるいよ、金色。死に際に、最高に格好いいこと言いやがって。
それはたった四音の短い言葉なのに、そう告白された瞬間胸がどうしようもなく熱くなった。そして気がつけば私は涙を流しながらも、震え声でつぶやいていた。
「……私だって好きだったさ」
あえて隠していたこの感情。彼に命救われたときから抱いていた、熱い思い。
私はあいつが好きなんだ! だからこそ……だからこそ! 死んでほしくはなかったのに……!
涙があいつの血の気を失った顔に、ひとつ、ふたつ滴り落ちた。
「馬鹿がッ……! お前が誰かを守って死なないようにって……言ったじゃないかこの金メッキ頭がッ!」
「ご……めん……な」
答える声はか細くて。漏れる息は虫の息で。
それでもあいつは満面の笑みを浮かべて、その両手で私を抱き締めた。
「……もっと一緒に……いたかった……」
その言葉を最後に、あいつの手から力が抜けた。
その顔はとても優しげに微笑んでいて。
私はあいつの口の辺りに手をやってみたが、もう息は感じられなかった。
私はあいつの額に軽く口づけをして、もう一度、天を仰いでつぶやいた。
「……馬鹿が……」
こうしてあいつは逝ってしまった。
秋の冷たい風が、肌を撫でる。
私の初めての恋はこうして終わって。
私の初めて愛した人は、こうして死んでいった。
◆
私は、秋が嫌いだ。
からな秋はあいつと出会った季節ではあるけれど、あいつを奪った季節でもある。
私が初めて愛した人を、秋は一カ月足らずで奪ってしまったから。
秋は終焉、死への旅路。あらゆる命がついえていく季節。
命というものは、終わる瞬間に何よりも美しく輝くというけれど。
でも――終わったら、意味ないじゃないか。
あいつは私の心に、確かな光を灯してくれたのに、どうして。
――お前は、死んでしまったのだろう。
ああ、また秋が来る。私の嫌いな、秋が。
そしてそのたびに私は、あなたと出会ったあの秋を、思い出すのだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後書き
「秋」って悲しい季節ですよねぇ。まぁ私としては、誰かキャラを死なせるには夏が一番だと思いますけれど。ああ、でも病死限定ですが。
そんなわけで、「金色の秋」お送りしました。「終わる季節」にキャラクターの死を仮託してみました。一種の暗示。相変わらずのバッドエンドです。
私の書いた短編って、誰も死なない話はたった一話しかないんですよ。どうしてもバッドにしたくなってしまうんです。バッドエンドって、美しいなと思うんですよ、私は。
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