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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン91 遊野清明と河風現

 
前書き
……まあ、なんですね。ここまで拙作にお付き合いしてくださった皆様に、長々とした言葉は不要でしょう。清明と現の行く末を、2人がたどり着いた結末を、どうか見守ってやってください。

前回のあらすじ:絶対に負けられない理由。今更引くことのできない理由。全ての状況は整った。 

 
「先攻は……ああ、私じゃないか。なら、お先にどうぞ」

 可愛らしく小首を傾げ、デュエルディスクが自動的に決定した順番を確認する夢想……いや、(うつつ)。1撃が重い上に止めづらい彼女を相手にする際先攻は遠慮願いたいが、なってしまったものは仕方がない。もっとも夢想から現へと名を変えた、というよりも真の名を名乗るようになったことで、デッキまで変えてきていてもおかしくはないか。
 それに……初期手札5枚を見て、初動を考える。それに、これならそう悪い手札でもない。とはいえ、いくらそうやって自分を奮い立たせてみても、緊張のあまり喉が渇いているのはどうしようもない。それでも努めてタフに笑い、いつものセリフを吐いた。

「じゃあ、デュエルと洒落込もうか」

 人間というのは本当に単純なものだ。僕がまだ人間の範疇にいるのかどうかはさておき、決まったタイミングで決まった動きをする、あるいはお決まりの言葉を口にする。それをルーチンワークの一環として組み込む、ただそれだけで、どれだけひどい精神状態だろうとも少しはマシな気分になれる。スイッチが入る、と言い換えてもいいだろう。

「「デュエル!」」

「僕のターン。マーメイド・シャークを守備表示で召喚!」

 マーメイド・シャーク 守300

 僕が最初に呼び出したのは、魚の身体から人型の上半身らしきパーツ……疑似餌?が突き出し、さながら上半身が貧弱な人魚のような格好のモンスター。ステータスもレベルもほぼ最低値だが、この子にはこの子にしかできない仕事がある。

「このカードの召喚に成功した時、僕はデッキからレベル3から5の魚族モンスター1体をサーチできる。レベル3のチューナーモンスター、フィッシュボーグ-アーチャーを手札に!」
「チューナー……」

 これでいい。シンクロモンスターを呼び出すには、とにかくチューナーが必要。ぶっつけ本番、付け焼き刃にもほどがある新しい力ではあるけれど、それぐらいしないと到底歯が立つ相手ではない。ユーノの遺した最後の力、ありがたく使わせてもらおう。

「さらにカードをセットして魔法カード、成金ゴブリンを発動。相手ライフ1000と引き換えに、カードを1枚ドローする。こっち先に引きたかったんだけどなー、フィールド魔法発動、KYOUTOUウォーターフロント。これでターンエンド」

 正直、守りとしてはかなり薄い布陣だ。しかもウォーターフロントの壊獣カウンターを手札を減らさず乗せられるからと入れておいた成金ゴブリンでそのウォーターフロントを引くという微妙に締まらない立ち上がり。だけど、そんなこと言ってたって始まらない。さあ現、どう返してくる?

 現 LP4000→5000

「チューナー……なるほどね。なら魔法カード、ワン・フォー・ワンを発動。手札のモンスター、ワイトプリンセスを墓地に送ってデッキからレベル1モンスター、ワイトプリンスを特殊召喚」

 ワイトプリンス 攻0
 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(1)

 どうやら真の名前を思い出した今も、彼女のデッキは変わらないままらしい。そのことに、心のどこかで安堵していた自分を感じて少し嫌になる。もっともそんな感傷は、次に彼女が持ち出したカードの前に跡形もなく吹っ飛んだ。

「チューナーモンスター、ユニゾンビを召喚。そして効果発動、1ターンに1度デッキのアンデット族モンスター1体を墓地に送ることで場のモンスター、ユニゾンビのレベルを1つ上げる。この時墓地に送った2枚目のワイトプリンスの効果で、デッキからさらにワイト1体とワイト夫人1体を墓地に。そしてユニゾンビ第2の効果で、私の手札1枚をコストにもう1回ユニゾンビのレベルを上昇させるね」

 ユニゾンビ 攻1300 ☆3→4→5

「なっ……!」

 フィールドを経由して魔法カードが墓地に送られたことで、そびえ立つ灯台から闇を切り裂きどこまでも走る光の筋が放たれる。だがそんなことよりも、あのカードだ。ユニゾンビ、レベル3のチューナーモンスター!
 衝撃のあまり声も出ない僕の反応を見て彼女はクスリ、と笑い、物わかりの悪い子供に対して丁寧に常識を諭すかのような調子で語りかける。

「そんなに驚いた?でも、私が誰かは知ってるでしょう?」

 だから、要するに。やっぱり僕は、この期に及んでもまだ目の前の彼女のことを心のどこかで河風夢想だと、僕のよく知る彼女だと思っていたんだろう。
 彼女はもう僕が知っていた夢想ではない、河風現という同一人物にして別人なんだと頭では理解していても、心ではよくわかっていなかった。だからこうやって彼女が現なんだと、シンクロ召喚だって使いこなす別世界のデュエリストなんだという確固たる証拠を見せつけられただけで脳を直接殴られたかのような衝撃を感じる羽目になる。未練たらたらで女々しいにもほどがある、馬鹿馬鹿しいほど滑稽な話だ。頭を振って気を持ち直し、揺らぎかけた戦意をかき集めて火をつけ直す。しっかりしろ、僕。
 慣れた手つきで……実際慣れたものなのだろう、テンポよくチューナーとそれ以外のモンスターが並んだことになる。彼女の場に存在するモンスターの合計レベルは、6。

「の、前に。フィールド魔法、チキンレースを発動。ターンプレイヤーはそれぞれ1000ライフを払って、3つの効果から1つを発動できる。私が選ぶのは当然、1枚ドローする効果」

 現 LP5000→4000

「じゃあ改めて。レベル1のワイトプリンスに、レベル5になったユニゾンビをチューニング。冥府の大河に流るる調べは、運命を叩く鎚の歌。シンクロ召喚、獣神ヴァルカン」

 ☆1+☆5=☆6
 獣神ヴァルカン 攻2000
 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(3)

 2体のモンスターを素材として呼び出されたのは、2足歩行の獣人にして鍛冶屋。場のカードがさらに2枚墓地に送られたことでその輝きを増した灯台の光に照らされたその太い腕に、力強く握りしめられた巨大な鎚がおもむろに地面に振り下ろされた。

「まず、シンクロ召喚に成功したヴァルカンの効果を発動。互いの場で表側のカードを1枚ずつ選んで、それを手札に戻す。ただし私が選んだカードと同名カードは、このターン猛発動できない。KYOUTOUウォーターフロントは壊獣カウンターを身代りに破壊耐性を得るけれど、それもバウンスには無力」
「しまった!」

 現の言う通り、これはこのカードの宿命ともいえる弱点だ。場のカードが墓地に行くだけでカウンターが乗るという性質上破壊にはめっぽう強いウォーターフロントも、バウンスや除外には無力。というよりも、そんな除去は最初から想定されていない。せっかく乗った壊獣カウンターごと、灯台が薄れて消えていく。

『しかもチキンレースを回収されたか。ドローはお預けだな』
「墓地に送られたワイトプリンスの効果で、もう1組のワイトとワイト夫人を墓地に。さらに、私の墓地から闇属性モンスターであるワイトと光属性モンスターのワイトプリンセスをゲームから除外して、手札のカオス・ソーサラーを特殊召喚する」

 カオス・ソーサラー 攻2300

 ヴァルカンの隣に、これは僕も知っているカオスモンスターが並ぶ。最初のワン・フォー・ワンの時点で、すでにここまで計算済みだったわけか。守備姿勢を取るマーメイド・シャークを見て、そのまま伏せカードに視線を移す。まだ、大丈夫だ。このターンは、まだ凌げる。

「カオス・ソーサラーの効果を発動!1ターンに1度自身の攻撃権と引き換えに、場のモンスターを除外する。私が選ぶのは当然、マーメイド・シャーク」

 漆黒の魔法使いが右手から光、左手から闇の軌跡を残しつつその両腕をゆっくりと円を描くように回転させる。そしておもむろに組み合わされた光と闇の衝突点から白黒の波動が解き放たれ、マーメイド・シャークを吹き飛ばす。これを防ぐ手立てはなく、また僕のデッキに除外は専門外なため再利用手段はない。お疲れ様、と心の中でねぎらい、次元の狭間へ消えていくその姿を見送った。
 これで、僕の場はがら空き。現も言った通りこのターンカオス・ソーサラーはもう攻撃できないから、当然次に彼女はヴァルカンでダイレクトアタックをしてくるはず。だが彼女は、ここでわずかに思案した。

「ねえ、清明。いいもの見せてあげようか」
「……?」

 ちょっとお茶しようか、とでも言うかのようなそのフランクさは、この場にはもっともそぐわないものだった。面食らい警戒する僕を尻目に、モンスターゾーンの2枚のカードをつまみ上げる。

「これは、清明もまだ知らないでしょ。私のフィールドには、これでレベル6のモンスターが2体。私は、この2体のモンスターでオーバーレイ!冥府の大地に彷徨う者よ、巡礼の果てに死の安息を。エクシーズ召喚、巡死神(ピルグリム)リーパー!」

 カオス・ソーサラーが黒、ヴァルカンが赤の奔流となって、現の足元に開いた宇宙のような穴に吸い込まれる。その直後音もなく爆発が起こり、開いた穴の内側から新たなモンスターが生まれ出た。ひどく腰の曲がった老人のような姿に、その背から生えたボロボロの翼。姿勢のせいでよく判別がつかないが、それでもその身長よりも高いと思われる巨大な大鎌を杖のように寄りかかる不気味な死神……だが何よりも目を引くのは、その体の周囲を衛星のように絶えず飛び回る2つの球体だ。このようにいかにもな死神らしいモンスターの雰囲気には全く似つかわしくないそれからは、しかし確かに強い力を感じる。

 ☆6+☆6=★6
 巡死神リーパー 攻?→1000 守?→1000

「エクシーズ召喚?シンクロとも違う……?さらに別の召喚方法があるってこと?」
『あれは……』
「そう。同じレベルのモンスターを組み合わせることでエクストラデッキから召喚できる、清明からすれば異世界……それとも遠い、もしかしたら近い未来かな?そこで手に入る、新しい力。そしてリーパーの攻守は、互いの墓地に存在する闇属性モンスター1体につき200になる」

 チャクチャルさんの返事を奪うかのように、現の説明が入る。それにしても今の反応、やっぱチャクチャルさんはエクシーズ召喚のことも知ってたな。どうせなら教えてくれても……とも思ったが、よく考えれば富野からシンクロを教わって以降、休む暇もなく大慌てで走ってばかりだった。そんな暇、とてもじゃないがどこにもないか。
 そして盤面に意識を戻せば、あれだけ大掛かりに出てきた割にリーパーの攻撃力はわずか1200。ん、1200?確かここまでに彼女が使った闇属性モンスターはシンクロ召喚で墓地に送られたユニゾンビとワイトプリンスで2、さらにワイトプリンス2回分の効果で4体のモンスターが送られたから合計6、だけどカオス・ソーサラーの召喚コストでそのうち1体が除外され、そのカオス・ソーサラーが今のエクシーズ召喚で使われたから……あれ、計算が合わない?

『それは違うぞ、マスター。これがエクシーズモンスターの唯一無二の特性なのだが、エクシーズ召喚に使われ素材となったモンスターは召喚後もオーバーレイ・ユニット……さっきマスターも気にしていたあれだ、あの光の球体となってフィールドでも墓地でもない場所に留まり、そのモンスターのサポートを行う。サポートと言ってもまあ、9割方は効果発動のコストだがな』
「ここで私は、巡死神リーパーの効果を発動。オーバーレイ・ユニットを1つ消費することで、互いのデッキから5枚のカードを墓地に送る。この時闇属性モンスターのカオス・ソーサラーを使うことで、さらに墓地の闇属性が1体増えることになる」

 光球の1つが軌道を変えてリーパーの鎌に吸収され、赤い目を光らせて死神がその鎌を振るう。刃から放たれた闇の衝撃波が、僕のデッキと現のデッキに襲いかかった。墓地に行くカードに目を通すと、案の定ワイト系統が2枚。さすが現の引き、というべきか。一方こちらもダブルフィン・シャーク、グレイドル・イーグル、地獄の暴走召喚、サイレント・アングラー、貪欲な壺と魔法カードの2枚を除けばそう悪くないのはまだ救いだ。

 巡死神リーパー(2)→(1) 攻1000→1800 守1000→1800

「龍骨鬼、ワイトメア、タスケルトン、シャッフル・リボーン、ワイトキング……闇属性モンスターは、これで合計9体。うん、まあまあかな。バトル、リーパーでダイレクトアタック!」
「させるか!永続トラップ、バブル・ブリンガーを発動!これでレベル4以上のモンスターは直接攻撃を」
『駄目だ!』

 チャクチャルさんの警告も、一手遅かった。大量の泡の壁がリーパーの鎌から僕の身を守るため噴き上がるも、そんなものまるで意に介さずに壁を切り裂いて飛び出した刃が僕の体をそのまま袈裟斬りに振り下ろされた。まるで想定外の攻撃にろくな防御も取れず、傷口から噴き出た血が見えてから少し遅れて激痛が走る。

 巡死神リーパー 攻1800→清明(直接攻撃)
 清明 LP4000→2200

「え?」
『遅かったか。とりあえず気を確かに持て、その傷も痛みもマスターにしか見えないまやかしだ』
「わかっ……てる!」

 止まらない出血に、現実そのものな痛み。それなりに闇のゲームも経験してきた僕だが、これほどまでにリアルなものにはお目にかかったことが無い。それだけダークネス、あるいは現が本気でかかってきているのだろう。だがどれだけレベルが高かろうと、これはチャクチャルさんの言う通り単なるまやかし、こけおどしにしか過ぎない。出血?そうだ、こんなに僕の血が液体のまま残るはずがない。斎王戦の時もそうだったが、ダークシグナーとなって以降の僕の体はそれ以前とはわけが違う。あの時僕の吐いた血は、地面に落ちるかどうかのうちに灰となって風に消えていった。
 だからこれは、偽物だ。弱い自分を精神力で押し潰してさっきまで傷のあった箇所を改めて見下ろすと、そこには何の変哲もない学生服だけがあった。嘘のように痛みも消え、何事もなかったかのようにリーパーも元の位置に戻る。その様子を見て、先ほどの光景を思い返した。

「まだまだあっ!で、チャクチャルさん?バブル・ブリンガーは確かに発動したのに、なんで攻撃が?」
『すまない、これを言うのを忘れていたな。エクシーズモンスターはその特殊な召喚の性質上、そのどれもがレベルという概念を持たない。そのかわり、基本的に素材となるモンスターのレベルと同じ数値のランクを持つ。バブル・ブリンガーはモンスターのレベルを参照して攻撃を抑制するカード、従ってエクシーズを縛ることは不可能なんだ』
「レベルに、ランク?」

 フィールドにも墓地にもないオーバーレイ・ユニットに、レベルではないランク。シンクロ以上に馴染むのが大変そうな概念だが、チューナーを用意せずとも使える分出しやすさは上というわけか。ふと気になって、もう1度チャクチャルさんに問いかける。

「そういえば、このデッキはどうなの?あのエクシーズってのも使えるんだよね?」
『ああ。それは私が保証しよう』
「……オーケーオーケー、ならしっかり使いこなしてみるさ」
『その意気だ』

 しかし考えようによっては、このタイミングでエクシーズ召喚のことを知ることができたのはむしろよかったのかもしれない。さっき感じたショックも何もかもをさらに上から吹き飛ばすほどに抑えきれない未知なるカードへの高揚感、そしてそれにどう対処し適応できるかが今は心の中を占めている。
 ああ、そうだ。いつだってそのずば抜けたセンスと引きの強さで、僕のことを驚かせてくれる。たとえ名前が変わろうと、河風現は河風夢想とその本質は何ら変わりない。そして僕だってどんなに外面を取り繕ったとしても、その本性は立派な戦闘狂(バトルジャンキー)だ。
 そう考えると、この不利な盤面を前にしていてもつい口元がほころんだ。この心境の変化はさすがの彼女にも予想外だったのかやや困惑した顔になるも、すぐに彼女も気を取り直す。

「ごめんね、とは言わないから。だから清明も、下手なことは考えないで本気できてね。それに、本気じゃない限り私には絶対に勝てないよ。もっとも本気で来れば勝てるかなんて、またそれは別の話だけど」

 傲慢だ、とは思わなかった。現自身も、その言葉に自分の実力に対する過信は一切存在していなかった。それが天地がひっくり返っても否定しようもない、純然たる事実だったからだ。彼女も僕も、彼女が最強であることをよく知っている。それでも僕は、彼女をダークネスから奪い返して手に入れるために勝たなくちゃ……いや、勝つ。

 清明 LP2200 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー
 現 LP4000 手札:0
モンスター:巡死神リーパー(攻・1)
魔法・罠:なし

「僕のターン。シンクロ……それにエクシーズ……」

 カードを引く。ついさっき知ったシンクロ召喚、そしてたった今知ったエクシーズ召喚。さっきはああ言ったけれど、わずか半日もしないうちにこれだけたくさんの情報をいっぺんに詰め込まれて、さらに実戦での応用なんてできるだろうか。
 でもできなかろうがなんだろうが、今すぐにでも実戦レベルにまで仕上げるしかないのもまた事実。この2つの力は、使うことができてやっとスタートライン。ただでさえ強敵の現に対してそのカードプールにまでアドバンテージを与えていては、もう勝利など絶望的だ。実際に彼女が夢想だった時も、カードプールは全く同じだったにもかかわらず全戦全敗だったのだから。今必要なのはチューナーとチューナー以外のモンスター、そして同じレベルのモンスター。できないはずがない、なにせこのデッキは僕とともに、どんな戦いも乗り切ってきた最高のデッキなのだから。
 ……よし、見えた。

「手札の水属性モンスター、アーチャーを墓地に。これで、白棘鱏(ホワイト・スティングレイ)は特殊召喚できる」
「へえ、チューナーを捨てるんだ」

 白棘鱏 攻1400

 コストを払って僕の場に特殊召喚されたのは、純白のエイ。これで、まずは1体。

「そして魔法カード、サルベージを発動。さっきのリーパーの効果には、僕からも礼を言わせてもらうよ。おかげで墓地に落ちてくれた攻撃力1500以下の水属性、ダブルフィン・シャークとサイレント・アングラーを回収、そのまま召喚!そしてダブルフィンは召喚成功時、僕の墓地からレベル3または4の魚族モンスターを特殊召喚することができる。甦れ、フィッシュボーグ-アーチャー!」
『それでいい。この釣り上げ効果で、モンスターが3体になったな』

 ダブルフィン・シャーク 攻1000
 フィッシュボーグ-アーチャー 守300

「次!僕の場に水属性モンスターがいるとき、手札のサイレント・アングラーは特殊召喚できる!」

 トリを務めるのは、チョウチンアンコウのような姿をした普段からアドバンス召喚のための潤滑油のような役割を果たしてくれているモンスター。これで、4体!ダブルフィン・シャークのデメリットによりこのターン僕は水属性しか特殊召喚できない……でも、僕にはわかる。そんな程度の制約で、これから起こることは止められない。今か今かと出番を待つ、エクストラデッキでずっと眠っていた新しい仲間の鼓動を感じる。

「仕上げに、さっきバウンスされたウォーターフロントをもう1回発動してと。じゃあ、まずはこっちから行こうか。レベル4のサイレント・アングラーと、ダブルフィン・シャークでオーバーレイ!」

 どうすればこの声に、この鼓動に応えることができるのか。自然と体の内側から湧いてくる衝動に突き動かされてカードを手に取ると、ソリッドビジョン上では選んだ2体のモンスターが先ほど現がやったのと同じように青い2つの光となって僕の足元に開いた穴へと吸い込まれていく。デュエルディスクのエクストラデッキに当たる場所が光を放ち、そこから1枚のカードが飛び出した。

「三千世界を張り巡れ、海原に紡がれし一筋の希望!エクシーズ召喚、No(ナンバーズ).37!希望識竜スパイダー・シャーク! 」
「へえ……」

 その姿を見て、現が感心したような声を漏らす。これが、僕のはじめてのエクシーズモンスター。一見すると純白の体を持つ蜘蛛に海竜の尾が伸びたかのような、でもよく見ればその蜘蛛の脚に見えたのは一番前の両腕にあたる2本を除けば全て海中を自在に駆け回るための鰭だ。そのすらりと伸びた流線型の両腕からは鋭い爪が伸び、さらに右腕にはくっきりと37、の文字が刻まれている。
 希望を識る竜、いい名前だ。この力を文字通りこのデュエルの希望にできるかどうかは、僕の腕次第だ。

 ☆4+☆4=★4
 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600

「エクシーズ召喚の素材、オーバーレイ・ユニットは墓地に行かないから、ウォーターフロントのカウンターにはならないんだっけ?でも、だったらシンクロ召喚だ!レベル4の白棘鱏に、レベル3のフィッシュボーグ-アーチャーをチューニング!」

 またもや、何をすればいいのかわかる。初めてそのチューナーとしての真の力を解放したアーチャーがレベルと等しい3つの輪になり、1列となったそれがスティングレイの体を包む。合計レベルは、7。

「快刀乱麻に凍てつかせ、七つの海裂く神の槍!シンクロ召喚、氷結界の龍!グングニール!」

 そしてこれが、僕のはじめてのシンクロモンスター。氷結の文字通り氷のように白い体に、頭部をはじめ全身に見られるどこか雪の結晶のような意匠。だがその内側からは自身がただの雪像ではないことを語るかのように、赤く燃えるエネルギーが光となってかすかな輝きを放っていた。

 ☆4+☆3=☆7
 氷結界の龍 グングニール 攻2500
 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(2)

『だが、グングニールの効果は手札が無いと使えない。墓地の様子から見ても、このターンで仕留めきるのはどうやっても無理だな』
「わかってる……でも、今は攻めるしかないからね。バトル、グングニールで巡死神リーパーに攻撃、グレイシャーファランクス!」

 グングニールの瞳が、ひときわ赤く光った。翼を広げ超低空飛行でリーパーとの距離を詰め、鎌による防御すら許さないほどの超速で鉤爪が振り下ろされる。だがその攻撃は、リーパーの細い体をバラバラに裂く寸前で止められた。1匹の子豚の骸骨が、その間に割り込んでいたのだ。

「墓地からタスケルトンの効果発動。デュエル中1度だけ、モンスターが行う戦闘を自身を除外して無効にできる」
「承知の上さ。だけどタスケルトンはこれで打ち止め、次の攻撃はもう止められない。スパイダー・シャークで連撃、スパイダー・トルネード!さらにこの攻撃宣言時にスパイダー・シャークのオーバーレイ・ユニット1つを消費して効果発動、オーバー・レイン!」

 初陣を邪魔されて渋々といった様子で帰ってきたグングニールに代わり、すぐさまスパイダー・シャークが海中の鮫めいた俊敏な動きで追撃を仕掛ける。その口元に軌道を変えた光球が吸い込まれると背中の赤い球体から一斉に純白の蜘蛛糸が噴出し、縦横無尽にフィールドを走る粘性の糸は正確にその獲物であるリーパーの体を縛りつけた。

『スパイダー・シャークはモンスターの攻撃宣言時、オーバーレイ・ユニット1つを使い相手モンスター全ての攻撃力を1000ダウンさせる。さらに先ほど除外したタスケルトンもまた闇属性、従ってリーパーの攻撃力は実質1200下がることになるな』

 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク(2)→(1) 攻2600
→巡死神リーパー 攻1800→1600→600(破壊)
 現 LP4000→2000
 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

「よし!さらにこのメイン2で、壊獣カウンターの3つ以上乗ったウォーターフロントの効果を発動。デッキから、壊獣1体をサーチできる!来い、海亀壊獣ガメシエル!」

 もっと何か防御カードがあればよかったのだが、あいにく手札はこのガダーラ1枚のみ。それは現もお互い様だけど、彼女の手札にあるのはさっきバウンスしたチキンレース。このターンのうちにライフを1000以下まで削れなかった以上、さらなるドローを行われるとみて間違いないだろう。その時このグングニールとスパイダー・シャーク。それにただでさえ彼女のデッキには効き目が薄いのに、ここに来てダメ押しのようにエクシーズモンスターを拘束できないことが分かったバブル・ブリンガーだけでどこまで耐えきれるか。

「なーんて、心配してもしょうがないか。ターンエンド」
「私のターン。まずチキンレースを発動して、このターンも1000ライフを払って1枚ドロー」

 現 LP2000→1000

「魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動。私の墓地から融合素材モンスターであるワイトキングと巡死神リーパーを除外して、ドラゴン族の融合モンスターを融合召喚できる」
「来たね……!」

 融合素材は、アンデット族2体……来た。来てしまった。むしろ遅かった、と言うべきか。ワイトキングと双璧を成す、彼女のエースモンスター。相手の肉体に滅びさえも許さず、ただ魂のみを冥府へと引きずり落とす暴虐の龍。

「冥府の扉を破りし者よ、其には死すらも生温い。融合召喚……冥界龍 ドラゴネクロ!」

 冥界龍 ドラゴネクロ 攻3000
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

 ドラゴネクロは戦闘したモンスターを戦闘破壊させないかわりにその攻撃力を0とし、さらにそれと等しいレベル、攻撃力を持つダークソウル・トークンをプレイヤーのフィールドに特殊召喚する能力を持つ。そう、これもレベルだ。となるとレベルを持たないスパイダー・シャークは、たとえ攻撃されても参照する数値が存在しない以上ドラゴネクロもトークンを生み出せないはずだ。
 ……となると、現の狙いはグングニール。スパイダー・シャークは相手の攻撃宣言に対してもその強力な効果を発動できるが、攻撃そのものを止められるわけじゃない。しかも悪いことに、今は彼女の方が僕よりもライフが少ない。つまりチキンレースのもう1つの効果により、このライフが逆転するまで彼女はダメージを受けないのだ。

「バトル。ドラゴネクロでグングニールに攻撃、ソウル・クランチ!」

 長い首が伸び、氷結の龍の誇り高き魂を噛み砕かんと幽鬼のような顔が迫る。ここでスパイダー・シャークの効果を使えば、グングニールの攻撃力が弱体化したドラゴネクロより上となり返り討ちにできる……でも、駄目だ。仮にそんなことをしたとしても、ドラゴネクロの呪いは止められない。次にグングニールのダークソウル・トークンがグングニールの抜け殻を攻撃した際に打つ手がなくなってしまい、僕のライフが尽きてしまう。
 結局、首元にその牙を深々と埋め込まれた氷結界の龍の体から力が、魂が少しずつ抜き取られ、しだいに抵抗が弱々しくなりやがて完全にその目から光が消えうせるのを、僕はただ指をくわえてみていることしかできなかった。

 冥界龍 ドラゴネクロ 攻3000→氷結界の龍 グングニール 攻2500
 清明 LP2200→1700

「今更言うまでもないだろうけど。ドラゴネクロがレベルを持つ相手モンスターとバトルしたことで、その魂は抜き取られる」

 やっと、ドラゴネクロがグングニールの抜け殻を放り出した。だがその口元にはいまだ半透明のグングニールの魂ががっちりと押さえられており、冥界の龍の牙を通じてその内部に少しずつ穢れが入り込んでいく。

 氷結界の龍 グングニール 攻2500→0
 ダークソウル・トークン(氷結界の龍 グングニール) 攻2500 ☆7

「続けて、ダークソウル・トークンでグングニールにもう1度攻撃。ダークグレイシャーファランクス!」
「もう1度スパイダー・シャークの効果発動、オーバー・レイン!最後のオーバーレイ・ユニットを使って、相手フィールドの全モンスターの攻撃力をこのターンの間だけ1000ポイントダウンさせる!」

 再び噴出した糸が雨のごとく降り注ぎ、冥府の龍と闇に捕らわれた氷結龍の魂の動きを奪う。だがその動きを完全に封殺するには至らず、物言わぬ抜け殻と化したグングニールの体をそのかつての魂が一爪の元に打ち砕いた。

 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク(1)→(0)
 冥界龍 ドラゴネクロ 攻3000→2000
 ダークソウル・トークン(氷結界の龍 グングニール) 攻2500→1500→氷結界の龍 グングニール 攻0(破壊)
 清明 LP1700→200
 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(5)

「ぐううっ……!まだ、まだ戦える……!」
『首の皮1枚で繋がった、といったところか。さすがに危なかったな』
「まだ、戦うの?なんて、聞くまでもないんだよね。ならいいよ、私も相手してあげる。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 ひどく悲しげな表情で、そっとカードを伏せる現。違うんだ、現。僕は、君にそんな顔をさせないようにするためにここに立ってるんだ。
 ……それなのに。彼女と目を合わせていられなくなり、つい一度目を伏せそうになる。だけど、それこそ許されないことだ。彼女が助けを、最後に救いを求めて伸ばした手を、僕は掴むどころか全力で踏みにじった。その上彼女から目を逸らすだなんて、そんなこと許されるはずがない。
 そんなことを言っておきながら、その一方でこうやって僕は彼女に手を伸ばすために戦っている。その矛盾からはあえて目を逸らし、皮肉な思いと全部まとめて闘志の炉にくべておいた。

 冥界龍 ドラゴネクロ 攻2000→3000
 ダークソウル・トークン(氷結界の龍 グングニール) 攻1500→2500

 清明 LP200 手札:1
モンスター:No.37 希望識竜スパイダー・シャーク(攻・0)
魔法・罠:バブル・ブリンガー
場:KYOUTOUウォーターフロント(5)
 現 LP1000 手札:0
モンスター:冥界龍 ドラゴネクロ(攻)
     ダークソウル・トークン(氷結界の龍 グングニール)(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
場:チキンレース

『……何かがおかしい』
「え?」

 自嘲気味な様子を察して話題を切り替えてくれようとしたのか、チャクチャルさんの声が頭に響く。

『確かあちらの墓地には通常魔法、シャッフル・リボーンが落ちていたはずだ。もはやこれ以上効果を使えるほどライフの余裕はない、ならばなぜあれをわざわざ残しておいた?』
「そういえば……うん」

 シャッフル・リボーンは若干制約の厳しい蘇生カードとしても使えるが、むしろその真価は墓地にあってこそ発揮される。墓地の自身を除外することで自分の場で表側のカード1枚をデッキに戻し、カードを1枚ドローできる効果……確かにチキンレースの恩恵を受けられない、どころかダメージ0の効果を受けているのが僕である以上、あれをわざわざ残す意味は全くないはず。

「こっちがダメージ0を利用してグレイドルで突っ込んできたところにカウンターでサイクロン、とか?」
『いずれにせよ、1枚のドローよりも優先する理由があの伏せカードには含まれているのだろう。今の段階ではまだ安易に結論を出すのは危険だが、用心しておくことだ』

 用心と言われても、あの伏せカードを破壊できる手札なんてない。多少のリスクはあるけれど、ここは今引いたこれに頼ってみるか。

「魔法カード、トレード・インを発動。手札からレベル8のガメシエルを捨てて、カードを2枚ドロー。さらにこのターンもウォーターフロントに壊獣カウンターが3つ以上乗っているから……」

 乗っているから、何をサーチするべきだ?万能カウンターのガメシエルの2枚目をこちらに出せば伏せカードなんて怖くはないが、いかんせん攻撃力が低すぎてドラゴネクロはおろかダークソウル・トークンにも勝てやしない。同じ理由で攻撃力2400のクモグスも却下。ジズキエルなら対象を取る効果にはめっぽう強いうえ攻撃力も申し分ないけれど、逆に言えばあの伏せカードが対象を取るものでなければ無力になってしまう。ガダーラの無差別攻守半減も悪くはないが今使うとスパイダー・シャークの攻撃力まで下がってしまうし、ラディアンは向こうに出すからそれも却下。となると生けるサンダー・ボルトとしてトークンもろとも薙ぎ払った後スパイダー・シャークで攻撃ができるドゴランか、効果を使うまでが隙だらけとはいえひとたび発動さえできれば帯電能力であらゆるカードの発動を許さないサンダー・ザ・キングか……。

「……来い、怒炎壊獣ドゴラン。そしてダークソウル・トークンをリリースして現、そっちのフィールドに多次元壊獣ラディアンを特殊召喚!相手フィールドの壊獣反応に誘われて、手札のドゴランを特殊召喚!」

 今回選んだのは、たとえこのターンで決着をつけられなくともウォーターフロントとのコンボで壊獣カウンターを即座に貯められるドゴラン。どちらが良かったのか、この選択が本当に正しいのかは、わからない。
 だけど、わからないならわからないなりに前に進むしかない。ドゴランが大きく息を吸うと、その全身が押さえきれない怒りの炎によりメルトダウン寸前の高熱を放ち赤く光る。

 多次元壊獣ラディアン 攻2800
 怒炎壊獣ドゴラン 攻3000

「ドゴランの特殊効果、覆滅を発動!場の壊獣カウンター3つをコストに、相手フィールドの全てのモンスターを消し飛ばす!」

 解き放たれた火炎がKYOUTOUの街並みを焼き、さらには冥界の龍をも呑み込み焼き尽くしていく。炎の影響で5つあったライトのうち3つから光が消えた灯台に、再び2つの光が追加で灯いた。その光といまだくすぶる炎に照らされて闇に浮かび上がる現も、そんな彼女の目の前の伏せカードも、いまだ動きはない。

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(2)→(4)

「これでドゴランはこのターン攻撃できない……もっとも、どうせバブル・ブリンガーが残っているからレベル8のドゴランにダイレクトはできないけど。だけどエクシーズモンスターにレベルは存在しない、従ってこっちはこのまま攻撃ができる!行くよ、スパイダー・シャーク!スパイダー・トルネード!」

 スパイダー・シャークが俊敏に宙を舞い、致命となるべき一撃を叩き込みに音もなく迫る。その距離が3メートルにまで縮まっても、現は動かなかった。2メートル。それでもまだ、動かない。1メートル。やはり動かず、その端正な顔立ちと相まって彼女は彫像か何かだったかのような錯覚まで起きそうになる。30センチ、20センチ、そしてついに彼女の細い首をスパイダー・シャークの爪が捉えるまで、あとわずか10センチ。そこでついに、彼女が口を開いた。

「惜しかったね、清明……トラップ発動」

 No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600→現(直接攻撃)

 小さな声だったが、僕の耳にははっきりと届いた。だがそれが聞こえた直後、スパイダー・シャークの攻撃が命中する。土煙がのせいで一時的に視界が奪われる中、何が起きたのか探るため必死に目を凝らす。確かに攻撃は届いたが、デュエルはまだ続いている。一体何のカードで現はこの危機を脱したのか、それがわからない。
 それに先に気が付いたのは、チャクチャルさんだった。ほとんど呻くように、してやられたと漏らす。

『マスター。そっちじゃない、手元だ。自分の手元をよく見てみるんだ』
「手元……え?」

 清明 LP200→8000

「ラ、ライフが8000も……!?」
「そう。私が発動したカードは、ヒロイック・ギフト。相手ライフが2000以下の時、それを8000に引き上げることでカードを2枚ドローする。そしてチキンレースの効果により、ライフが相手より下のプレイヤーはあらゆるダメージを受け付けない」
「それでチキンレースを、ってことね……」

 土煙もようやく晴れてきて、次第に現の姿が見えてくる。やられた。最高の好機だったのに、まんまとやられた。自然と生じた莫大な、この明らかに2枚程度のドローでは割に合わないライフ差だって当然のように攻撃力5桁のワイトキングを繰り出してくる彼女にとってはあって無いようなもので、限りなく低いリスクで敗北を防ぎカードを2枚引いたという結果だけがある。

「ならせめて、僕にも使わせてもらうよ。せっかくライフはあるんだ、メイン2にチキンレースの効果発動。1000ライフを払って1枚ドロー、そして補給部隊をそのまま発動。まさか、こんな緊急防御まで用意してたなんてね」

 清明 LP8000→7000

 同じ1000ライフを払うにしても、ここでチキンレースを自壊させておけば返しにシャッフル・リボーンの効果を使われることも防げる。確かにそれは間違いないけれど、こっちも手札は既にカツカツでそこまでやっている余裕がない。やっと引けた貴重なドローソースを発動しながら呻くと、意外にも現は首を横に振った。

「ううん、違うよ。私はただ、清明なら必ず1ターンでドラゴネクロを倒す、そう思っただけ。そうしたら、やっぱり思った通りに越えてきた。だからこのカードを使わざるを得なかった、それだけ」
「……そりゃどうも、だ。カードを1枚セットして、ターンエンド」

 夢想の時からそうだったけど、彼女は僕の実力を過大評価しすぎだと思う。もっとナメられるぐらいの方が色々とやり易いのに、なんて憎まれ口を叩いたところで、彼女からの高評価を素直に喜ぶ僕がいるのもまた事実。
 とはいえ、やりにくいのも冗談ではなく本当の話だ。次のターンのドローも合わせて、中盤以降の墓地が肥えてきた彼女にあれだけの手札を持たせるのは非常に危険だ。

「私のターン。墓地のシャッフル・リボーンを除外して、チキンレースをデッキに戻して1枚ドロー」

 今度こそ役目を終えたらしいチキンレースが撤去され、彼女の手札が4枚になる。まあ想定内といえば想定内、問題はここからだ。

「私が召喚するのはこのカード。チューナーモンスター、劫火の舟守 ゴースト・カロン!」

 劫火の舟守 ゴースト・カロン 攻500

「チューナー、か」

 となると当然、次はシンクロ召喚か。オールを片手に人魂を浮かばせ、木製の小さな船に乗るボロボロの骸骨船頭。そいつがそのオールを地面に勢いよく突き刺すと、裂け目から大量の霊魂が凄まじい勢いで噴出する。やがてその波に乗り、巨大な影が地の底からゆっくりと浮かび上がってきた。あのモンスターは、たった今倒したはずなのに。

「ドラゴネクロ?」
「そう、ゴースト・カロンの効果発動。私のフィールドにこのカードしかモンスターが存在しない時、自身と私の墓地の融合モンスター1体を除外することでそのレベル合計と等しいドラゴン族シンクロモンスターを疑似的に呼び出すことができる。見せてあげる、清明。これが、ドラゴネクロの真の姿。冥府の大河の流れを紡ぐ、永久の嘆きが此岸に響く。ステュクスシンクロ……冥界濁龍 ドラゴキュートス!」

 ゴースト・カロンに導かれ、冥府の底から浮かび上がったドラゴネクロ。そっと伸ばした骨の腕がその頭頂部に触れた時、両者は不気味なほどに白い光に包まれた。その光は1つとなり、新たなモンスターへと生まれ変わっていく。ドラゴネクロのレベルは8、そしてゴースト・カロンのレベルは2。

「レベル10のシンクロモンスター……」

 ☆8+☆2=☆10
 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000 

 再び開いた冥界の門を叩き破り、さらなる力を手に入れたドラゴネクロ……いや、ドラゴキュートスがその白き威容を見せつける。亡者たちの嘆きを、その魂を無差別に取り込み飽くることなく喰らいつくした自己強化の果てのいびつな龍。

「ゴースト・カロンの効果を使うターン、私はドラゴン族以外の特殊召喚が封じられる。だけど逆に言えば、例え何者であろうともその通常召喚が縛られることはない。魔法カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動。このカードによって手に入れた2度目の召喚権で、私はこのカードを通常召喚する。その攻撃力は、墓地のワイト及びワイトキング1体につき1000……お出でなさい、ワイトキング」

 地面が爆ぜ、1本の骨の腕が地中から突き出る。ゆっくりと動くその腕が地面を押さえて力を込めると、全身に毛の1本、肉のひとかけらも残っていない藍色の服を着せられた骸骨が地中からその全身をあらわにした。ああ、ついに今回も来てしまったか。正攻法では絶対に勝てない、彼女のエースである骨の王。墓地のワイト及びワイトキング扱いのカードは、合計8枚。

 ワイトキング 攻8000

『これは……その、壮観だな。たった1ターンで攻撃力4000と8000を揃えてきたか』
「驚きはしないよ。現は、彼女は僕の知ってる夢想と同じなんだから。これぐらいのことはやってくる、彼女はいつだってそうだった」

 実際、このまたもやひっくり返された状況を前に、僕は自分でも驚くほどに落ち着いていた。チャクチャルさんにも言った通り、どこかでこうなることがわかっていたのかもしれない。彼女なら、絶対にこの程度の逆境は1ターンで跳ね除けると。

「バトル。まずはワイトキングで怒炎壊獣ドゴランに攻撃、螺旋怪談!」

 ワイトキングがまさに王者の風格すら感じさせるような尊大な足取りで、自分よりも遥かに巨大なドゴランに迫る。そこから放たれる必殺の拳は、いかに壊獣の王とはいえど耐えきれる道理はない。

 ワイトキング 攻8000→怒炎壊獣ドゴラン 攻3000(破壊)
 清明 LP7000→2000
 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(5)

「ごふっ!ほ、補給部隊の効果!僕のフィールドでモンスターが破壊されたから、カードを1枚ドロー……!」
『大丈夫か、マスター?』

 初期ライフ全てを持っていってなお余りあるほどの特大ダメージが戦闘を通じてこちらにフィードバックし、呼吸が止まり細胞1つ1つが揺さぶられるほどの衝撃が内臓に直で響く。あの火力馬鹿のラビエル戦ですら、これほどのダメージを1度に受けたことはない。変な話ではあるが、ヒロイック・ギフトによるドローのせいで生まれたこの状況、ヒロイック・ギフトが無ければ死んでいた。

『よし、そんなこと言ってられるうちはまだ余裕あるな。いいか、心が折れたらその時点で負けだからな。勝負はもちろんのこと、闇のゲームそのものにもだ。さあ、次が来るぞ!』
「あき……ううん、なんでもない。続けてドラゴキュートスでスパイダー・シャークに攻撃、冥界の幽鬼奔流(ゴースト・ストリーム)!」
「く……!」

 冥界の濁流に飲み込まれ、スパイダー・シャークがついに倒れる。当然ダメージがこちらにも通る……でも、さっきの一撃に比べればまだダメージも常識的な範囲だ。もしかすると、後から強烈な一撃を与えてこちらの意識が飛ぶのを抑えるため、わざとこの順番で攻撃してくれたのかもしれない……なんて、さすがに考えすぎか。

 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000→No.37 希望識竜スパイダー・シャーク 攻2600(破壊)
 清明 LP2000→600

「補給部隊は1ターンに1回しか使えないけど、スパイダー・シャークには最後の力が残っている。効果発動、ラスト・リザレクション!このカードが破壊された時、僕の墓地から自身以外のモンスター1体を蘇生できる!蘇れ、グングニール!」

 氷結界の龍 グングニール 守1700

 跡形もなく押し流されたスパイダー・シャークのいた場所に、かすかな希望のかけらが光る。先ほどゴースト・カロンとドラゴネクロが放っていた病的な光とはわけが違う、瑞々しい生命力に満ち溢れたその光から、再びその魂を取り戻した氷結の龍が咆哮と共に恐るべき2体のモンスターの前へとたった1体で立ちはだかった。

「これで、次のターンで……」
「グングニールの効果は、手札を捨てることでその枚数だけ場のカードを破壊する……確かに私がこのままターンを回すことしかできなかったら、わからなかった。でも詰めが甘いよ、清明。私は、そんなに甘くない。そんなもの、私が残すわけがない。この瞬間、戦闘で相手モンスターを破壊しなおかつ墓地に送ったドラゴキュートスの効果を発動。このカードはこのターン、もう1度だけモンスターに攻撃できる!」
「グングニール……っ!」

 かすかに紡がれた希望の一筋が、再び解き放たれた冥界の濁流に飲み込まれて消えていく。思わず伸ばした手が虚しく空を切るその目の前で、神槍の名を持つ誇り高き竜は最後まで雄々しく翼を広げていた。まるで押し寄せる冥界の奔流の余波から、後ろに立つ僕を守ろうとするかのように。

 冥界濁龍 ドラゴキュートス 攻4000→氷結界の龍 グングニール 守1700(破壊)

「カードを伏せて、ターンエンド。このターン終了時にシャッフル・リボーンのデメリットで手札が1枚除外されるけど、今の私に手札はないからそれは実質無効になる」

 抜け目なくデメリットを回避したところで、またターンが僕に回ってくる。どうにか、今回も生きて凌げはしたわけだ。だけど、もうこれ以上は持ちこたえられそうにない。おそらく、僕が攻めるチャンスは多くてあと1回。次のターンまでならまだ捨て身で攻めに行けるけれど、返しに自分の身を守れない。だから、それ以上は無理だ。7000あったはずのライフをたかだか1ターンで600まで減らしてくるような相手に、下手な引き伸ばしは通用しない。ワイトが墓地に貯まっていない序盤ならまだしもすでにワイトキングがあれだけの攻撃力を手に入れた現状、これ以上このデュエルをだらだらと続けたところで現のドロー1枚1枚が僕にとっての死刑宣告になるだけだ。そしてこの予想は、決して絶望でも悲観でもない。
 でも逆に言えば、まだあと1ターンは自由に動ける。このエクストラデッキからは、今も僕に呼ばれることを待っている新たなカードの鼓動を感じることができる。とにかく次のターン、次のターンで終わらせる。それができなければ、もうおしまいだ。僕がだろうか、世界がだろうか。それとも彼女が、かもしれない。

 清明 LP600 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー
     1(伏せ)
場:KYOUTOUウォーターフロント(5)
 現 LP1000 手札:0
モンスター:ワイトキング(攻)
      冥界濁龍 ドラゴキュートス(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「僕のターン。頼むよ、僕のデッキ……!」

 でも、この際なんだっていい。もう1度だけ僕に戦う力を、ここから現を救うだけの力を……!力を込めてデッキトップに指をかけ、目を閉じて呼吸を整えてからまた前を向く。せっかく紡いだ希望をも無に帰すほどの圧倒的な彼女の力に対抗できる最後の奇跡を、これで終わりとなるほどの切り札を。

「……ドロー!」

 引いた。力強く。極限に達した集中が脳内にアドレナリンを爆発させ、鈍化した時間の中で自分の腕がスローモーに振り切られるのが見えた。そしてその先に握られた、1枚のカード。永遠にも続きそうなその時間の中でそっとそれをひっくり返し、刻まれた正体を確かめる。

「これ……!」
『ほう。ここで引いた、か。まだわからないぞ、これは』

 僕の引いたカード。そこには……何も描かれていなかった。イラストやテキストどころか色すらついていない、全くの白紙のカード。かつてペガサスさんに貰った、未知なるカードの片割れ。稲石さんと共に消えてしまったゴーストリック・フロストの穴を埋めるためにこっそり入れておいた、不思議な1枚。
 いまだにこの真の姿も、僕にこれを使うことができるのかもわからない。そもそももう片方の白紙のカードが壊獣の力を解放するための扉の役割を果たすものだったことを考えると、これが本当に単なるカードなのかも怪しいものだ。だけど僕のデッキは、このカードをこの土壇場で僕に託してくれた。このカードは、この極限の状況で僕の手元にやってきてくれた。なら、迷う理由はどこにもない。

「現。僕はこのターン、このカードを使う!」
「それって……白紙の、カード?」
 
 白紙のカードを見せつけるように突き出し、その奥底で眠る力に心の中で呼び掛ける。君が誰かはわからない。だけど、この1回だけでも構わない。お願いだ、僕に力を貸してくれ。僕のことなんてどうだっていい、目の前の彼女を、現のことを。僕の一番大切な人を、この呪われた運命から解き放つために。 
 するとその瞬間、カードを持つ指先がかっと熱くなった。思わず腕を引き戻すと、白紙のカードがその内側から光を放ち始めている。今まさに、このカードは目覚めようとしていた。

『よくやった、マスター。さあ、何が来る?』
「……ありがとう」

 小さく呟くと、さらにその輝きが増していく。そして次の瞬間には、白紙だった面に色が、イラストが、そしてテキストが浮かび上がった。それと同時にその使い方、そしてその奥で僕の声を待つ精霊の思いすらもいっぺんに届く。なるほど。この力なら、確かに。

「まだ僕のターンは始まったばっかりだったね、現。宣言通り、このカードを使わせてもらうよ……このスタンバイフェイズ、通常のドローによって手札に加わったこのカード。RUM(ランクアップマジック)七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)を改めて公開する!」
「そのカードは!」

 本来この世界には存在しないはずのエクシーズモンスター、さらにその中でもごく一部にのみ対応する専用サポート。様々な因果や道理を超越し、巡り巡って僕の手元に来たカード。このデュエルの、僕にとって逆転の切り札となるべき1枚。

「そしてこのメインフェイズ。このカードを公開し続けたことで、その発動条件は整った。七皇の剣、発動!」

 精一杯に腕を伸ばし、七皇の剣を天高く掲げる。今こそ僕の元に、そしてその力を貸してくれ。

「このカードの発動時に僕はエクストラデッキか墓地からオーバーハンドレッド・ナンバーズ1体を特殊召喚し、さらにその先の境地、カオスの力を解き放つ!No.101!(サイレント)(オナーズ)Ark Knight(アークナイト)……そして!」

 上空の分厚い雲が割れ、空の彼方からゆっくりと白い箱舟が降りてくる。その中央部から射出されるように漆黒の人型をした何かが飛び出し、上空で静止した箱舟をあとに1人得物らしき真紅の槍を手にこの地上へと降り立った。
 だがその姿は、僕がこれまで見てきた2種類のエクシーズモンスターとは異なっていた。オーバーレイ・ユニットが光の球として本体の衛星のように周りを飛び回るのではなく、もっと硬質なクリスタルとなってその足元に配置されていたのだ。

「霖雨蒼生の時は来た、想い託されし不沈の守護者!CNo(カオスナンバーズ).101!(サイレント)(オナーズ)Dark Knight(ダークナイト)!」

 CNo.101 S・H・Dark Knight 攻2800

「S・H・Dark Knight……」
「そうさ。だけど、まだこれだけじゃ終わらないね。僕にはまだ、このデュエルで見せていない心強い仲間たちがいるか!トラップ発動、グレイドル・スプリット!これを1つ目の効果で攻撃力500アップの装備カードとしてダークナイトに装備して、そのままもう1つの効果に。このカードを墓地に送って装備モンスターを破壊、さらにデッキから2種類までグレイドルをリクルート!さあ行くよ、スライム!イーグル!」

 漆黒の槍術師がその足元から粒子となって消えていき、入れ替わるようにそれぞれグレイ型宇宙人の上半身と黄色い鳥を模した2種類のグレイドルが特殊召喚される。そしてグレイドル・スライムは、チューナーモンスターだ。

 グレイドル・スライム 守2000
 グレイドル・イーグル 守500

「補給部隊で1枚ドロー。そして同じくこの瞬間、カオスオーバーレイ・ユニットを持った状態で破壊され墓地に送られ、なおかつ墓地に進化前のアークナイトが存在するダークナイトの効果を発動!このカードを蘇生し、さらにその元々の攻撃力分ライフを回復する!リターン・フロム・リンボ!」

 清明 LP600→3400

 不沈の守護者は、破壊程度では蘇る。そしてここからが、その特殊能力の真骨頂だ。 

「ダークナイトの更なる効果発動、ダーク・ソウル・ローバー!1ターンに1度特殊召喚された相手モンスター1体を選択し、自身のカオスオーバーレイ・ユニットとして吸収する!消え去れ、ドラゴキュートス!」

 ダークナイトがその槍でドラゴキュートスを指し示すと、2体の全身を包むかのように赤いオーラが立ち上る。するとドラゴキュートスの巨体がダークナイト側に引きずられるように吸い寄せられていき、両者の距離が縮まると同時に赤い光もしだいに力強さと深みを増していく。やがてそれが臨界点まで達した瞬間、あれほど大きく恐ろしかったドラゴキュートスの体が光の中で急激に圧縮された。いや違う、ダークナイトの召喚時にもあった足元のクリスタル、カオスオーバーレイ・ユニットに変換されたのだ。

「ドラゴキュートスが……」
「だけどこの効果だけじゃ、通常召喚されたワイトキングには敵わない。だからこそ、もう1度シンクロ召喚!レベル3のグレイドル・イーグルにレベル5チューナー、グレイドル・スライムをチューニング!」

 次に何をすればいいのか、カードが語りかけてくるもうすっかりおなじみになった感覚。スライムといいJrといいずっとチューナーって書いてあったからこの唐突なチューナー要素はなんなのかと思っていたけれど、まさかグレイドル自体がシンクロテーマだったとは。もっともこの子たちも元はといえばある日突然宇宙から墜落してきたカード、未知の召喚法をものにしていても不思議ではない……のかもしれない。

「変幻自在な不定の恐怖は、星海旅する魔性の生命!シンクロ召喚、グレイドル・ドラゴン!」

 ☆3+☆5=☆8
 グレイドル・ドラゴン 攻3000

 イーグル、コブラ、アリゲーター、そしてスライムにそのJr。これまで僕と共に戦ってきたグレイドルたちがその力を結集させた、変幻自在の真骨頂たるシンクロ体。まさかこんな隠し玉をこれまで抱えていたなんて、まったくあのスライムも人が悪い。
 だけどこうしてグレイドルは、このどうしても負けられないデュエルを受けてその隠された力を僕に明かしてくれた。その思い、決して無駄にはしない。

「シンクロ召喚したドラゴンの効果発動、グレイドル・トルピード!シンクロ素材となった水属性モンスターの数まで、場のカードを破壊できる!当然選ぶのはその伏せカード、そしてワイトキングだ!」

 ドラゴンの流体金属を思わせる独特な質感のボディが波打ち、無数の突起が生じたかと思うとそれらが一斉に本体を離れ有機体ミサイルとなって雨あられのごとく降り注ぐ。着弾、そして爆風に巻き込まれ、ワイトキングがただの骨へと還っていく。だがもう1枚の狙いだった伏せカードは、爆発に巻き込まれる寸前表を向いた。

「……速攻魔法、大欲な壺!除外されているドラゴネクロ、タスケルトン、巡死神リーパーの3体をデッキに戻すことでカードを1枚ドロー!」
『ブラフだったか……?』

 チャクチャルさんが訝しむ。それならそれでいい、このまま押し通すまでだ。確かに僕の場のバブル・ブリンガーの効果によりレベル8のグレイドル・ドラゴンは現在ダイレクトアタックが封じられ、レベルを持たないダークナイトも蘇生効果を使ったターンには攻撃できない制約がある。
 だけど僕にはそれ以前から、ずっとずっと切り札として一線を張ってきたこの1枚がある。

「バブル・ブリンガーのさらなる効果を発動!このカードを墓地に送り、レベル3以下の同名水属性モンスター2体を効果を無効にして特殊召喚する!」

 グレイドル・イーグル 攻1500
 グレイドル・イーグル 攻1500

「ランク3……ううん、違うか」
「さすがにわかってんじゃん、現。これで、バブル・ブリンガーによる制約は消えた。この2体のモンスターをリリースし、アドバンス召喚!その攻撃力は、リリースしたモンスターのそれの合計値。これこそが僕の切り札……霧の王(キングミスト)!」

 2体のイーグルがどこからともなく立ちこめた霧に包まれ、そのまま消えていく。そして霧の彼方から、どれほどカードが増えようとも決して変わらない僕の切り札が姿を見せた。

 霧の王 攻0→3000

 シンクロモンスター、エクシーズモンスター、そして効果モンスター。つい昨日までは、とてもじゃないが想像もしなかったような絵面だ。そしてその努力も、あと1回の攻撃で報われる。河風現に、無双の女王の二つ名に、ついに土をつける時が来た。

「霧の王、これが最後の攻撃だ!ダイレクトアタック、ミスト・ストラングル!」

 ダークナイトとドラゴンがこじ開けてくれた結果、もはや現の場にカードは存在しない。この攻撃を、なんとしても届かせる。だがその剣閃は、天から無数に降り注ぎ大地に突き刺さった光の大剣によって阻まれた。

「光の護封霊剣!」
「なっ……」

 動きを封じられたのは、霧の王だけではない。グレイドル・ドラゴンも、元より動きのとれないダークナイトも、僕のモンスター全てが光の剣に囲まれ身動きを取れなくなる。これだけ全てを賭けた攻撃だったというのに、またしても届かないというのか。自分の目を、耳を疑い呆然とする僕に、淡々とした中にも隠しきれないほんのかすかな焦りを含んだ現の声がぼんやりと聞こえる。

「……このカードを墓地から除外することで、ターン内の相手の直接攻撃は全て封じられる。危なかった、本当に危なかった。これは、私にとっても最後の1枚だった」
「で、でも、そんなカード……」

 答えは聞くまでもないが、それでも口に出さずにはいられなかった。いつの間に、だなんて、現にあのカードを墓地に送る暇があったのは1回しかない。後攻1ターン目、このデュエルが始まってすぐに召喚されて効果を使ったユニゾンビ。ワイトプリンスを墓地に送った方にばかり目が行っていたけれど、あの時あのカードはデッキのアンデット族だけでなく、さらに手札を1枚捨ててもう1度効果を使っていた。手札を、1枚。
 あんな最初の最初から、いざという時の奥の手となるような最後の守りを仕込んでいたわけだ。この手札にも、そして僕のモンスターにも、攻撃を封じられた今これ以上彼女のライフを削る手段はない。

『マスター……』
「……わかってる。でもまだ、まだ負けたわけじゃないんだ。最後の最後まで、絶対に諦めてたまるもんか……!KYOUTOUウォーターフロントの効果により、デッキから海亀壊獣ガメシエルをサーチする……!クソッ!」

 血を吐くような後悔の声。手札のある1枚、たった今サーチしたガメシエルが見えたからだ。
 ……海亀壊獣ガメシエル。攻撃力こそレベル8にして2200と特筆すべき数値ではないものの、その効果は場の壊獣カウンター3つをコストに相手のカードの発動を無効にして除外するという協力無比な代物。七皇の剣からのダークナイト、さらにスプリットからのグレイドル・ドラゴンで現の場を焼け野原にする、ここまではいい。もしもその後、バブル・ブリンガーで蘇生した2体のイーグルをリリースして呼び出したのが、あらかじめメイン1でサーチしておいたこのカードだったら。本来光の護封霊剣はフリーチェーンでいつでも使えるが、彼女はその性格からいっても今回のようにバトルフェイズに入るギリギリまで使わなかっただろう。スタンバイフェイズのこちらにとって絶対に止められない、どうしようもないタイミングでいきなり発動するようなことはせず、メインフェイズに一通りの展開を終えたのを見極めてから発動するために取っておいたはずだ。
 あのカードは、彼女にとって文字通り正真正銘最後の守り。裏を返せば、それさえ押さえることができれば必ず攻撃は通っていた。つまりこのターンは僕にとって最後の攻撃が許されたターンであると同時に、彼女に勝つことができた最初で最後のチャンスでもあったのだ。無論、霧の王が悪いわけではない。ましてや、チャクチャルさんにも一切の責任はない。全てあと1歩だったというのに、最悪のタイミングで読みを間違えた僕の責任だ。
 ああ全く、どこまで皮肉な話なんだろう。ついさっき彼女がせめてもの救いを求めて伸ばした手を踏みにじった僕が、今度は彼女を救うため自分から伸ばしかけた手をも自身の手で払いのけたなんて。僕はただ彼女を助けたい一心で、本当にそれだけの理由から限界以上に自分の力を引き出して、未知のカードからも力を借りて戦って。そのくせ、肝心なところで彼女を無駄に苦しめる事ばかりしている。

『こんな言葉が慰めにならないことはわかっているが、たとえそれに気が付いていたとしても結果は変わりなかっただろう。サーチ効果がチェーンブロックを組む以上、ガメシエルを手札に加えた時点でその目論見も先読みされた可能性も高い……もっとも、サーチのタイミングによってはデッキ圧縮の一環とみなされスルーされた可能性も否定はできないが』

 僕の手札には、このターン補給部隊で引いた幽鬼うさぎと今サーチしたガメシエル。辛うじて、心はまだ折れていない。まだデュエルを続けて、最後まで足掻くことができる。だけどそれは決して前向きなものではなく、ここまで彼女を苦しめたあげく手前勝手に勝負を降りるような行為は僕のデッキを、そして何より彼女のことを侮辱する行為だとわかっていたからだ。ターンエンド、と告げる自分の声は、悔しさのあまり我ながら情けないほどにか細く震えていた。

「私のターン。そう、このカード……なら、私も。まずは、3体目のワイトキングを召喚」

 ワイトキング 攻9000

 現が召喚したのは、先のターンに大欲な壺でドローした方のカード。ああ、やっぱりだめだったか。発動を介さず永続効果で攻撃力を変えるワイトキング相手には、さすがの幽鬼うさぎも使うタイミングが無い。先ほどダークナイトで挟んだ回復も、あの火力を前にすれば誤差の範囲程度のものだ。確定した敗北を前に、むしろ心が落ち着いてくるのを感じていた。先ほどの失敗のせいでいまだに酷い気分なことは変わりないが、それでも穏やかな気持ちがじんわりと心中に広がってくる。

「地縛神、壊獣、それに……ううん、カードの精霊だけじゃないか。人間だって、それ以外だってそう。清明にはそうやっていつだって誰かを惹きつけて、一緒にいたくなる魅力があるね」

 バトルフェイズに入る、その前に。死闘には似つかわしくないほど不思議と穏やかで優しい声とともに、現がそっと微笑んだ。

「……そりゃどうも。なんか最近、同じことをよく言われるよ」

 何か企んでいる、だなんてことは思いもしなかった。彼女は気高い、真のデュエリストだ。だからこちらも空元気を振り絞り、素直な気持ちで答えることができた。口角を上げてちょっと笑いそう返すと、現もおかしそうにクスクス、と笑う。そしてまた、小さく続けた。

「そしてそれは、私も同じ」

 言葉に詰まる。こんな時に気の利いたセリフの1つでも返せれば、どんなによかっただろう。その沈黙をよく聞こえなかったと解釈したらしく、またしてもからかうように小さく笑う。

「もう1回言うのは、さすがにちょっと恥ずかしいかな。ねえ、清明。清明がこの勝負に込めた覚悟。そしてその、デュエリストとして自分の限界を超えるほどの想い。デュエルを通じて私には、全部伝わって来たよ」

 ぶんぶんと強く、首を横に振る。伝わったからといって、それがなんの役に立つ。僕が求めていたことは、たとえそれが伝わらなかったとしてもいいから、とにかく結果を出すことだ。そんなこともできなかった僕に、優しい言葉をもらう資格はない。

「こんなこと言うと、清明は嫌がるかもしれないけど。ありがとう、清明。こんなに本気で、私と戦ってくれて。こんなにワクワクするデュエルを、最後に私としてくれて。最高のプレゼントだったよ」

 何を言わんとしているのか、その真意は掴めない。だけど、なぜだか嫌な予感が頭の片隅をよぎった。もう攻撃さえすればそれでこのデュエルは終わり、新たにカードを使う理由はない。それなのに彼女の手が最後の手札1枚、このドローで引いたそれへと伸びていく。

「何を……?」
「私には、清明の気持ちには応えられない。だから、清明はもっと生きて。そうすればそのうちきっと、私なんかよりずっといい子だって見つけられるはずだから。でもやっぱり、ちょっとだけ妬けちゃうけどね」
『まさか……』
「駄目だ!」

 嫌な予感が、ますます大きく強くなる。現が何をしようとしているのか、それを止めるためにデュエル中だということも忘れて駆け寄ろうとする。
 でもその時にはもう、何もかもが手遅れだった。

「魔法カード、未来への思いを発動。私の墓地から異なるレベルを持つモンスター3体を攻撃力0、効果を無効にして特殊召喚する」

 龍骨鬼 攻2400→0
 ワイトプリンス 攻0
 ユニゾンビ 攻1300→0

 そして呼び出される、3体のモンスター。だけど問題はそこじゃない、確か未来への思い、あのカードのデメリットは!

「ターンエンド。そしてこのエンドフェイズまでにエクシーズ召喚をしなかったことで、私のライフは4000失われる」
「現っ……!」

 現 LP1000→0

 デュエルは終わった。あれだけの大型モンスターが飛び交い激しく激突した勝負の最後とは思えないほどにあっさりと、全てが消えていった。





「現!」

 目を閉じて糸が切れた人形のように力なく、後ろに倒れこむ現。どうにか間に合って、地面にぶつかる寸前に抱え上げた。そのまま名前を叫んで揺さぶるけれど、反応はなくその体もぐったりしたままだ。

「現……そ、そうだ、チャクチャルさん!僕が勝ったんだよね、なら早く!」
『……無理だ。最初に釘を刺しておいたはずだ、デッキレスなどで逃げられるとそもそもマスターと彼女の間に繋がりが生まれず、私の力も届かないと。最後の最後に自分の手でライフを尽きさせた場合も同じこと、こういった手を使われると私にできる事など何もない』
「ぐ……!」

 確かにこの決戦前、この作戦を決めた時からチャクチャルさんはそんなことを言っていた。どこにも持っていきようのない怒りと焦りが、体中を駆け巡る。

「だ、だったら、僕はこんな勝ち方認めない!こんなやり方で、あの現に勝ったなんて言えるもんか!こんなの無効だ、ありえない、もう1回勝負だ、現!だからお願い、目を覚ましてよ……」
『……やめておけ、マスター。それよりも、ほら』
「え……?」

 チャクチャルさんの押し殺したような声に、再び腕の中の現に目を落とす。ほんのかすかで弱々しくではあるが、その首が多少持ち上がりその目は再び開いていた。口が開き、大儀そうに言葉を絞り出す。

「……あはは。終わったね、清明」
「現!」

 その体を抱き寄せたところで、背筋が寒くなるような事実に気が付いた。ついさっき抱き止めた時、彼女の体はこんな不気味なほど軽くはなかった。でも今の彼女は片手どころか、指1本でも軽々と支えきれるだろう。いたって普通の感触、人間らしい重みすら、彼女の身体からは急速に失われつつある。それは、終わりが近いことを何よりも物語っていた。

「ほらほら、そんな顔しないで、清明。私のことよりも、そうね、清明は大丈夫なの?ちゃんと卒業できる?」
「そんなこと……」
『マスターもとうに気づいているだろうが、もう長くはない。悔いを残さないよう、今のうちに話をしておくことだ』
「うん……」

 チャクチャルさんに諭され、息を吸って気持ちを静めようとする。多分現は、最後の最後に僕の泣き顔なんて見たくはないだろう。だから辛いだろうに、苦しいだろうにこんな話題まで振ってくれて。稲石さんもそうだった。
 これだけ甘えさせてもらっておいて、まだこっちばかりが苦しい顔なんてできるわけがない。

「ああ、おかげさまで大丈夫だよ、現。3年間ずっと負け越してたけど、最後の最後に遊野清明は河風現に大勝利してぴったり100点、それでめでたく卒業決定。そう決めて、ずっと探してたんだから」
「ふふっ、そうだったんだ。ごめんね、もっと早く、会いに行ければよかったんだけど」
「今だって、まだ遅くはなかったさ」
「ねえ、清明。もっとよく、顔を見せてくれる?」

 腕の中の現の存在が、また更に希薄になる。いよいよ終わりが近いことを本人も察したらしく、最後の力を振り絞って上半身を起こした。だから僕も、その目を覗き込むようにして顔を近づける。じっと目を合わせ……不意に、朗らかに笑いだした。

「ふふふっ、真剣な顔しちゃって。ねえ清明、キスしてあげるって思った?」
「んなっ……!」
「隠してもだーめ。清明って、変なところですっごく真面目なんだもん。もしそんなことしたら、この先ずっと私に悪いからー、とか言って他の子を好きになるのに引け目を感じちゃうでしょ」
「そ、そんなこと」
「ないの?」
「……あるかも」

 ほらね、と得意げな顔になる現。僕はといえば、謎の気まり悪さに必死で耐えていた。こんな最後の最後まで、まるで弱みを表に出さない。強い女の子だ、本当に。とてもじゃないけど、やっぱり彼女には敵わない。

「ちゃんと約束できる?これからもっといい子のことを、私よりずっと大事にしてあげられるって」
「あー、それは」
「ちゃんと目を見て」
「……ハイ」

 しぶしぶ頷くと、よろしい、と頷き返された。

「じゃあこれ、ご褒美ね」

 その言葉の意味を理解するよりも早く首の後ろに手を回され、完全に不意を突いてぐっと下に押し付けられる。彼女の顔がさらに近づくと同時に唇にほんの1瞬触れた、柔らかな感触。

「……!」
「てへ。ごめんね、やっぱり私も我慢できなくて。でも約束、ちゃんと守ってね」

 顔が熱い。頭の中が混乱して、口を開くも言葉が何も出てこない。その時、突然東の空からさっと朝日が差し込んで現の顔を照らした。これ幸いと上空に目を向けると、たった今まで空を覆っていた雲がみるみるうちに消えて朝焼けの空が一面に広がっていく。

「これ……」
「ダークネスが倒れた、そういうこと。今頃はそっちの計画も成功して、はるか未来に飛ばされたのかな」
「じゃ、じゃあ!」
「おめでとう、清明。じゃあ、そろそろ私も時間かな」

 もはやその感触すら希薄になってきた彼女の体を、無言で強く抱きしめる。彼女もそっと僕の背中に手を回し、それに応えてくれる。
 さようなら、とは言いたくなかった。ならこんな時には何を言えばいいのか僕の足りない頭ではわからず、ただただ力を込めて抱きしめることしかできなかった。そうしている間にも現の体は薄く、軽く、最初から存在しなかったかのように消えていく。それでも彼女には、僕の想いは確かに伝わったらしい。

「うん。幸せに、ね」

 その言葉を最後に、現が消えた。朝日の照らす中で自分の腕に目を落とすが、もはやその手は何も掴んではいなかった。視界がにじみ、ぼやけてほとんど何も見えなくなる。何度も何度も頬を涙が伝い、地面に落ちる。
 しばらくの間、ずっとそうしていた。それを咎める者はどこにもおらず、僕はいつまでも、いつまでもただ涙を流していた。 
 

 
後書き
今回の話については色々と、特に長くこの2人を見守ってきてくださった方ほど思うところがあるかもしれません。が、少なくとも私はこれ以外の結末を書く気にはなりません。 
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