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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン90 鉄砲水と小さな挽歌

 
前書き
またしても1か月空けちゃいましたね……。
でもこの回は絶対に必要なものだと思うんです(力説)。

前回のあらすじ:夢想との戦いは避けられずとも、もしかしたらその先に救いはあるかもしれない。そんな思いを固める清明だが……。 

 
『む?……出遅れたなマスター、来客だ』
「ああうん、わかってるよもう!この忙しい時に……!」

 いざ反撃だ、と気合を入れ直して1歩踏み出すか踏み出さないかのうちに、突然それはやってきた。周囲の木陰に、覆い隠された闇の向こう側に、第三者の気配がある。こんな芸当ができるのは、僕の知る範囲では奴しかいない。

「とっとと出て来い、ミスターT!」
「「「「よかろう」」」」
「あ、あら……?」

 先手を打って声を張ったところまではよかったが、まさかその返事が真正面だけでなく四方八方から聞こえてくるとは思わなかった。ざっざっざっと足音を立て、僕の周りをぐるりと取り囲むようにコピペ集団がわらわらと湧き上がる。もっともミスターTは1人いたら30人はその辺に潜んでいてもおかしくない相手、1人目を見つけた段階でこうなることぐらい覚悟しておくべきだったのだ。

「まずかった……かな?」
『かもしれんな』

 冷や汗がひとすじ、頬を伝う。頭ではわかっていたつもりだったが、チャクチャルさんとの会話に少しばかり時間をかけ過ぎた。時間は、時間はどれだけ残っている?あまりないだろう。だからといって助けを呼ぼうにもPDFはスクラップ、投降するふりをして隙をみて逃げ出す……ことも難しいだろう。精霊を実体化させての召喚、それも大型モンスターを呼んで物理的に蹴散らす手もないではないが、当然それはミスターT側も真っ先に警戒する部分のはずだ。僕としても、どこまで精神力が削られるかわかったものじゃないその方法は本当にギリギリまで使いたくはない。なにせこの世界は、精霊が元々実体を持つ覇王の異世界や砂漠の異世界とはわけが違うのだ。もっと訓練すれば消費を抑えての使役も可能だろうけど、少なくとも今の僕には夢のまた夢だ。そしてこうしている間にも1人、また1人と包囲網を作るミスターTは増えていく。

「こうなったら……!」

 やぶれかぶれだろうがなんだろうが、結局これしかない。腕輪から水妖式デュエルディスクを展開、即座に構えて周りをじろりと睨みつける。闇のゲームもそれはそれで体力の消耗が激しいけれど、いつまで続けなければならないかもわからない精霊召喚よりはまだマシだ。とはいえいつかはそれも視野に入れなければならないだろうけど、とりあえずこれを何体か間引きしてからでないと。

『マスター、まさか……』
「しっかりついてきてよ、チャクチャルさん?さあ、消えたい奴からかかってこい!」
『ああ、やはり力技か。仕方ない、付き合おう』

 威勢よく啖呵を切り、構えたまま周囲を威嚇する。無謀な挑戦をあざ笑うかのようにミスターTたちの冷酷な笑みが濃くなり、一周即発の雰囲気が辺りに充満する。
 だがそれが爆発する寸前、突然事態が動いた。

「うおおおおお!邪魔だああ、どけどけどけえっ!」

 僕よりも数段ヤケクソな声が森に響き渡り、それに遅れて何人、いや何十人単位の足音がこちらへ近づいてくる。こちらを見ていたミスターTの視線が一斉にそちらを向き、僕も背を伸ばして覗き込む。アメフトやラグビーばりのタックルで包囲陣をこじ開け、見覚えのある男たちがミスターTから僕を守るかのように人の壁を作る。

「なんとか間に合ったぜ……遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よってんだ!デュエルアカデミアは北の果て、無敵のノース校番格、鎧田翼!本校だけで何おっぱじめてやがる、俺らも当然混ぜてもらうからな!」
「鎧田!?」

 あまりといえばあまりに唐突な乱入に呆気にとられてその名を呼ぶと、それに応えるかのように人壁の一角から身の丈2メートル近い巨漢が低い声で宣言した。

「……サンダー四天王が十、次鋒の天田、いざ参る。先攻は貰った、儀式の下準備を発動。この効果によりデッキから儀式モンスターのハングリーバーガー。さらにその名が記された儀式魔法、ハンバーガーのレシピを手札に加える」
「それに天田……サンダー四天王まで……」

 ノース校のサンダー四天王。元々はまだ僕らが1年の際、本校を飛び出した万丈目が流れ着いたノース校でお山の大将となって勝負を挑んできたときのメンバーだ。毎年毎年、特に僕とこの鎧田との間にはなにかと腐れ縁が続いていたが、それもつい先日僕の勝ち越しという結果で幕を閉じた。
 ……あれ以来この男はまたノース校に戻り、卒業後のプロ入りもすでに決まっていたはずだ。それがなぜこの本校に、それも仲間のノース校生まで引き連れて当たり前のような顔をして来ている?まさかこれもミスターTの変装か、とも疑りかけたところで、こちらの心を読んだかのようにタイミングよくミスターTと睨みあっていた鎧田が振り返る。

「なにぼさっとしてやがる。せっかくノース校から俺たちがはるばる来てやったんだぞ?事情はだいたいわかってるから、感謝しながら早く行け!……テメエの相手は俺たちだぜ、グラサンのおっさんよお。フィールド魔法、アンデットワールドを発動!」
「でも、どうしてここに?」

 もちろんこんなことを聞く暇がないのは百も承知だ。だけど芽生えた不信感と相まって、どうしても聞かずにはいられなかった。

「なんだ、そんなことか。元々卒業前にもう1回、俺たちのサンダーにサプライズで会いに行こうって話は前からあったんだけどな。なんでも、最初に本校とデュエル大会した時にお前たちの側にいた……三沢とか言ったか?そいつの知り合いだとかいう筋肉ムキムキでバインバインのねーちゃんが何時間か前にノース校まで来たんだよ。だいぶ焦ってるみたいだから話を聞いてやったら、あのサンダーがいるこの本校で今、世界規模のとんでもないことが起きてるっていうじゃねえか。ちょうど船の準備もできてたわけだし、サンダーのためならってんで血の気の多い奴らを引き連れて大慌てで海を渡ってきたのさ。ねーちゃんにも一緒に行こうぜって言ったんだけど、また別の所にも顔を出さなきゃいけないっていうからな」

 筋肉でバインバインで三沢の知り合い……間違いない、アマゾネスのタニヤだ。覇王の異世界からまたこっちに来ていたのは三沢だけなんだとなんとなく思っていたけど、どうやら彼女は彼女でこちらの世界で動いていたらしい。そしてその救援要請の成果が、このドンピシャのタイミングで現れたという訳か。
 もちろん、この話が全部ミスターTのひねり出した真っ赤な嘘という可能性も否定はできない。だが、無駄に用心深い奴のことだ。もし作り話で油断を誘うならばこんなありえるかありえないかのギリギリの線を攻めてくるよりも、もっとそれらしい嘘を考え付くだろう。
 迷ったのは、ほんの1瞬だった。

「……この場は任せたからね、ノース校!」
「おう、とっとと行って来い!いいなお前ら、本校の奴らなんかに後れを取るんじゃねえぞ!」

 最後に一声だけ残して身を翻し、鎧田の威勢のいい声とそれに応える鬨の声に背中を押されるようにして走る。すぐさまそれに気づいたミスターT軍団が手を伸ばして捕まえようとしてきたが、そのたびにそれをノース校生が身を挺して作り上げた人の壁が押し返しては片っ端からデュエルでその場に釘付けにしていった。
 でもミスターTはいけ好かないが、気に食わないことに手ごわい相手だ。最初こそ不意を突かれていただろうが、その動揺も長くは持ちはしない。歯を食いしばって足を動かしどうにか包囲網を抜けようとするも、どうやら十代の側に藤原優介がいる分ミスターTはこちらに分身を裂いていたらしい。まるで途切れることなく同じ顔が湧き出してくる状態から抜けられずに苦戦するうち、次第に僕を守ってくれていたノース校の人員も1人また1人と数が減っていく。

「こん……のっ!」

 このままではジリ貧なのは目に見えている。誰も口には出さないが、徐々に焦りの空気が色濃くなってくる。
 だが、その時だった。その場にいたミスターTを何体か吹き飛ばして突然、何の前触れもなく空間に闇の穴が開いた。そしてその奥底の闇の中から響き渡るのは、ゆっくりとした愉悦の笑い声。初めのうち遠く小さく聞こえていたその声も、謎の穴を通って急速にこちらに近づいてきているらしく次第に大きくなってきた。
 そして僕は、この声の主を知っている。

「この声って、まさか……!」
「そう、まさかだ。まさか、君にまた会えるとはね。それも太古よりうろうろと目障りだった憎き闇、そのおまけまで引き連れてきてくれるとは僥倖だ。トゥルーマンよ、この私の名をよもや忘れたとは言うまいな?だが悪魔は礼節を重んじる、一応の礼儀として名乗らせてもらおう。我が名はグラファ、またの名を暗黒界の龍神。次元を越えられる力は、君の専売特許ではないのだよ」
「グラファ!」

 覇王の異世界における最大勢力、暗黒界の中でも最高の力を持ちながらもユベル事件の一環でその力を失い、雌伏の時を過ごしていた龍神。
 あの時僕がこの悪魔に出会った時間はほんのわずかでしかなかったけれど、それだけでもわかるいかにも悪魔らしい狡猾で抜け目ない性格の持ち主だ。個人的には決して嫌いな性格ではないけれど、間違っても敵に回したくはなく、かといって味方にしてもいいように利用されることが目に見えている、どちらに転んでもこちらにほとんど利が無いという大変やりづらい相手だ。
 そのグラファが、あの時変身していたのと同じボロボロの老人姿で結界通路の上部から頭をひょいと出す。真下にいた僕を見つけると悪魔というより小悪魔的な笑みを浮かべ、そのままこちらを見下ろして気安く声をかけてきた。

「よもやまた会うことに、それも君の世界で再会できるとはね。君の頭に浮かんでいるであろう当然の疑問には、聞かれる前に返答しておこう。覇王が消えてその残党も散った後、再びあの世界は私を首領として暗黒界がその大部分を統治することになったのだが、覇王城の再建も終わらぬうちにあるアマゾネスが謁見を申し出てきてね。ここまで言えば、察しはつくだろう?それに暗黒の闇を住処とする我々にとっても、ダークネスの手下はいろいろと目障りな存在なのだよ。つまりあの時と同じく、互いの利害が一致したわけだ。ここでトゥルーマンの存在を消せるのであれば、それに越したことはない」

 三沢にタニヤと僕が再会したのはグラファと出会う前だから、本来ならば僕とグラファの会話を知るはずもない彼女がグラファに援軍を頼んだという点には時系列的に違和感が生じる。だけど、なにせこの悪魔のことだ。僕を見出した自分の眼力を証明し喧伝するため、あの戦いの話を広めていてもおかしくない。
 そうこうしているうちにその全身を結界通路から現して着地したグラファがその腕を空中で一振りすると、ただそれだけで巻きおこった闇の風がひしめいているミスターTのうち何人かをまとめて吹き飛ばし、その体が闇を纏う無数のカードになっては崩れていく。

「さあ、行きたまえ。これは君に対しての貸し1つとしておこう」
「ありが……」
『待て、ストップだマスター。そこは私が言うとおりに返しておくといい。いいか?まずこう言うんだ―――――』
「え、ええと?『とんでもないね、グラファ。僕からそっちへの貸しは2つ、これでようやくトントンさ。なんたって僕は覇王を倒しただけじゃない、あんたに水だって1杯恵んでやったんだよ?』……えっと、これでいい?」
『悪く思うな、龍神よ。悪魔の甘言……まあ仕事熱心なのは結構だが、私のマスターに対して勝手に悪魔が貸しを作られては困るのでな』
「そうかい?残念だよ、ずいぶんと優秀な参謀が付いているじゃないか」

 目の前ではばったばったとミスターTが薙ぎ倒されていくのと同時進行で、うちの地縛神(ブレイン)とどんな時でも狡猾な悪魔が僕を挟んで高度な舌戦を繰り広げる。
 だがそんな一方的な光景を目の当たりにしても残るミスターTは表情1つ変えず、残った者どうしで互いの顔すら見合わせない不気味な意見交換をする……いや、こいつらがすべて同じミスターTという存在であることを考えると、むしろ独り言と言った方が正確なんだろうか。そのサングラスの奥の視線は例外なく、数人単位で自らを消し飛ばしていくグラファではなく僕の元へ注がれていた。

「これもまたイレギュラー、存在してはならない異物か」
「やはりあの男、あまりにも危険」
「真実が、さらに強く歪みつつある」
「なれば排除するしかあるまい」

 相も変わらず何の話をしているのかはわからない、でも僕にとって悪い話なことだけはよく分かる。そして思わぬところで利害が一致して加勢に来てくれたグラファという存在にも、ミスターTは急速に適応しつつある。
 まだ、足りない。この状況を覆す、なにか強烈で鮮烈なもうひと押しが。となると、やはり精霊召喚しかないのだろうか。今度こそ、僕も覚悟を決めるべきなのだろうか。さっき鎧田の登場により腕輪に戻しておいたデュエルディスクに目を落としたまさにその瞬間、地面が大きく揺れた。地震ではない。なにかもっと単純で、単発的な振動だ。まるで、恐ろしく巨大でかつそれにふさわしい質量を供えたものが、大地を揺るがして動き出したかのような。

「手札の白夜のグラディウスを自身の効果で……どわっととと!?なんだ、噴火か!?」
「……俺のハングリーバーガーによって戦闘ダメージを受けたな?ならばこの瞬間、儀式素材となった儀式魔人プレコグスターの効果が発動する。さあ、手札を1枚捨ててもらおうか。それと落ち着け鎧田、それとも違うようだ」

 天田がデュエルの腕を止め、島の中央に位置する火山を仰ぐ。雲に覆われた暗い夜空の中で、僕らにとっては見慣れた火山は沈黙を保っていた。そうこうしている間に、またしても大地がどうん、と揺れる。だが、今度はそれだけではすまなかった。グラファが明後日の方向を見つめ、むう、と唸る。

「これはまた、大物だな」

 その言葉の真意を問い返す暇は、誰にもなかった。間髪入れず次に訪れたのは振動だけではなく、視界を埋め尽くすような巨大な拳……そう、拳だ。魔法カードの方の地砕きさながらに叩き込まれた巨大で青い筋肉質な右腕が、大量のミスターTだけを正確に巻き込んで衝撃波とクレーターを生み出した。

「魔技、天界蹂躙拳。影なるものよ、闇に沈み魔に呑まれるがよい」

 この見覚えのある巨大な拳。そして上空から重々しく聞こえてくる、相も変らぬ中二病が炸裂したようなもったいぶった言い回し。忘れられるわけがない、僕はこの持ち主を知っている。世界を揺るがす三幻魔の一角にして、その最強との呼び声高き悪魔の皇。

「……ラビエル!」
「久しいな。だが、もはや我々に言葉は不要。道中の障害は排除しておこう、成すべきことを成し遂げに行くがよい」

 三幻魔は砂漠の異世界でユベルが封印を解いて叩き起こしたのを追い返したのち、再びユベルが回収して……その後ずっと、行方不明のままになっていたはずだ。再封印されたわけではないことはこっちの世界に帰ってきてから1度見に行ったから確認済みだが、なぜこのタイミングでこの場所に?

『残念だが、私も何も知らないぞ。とはいえ、今は奴の言葉に理があることも認めねばなるまい』

 聞きたいことは山ほどあるが、確かにそれは後でもできる。今やるべきは別にある、か。ラビエルは恐ろしい悪魔で、人類の脅威、三幻魔……でも、僕はそんなラビエルと2度もデュエルをしてきた。まるで少し前の十代みたいな物言いになってしまうが、デュエルを通じて向かい合うことで、敵味方を超越して分かり合えた部分が僕らの間には確かにある。だから、僕にはわかる。彼は少なくとも今この瞬間だけは間違いなく、僕の味方だ。共に戦ってくれる、心強い仲間だ。

 再び目の前を巨大な拳、天界蹂躙拳が振り下ろされる。その着弾の衝撃を心地よく体全体で感じながら、ズタズタになった包囲網の中でも特に薄い場所に目をやる。おそらく、これが最大にして最後のチャンスだろう。いまだ戦っている富野、グラファ、そしてラビエルの顔を順番に見渡して、別れの挨拶代わりにすっと片腕を上げる。それを最後に、僕は戦場から脱出した。

「やっぱりここにいたんですね、先輩」
「やっほー清明ちゃん、来ちゃった。てへっ!」

 それを見計らっていたかのように頭上から聞きなれた女性の声がして、ばっと上を見上げる。真上の木の枝に乗ってバランスの悪さなどまるで気にしていないかのようにこちらを見下ろす、くの一姉妹がひらひらと手を振っているのと目が合った。

「葵ちゃん、明菜さんも」
「先輩のいるところには、いつだって人が集まりますからね。騒ぎを探せば一発ですよ」
「うん、それも清明ちゃんの魅力だとお姉さん思うけどね!……さて、葵ちゃん」
「わかってます、姉上。今回私がコロッセオを抜けて先輩を探していたのには、少し訳がありまして」
「お姉ちゃんは付添いだよー。また遊びに来たらなにかおかしな空気だったからね、大事な大事な葵ちゃんは、いざとなったら私が守るんだから」
「姉上ちょっと黙っててください、話が進みません。実は先ほど電話を頂きまして、先輩に向けて伝言を頼まれたんですよ。連絡しようと思ったけれど、PDFが音信不通になっているから、と」

 そう言ってひょいっとそれまで乗っていた木の枝から飛び降り、数メートル近い落下の勢いを膝だけで完璧に殺し無音で着地する葵ちゃん。明菜さんもそれに続き飛び降りたがこちらは着地の際、明らかに葵ちゃんより無造作な動きで飛び降りたにも関わらず無音どころか周りの空気すらもピクリとも動かなかった。といってもこれは葵ちゃんの技量が未熟なのではなく、この人が規格外なだけだ。

「伝言?誰から?」
「河風先輩からです。『場所はわかるよね、清明?3年前、私が初めて清明に話しかけたところ。待ってるからね?ってさ』だ、そうですが」
「夢想が……」

 僕を待っている。つまりはまあ、そういうことなんだろう。もう今度こそ先送りは通用しない、正真正銘の決着をつけるべき時だ。ただその事実を突きつけられても、落ち着きこそすれ驚きはしなかった。正直、心のどこかでそんな気はしていたからだろう。
 ダークネスの侵略とこちらの抵抗が始まってから、不自然なまでに誰の前にも姿を現さなかった夢想。そして記憶を取り戻した稲石さん……夢想の片割れ。極めつけは二手に分かれて来いと言わんばかりの、2カ所あったダークネス出現ポイント候補。ここまであからさまにヒントは出ていたのだから、いくら僕でもさすがに察するというものだ。
 黙りこくった僕を見かねてか、明菜さんが僕の後ろに回り背中をポン、と叩く。

「夢想ちゃんってこの前会った子だよね?なになに清明ちゃん、告白?告白やっちゃうの?」
「皆が皆、姉上みたいに年柄年中頭の中お花畑だと思わないでくださいね?あえて深くは聞きませんし、事情はやはり分からないままですが、先ほども言った通り私は先輩の判断を信じます」

 フリーダムな明菜さんの言動についに頭痛でも起こしたのか、心底渋い顔でこめかみを指で押さえながらもそれをたしなめる葵ちゃん。心から力づけようとしてくれている彼女の言葉と明菜さんの底抜けの明るさに、これから先起こるであろう避けられない戦いに対してもほんの少し救われた気分になる。

「ありがと。じゃ、ちょっと行ってくるよ」
「ええ。コロッセオでは今、万丈目先輩と天上院先輩が中心となって皆さんを纏め上げています。なので私と……この呼んでもいないのにやってきた姉上しか自由に動けませんでしたが、それでも皆さん先輩については口を揃えて言っていましたよ。必ず、戻って来いと」
「……わかってる。夢想も連れてそっちに帰るよ。必ずね」
「追手は私たちにお任せください。これより先輩の元へは、1歩たりとも進ませません」
「私も手伝うねーっ!」

 そう真剣な目で告げてデュエルディスクを構える姉妹の視線の先には、今まさに闇の中からその姿を現そうとするミスターTの姿があった。鎧田たちが何十人単位で食い止めてくれているのにまだ分身する余力があるとは、つくづくとんでもない奴だ。それとも、それだけ向こうも必死なのか。
 この2人の実力は折り紙つきだが、それでもたった2人でミスターTを相手するなんて危険過ぎると言わざるを得ない。でも、この目になった葵ちゃんがてこでも自分の意見を曲げたりしないことも僕はよく知っている。議論するだけ時間の無駄だし、これ以上夢想を待たせるわけにもいかないだろう。そのまま2人に背を向けたところで、葵ちゃんがポツリと呟いた。

「……それと、これも先ほど言いましたが。先輩、ご武運を」
「そっちもね」

 それで、今度こそ最後だった。後ろから聞こえはじめた戦闘音がやがて遠ざかるにつれ、次第に聞こえなくなっていく。一時の静寂に包まれながら、あの時と同じだと振り返る。入学式の夜、僕が夢想と初めて出会った日。あの時も彼女は、こうやって夜道を歩いていた僕に向こうから声をかけてきたんだ。あの時は、まだこの学園生活がどんな波乱に満ちたものになるのかなんてことを知る由もなくって。
 でも、おかげでこの3年間はまるで退屈しなかった。たくさんの仲間がいて、数多くのライバルがいて、果てしない敵がいて……。

「でもそれよりも何よりもここには君が、夢想がずっといたんだよ。月が綺麗ですね……なんて、そんな天気でもないけどさ」

 月明かりは分厚い雲のはるか上に押しのけられ、地表には街灯1つ点いていない暗いでこぼこ道。それでもそんな暗闇の中で、彼女の横顔は何よりも輝いて見えた。
 何を見るでもなくぼんやりと視線を宙に彷徨わせていた彼女が、僕が声をかけたことでようやく気が付いたようにこちらを向く。形のいい眉に、すっきりとした鼻。ふっくらとした瑞々しい唇に、彼女のトレードマークともいえる肩まで伸びた明るい青髪。綺麗だ、と思う。月並みで陳腐な言葉ではあるけれど、この3年間で彼女と顔を合わせる度に、ずっと感じてきたことだ。この思いが揺らいだことは、1度もない。

「死んでもいいわ……なんて返せたらいいのだけれど。あいにく私の生は、もうとっくに終わっていたの」

 ふっと皮肉気に、だけどそれ以上に寂しげな笑みを浮かべて返す夢想。その様子にほんのかすかな違和感を抱き、すぐその正体に思い当たる。彼女の特徴でもあり、その身を縛り付けていたダークネスの呪いでもある伝聞調の語尾。それが、きれいさっぱり消えていたのだ。探るような視線の意味に気づいたのか、彼女が今度は屈託のない笑みを浮かべる。

「ああ、これ?稲石さん……つまり、あれもある意味では私だけど。あの人だって記憶さえ取り戻せば、ダークネスの力を取り込んでスターヴ・ヴェノムをグリーディー・ヴェノムという真の姿に変化させることができた。なら、私がいつまでもダークネスの支配に甘んじる道理なんてないでしょう?」

 なんで彼女があの廃寮での戦いを知っているのか、なんて聞くのは野暮だろう。彼女とあの人はどこまでも同一人物に近い存在、それぐらいの情報は共有していてもおかしくない。
 そしてそれよりも、今の話には重要な情報が含まれている。

「じゃあ今、夢想は自由なの?ダークネスの支配から抜け出して……」

 もしかしたら、戦わなくてもいいかもしれない。だがそんな淡い期待を打ち砕くようにびしっと1本突き出した指を自らの唇に当て、静かにとジェスチャーで示す夢想。その様子に気圧されて僕の言葉は尻すぼみに消えていき、入れ替わるように彼女が口ずさむ。

「……私が取り戻したのは清明のために命を投げ打った『彼女』の記憶、そして自分の言葉と名前、それだけ。ダークネスの力が私の偽りの命の全てだし、私はそれに抗えない、それは今も変わりない。私は直接ダークネスに刃向えないから、代わりにラビエルを探し出してそっちに行ってもらったの」
「ラビエルが……」

 あの幻魔は僕に、なんと言っていたっけ。成すべきことを成し遂げに、か。もしかしたら奴は、こうなることがわかっていたのかもしれない。
 だけどそのことについては口に出さず、代わりにもう1つの気になった点を問い返した。

「名前?」
「そう、名前。河風夢想、なんて名前は、その字の示す通り夢でしかない。ようやく取り戻した、私の本当の名前は―――――河風(うつつ)。できることなら、清明にだけは私の本当の名前で。現って、そう呼んでもらいたいかな」

 河風現。それが彼女の名前。稲石さんの笑顔が、ちらりと胸をよぎった。あの人も最後の最後まで、僕に本名を明かさなかった。これは、あの人の名前でもあったのだろうか。

「河風……現」

 そう呟くと、彼女の笑顔が満足げで、だけどどこか儚いものに変わる。

「ありがとう、そう呼んでくれて。私のことを、私だけの名前で呼んでくれて。ねえ、清明。最後にたった1つだけ、聞かせてもらってもいいかな」
「……」

 最後。それはつまり夢想との……いや、現との戦いの時が着実に迫ってきていることを示していた。僕が無言で頷くと、彼女は一度息を吸った。そしておもむろに意を決したように、真剣な目でまた口を開く。

「清明。あなたも、私と同じ側に来てくれない?世界も何もかも全部捨てて、ずっとずっと私と一緒にいてくれないかな……なんて頼んだら、あなたはどうする?」
「僕は」

 この時、はっきりと感じたことが1つある。たとえ僕がこの場を生き延びて100年生きたとしても、僕はこのまま一生この瞬間のことを後悔するし、この時の自分を許すことはない。おそらく、きっと、だろう、だなんて曖昧な言葉ではなく、絶対にそうだ。じゃあこの問いにはなんて答えればいいのか、そもそも答えなんてものがある問いなのか。
 そんなことはどうだっていい。この時、現が全てを賭けて僕と真剣に向き合っていたこの瞬間。彼女の問いかけに、僕は即答することができなかった。彼女とそれ以外の全てを天秤に載せ、どちらかを選ぶことが咄嗟にできなかった。そんな選択はしない、どちらも手に入れてみせる……そう啖呵を切ることすら、この時僕には思いつけなかった。
 彼女にとってみれば、ここで言葉に詰まられるぐらいならばまだ断られた方が良かっただろう。僕が断りさえすれば、まだ割り切って戦うことができるはずだ。それで彼女の心が少しでも楽になることに気づいていたならば、僕は喜んでその選択肢を選べただろう。逆に、彼女の誘いに乗った場合。それはそれで、この先一生後悔を抱えたまま生きていくことにはなるだろう。それでも彼女だけはそこにいて、何もかもを捨てた僕の罪を2人で分かち合ってくれたはずだ。

「僕は……」

 だけど、僕はこの時。どちらも選ぶことができず、第3の選択肢を示すこともできず、ただ言葉に詰まってしまった。無限にも思えるほんの数秒が過ぎ、ふっと現が笑う。その笑顔はこれまで見てきた彼女の笑顔の中では一番に寂しそうで、その諦念が含まれて……違う。僕が見たかった彼女の顔は、そんなものじゃない。僕は、そんな顔を彼女にさせたくなんて断じてない。
 だけど、時間は決して巻き戻らない。ただ後悔だけをあとに残し、彼女の優しさがその隙間を埋める。

「……ううん、ごめんね、清明。変なこと聞いちゃって」

 違う。謝るのは僕の方だ。誰よりも答えを欲しがっていた彼女に唯一答えを示せた僕が、その程度のことすら果たせなかった。全部僕のせいだ。そんな優しさをくれるぐらいなら、怒ってくれた方がよほどマシだ。
 だからもう、そんな顔しないでよ。

「じゃあ、始めようか。私とあなたの、最後のデュエルを」 
 

 
後書き
最終決戦直前特有の整合性ブン投げたオールスター!
ラスボスとのむしろ静かな対話!
退路なんざ投げ捨てての決戦!

……全部私の趣味です、ええ。思えば時間こそかかったけれどこれまでの回で一番生き生きとキーボードと向かい合ってた気がする。 
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