外伝・少年少女の戦極時代
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斬月編・バロン編リメイク
男たちの今昔物語
アルフレッドの叛逆を辛くも逃げ切った碧沙たちは、元チームバロンが拠点にしていた白いカーディーラーに逃げ込んだ。
(なんだかホコリ臭い。オールスターステージ以来、ビートライダーズの人たちは元チーム鎧武のガレージをたまり場にしてるっていうから、ここに出入りする人がへったのかしら。もしかして駆紋さん、ここなら人を巻き込まないですむと思って、わざわざこの場所ににげて来た?)
閑話休題。
碧沙は、テレビの前に置かれたテーブルのイスを引いて、シャプールを呼び招いた。
シャプールはカーディーラーに入るなり、全力疾走が祟って床にへたり込んだ。しかし床に座りっぱなしでは彼の体が冷えてよろしくないので、せめに椅子に座るように、と思って。
シャプールは気怠さを隠さず立ち上がり、のろのろとイスに座り込んだ。
碧沙はシャプールの隣のイスに座った。
「――聞いてくれる?」
「はい。どんなことですか?」
「僕は……元は“財団”の人間じゃなかったんだ。跡継ぎのいないお父様に引き取られて、“財団”の後継者として育てられてた。でも、お父様に本当の息子が産まれて――」
「邪魔になったってわけか」
「そんなっ。身勝手すぎます!」
「別に跡を継ぎたいわけじゃないし! ずっと、っ、この国にいようかなあ……? カイトたちもいるし……もう、帰れないし……っ」
ついにしゃくり上げ始めたシャプール。
碧沙はシャプールにそっと手を伸べようとして――その手を、戒斗に掴んで止められた。
「ある男の話をしてやる」
戒斗は語る――
――その男の家は町工場で、父親は腕利きの職人だった。
――しかし、ある時、工場は多額の金で売り払われることになった。
――それから父親は酒に溺れ、酔って妻子に暴力を揮うようになった。
――父親は最後に、母親と無理心中した。幼かったその男を、ただ一人遺して。
掴まれた手と、胸が、痛かった。
呉島碧沙は間違いなく、その男から家と家族を“奪った側”だ。
「憎んで、いますか? ユグドラシルを――わたしたちを」
戒斗は答えない。答えなくて当然だ。今のは「ある男」の昔語りであり、駆紋戒斗の過去ではない。
それに、戒斗がどちらかを答えれば、呉島碧沙の心はこれを終わった話として胸の底に沈めてしまう。そんな甘さを許さないと、言外にそうも言われた気がした。
戒斗が碧沙の手首を離した。幸い、痣にはなっていない。この身は咲の体だから、碧沙はそのことに安心した。
「戦うべき相手がいるなら戦え。そうでなければ、一生後悔する」
「……無理だよ。僕一人で何ができるっていうんだ。お父様の命令一つでみんなが手の平を返して僕を殺そうとしたじゃないか。みんなみんな……っ、僕に味方してくれる人なんて、一人もいないじゃないか!」
「――だいじょうぶですよ。シャプールさん」
碧沙は今度こそシャプールの手を取り、上下から包み込んだ。
「なにもひとりで巨大な敵に立ち向かえって言ってるわけじゃないです。きっと、絶対、シャプールさんの助けになりたいと思ってる人はいます。いると思います。わたしにとってのリトルスターマインみたいに。たとえば今は――わたしと、駆紋さんとか」
戒斗に睨まれたが、これについて間違ったことは言っていないつもりだ。だから碧沙は笑顔を崩さなかった。
「話は全て聞かせてもらったわ!」
カーディーラーに反響した大仰な声。
碧沙はイスを降りてシャプールのそばに立ち、戒斗が二人より前に出て身構えた。
(ほらやっぱり。駆紋さん、表向きはイヤそうに見せて、とっさにシャプールさんをこうして庇ってる。ちゃんと助けてくれてる)
外へ繋がる階段から降りてきたのは、凰蓮である。凰蓮は無駄にアクロバティックに踊り場からこちらまでジャンプして着地を決めた。
「雇い主がどうしてムッシュ・バナーヌを捕まえろなんてワテクシに依頼したか疑問だったけど、ようやく事のカラクリが分かったわ。雇い主の本命はそこのそっくりさんだったのね」
認めるのは悔しいが、アルフレッドの人選は的確だ。凰蓮であれば戒斗の人相を知っていて、同じ人相のシャプールを探すにはうってつけ。そして、標的がアーマードライダーでない以上、先に受けた貴虎の「アーマードライダー拿捕」の依頼とはブッキングしない。
(おちつくのよ、わたし。これはピンチじゃなくてチャンス。がんばれ、こわがっちゃだめ。咲はふだん、もっともっとこわい場所に立ってるんだから!)
「事情をごぞんじになったんでしたら話は速いです。凰蓮さん。シャプールさんを保護してください」
「え!?」
「は?」
「Pardon?」
「これで凰蓮さんはシャプールさんを『捕まえた』ことになって、依頼達成です。ただ、シャプールさんを引き渡すまでにちょっと時間がかかった。そのちょっと時間に、たまたまわたしたちと駆紋さんが執事さんをやっつけてしまった。これでだれも困りません」
戒斗が文句を口にするより早く。
碧沙が持つスマートホンに着信があった。碧沙は背を向けて電話に出た。
《もしもし、咲ちゃん!? ペコだけど、近くに戒斗さんいない!? 戒斗さんに電話かけても出てくれなくて! 最後に一緒にいたの咲ちゃんだよね!?》
「え、えっと、はい。すぐそこにいますけど。ペコさん、何かあったんですか?」
《俺たちの、バロンのステージを、アーマードライダーに襲われたんだッ!》
碧沙は反射的に戒斗を顧みた。
《咲ちゃんのドラゴンフルーツそっくりの格好で、でも弓持ってて、見たことないアーマードライダーだった。そいつ、チームのリーダーに伝えろって。『シャプールを連れて来い』とかなんとか……》
戒斗が碧沙の視線に気づいた。ただならぬものを察したのか、彼は黄色いスマートホンを取り上げた。
「ペコか? 何があった」
碧沙の位置からは電話の向こうのペコの声は聞こえない。碧沙はじれったさを我慢して待った。
やがて戒斗は通話を終えて、スマートホンを碧沙に突き返した。
「ペコさんはだいじょうぶでしたか? ほかのチームバロンの人たちは?」
「死者は出ていない。全員、重傷らしいがな」
「――襲ってきたアーマードライダーって、昨日の執事さん、ですよね」
咲と同じドラゴンフルーツの鎧を纏いながら、咲とは正反対の悪行を成す男――アルフレッド。
思い出すと、胸の奥から何かが焦げたにおいがする気がした。
「ザックさんは応戦しなかった……わけ、ないですね。あれ? じゃあペコさんが駆紋さんに連絡したのって――」
仮に、ザックが変身してアルフレッドを退けたなら、戒斗にそれを知らせる人間は現リーダーであるザックのほうがしっくりくる。しかし、ペコが電話してきた。そして戒斗は「全員が重傷」と言った。
思案を断って碧沙が顔を上げた時、戒斗はすでに階段を半分登っていた。
「駆紋さん! わたしも――」
「断る。お前が戦場でできることは何もない」
それは、いつもわきまえていても、あえて言語化されるとダメージの高い言葉だった。
そして、いつもわきまえているから、碧沙は迅速に立ち直ることができた。
「べつに駆紋さんの許可はいりません。勝手にする、って最初に言いました。だから今度も勝手にひっついて行っちゃいます」
後書き
※2018年5月23日、内容差し替え
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