外伝・少年少女の戦極時代
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斬月編・バロン編リメイク
あなたを傷つけたくなくて side咲
正午過ぎ。咲(体はヘキサ)は、デザインセンスが光る校舎正門前で、呉島家からの迎えを待っていた。
(お嬢さま学校ってむだに疲れる……)
ヘキサと入れ替わっている以上、必然的に咲が行くべき学校は、背後に建つ格式ある学園初等部だ。
ヘキサにあとから妙な風評を被せないために「らしく」振る舞おうと、咲は昨日に続いて努力した。それでも、ふと気が抜けて素の口調や表情が出てしまう時はあって、そのたびに(ヘキサの)クラスメートは異様なものを見る目で咲を見た。
だが、今日はその荒行が半分で終わった。
貴虎から連絡があったのだ。学校を早退しろ、とどこか切羽詰まった声で。理由は知らないが、咲としてはラッキーでしかないので、こうして迎えの車を待っているわけだ。
そして、黒い自家用車が正門に横づけされた時、咲は意気揚々とその車に飛び乗った。
「おかえり、碧沙」
「あれ? 光……兄さん。兄さんも早退?」
「僕にも貴虎兄さんから連絡があってね。どうしてか聞いたら、『帰ってから話す』で一方的に切られちゃったけど」
自家用車が発進し、道路を滑って行く。呉島の屋敷から学校まで、実はあまり距離はない。車での送迎は防犯のためだと光実から聞いた。
「父さんのこと――だったりするのかな」
――呉島兄妹の父・天樹の訃報を、咲はまだヘキサに伝えていない。伝えるタイミングを逃したまま多くのハプニングがあったせいだ。今日こそ一人になるタイミングを見計らってヘキサに電話しなくては。
自家用車が屋敷の正門前に帰り着いた。
咲は光実に続いて車から降りて、二人で屋敷の玄関から邸内に入った。
ただいま、と習慣的に言いかけた咲は、エントランスホールの光景を見て言葉を失った。
ヘルヘイムの植物がエントランスホールのあちこちに茂っている。
「家の中でクラックが開いたのか……?」
咲はエントランスホールからすぐのドアを開けて、リビングに駆け込んだ。リビングでもヘルヘイムの蔓は床に茂っていた。
すると、続いてリビングに入った光実が、あろうことか、咲(体はヘキサ)を抱き寄せた。
「はわぁ!?」
「離れないで。インベスも入り込んでるかもしれな……碧沙?」
光実が掴む肩が、熱い。ダンス以外で異性とこうも密着するのは、室井咲の人生初の体験だった。
(いやいや光実くんにはクリスマスゲームの時におんぶしてもらったじゃん! ちょっと前にヘルヘイムの遺跡に入った時に手つないだじゃん! って、あれ!? 何気にあたし、光実くんとのスキンシップ率高くない!?)
非常に乙女らしいパニックに陥った咲は、彼女のすぐ近くで空気がブレを生じたことにも気づかなかった。
光実が咲を抱えてその場から飛びのいた。
ほぼ同時に、一瞬前まで立っていた位置を剣閃が奔った。
「アーマードライダー!?」
襲撃者は、紅玉のアームズをまとった女騎士だった。
紅玉のアーマードライダーは間髪入れずに再び片手剣を突き出した。刃は今度、光実の右肩を掠めた。コートが裂けて、布地が血でみるみる真っ赤に濡れていく。
光実は痛みが酷いのか、咲を抱えたまま頽れ、右肩の傷口を押さえて歯を食い縛っている。
「ぁ、あぁ…っ」
紅玉のアーマードライダーがゆっくりとこちらに歩いてくる。
咲は応戦すべく戦極ドライバーを出そうとして、今の自分が「呉島碧沙」なのだと思い出した。ヘキサに戦う術はない。身を守るすべさえ、あの子は持っていなかったのだと、今、知った。
咲が痛いのは、いい。だが、この体はヘキサのものだ。
万が一、ヘキサの体に一生消えない傷跡でも残してしまったら。
そう想像したら。こわくて、前に出られない。
(ああ、ヘキサ。あなたはこんなにこわい思いをしながら、あたしたちの戦いを見守っててくれたんだね)
その時に咲が浮かべた表情は、光実にとっては妹の恐怖に映ったのだろうか。光実は無理のある笑みで咲を背中に隠し、紅玉のアーマードライダーを睨みつけた。
「……誰だ、お前」
『誰か……そうですね。仮に、イドゥン、とでも名乗りましょうか。覚えていただかなくて結構ですよ。すぐにお二人とも死にますから』
紅玉のアーマードライダーの声に、咲は聞き覚えがあった。
「藤果おねーさん?」
イドゥンは片手剣を振り上げようとした腕を、ぴたりと止めた。
「おねーさん――藤果おねーさんなの!?」
『……迂闊に返答すべきじゃなかったわね。ええ、その通りですよ。碧沙お嬢様』
藤果がアーマードライダーであったことも疑問だが、咲はもっと切迫したほうの疑問を先に口にした。
「どうしてあたしたちを――」
『あなたはあなたたち兄妹の父親が裏で何をしていたか知ってますか?』
イドゥンはフラットな口調で語った。
――かつて呉島天樹が慈善事業と銘打って設立した孤児院の内実。ユグドラシルという組織の将来の指導者、研究者、工作員などの人材育成。しかし「不適格」の烙印を押されたコドモたちは――
「人体、実験……」
光実が呆然としたように呟いた。
(こんな、こんな大変なこと、ヘキサにどうやって伝えればいいの! あたし、ヘキサに隠し事なんてできない。でも、死んだお父さんが、あたしたちくらいのコドモで人体実験してた、なんて、どう言ったってヘキサは絶対傷つく)
『あなたたちのお父様もヘルヘイムに侵されていたんですよ。そのためにみんな犠牲になった』
「まさかあなた、僕らの父を――」
『天樹様の最期は、それはそれはみじめでしたよ』
ひゅっ、と咲は息を呑んだ。
(殺し、たんだ。おねーさん、ヘキサたちのお父さんを殺したんだ!)
インベスというある種の緩衝材を経由せず、人が同じヒトを、殺す。その現実の壮絶さに咲は震えを禁じえなかった。
光実が咲を自分の後ろに隠す位置に立った。
「目的は復讐ですか。父が死んでも止まらないということは、あなたは」
『ええ、そうです。だってユグドラシルは残っている。まだ呉島天樹の血を引くあなたたち、それに……呉島貴虎が、生きている。私の復讐は終わってない』
「……めて。やめて、おねーさん!」
昨日にほんのひと時を共にした藤果を思い出す。
咲を気遣って、咲に笑いかけた藤果。優しくて素敵なオトナの女性。
もしかしたら彼女となら仲良くなれるかもしれないと期待した。もしヘキサと入れ替わったまま戻れなかった時、藤果にだけは本当のことを話せるかもしれないとさえ。
『だめです、碧沙お嬢様。私、今でも覚えてるんです。あの施設でユグドラシルのお眼鏡に適わなかったみんなのこと。オトナたちに無理やり連れて行かれる子たちが、泣いて抵抗して、私に「助けて」って言いながらドアの向こうに消えていった。人間のものとは思えない悲鳴を聞いて、いつ自分の番が来るか怖くて布団の中で震えてた。どんな些細なことでオトナの目に留まるか不安でご飯の味なんてちっとも分からなかった。天樹様の付き人になることが決まった時の、みんなの、「裏切り者」って言ってたあの目! 何もかも私、覚えてる!』
咲は、はっとした。
昨日食べた、藤果が焼いてくれたアップルパイのちぐはぐな味。あれは藤果が作るのが下手だからではなく、味見する藤果の味覚に異常があるからだとしたら。強いストレスからそういう症状が起こりうることを、咲も一時期患っていたから知っていた。
『呉島天樹に関わるもの全て、この世から消し去ってやるッ! わあああっ!!』
イドゥンが片手剣を振り被って向かってくる。
光実が戦極ドライバーを装着し、ブドウの錠前を開錠した。
「変身!」
《 ハイーッ ブドウアームズ 龍・砲・ハッハッハッ 》
紫翠の甲冑が光実を鎧い、龍玄へと変えた。
龍玄がブドウ龍砲を逆手に持って、イドゥンの剣戟を受け止めた。
『あの人の背中に隠れてた光実お坊ちゃまが、ずいぶんと威勢よくなったこと!』
身を縮ませて見守るしかできずにいた咲の耳に、早い歩調の足音がした。エントランスホールからだ。
「光実! 碧沙!」
その呼び声を聞いた時、咲はなりふり構わなかった。
「ここよ!! 助けて、兄さん!!」
部屋のドアが乱暴に開かれた。入って来たのは、貴虎だ。
するとイドゥンは斜め後ろにふり向かないまま手をかざした。手の向こうに開いたのは、クラック。
イドゥンがクラックに飛び込むと、クラックはあっというまに閉じた。
「襲われたのか」
『うん。でも逃げられた』
光実がロックシードを施錠し、変身を解いた。
「襲撃者の人相は見たか?」
「いいや。変身してたから。ただ、誰かっていうのは分かったよ」
そこで貴虎は暗い顔をして俯いた。
「その襲撃者というのは、もしかして――」
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