ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OS
~白猫と黒蝶の即興曲~
交わらない点:Point before#3
「「「じゅーう、きゅーう、はーち……」」」
ALO事件後に現実の兎轉舎で催された、SAO打ち上げパーティーを思い起こすような騒々しさの中、一角で一足早く掲げたグラスとともにカウントダウンが始まった。
それを苦笑して見ながら、パーティーの幹事である黒尽くめの女性は手早くグラスを出していた。
央都アルンの一角、大きな洋館風の館の中。
元々はダンスフロアのために使われていたのだろう広間は、持ってきた諸々の家具で即席の立食パーティー会場となっていた。女性がいる部屋の隅も、大胆に改造されてパブのカウンターのような有様になっている。壁の棚にはご丁寧にすべて違う種類のボトルが行儀よく鎮座し、少なくともコスプレ感はない。
「「「「ごーお、よーん……」」」」
合唱はますます大きく、重なる声も多くなる。数字を映すスクリーンもなければ、マイクを持った先頭打者もいない。なのにこれだけシンクロできるのは、ひとえにあの城で培った一体感というか、信頼というヤツなのだろうか。
そして――――
「「「「「「……-い、いちっ、ハッピーニューイヤー!!!」」」」」」
ひときわ大きい歓声が上がり、グラスを叩きつけ合う音が破裂する。
発光魔法や、あらかじめしこたま買い込んでいたクラッカーや花火が炸裂し、会場は極彩色の光と華々しい音、そしてNPC楽団が奏でる壮大なBGMに塗り潰された。
どこのシャンパンファイトだというくらい混沌とした場を眺めていると、
「やっほー。イヨさん、適当におかわりちょーだい」
その騒ぎから弾き出されたように、カウンターに突っ伏す小柄な闇妖精がいた。
そういえば打ち上げパーティーの時も彼はこんな感じだったな、とぼんやり回想しながら、イヨと呼ばれた女性は服と同じ真っ黒な眼鏡のリムをあげる。
「あら、あけおめ、ユウキちゃん。顔赤いけど酔ってるの?」
「いやイヨさんの出したジュース飲んだらこうなったんだけど」
「あれー?てことはバッカスジュースのアレのアレかしら??良かったわねユウキちゃん、大当たりよ」
「全然嬉しくない」
仏頂面で切り返される内容にはいちいち頓着せずに、兎轉舎のおねーさんは「じゃお茶でいいかしら」と左手を振ってアイテムウインドウに指を滑らせ始めた。
カラスのような全身真っ黒コーデに、陶磁のような肌という神秘的な見た目をせっかくゲットしているのに、なんだか色々残念としか言いようがないマシンガントークを今日も今日とてブッ放ちながら、妙齢の美女(笑)はボソッと付け足した。
「まだ一度しか実験してないけどね」
「何だよ実験って!それ本当にお茶なんだよね!?ていうか一度目は誰に試したの!」
えも言われぬフレグランスを醸し出すショットグラスを差し出すと、コンマで突き返された。半眼でこちらを睨む少女の視線を受け流し、黒尽くめの女店主は素知らぬ顔で突き返されたグラスを仰ぐ。
うん、ドブ川の泥水よりはマシな味だ。相変わらず。
しかしまったくのポーカーフェイスでその味を流し込みながら、イヨはちらりと代わりに出されたジョッキを傾けるインプの少女を横目で見た。
「――――それでユウキちゃん、こないだレン君と一緒に他のゲームに行ってたって聞いたけど、どう?何か進展合った??」
んごぐぶっッ!?という怪音とともに、麗らかな少女の鼻孔から勢いよくジュースが噴出した。
えずいたユウキはキッとこちらを睨みつけるが、その後だと効果も半減だ。黒尽くめの女性を数秒睨み続け、無駄だと分かった少女はため息交じりに口を開く。
「毎度毎度どこで聞いてくるんだか。……まぁ、あったと言えばあったし、なかったと言えばなかったかな」
頬杖をつき、どこか遠い目をする回想モードな思春期ちゃんに、しかしお姉さんは食いつくように身を乗り出した。
「あら?あらあらあら??含みがある言い方ねおばちゃん嬉しいわよ。まさかまさかそんなそんな、あなたの年齢でそれは進み過ぎよ自重しなさい。あ、でもアッチからだったら遠慮なく責任要求するのよ?そこを引いちゃったら不幸になるの一直線だから。ところで誰がおばちゃんじゃい!」
「言ったのイヨさんでしょ!?」
山の天気のようにテンションの切り替えが激しい変人に引きながら、今度はユウキの方から話題が上がる。
「……それにしても、よくこんな物件見つけたよね。年越しだからログイン人数は減ってるけど、こういう貸し会場みたいな場所って、クリスマスの時とかと同じくほとんど取り合いになってるんじゃないの?」
「んふふー、そうよー。カウントダウンパーティーなんか、それこそワンパーティーからギルド単位までやるからねー。会場なんてどーこも予約済みよ」
「ならどうして……」
頭上にハテナマークを転倒させるユウキの顔を堪能し、兎轉舎のお姉さんはニヤリと笑う。
「ま、情報屋さんに聞いただけなんだけどね。ここって実は、貸し出してないの。違う街にいるNPCさんから始まる、ちょっと長めなクエストの経路上で発生するイベントの舞台なのよ。そこで作られる一時的マップってワケ」
マップには基本的に、どんなプレイヤーでも入ることのできる公共と、この館のような専用クエストやイベントを進めているプレイヤーにしか門戸を開かないインスタンスマップがある。例えば、誰にも開けられない開かずの間なんかがそれだ。
その場合、NPCなどから鍵を貰ってその中に入った時、同じくクエストを受けている他プレイヤーと鉢合わせになって時系列や世界観が色々台無しにならないようにするために、運営が直々に設けているサービスという認識でとりあえずはOKだろう。
「……あれ?でもそれだと、そのクエスト進めてるイヨさんしかここって入れないんじゃないの?」
「そこもミソでね。このクエ長めって言ったじゃない?まーざっくり言うとヒゲの臭いで人間の王様が死ぬってだけの内容なんだけど、その途中でムチャクチャ強い巨人のボスが出てくるのよね」
黒尽くめの女性は新しいコーヒー豆を実体化させながら、隅っこにあった古めかしい焙煎機を引き寄せる。
「しかもそれがなんとびっくりレイド級!完全な初見殺しだし、負けイベントでもないからメンドくさいことこの上ないのよ」
「あ、そうか。そのイベントのせいで途中からレイドパーティーぐらいの人数にさせる必要があるから、ここにも入れるんだね」
正確にはフレンドリストに入ってるなら、という前置詞が付くが、まあ正解。さすがに誰でもとなると、インスタンスマップの定義からして首を傾げることになるからだ。
「……ていうか何がどうなってそうなったの、そのクエ」
「さーぁ?私も途中で止めてるから知んないけど、今のところは割と全体的にシュール系かしら。神話にありがちな、ツッコミどころ満載な感じ。そんなモンだからかボスが負けイベかと思うほど――――」
「あなたはどう思う?」
黒揚羽のような凛艶とした声が、ふと耳に入った。
文面だけ見れば、他の誰かに向けての言葉かもしれない。しかし不思議と、ユウキはふっと吸い寄せられるように声のした方向に視線を巡らせた。
それは白く、また黒い少女だった。
そしてどことなく、浮いた少女だった。
いつのまにかスツールに座っていたのは、真っ白いストレートヘアに黒と紫を基調とした未来的なデザインのワンピースに身を包んだ少女だった。耳は長くなく、翅もないのに不思議と妖精のような印象を受ける。
「キミ、だ……れ――――」
ユウキの誰何を人差し指で制し、女店主は長い黒髪を掻き上げつつこう言った。
「何かいる?」
「………………………」
ぼんやりとしてどこか浮世離れした、一種作り物めいた美貌を持つ少女は、微妙に焦点の合ってない紅玉のような瞳をこちらに向けた。
「……あなたは、大切な人が許されないことをしてるのを分かって、それに付いていく?」
全てをすっ飛ばした、不思議な問いだった。
彼女はさらに言い募る。
「私はそれを止められない。他ならない彼にそう言われたから。そう作られたから。だけど彼があの《白いほうの私》のためにすることは決して許されない。それがなんとなく分かる、分かってしまう。……そんな時、あなたならどうする?」
そこまで言われた時、何となくイヨはその問いの対象が自分ではないことに気が付いた。
ユウキ。
同じくスツールに座るインプの少女に向けて、その不思議な少女は言葉を投げかけていた。
同じくそれが分かったようだったユウキは、少しだけ戸惑うように身体を硬直させた後、逡巡する間もなく口を開く。
「止める!」
「……私にはそれができな――――」
「それでも止める!」
食い気味にそう言い切る少女は、己の内から溢れるものを抑えられないとばかりに身を乗り出す。
「止められないとか、そう作られたとかっていうのは、キミの他が引いた線引きだよね。そして何より、キミ自身もそれに押し流されてなあなあにしちゃってる」
ボクもそうだったよ、とユウキは言う。
《絶剣》と冠され、キング・オブ・ノーマルとまで呼ばれたアインクラッドの王の一角は、遠い茫洋とした過去を思い出すのではなく、真っすぐ前を向いたままそう言った。
「他人の評価で流されて、勝手に自分で一線を引いて、傷つかないように逃げて……。ボクも、そうだったよ。逃げて逃げて、だけど逃げきれなくて自暴自棄になって……レンに迷惑をかけて……」
静かに目を伏せる少女を、黒尽くめの女性は小さく微笑みながら見守った。
「でも、でもさ……それでもぶつからないといけないんだ。それでもぶつかって、何かを伝えないといけないと思うんだよ」
「その結果、もっと悪い結果になったとしても?彼から見放されるかもしれないとしても?」
「……止まっていたほうがもっと苦しいし、もっと辛いよ」
GGOで《それ》を経験してきたユウキはそれを淡々と伝える。
「そして、苦しいから、辛いからこそ、悪い方向に思考が行っちゃう。それを彼のせいにしちゃう。それはダメだよ、やっちゃダメだろう。彼が何かダメなことをする前に、自分がダメになるんだよ」
それは何より嫌じゃない?と優しく話を振ると、謎の少女もまた頷く。
それに嬉しげに笑いかけ、インプの少女は人差し指を立てた。
「足掻いて。藻掻いて。そうして真正面からぶつかった結果で初めて後悔して。それがどんな結果であっても、泣きわめいて、過去に戻りたくなるような結果になっても、いつかきっと前を向けるから」
ボクみたいにね、とはにかむように笑った少女を数秒見つめ、真っ白な髪の少女は一度黙祷するように目を瞑った。
そして。
「――――そう、それがあなたの答えなのね」
呟くように、囁くようにそう言った少女は、それ以上何も言わずに立ち上がり、幽鬼のような足取りで会場の彼方へと消えていく。
その後ろ姿を見送った二人は思わず顔を見合わせる。
「……N、PC?」
「じゃないの?私は知らないわよあんなの。少なくともあの恰好からして、この館に配置されてるんじゃなさそうだけど」
他のクエストのもの?
しかし、ここは限定的なプレイヤーしか入れないインスタンスマップだ。そんなところに配置するクエストNPCなど、本命のイベントに関係するようなものしかいないはずだ。
だがあの恰好。ここまでの、伝説やら神話やらの古臭いカビた臭いしか漂ってこなかったクエストの流れや雰囲気からかけ離れ過ぎている。
いや、それどころかALOそのものの雰囲気とも――――
「でも、誰かと似てた」
ポツリと零れたのは、再びジョッキを傾けるようになったユウキだ。狐につままれたように眉丘を寄せる少女に対し、頬杖をつくお姉さんは小首を傾げる。
「それは見た目が?」
「ううん」
首を横に振ったインプの小柄な剣士は、少女の立ち去った方向をぼんやりと見つめながらこう言った。
「在り方が」
後書き
なんだかんだで6周年、なべさんです。
とはいえ言いたいようなことは呟きで言ってると思いますのでこっちでは言いません。そんなにネタもないんです、いやほんと。
ですが6年経ってもまだ完結しないような超長編に付き合ってくださる読者の皆々様には感謝のしようがありませんってことは、6年経っても欠片も色褪せることはございません。
どうぞこれからも、本作品をよろしくお願いいたします。
…………アリシ編、早く届けたいなぁ……。
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