ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OS
~白猫と黒蝶の即興曲~
交わらない点:Point before#2
新生アインクラッド第二十六層は、隆起した岩石が天蓋を衝くようにそびえるカルスト地形である。
まるで華道の剣山のような刺々しい岩肌が連なり、なおかつひときわ目を引く東西南北四つの岩山同士を繋ぐ細長い吊り橋は、およそ三年前にこの層に辿り着いたSAO攻略組の脳裏に『落ちたら終わり』の連想を否応なく刻み込んだものだ。
だが当時、全体的に軽く霧がかり、どこか仙人でも住んでいそうなチャイナめいた神秘な香りがしていたが、今は年末ということでそれら全ての景色がすっぽりと雪に覆われていて色々台無しにしていた。空気は冬場独特の身を切るような冷たさで、目を凝らせばダイヤモンドダストなんかも見えそうで景色としては悪くはないのだが、如何せん和洋折衷というか中洋折衷というか、要するに中途半端感が否めなかった。
アルヴヘイム・オンライン史上最大規模のアップデートにより、新マップ《浮遊城アインクラッド》が実装されたのは二〇二五年五月のことだ。
ALOは元々、デスゲームとなってしまったSAOの複製システム上で稼働していたため、そのサーバーにはアインクラッドのデータがそっくり保存されていた。
運営の中核にいた人物らが失踪するということで退いたALOの前運営企業《レクトプログレス》から、ゲームに関する全権利を丸ごと買収した新興ベンチャー企業《ユーミル》は、そのゴタゴタで離れそうになっていたプレイヤーの心に歯止めをかける強烈なインパクトとしてアインクラッドの再構築を決断したのだ。
事件解決から早二年強。その全容はプライバシーの観点から秘されていて、一般人が知るのは都市伝説レベルのみ。
結果、見事V字回復を果たすことになったのだが、しかしここで小さな問題があった。
旧アインクラッドは狂気の天才、茅場晶彦によって生み出されたデスゲームの象徴だったが、彼はGMとしての分別は最低限付けていた。つまり、最低限度死者が出ないような難易度設定になっていたのだ。即死トラップなどの類はほぼなく、それに近いものは必ずクリアに向けたギミックがあった。
それらは全て、死を恐れて自閉状態にならないようにするためだと言われている。だが、デスゲームと違って復活ありきのALOにおいて、その繊細なゲームバランスは若干ヌルかったようだった。
結果、ヤケクソかと疑うほど超強化されたボスモンスターを筆頭に、新設されたアインクラッドは猛者へのエンドコンテンツと化しているのだ。
だが因果なものか。エンドコンテンツということは要するに、長らくクリアされていなかったグランドクエスト故に止まっていたALOの攻略最前線も同義。さらに実装から一年も経っていないということで未開拓な地も、まだ見ぬアイテムや装備もある未知が横たわるエリアでもある。
そしてそういう未知あるところに、ゲーマーは集うものだ。
アインクラッド第二十六層。
「あ~~~?カウントダウンパーティぃ~~??」
頭上から降ってきた気怠げな声に、猫妖精アバターとしては極めてレアな狐耳をピクリと反応させ、ヒスイは前方に固定していた視線を巡らせた。
声の主はヒスイ自身が所属するケットシー領が誇る《狼騎士隊》のリーダーの少年なのだが、生成されるアバターが総じて小柄なケットシーにしては長身長のヒスイをして頭上から声が聞こえるのはどうということはない。彼の騎獣である巨狼《クー》の背に、極めてナチュラルな体勢で乗っかっているからだ。その姿勢はなんというか……騎士というよりはそれの尻に敷かれる鞍というほうが適切かもしれない。
「なんや、ケットシー首都んトコのかぇ?」
「……いやぁ、なんか違うみたい~~」
おそらくはフレンドメールであろうウインドウをぽけーっと眺める少年に、「はぁ」と溜め息ともつかない生返事を返しながら、ヒスイは後頭部を掻いた。
「――――あんなぁ、隊長。もーちょいシャンとしてくれへんか?せめてちゃんと見たってくれや」
そんな小言を言う狐耳の麗人、その装備の軽装甲を、顔だけこちらへやっと向けた少年がチョイと動かし――――
ゴァッッッ!!!!と。
大気どころか、空間そのものをブッたぎる爪撃が、眼前数センチを駆け抜けていった。
数瞬前までの体勢ならば、正中線に沿ってクリティカルポイントである頭と胸部を確実に薙がれていた事実に、ひゅっとノドから音が消える。
その事実をすんでのところで覆した少年はこちらを見ながら、ニヤリと悪ガキのような不敵な笑みを浮かべ、次いで声を張り上げる。
「何やってんの!憎悪値管理しっかり!フォスとカゲさん、前衛の仕事だよ120秒ごとにどっちかがハウル!みりあちゃん、支援魔法遅い!束縛系利かないのはブリーフィングで聞いたはずだ!落ち着いて、多少長いけど重力魔法を迂回させて《重り》を付けるんだ!あと回復班はあと3秒発動を早く持っていって!このままじゃ削り取られる!!」
怒涛の指示に、はいっ!!!と重なった声が威勢よく返される。
それは十数人のケットシー。漏れなくフェンリル隊に所属する人員である。
そして彼女達が囲むのは、第二十六層に点在する名前付きモンスターの一角。
《エモ・ルーチョン》
確か元ネタは、中国に伝わる妖怪か何かだっただろうか。この地形ゆえか、二十六層は主街区から全体的にアジア圏の雰囲気で統一しているらしい。
全体的に一言で言うと、蟲だ。それもイモムシとムカデが合体したような、デザイナーを思わず引っ叩きたくなるような最悪のコンボである。ヤツメウナギによく似た特徴的な円状の口腔はサメのように内側に向かって何列もの凶悪な歯が絨毯のように敷き詰められ、数十対ある脚部はカマキリの鎌のように鋭い突起状のかえしがあり、斬るというよりは引き千切る形だ。さらに、ヌメヌメとした体表はトカゲじみたウロコに厚く覆われ、斬撃系と一部の魔法に耐性を持つ。
さらにこの手の虫系モンスターには多い毒持ちで、麻痺や毒というSAO時代から引き継ぐオーソドックスなものから、混乱や呪詛、固化のようなALO由来の独自攻撃も追加されている。
とくにこの固化の息が厄介で、気化させたロウのようなものを吐き出し、対象者の足元で凝固させて移動阻害を行ってくるのだ。しかも、一度固化したブレスは結構な硬度でちょっとやそっと殴ったくらいでは壊れない。かといって防ごうにもモノが気体のために物理的な防御方法では対処は難しい。一番効果的なのは魔法による非物理防御なのだが、予備モーションが分かりにくく後手に回っているのが現状だ。
だが。
「口の奥、そこに宝石がある!その色に注意して!攻撃の種類に応じて変わる!まずはその法則性を探るんだ!」
あっさりと最適な対応策が立案されていく様子に、呆れたように目を半眼にさせたヒスイは少々言葉尻を尖らせる。
「……も少し早ぅ助言してくれへんかぇ?」
「答えだけあげてもダメでしょう?」
飄々とそう言ってまた怠けた少年に今度こそ明確な溜め息を返し、ヒスイは眼前で即座に陣形を組み替える少女達に向けて細かな追加の指示を与える。
年末だから欠員がほとんどなフェンリル隊の面々をかき集め、お遊び的に臨時編成した攻略隊であるが、古参連中が多いからか、新人組を補ってまぁまぁ機能していた。首領と副長の指示を組み込み、大勢を逆転させていくケットシー達を眺めつつ、狐耳の麗人は改めてしなびた上司を見上げる。
彼女は端的にこう言った。
「そんなに家から出たくなかったんか、引きこもりめ」
「ん~~~」
べっつに~、という間延びした返事からして、もう肯定しているようなものなのだが、とヒスイは肩をすくめる。
この前、GGOに行っている間に起こった、影妖精領主による動乱事件については彼に話していない。
終わった事件で煩わせたくない……、というのは完全な建て前なのだろう。だが、あれほど大きな事件であったのに対し、いまだにこの少年が言及してこないのは、ひとえに他の誰も喋っていないということ。
集団心理と言えばそれまでだが、一応事件に参加した新人組にまで、その認識は通っているらしい。
「それにさぁ、お遊びならわざわざアインクラッドに来なくても、もうちょっと近場で適当に狩ればいいんじゃないの?」
「都合よく首都の上空辺りに来ててなぁ。せっかくだし、この機に新素材ごっそりストックしときたかったんよ。物資ってーのは、いくらあっても困るモンでもないやろうしなぁ」
エモ・ルーチョンの多段ゲージ、その一本目が空になる。年末臨時パーティーがアルゴリズムの変化に対応するために固くなるのを傍目に、騎獣の背にべたっと張り付く少年はヤル気がまったく感じられない言葉を紡ぐ。
「ヒスイで充分じゃないの~?なんで僕まで――――」
「ストップ。それ以上はいかんで、隊長」
巨狼から垂れ下がる形の頭を軽くはたきつつ、ヒスイは少々硬い調子で返した。
「確かに最近あんさんは戦闘方面じゃあんま出張らんようなって、実質的な仕事は書類にハンコ押すだけんなった。けどな、そんなでも一緒に戦いたくないって子ぉがいるワケじゃないんやで?」
「う……、すいませんでした」
分かればよろし、とすげなく返してヒスイはチラリと戦場を見る。
幸いにもパーティーの面々は戦闘に掛かり切りで、大声での指示ならともかく、こちらの世間話にまで気を配る余地はなかったらしい。思春期ちゃんばかりだから、そこら辺のケアも色々気を遣うモノなのだ。中間管理職って便利な言葉である。
ともあれ。
「そんで、カウントダウンパーティーって?」
「ああ、うん。SAO帰還組で集まって年越そうぜーって兎轉舎のおねーさんがさ」
「兎轉舎ってぇと、イグシティにある道具屋かぇ?」
「そ」
あまり旧SAOの中での出来事はまったく口にしない少年ではあるが、そんな彼が漏らした数少ない六王以外の人物――――というか店のことだ。いわゆる彼の溜まり場でもあったらしく、ALOでグランドクエストをクリアした少し後、現実にもあるらしいそこで打ち上げをしたらしい。
道具屋というか雑貨屋っぽいが、訪れる度に内装がころころ変わっているのも、武具の整備までどんとこいな感じなのも、唯一の従業員であり店主であるお姉さんが変人なのもあり、要するに何でも屋という認識で落ち着いている。
「んでどーするん?確か年末は家で過ごすー言うてたけど」
ここで現実の実家とは言わない辺りゲーマーだ、と苦笑する。が、丸二年間も仮想に閉じ込められていた少年は、もうそこに大した感慨を感じないのか、ふすーと鼻息を吐き出す。
「そーだったんだよね~。でもさー、なんかマイが行きたがってるらしいンだよね~」
「……えぇ」
先の動乱の裏でひそかに勃発した迷子事件(しかも自信満々に請け負って未解決に終わった)を思い起こし、露骨にヒスイは顔をしかめた。
あの一件が隣の少年にどのような形で伝え聞こえているかは知らないが、もうちょっと何か言ってもいいような気がする。
だから、狐耳のケットシーは何の気なく、軽口の延長線上のような調子でこう言った。
「我儘きくのも大概にしぃやぁ」
「……………………それがいいんじゃないか」
「……ぇ」
ぼそり、と吐かれた言葉。
そこに込められた生々しいナニカに、具体的に頭を巡らせる前に、少年は仮想キーボードを繰り、返事と思しき言葉の羅列をウインドウに打ち込んでいく。
その送信ボタンを押したところで、巨蟲が轟然と地面に伏した。
臨時パーティーの勝鬨の声に、ヒスイは少年にそれ以上のかける言葉を無理やり塗り潰された。
後書き
OS編二話目です。
なんだかんだネコミミーな彼女達が出てくるのは嬉しい私がいますが、読者の皆様はどうでしょうか。
自由奔放で楽しくゲームをやっている彼女達は、ある意味で作中で一番のゲーマーかもしれません。HP管理とかヘイト管理とか、難しくも面白いですよねw
個人的にフェンリル隊は個々人の喜怒哀楽を描くより、集団で描いたほうが凄く絵になるという大変珍しいキャラクター性です。個の集合体であるだけの六王とは対局の位置と言えるでしょう。それは彼女達が散々暴れまわったALO動乱編で分かっていただけたのではないでしょうか。
……いや、もちろんヒスイさん等が嫌いってワケじゃないですよ?(汗
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