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名探偵と料理人

作者:げんじー
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番外編3 金田一少年の事件簿:黒死蝶殺人事件

 
前書き
金田一少年の方です。 

 

『次は終点、金沢~金沢~』

「ん…着いたか……」

 

今日はお仕事で金沢に来ています。なんでも石川県の中でも1、2を争うほどの旧家で富豪ある斑目家のご当主から自分の人生の集大成ともいえる、とあるお披露目パーティを自宅でするためその場での料理の依頼が来た。次郎吉さんが珍しくあまり行ってほしくなさそうにしていた(なんでもそのご当主が嫌いらしい)が、パーティ当日とその前日の二日間の拘束で中々の依頼料だったので受けた。うん、まあ日本海の海の幸が楽しみってのが本命だけどね。前日に入って貰いたいのは彼の家族の昼、夜を作り俺の腕を確認したいから、って言うのはちょっといらっとしたけどね。次郎吉さんが嫌いなのはそういう所なのかな?度肝を抜いてやる。

金沢駅で降りた俺はタクシーで斑目家のある少々繁華街から離れた、率直に言えば田舎の雰囲気のある彼の居宅に向かった。

 

―――ピンポーン―…

 

『ハイ、どちら様で?』

「ご依頼を受けてまいりました、緋勇龍斗と申します」

『緋勇様ですね…ではその左手の扉からお入りください』

 

――ガチャ…

 

斑目邸の住所まで来た俺はタクシーを降り、壁に設置されているインターホンを押した。インターホン越しに用件を伝えると、扉が自動的に開いた。へえ、自動扉なのか。珍しいな。

扉を通るともう一つ扉があった…二重扉?その扉を開けると、目の前には、園子ちゃんの別荘くらいの大きさのお屋敷と様々な花が植えられている庭園、そして無数の蝶が待っていた。

 

「すっごいな、この蝶の数は…」

「ご主人様の全てでございますので…」

「ん?」

「いらっしゃいませ、緋勇様…使用人の刈谷と申します。それでは主人様のところへご案内します…」

 

蝶を見ていると、お屋敷の方から刈谷と名乗る使用人の方が現れた。その人の案内についていくと。

 

「おお、わざわざ遠くからよくぞいらしてくださいました。私が斑目家当主、斑目紫紋です」

「この度はご依頼、ありがとうございます。緋勇龍斗です。さっそくですがご依頼ではご一家の今日の昼夜、明日の朝昼、そして夕方からのパーティでのお料理を任せていただくで間違いないですね?」

「ええ、その通りですよ」

「分かりました…それではお昼をお作りさせていただきたいのですが…ご当主は蝶に何やら造詣が深いそうで」

「ええ、私の全てと言っても過言でもありません。見てください、この庭園もいやこの屋敷自体も蝶のための作りをしているんですよ」

「ええ、とても素晴らしいですね。それでなんですが、飾り細工のモチーフとして蝶を使うのは大丈夫でしょうか?」

「??それはどういう?」

「いえね、自分の好きなものでもその形をしたものを食すのに忌避感を感じる方もいらっしゃるので」

 

子供が可愛いうさぎさんの形をしたデザートを可愛いから食べられないと同じ理屈だな。

 

「事前にお聞きしているんです」

「なるほど、そういうのは私にはないですね」

「そうですか、それは良かった。何かリクエストはありますか?」

「そうですね…」

 

少し逡巡したあと彼は壁にかけてあった蝶を指さしてリクエストしてきた。自分のは、リアルにしてほしいとも。

 

「…それでは、そういうことで。厨房には…緑!」

「…はい」

「家内の緑です。彼女に案内させますので。それでは私はこれで」

「ええ。楽しみにしていてください」

 

ご当主はそのまま屋敷の中へと戻って行った。さて、と。俺の依頼だと、作らないといけないのは斑目家一家の分。鈴木家サポーターの皆さんが調べてくれた家族構成だと、当主紫紋、その妻緑。子供は三姉妹で上から舘羽、揚羽、るり。そして舘羽さんの婚約者である小野寺さん。るりさん…年齢は12歳だからるりちゃんかな?この子も美味しく食べれるように注意しないとね。

…それにしても、ご当主は定年を迎えていそうな不健康なご老人という感じなのに奥さんはなんというかすごい色気のある方だね。

 

「それではご案内しますわ…」

「ありがとうございます」

 

うん、にこりともしないね。なんとも陰鬱した雰囲気があると言うか…退廃的な…あれ?

 

「緑さん…でよろしいんですよね?」

「ええ。あなたは緋勇さん?」

「はい、今日明日よろしくお願いしますね。なんでも旦那さんの人生の集大成だそうで。とてもめでたいこ…とですね?」

「…っ!!え、ええ!全くその通りでございますわ」

 

…おいおい、なんだい今のは。仮にも自分の旦那に向けるような気配じゃないぞ?すげえ殺気だこと…お金持ちによくある、どろどろしたものでもあるのかねえ。俺の周りじゃ無縁だからこういう時本当に面食らうわ。

 

「…お母様!」

「あら、るり…ああ、緋勇さんこの子は私の娘の末っ子であるるりと申しますわ」

 

私の娘ねえ……俺はこちらに走ってきた瑠璃ちゃんに目線を合わせるように膝をついた…この目は……こういう時はアレ、だな。

 

「こんにちは、るりちゃん。俺は緋勇龍斗っていうんだるりちゃんの今日のご飯を作るために来たんだ。よろしくね?」

「…私のご飯?」

「うん。るりちゃんは好きな物とか嫌いな物とかはあるかな?何でもわがまま言っていいよ?何でも聞いてあげる」

「…なんでも?」

「ああ、もちろん!」

「じゃ、じゃあね。私、お魚が苦手なの…それと…」

 

それからいくつか好きなもの、嫌いなものを教えてもらった…嫌いなものにご当主が入っていたのは困ったけど。しかもあの男って…

 

「…じゃあね、おにいちゃん!楽しみにしてる!!」

「ああ、腕によりをかけて作るよ!」

 

そう言ってるりちゃんは走って去って行った。

 

「…驚きました。るりがあんなふうに表情を崩してあなたにこんな短時間に懐くなんて。あ、ひ、緋勇さん。さっきるりが言ったこと…」

 

さっき言ったこととはおそらく嫌いなものにご当主を言ったことだろう。

 

「大丈夫ですよ、誰にも言いません。彼女の言葉には嫌悪の中に彼女自身は気付いていない恐れがありました。あまり家庭の事情に突っ込みたくはありませんが…ひどく苦しんでいるようでした」

 

るりちゃんは普段、表情の動きのない子供なのだろう。それはある種の自己防衛だ。そう言う子は前世の孤児院で何人も目にしてきた。自分への体罰か、もしくは暴力にさらされている家族を目の当たりにし続けているか。多分後者だろうな。

彼女が俺に心を開いたのは簡単だ。人の鼻では関知できないある種の鎮静効果、リラックスできる香りをグルメ細胞で精製して彼女に向けて発しただけだ。これも前世で心を開いてくれない孤児院の子供たちへよくやっていたのですぐにできたわけだ。

 

「そう言う苦しんでいる子供を料理で笑顔にする…料理人冥利に尽きるじゃないですか。これは燃えてきましたよ…あ、それと周りに俺達の会話を聞いていた人はいません。だから安心してくださいね?」

 

そう言って、緑さんにもるりちゃんに発したものと同じ香りをだした。一般人には分からない、微妙にぎこちない動き…るりちゃんが苦しんでいるのは…

 

「え?ええ、わかりましたわ…緋勇さんは不思議な方ですね。傍にいるととても安心しますわ」

「ははは、よく言われます」

 

…はぁ、これは中々複雑な所に来てしまったようだ。

 

 

――

 

 

「おにいちゃん、お昼すっごく美味しかったよ!お礼にるりが屋敷を案内してあげる!」

 

斑目家の食堂で、会っていなかった長女舘羽とその婚約者小野寺、次女揚羽と自己紹介をし合い、昼食会は始まった。高齢のご当主の事を考えて、見た目ではわからないような食べやすい工夫を施したが、意外や意外。健啖家だったらしく一族の中で一番に食べ終わっていた。内容も大満足だったらしく、夜も期待しているとの言葉を残し彼は自室へと戻って行った。

彼が部屋を辞した瞬間、感嘆の声しか上がっていなかった食堂は話し声で騒々しくなった。やはり、ご当主は皆から恐れられているようだ。皆さんに料理は合っていたらしく、お褒め頂いている中であのるりちゃんの宣言だ。お姉さんである2人は目を丸くして驚いていた。

 

「え、えっと?るり?るりだけじゃ不安だから私もついて行っていいかしら?」

「えー?私だけじゃあ不安ってなんで?」

 

そう言いだして舘羽さんと頷き合い、緑さんへと視線をやったのは次女の揚羽さん。いや、多分るりちゃんだけじゃ不安って言うのはるりちゃんの案内が不安ではなく、俺と二人っきりにするのが不安なんだろうね。そりゃあそうか。自分たちの知らないところでおそらくは取っ付きづらいはずの妹が数時間で人に懐くなんて怪しすぎるわな。

その視線を受けた緑さんは流石は母親というべきか、彼女たちの不安を正確に読み取ったらしい。

 

「緋勇さんなら大丈夫だと思うわ。でも、せっかくだから揚羽もついて行ってあげて。よろしくお願いしますね、緋勇さん」

「え?ええ、わかりましたわ」

 

案内をするのになぜ俺にお願いというのが分からないのだろう。皆が一様に首をかしげていた。揚羽さんも何かしら苦しいことがあって、それを軽くしてくれって事かな?

 

 

――

 

 

「それでね、ここはるりのお気に入りの場所なの!ここにいると不思議と蝶が寄ってこないから」

 

俺はるりちゃんと揚羽さんに連れられて軽く屋敷の中を案内してもらった後、庭園と出ていた。相変わらず庭園では蝶が舞い、季節に合った花が咲きその蜜を吸っていた。そうして色々な所を回って、とある一角へと案内された。そこには花もなくただ草っ葉が生い茂るだけだったが…ふむ?確かに蝶の嫌がる匂いがココにはするな…ああ、なるほど。感覚を開放してみると分かるな。屋敷に放し飼いになっている蝶が逃げないように、屋敷を囲う壁の上からは蝶が嫌がるフェロモンが出てる。ここはそのフェロモンを通す通り道で、どこからかその匂いが漏れて樹に付着して結界のようになっているってわけか。

 

「確かに不思議な場所だねえ。でもここならひらひら舞う蝶に気にせずにゆっくりできるかもね」

「そうそう!私が遊んでてもしょっちゅう飛んでくるし、払いのけようとしたら使用人の人に怒られるから嫌いよ!」

「そうなんですか?揚羽さん」

「え、ええ。あの蝶たちは全て父のコレクションですから。使用人の人たちはコレクションが傷つかないように気を張って作業していますわ」

「蝶のコレクションって…結構な量がお屋敷の壁一面にありましたよ?」

「あいつは強欲だからっ!どれだけ集めても満足できないのよ!!」

「ちょ、ちょっとるりちゃん。言葉遣い言葉遣い。女の子がそんな言葉を使ってたらダメだよ。癖になっちゃうし」

「…でも、るりの言う通りですわ。今の物だけでは満足できないで際限なく集める。まさに強欲の権化…」

 

…いや、うん。さっきと同じようにリラックス効果の香りを発してはいるけど、揚羽さんも日頃の鬱憤がたまっているのかな。毒舌が止まらない…

 

「お姉様もせっかく結婚なさるのに小野寺さんとこのお屋敷に残ることを選択された。私達だけを残していけないと…私もるりもお母様やお姉様だってあの男の「蝶」。この虫かごから逃げ出せるせっかくの機会だって言うのに…あっ!!」

 

はっとした表情で俺の方を見て…唖然とする揚羽さん。そんな俺の姿は地面に横たわり、るりちゃんを「膝飛行機」していたのだから…うん、なんでこうなったのかな?普通にじゃれついてきたるりちゃんと遊んでいるうちにこうなった。普通は幼児に対して父親がするものなのだろうけど、ご当主はそんなことをしないだろうし。そもそも子供たちの嫌悪が根強そうなのでふれ愛なんてなかったのではなかろうか。来年から中学生という子に対してすべき事ではないかもしれないけどるりちゃんは周りが思っている以上に幼いのかもしれないな…

 

「…っぷ、あははは。なにやってるのるり!」

「揚羽姉様、おにいちゃんすごいんだよ!全然ぶれないの!」

 

まあ、たかが小学生を乗せたくらいで揺らぐ様な柔な鍛え方はしていませんから。

…それにしても、「コレクション」か。という事は、ご当主にはこの子には親の愛情ではなく所有物に対する愛着しかないのか…救えないねえ。何とかしてあげたいが都合よく現状が丸く収まる、なんでありえない。今だけでも彼女を笑顔にすることを頑張るしかないか。

 

「おにいちゃん、次は肩車して!」

「お安い御用さ、お嬢様」

「わーい!!」

 

先ほどの険のあった表情から一転して穏やかな表情で俺とるりちゃんを見る揚羽さん。束の間の安らぎでも、彼女たちに心休まる場を提供したいもんだね…

 

 

――

 

 

はしゃぎ疲れたのか、眠ってしまったるりちゃんを抱えて揚羽さんは彼女を部屋に連れて行った。俺は夕食を作り始めるまであと一時間あったのでテラスのようなところで一人ぼーっとしていた…おや?

 

「こんにちは、緋勇さん」

「ああ、舘羽さん…それに小野寺さん」

 

ティーセットを持って現れたのは長女の舘羽さんとその婚約者である小野寺さんだった。

 

「プロの料理人の方に出すのは恥ずかしいつたないものですが」

「いえいえ、丁度のどの渇いていたところでして」

 

俺はあいている席を二人に勧めた。

 

「それにしてもすごいのね。揚羽より年下の子が世界でも引っ張りだこの超有名シェフだなんて!」

「あはは、ありがとうございます。まあ、他の人よりは機会に恵まれてましたから」

「と、いうと?…ああ!ご両親も有名ね!やっぱり違うの?」

「そうですね。父や母について行って顔つなぎをする機会は子供のころから多かったですね。それに料理を教えてもらう機会も恵まれていました。とても楽しい、俺の宝物の思い出です」

「…っふん!つまりは親の七光りか」

「…ええ。俺が今あるのは恵まれた両親のもとに生まれたからですよ。もっとも…」

 

紅茶とともに持ってこられた角砂糖を一つ手に取り上に放り投げた。そして落ちてくるまでに蝶の形に細工をして手のひらに落とした。分かりやすく、目に留まらぬ残像をだして…まあ料理にはあまり関係ないパフォーマンスだけど。

 

「それなりに腕には自信はありますけどね?」

「っぐ!」

「わあ、すごい…!でも蝶、かあ」

 

あ、やっぱりかい。緑さん、るりちゃん、揚羽さんときたからあまり衝撃はなかったけどご当主、まさか全員に嫌われているとはね。

 

「…不愉快なガキだな!舘羽さん、もう行きましょう!!」

「もう、もうちょっといいでしょう?…あら、すごい手相!!私、手相を見るのが趣味なんだけど生命線が太く途切れないで…霊感のある線が3つも!!それに最も強く表れているのは奉仕十字線ね!この線がある人は家族思いだったり他人への思いやりが強い人なんだけど…貴方のこれはまさに菩薩のような人ね…だからるりも…」

「舘羽さん!」

 

はあ。菩薩のような人ですか。結構人の好き嫌いはあるんだけどねえ。

 

「…っもう!わかったわよ!……なんだかごめんね、緋勇君。でもるりが君に心を開いたのが分かった気がするわ。後一日だけだけどあの子に優しくしてあげてね?」

 

最初に来たときは悪戯っぽそうな表情をしていた彼女だったがその言葉を紡いだときの顔はしっかりとしたお姉さんの顔だった。

それにしても、ご当主は本当に嫌われてるな。これって目を通してなかったがもしかして三姉妹は緑さんの連れ子なのか?いやまさか…

 

 

――

 

 

「うむ、うむ。夕餉も申し分ない!これならば明日のお披露目も大成功というものよ!明日も頼んだぞ、緋勇君!はっはっはっは!」

「あ、ありがとうこざいます、明日も全力を注がせてもらいたいと思います」

 

うん。まあ、昼と夜とで食堂の様子はそう変わらなかった。変わったのは、食べる毎にるりちゃんが俺に感想を言ってきたことと、お姉さま方が俺へ向ける視線が柔らかくなったくらいかね。

しかし…これは……どういうことなんでしょうかね。一度部屋に戻り、資料を確認した俺が見たのは斑目指紋と斑目緑、彼らが結婚したのは25年前。つまりは連れ子という説は消えた。それでもここまで嫌われるものなのかと思い、感覚を広げたんだのだが…まさかのクロ。いや、それよりもっと重要なことがあるぞ……これは流石に見過ごせんか。

 

「あの、舘羽さん、緑さん、それから小野寺さん。この後、お時間頂けますか――…」

 

 

――

 

 

「あっれー!?龍斗じゃねえか!」

「んー?…え!?」

「あ、ほんとだ!」

「おおおー!緋勇君じゃないか!!久しぶりだな!」

 

パーティ当日、俺は意外な顔ぶれと再会した。天草で出会った金田一一に七瀬美雪、そしていつき陽介さんだ。

 

「なんで一がココに?ちなみに俺は今お前が頬張っている料理を作りに、だよ」

「ああ!これお前は作ったのか!どうりで美味いわけだ!」

「そりゃどうも。それで?」

「ああ、俺達はこの屋敷にな…」

 

いつきさんの説明によると、とある雑誌に載った写真に一といつきさんが初めてであった連続殺人事件の犯人が写っていたというのだ。正確にはその犯人は湖面でボートで自爆し、行方不明となっておりその人物と同一人物かどうかを確認しに来た、と。

 

「なるほどねえ。その人の行方不明前の持ち物があれば俺も協力できるんだけど…」

「あん?ひょうりょふって?」

「…一。口にものを入れて喋らない。いや、ほらさ。俺、警察犬より優秀だし?」

「…ああ」

 

得心が言ったような一。天草のあれを思い出しているようだ。それに…

 

「せっかく一たちと再会できて俺も嬉しいんだけどね。実は俺、このまま夜が深まる前に東京に戻るんだ」

「えええ!せっかく会えたってのに、なんでだよ!」

「これまた仕事が連続で入っててね。今日の夜帰らないと間に合わないんだ。まあ、石川だったり長崎だったり俺達が住んでいる所から離れた場所で会えるんだ。東京なら確実だろ?今度遊ぼうぜ」

 

パーティの片づけまで見届けられないのは残念だが俺の契約はパーティ料理を作る「まで」、ご当主的には若造に居座られたくないためにそんな契約にしたんだろうけど。今となっては後悔しているみたいだな。このまま辞することを挨拶に行ったら引き留められたし。うむ、見返しは出来たな。

 

「…おにいちゃん、もう帰っちゃうの?」

「……るりちゃん」

「お、お?さっきの美人三姉妹の末っ子ちゃんじゃ…いたたたた!」

「もうはじめちゃん、空気読んで!」

 

茶々を入れようとした一は七瀬さんに耳を掴まれて引っぱられていってしまった。

 

「ごめんね、るりちゃん。俺、もう帰らないといけないんだ」

「ね、ねえ!一緒に居よ?るりと一緒にいてよ!ここにいたら好きなだけ料理できるし、それに、それに…!」

 

そう言って涙ぐみ俺の服を掴むるりちゃん。

 

「…るりちゃん。短い間だったけど、俺はとても楽しかったよ。るりちゃんがつらい思いをしてるのもわかった。だけどね、俺がいなくなっても、これまで以上にるりちゃんを守ってくれる人がいるんだ」

「…るりを?」

「ああ。だから、俺がくる前よりずっと楽になるはずだよ。それでも辛くなったら…」

 

俺は俺の携帯番号とメールアドレスのメモを渡した。

 

「これなに?」

「これは俺のプライベート用の携帯の連絡先。中学生になったらるりちゃんも携帯電話を持たせてもらえると思うから。それまではお姉ちゃんたちに頼むといいよ」

「!!うん、毎日するね!!」

「あー…毎日はどうかな…俺も日本にいないときとかあるし。でも絶対返すから」

「わかった!じゃあまた会いに来てくれる?」

「ああ、それは約束しよう。またいつか、ね?」

「うん!」

 

指切りをして、るりちゃんと別れた俺は荷物を取りに自室に戻り荷物を担いだ。部屋を出た俺は玄関へ向かう途中に小野寺さんと出会った。

 

「…お前が昨日と今日、ここに来てくれたことを感謝する。本当に…感謝する」

「…今まで、そしてこれからも大変だと思いますけど、妹さんたちみんな美人じゃないですか。頑張って守ってあげてくださいね?」

「…ああ!ありがとう」

 

手を差し出してきたので俺は握手に応じ、斑目邸を辞した。

なぜ、俺は彼と別れる時に能力を開放していなかったのか。その事に数日後苦い思いをするとはこの時思ってもいなかった…

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ね、ねえ龍斗。この殺人が起きた所って龍斗がつい最近いったお屋敷やない?」

「え?」

 

金沢の仕事を終えて数日、朝食の用意をしていた俺にTVのニュースを見ていた紅葉がそう教えてくれた。俺は準備の手を止めて、慌ててTVに目を向けた。

殺されたのは、斑目家当主斑目指紋。彼の死体は蝶塚と呼ばれる場所で発見され。その死体が置かれたであろう時間帯を割り出しアリバイを調べた所、使用人の刈谷が容疑者に当初あがったそうだ。しかしその場にいた警察の協力者に、トリックを暴かれ逮捕されたのは…小野寺将之。犯行の動機は…

 

「父親の功績を奪った斑目指紋への復讐…か」

 

別れ際に感じたのは「覚悟」だった。俺はそれを家族唯一の男子として守っていこうと言う気概を決めたものだと思っていた。いや、彼を殺すことがある意味そうなると言うのも分かる、分かるが。その手段を選んでほしくなかったな……

 

「な、なあ龍斗。どないしたん?」

「ん。いや、ちょっと思うことがあってね」

 

これはちょっと、あの人に会いに行ってみるか。

 

 

――

 

 

「こんにちはいつきさん。今日は会ってくれてありがとうございます」

「いやいや!緋勇君にはいろいろお世話になったしこれくらいどうってことないさ」

「龍斗、でいいですよ?なんだか長い付き合いになりそうですし」

「お、そうかい?それじゃあ遠慮なく。それで俺に聴きたいことがあるって?」

「ええ。あの金沢の事件についてです」

「ああ、龍斗君が帰った後に起きた…」

「はい、俺が知りたいのは小野寺さんの詳しい動機です。おそらくどのマスコミよりも詳しく知っていると思いまして」

「ん、まあ俺も当事者だからな。でもペラペラ話すにはかなり重い話だ。正直話せないことも…」

「…それは彼の左目が関わってきますか?」

「!?何故それを!!?」

 

でも、どう語ったんだ―?

俺は、パーティ前日のやり取りを思い出していた。

 

 

 

――

 

 

 

「どうしたんです?緋勇さん。私たちに話って」

「そうね。いきなりどうしたのよ?」

「全くだ。食後の穏やかな時間を邪魔しやがって…」

 

三人は俺が泊まる部屋に集まり、各々座っている。裏のチャンネルを開いての、周りからの隔離も展開済みだ。

 

「あの、ですね。とても言いづらい事なんですが…」

「なんだ?」

 

さて、どうしよう。「結婚はやめてください」なんて言われてはいそうですか。なんていくわけもないし…うーん、これは全部を知っているであろう緑さんから崩していくかな。

 

「あの、緑さん」

「?はいなんでしょう」

「俺は、ですね。その人の血液型を当てられるという特技がありまして」

「?ええ。それが??」

「おい、それがなんだっていうんだ!くだらないことを言うのなら帰るぞ!」

「小野寺さん。お願いです。最後まで部屋を出て行かずに聞いてください。これは貴方の人生を左右することになるかもしれないんです。いや、斑目一家全員の」

「なによそれ?どういうことよ?」

「…とにかく、聞いてください。…つづけますね?緑さんはO型、舘羽さんもO型。そしてご当主はB型…ここまではあってますね?」

「え、ええ」

「ふん。そんなもの、調べればどうとでもわかることだ!」

「…はい、小野寺さんの言う通りです」

 

そう言って彼に出したのは、斑目家の資料。そこには簡易的なプロフィールと血液型が載っていた。それに目を通した彼はそれ見たことかという顔をして。

 

「っは!しっかり調べているじゃないか!特技ってのはあれか?いかさまの事か?」

「…その資料によると揚羽さんはB型。そしてるりちゃんもB型。そうですね?」

「あ?…確かにそう書いてあるな。それがどうしたんだ?」

「…!!」

「ちょ、ちょっとお母様?顔色が悪いわよ?」

「そう、ですか。やっぱり知っていたんですね」

 

もしかしたら、知らなかった可能性もあった。その時は説明するのに時間がかかるかなと思っていたのだが彼女は知っていて誤魔化していたんだな。

 

「るりちゃんと揚羽さんの血液型はA型ですね?緑さん。そして、舘羽さんのO型もご当主由来のものではない…」

「え?」

「は?」

「……」

 

俺の言葉に一様に言葉をなくす三人。彼らが黙っていることをいいことに俺はある程度誤魔化して俺の能力を語った。幼いころからの訓練のお蔭で嗅覚が異常に発達している事。いつしかそれは体臭から軽い遺伝的素養まで見抜ける、ある種の超能力までに昇華したこと。そのことから血液型や血の繋がった兄妹、それも片親だけなのか両親ともに同じなのかもなんとなくだがわかるようになったということ。

普段は二人兄妹とかで外すことも半々であるのだが今回は四人もいたからほぼ確実で…

 

「私と、小野寺さんが父も母も同じ兄妹?」

「…嘘だ!!!!でたらめだ!!」

「…なら、その左目のコンタクトレンズ。外してみてくださいな、小野寺さん」

「!!」

「コン、タクト…?」

 

感覚を開放して分かったことだが、小野寺さんの左目には黒目に見せるカラーコンタクトが着けられていた。その下には…

 

「そのコンタクトの下には緑さんやるりちゃんと同じ緑色の瞳がありますよね?」

「…っ!」

「…もしかして、貴方、徹?徹なの?」

「…ああ!俺は須賀徹。正真正銘、あんたの息子だよ!あんたに裏切られて自殺した、須賀実を父に持つな!」

 

そこから語られたのは斑目紫紋と須賀実の確執。緑さんへの復讐心。自分の妹たちへの憎悪だった。須賀さんが発見したものを紫紋が横取りした。その発見を実さんは緑さんにしかしゃべっておらず、彼女に裏切られたと思い自殺。そしてすぐに紫紋と結婚し紫紋との間に三人の娘を作った彼女もその娘たちも殺したいほどに憎んでいた、と…あれ?

 

「おかしいな。俺は小野寺さんと舘羽さんたちの父親は同じだと思うんだが…」

「っは!そんなわけないだろう!!俺達のことを兄妹と見抜いたのは脱帽だが俺の父親である須賀実はもういない!まあ、そこの女が最初から紫紋とつながっていたなら話は別だ「違う!!」が、な…!!」

 

小野寺さんの言葉を半ば悲鳴じみた声で途切れさせたのは緑さんだった。運、俺も違うと思う。小野寺さんもA型だ。つまり、紫紋の子種はありえないのだ。まあ第三者がいたのならどーしようもない穴だらけの推理なんだけどね。

そこから緑さんが語ったのは、まぎれもなく四兄妹は須賀実と血の繋がった子供である事。そのカラクリは、生前須賀実に提供して貰っていた精子。つまり彼女らは体外受精によって須賀実の死後に生まれた須賀実の子供だったという。

 

「…あんな男の子供なんて生みたくなかった。私が欲しかったのは実さんとの子供だけ。それに、紫紋にはあいつが死ぬ間際にこうささやくつもりだったのよ。「お前の血の引く子供なんて存在しない。あの子たちは皆あんたが殺した須賀実の子よ」ってね。それをいうためだけにあの悪魔のような男に抱かれて、この虫籠の地獄で生きてきた…ふふ。それだけだと子供たちを復讐の道具にしたと聞こえるかもしれないけれど。その子供達だけが私のこの生き地獄での光だったのよ…」

「お母様…」

 

そう言って、泣いている緑さんへと泣きながら寄り添う舘羽さん。

 

「な、んだよ。それ。なんなんだよ…」

「…緑さんの地獄って言うのは精神的なことだけじゃなくて肉体的なことも含めて、なんですよ小野寺さん」

「そ、それってどういう…」

「緑さん。失礼しますね…」

「え、きゃっ!」

「!!」

「お、お母様…」

「案内をしてもらったときに、所作に不自然さを感じまして。おそらくは長時間はりつけのような体勢を日常的にとらされているのではないですか?」

「…ええ、その通りよ」

 

まくった着物の袖の下から出てきた手首は、元は綺麗な白かっただろう肌がどす黒く変色していた。恐らく、治る暇もなく青あざを重ねて作ってきたのだろう。

 

「…着物を脱いでうつぶせになって下さい。骨格にひどいゆがみが出ています。矯正しないと歩行不全になりかねません」

 

彼女は俺の言葉に黙って従い、ベッドにうつぶせになった…これは、ひどいな。

処置の度になる骨の生々しい音や、苦悶の声を聞くたびに唯々涙を流す舘羽さんと何かに絶える様な小野寺さんを背に俺は黙々と整体を行った。45歳、か。見てくれは確かに綺麗な裸体だが、中は無理がたたって相当蝕まれている。よくもまあ、ここまでできるもんだ。

 

「…とりあえず、の処置はしておきました。これですぐどうこうとことは無いと思います」

「あ、ありがとう…ございます」

「ただ、できればもう無理な体勢を取らないように。ああ、手首はサービスです」

「え?うそ!!?」

「えなんで?お母様!!」

「な、なにが…」

 

三人が整体に気が行っている間に手早く治療をした成果だ。まああれくらいは四肢を生やすことに比べたらどうってことないしね。

 

「…まあ、俺としては実の兄妹が結婚するのは止めたいなーっと思った次第でこの場を作ったんですが」

「…だから、小野寺さん。いやもう、お兄様か。お兄様は私にキスすらしてくれなかったのね。にっくき妹だから。まあ私も、プラトニックな恋愛を望んでいたから気にもしてなかったけど」

「それは…!そうだな、その通りだ」

 

ああ。これはある意味良かった…のか?ご令嬢としての教育のお蔭で身持ちが固かったことがいい方向に効いた?感じか。

 

「えーっと。それでですね。俺のこの能力については余り他言しないで頂けると幸いです。自分もこの事は誰にも話しませんから」

「そう、ですわね。私も恩人さんを苦しめたくありませんし」

「私は微妙かなー。感謝してるんだけど。せっかくの結婚が白紙になっちゃったし」

「…舘羽?」

「嘘嘘冗談だって!私が小野寺さんにどんなにわがまま言ってもいいかなって思ってたのは本能で兄だって分かってたってことだと思うし。肉体関係を積極的に結ぼうと思わなかった理由も分かったしね。感謝してるわ」

「俺も。いや。この中で一番感謝しているのは俺だ…ありがとう」

 

結局、この事は俺達四人だけの秘密となった。ただ、須賀実さんの発見を紫紋にリークした人物は謎のままだったが…

 

 

 

――

 

 

 

いつきさんによると小野寺さんの犯行の理由はニュースに合った通り、「父の功績の横取りへの復讐」。大元はそれだったらしいのだが…

 

「にっくき男のいる居城に潜入してみれば、父と自分を捨てた母親とその男との間に生まれた子供が三人もいた。勿論彼女たちも復讐対象だったが、あの屋敷で生活していくにつれて彼女たちにとってもあそこは地獄であったことに気付き彼女らを開放してあげたいと言う、半分の家族の血の情が勝った、だから紫紋だけを殺した。だそうだよ…」

「…その事に緑さんや舘羽さんは何か言ってなかったですか?」

「?いいや、ただただ泣き崩れていただけだ」

 

…真実を知っている彼女らがそのような反応をしたという事は、おそらく犯行前後どちらかに彼女たちに須賀実の子供であることを言うのを口止めしたのだろう。しかし、三姉妹も復讐対象だったということはもしかしたら彼はあのお披露目パーティで三姉妹も含めた連続殺人を考えていたのかもしれないな…

しかし、斑目紫紋が殺された、か。須賀実の実子であることを公開されていない彼女たちは書類上では紫紋の子供だ。莫大な遺産は彼女たちの手に渡るのだろう。恐らく、小野寺さんの考えはこれまで苦しんだ彼女たちへの罪滅ぼしとこれからの開放された人生へのはなむけの意味があると思う。だが、それを手に入れたとして彼女たちは幸せ…緑さんと舘羽さんは…になれるのだろうか。

 

「…はぁ。今度、るりちゃんに会いに行こう」

「ああ。それがいいさ。あの子も元気が出るだろう」

 

 

 

 

何が正解で、何が間違いなのか…ただ、それは「誰にとって」という言葉で容易く覆る、ひどく際どいものなのだなということを俺はこの事件で学んだ……

  
 

 
後書き
はい、ご都合主義万歳(諸悪の根源だけ殺害)ということで。
主人公との邂逅は露天風呂に続いて超短時間という…今度(多分数か月後)書くときはもっとしっかり会話を描きたいですね…

今回のお話で、紫紋や斑目家の関係者にとっては殺されるのは「間違い」で、須賀実の真実を知っている人にとってこれが「正解」。中々改変するにも難しいところです。まあ今回は、三姉妹は本当に何も悪くないので分かりやすいくらいですけどね。
あと龍斗が能力を誤魔化して喋ってますが、血縁関係の暴露のインパクトが強すぎて追及がなかっただけで普通の状態だと当然疑問を持たれます。 
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