名探偵と料理人
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第四十五話 -アイドル達の秘密-
前書き
このお話は原作第32巻が元になっています。
龍斗がプチアイドルオタクっぽいなのは小五郎さんの影響です。
今回初めてルビを振ってみました。
「そう、そこ!そこで右に…あーーー!」
「……また死んだ。くっそー」
「コナン君、ほんとーーにゲームへったくそだねえ」
「そうねー。サッカーとか見てると運動神経が悪いわけじゃないとは思うんだけど」
「(それが分かればオレだって苦労しねえよ。元太達にも馬鹿にされるし)どうしてもダメだから、練習してるんだよー」
うーん、運動神経…というか動体視力は悪くないし、記憶力はいわずもがな。この二つがそろっていればゲームが下手と言われるようなことは無いとは思うんだけど…なのになんでここまで絶望的までに相性が悪いのか。
「さーて、コナン君とのゲームで気晴らしが出来たし勉強再開しよっか」
「あー、ごめん龍斗君。お父さんがお昼も食べないで下の事務所でヨーコちゃんのDVD見てるからちょっと文句言ってくる。後ついでに事務所の片づけも」
「あらま。じゃあ俺も手伝うよ」
「え?悪いよそんなの」
「いいのいいの。今更そんな遠慮しないでも、料理教えに来てた小さい時から手伝ってたじゃないか」
「あはは。じゃあお願いしよっかな」
「僕も手伝うよ」
「ありがと、コナン君。じゃあ行こうか」
紅葉と園子ちゃんは家の用事で外出していたとある休日。俺は蘭ちゃんの家に遊び…勉強に来ていた。まあそんながっつりしているわけではなくて仕事で行った様々な県の特産品や出会った人との出来事とかを話したり、蘭ちゃんの今の流行の話とかの雑談をしながらだったけどね。
今は蘭ちゃんの言った通り、自宅のある3階から探偵事務所のある2階へと降りている最中だ。それにしても久しぶりかもなあ。新ちゃんと一緒に遊びに来てた子供時代はしょっちゅう小五郎さんの事務所の掃除を手伝っていたものだ。その頃からアイドルの応援をしていたから、横目で見ていたせいか子供ながらアイドルには詳しくなったんだっけ。
『L,O,V,E!I LOVE ヨーコー!』
扉越しにも聞こえる小五郎さんの声。ライブ映像なのにこんな声を上げて応援できるのはすげえわ。勿論その声は蘭ちゃんにも聞こえていて、呆れたような表情となって扉のノブに手をかけた。
「ったく。昼間っから同じものを何度も見て…飽きないの?」
「いーじゃねーか、どーせ暇なんだし…おや?龍斗君来てたのかい?」
「どうも」
勝手知ったる我が家…ではないが俺はモップと箒がしまってあるロッカーへと向かう。蘭ちゃんはたまった郵便物の内容を確認を始めたようだ。えーっと…バケツは…あった。あとは水を入れて、と。
「じゃあ先に掃き掃除をしてからモップ掛けしよ…どうしたの?小五郎さんが固まってるけど」
「えーっと、ね?実は…」
ふむふむ、今小五郎さんイチオシのアイドル、沖野ヨーコから手紙が来ていたと。で、その内容がお友達の家で婚約パーティをするから来ないか?との誘いで…えー、「友人の」婚約パーティなんだが、聞こえていなかったのね…それで自失していると。
…あれ?これってもしかしなくてもすごいスクープなのでは?
――
「いやー、光栄ですよ!ヨーコさん!!私なんかをわざわざご友人の婚約パーティに招待して下さるなんて!」
「いえいえ。こちらこそ急に無理なお願いしちゃってすみません。驚かれたでしょ?」
「いえいえぜーんぜん!」
「(よくいうぜ、勘違いしてしばらくへこんでたくせに…)」
「でも私はビックリしましたよ!」
「へ?」
「毛利さんや蘭さん、コナン君は顔見知りだけど。まさか彼ともお知り合いだったなんて!びっくりです!!」
「彼?ああ、龍斗君か。彼は蘭と幼馴染みなんですよ」
「ええ、そうだったんですか!?て、ことは蘭さんも彼からお料理を習ったりしたんですか?」
「はい。私が小学生のころから教えてもらってますよ」
「親のひいき目なしにしても蘭の料理は絶品ですよ!」
「へえええ!今度食べてみたいな!」
「そんな…ヨーコさんに出せる程じゃ…そ、それにしても誰なんですか?婚約したヨーコさんの親友って…」
「会えばすぐわかるわ!皆が良く知っている人だから」
「知ってる人っすか?」
うーん、誰だろう?ヨーコさんの親友って言うくらいだから同世代の人で…確か彼女がデビューしたのが4年前の17のときだろ?てことは、今20前後の人か?
「ぉぃ、おい…」
「ん?どったん新ちゃん」
ヨーコさんの親友についてみんなの後ろであれこれ考えていると声を潜めた新ちゃんに話しかけられた。
「なあ龍斗。オメーヨーコさんと親交あんのか?」
「…なんで?」
「いや、さっきのヨーコさんとオッチャンとの会話でどうにもオメーとは顔見知りっぽかったしな。蘭の料理を教えていた事を聞いたときに蘭さん「も」って言ってたしな。あれって蘭以外もオメーが料理を教えている人を知ってるって事だろ?」
「んー、まあ正解、かな?ヨーコさんがレギュラーで持ってる「ヨーコの4分クッキング」って知ってる?」
「あー、オッチャンが録画してるから知ってるよ。それが?」
「それの監修とか、レシピの提供をしてるから。料理指南みたいなことで何回か会ったから、それの事だと思うよ」
「へえー。オメーがそんな仕事してたとはねえ…」
「本当は、小五郎さんが彼女のファンだからサインでも貰おうかなって思ったんだけどね。仕事受けてすぐのあたりで「眠りの小五郎」が登場して。ヨーコさんの自宅で事件もあったでしょ?それで曖昧になってそのまま忘れて今に至ると言う…」
「…なんつーか、妙な所でボケてんな、オメーも」
「うっさいわい」
ん?彼女らと離れて新ちゃんと話していたらなにやら長髪の男と合流してるな…あれは剣崎修?「どちらのスイーツでSHOW」の司会役の人か。彼も呼ばれた友人かな?にしても、なんでマンションの住人がみんなを見てるんだ?身バレしたか?
「ヨーコさん。なんか注目されてるみたいですけど…」
「ああ、緋勇さん!ごめんなさい、ちょっと騒がしくしちゃって…」
「え!?スイーツ世界チャンプの緋勇龍斗!?おいおいヨーコちゃん、なんつう大物引っぱってきたんだよ」
「あ、どうも。緋勇龍斗です。いつも見てますよ、「どちらのスイーツでSHOW」。いつかは是非チャレンジャーとして参加してみたいものですね」
「は、はは(君が出たら番組が終わるまでチャンピオンになりそうだから企画段階ではねられてるんだよな…口が裂けても言えないけど)」
流石にスイーツ系の番組をしているからか、俺の事は知っているようだった。若い男性で俺の事を知っているのは珍しいんだけどな。TVとかに出ているわけじゃないし。
「おい、龍斗君が合流してからさらに衆目集まってきてるぞ。ヨーコちゃん、出来れば移動しよう」
「そ、そうですね毛利さん。いきましょう!」
――
――ピンポーン!
「あれ?返事がねえな」
「もうみんなが集まってるはずなんだけど…」
(ガチャ…)「お、鍵あいてるじゃ…」
「この…」
「ん?」
「ストーカー野郎―――!!!」
――バキャっ!!
わーお。目当ての部屋の前につき、呼び鈴を鳴らしても反応がなかったので扉の前に立っていた小五郎さんがドアを開けた瞬間、中でテニスラケットを振りかぶった女性が小五郎さんへとそのラケットを振り下ろした。
綺麗に小五郎さんの頭に命中して、ネットを突き破る…って、どんだけの力で振り下ろしたんだ…
「「「「アハハハハっ!」」」」
「ごめんなさいね、毛利さん!わざわざ来ていただいたのにこんな目に遭わせてしまって…」
「いやいや、人気女優の貴女に殴られたなんていい思い出になりますよ!」
「私、最近ストーカーに悩まされててドアの覗き穴から見えた顔が知らない男性だったのでつい…」
まあ、ヨーコさんは俺達が来ることを事前連絡入れてなかったらしいからしょうがない、のか?
「じゃあ、剣崎さんと婚約したヨーコさんの親友って?」
「ええ、そうよ!ちゃんとした結婚式は来年の春!」
「まだマスコミにはオフレコだけどな…」
そう言って剣崎さんの腕に抱きついたのは女優の草野薫さんだ。なるほどね、剣崎さんは婚約祝いの友人ではなくて当事者だったわけか。
「そういえば薫さんって「探偵左文字」で剣崎さんと共演されてますよね?いつも父とコナン君と一緒にオンエア見てます!」
「その通り。今夜あるそのドラマのオンエアを見て、冷やかしながら二人を祝おうってわけ!このミレニアムなゴールデンカップルをね!」
「わっ、岳野ユキだ…!!」
「こりゃまた派手な爪だな、ユキ?」
「カワイイでしょ?このネイル?」
「いやあ、それにしても実に惜しいですな!沖野ヨーコ、草野薫、岳野ユキときてあと一人がいれば四人揃うのに…」
「あら、呼んだ?」
「え?」
「輝美!」
「あら、輝姉も来たのね?」
「ええ。ヨーコがどうしてもって言うから。邪魔だったら帰るけど?」
ん?
「まあまあ、せっかく久しぶりにアース・レディースがそろったんだから!」
俺達より先に到着していたのであろう、リビングから現れたのはマルチタレントの岳野ユキさん。そして小五郎さんの声に呼応するように玄関扉に現れたのは女優の星野輝美さんだ。それにしても、草野さんと星野さんの二人って…?
「…四人合わせて「地球的淑女隊」ってわけだ!」
そう、小五郎さんがヨーコさんに嵌るきっかけとなったアイドルグループの元メンバーなのだ、この四人は。でも確か、この四人って不仲で解散したって話だったはずだよな?星野さんと草野さんの。
「それにしても驚いたわ!四人の中で一番年下の薫が一番最初に結婚するんだなんて!」
「そうね、私もびっくりよ。一番最初に身を固めるのは輝姉だと思ってたから…」
「そういえば輝美、前に好きな人がいるって言ってなかった?」
「そうそう!その彼とはどうなったのよ?告白した?」
「別に、どうもなってないわよ?それに結婚なんかして人生の墓場に入るより、片想いのまま眺めている方が気楽で夢も壊れないしね…」
「ちょ、ちょっと!それどーいう意味よ!?結婚する私に対してのあてつけ!?」
「ちょっと輝美!」
わーお、中々辛辣なことをおっしゃること。うーん、それにしてもフォーマルな格好をしていない普段着の女性芸能人の姿って結構新鮮かも。俺が見る機会がある彼女たちの姿は大体着飾ってるからな。
「それより誰?その子連れのおじさん…あれ?」
「まさか剣崎君のお兄さん?…え?」
「あ…毛利さんに気を取られてたけど貴方、緋勇龍斗じゃない!」
「あ、やっぱり…どこかで見たことがあると思ったら。何、ヨーコが呼んだの?」
「すっご。本物初めて見たかも…」
なーんで、芸能人から珍獣みたいな扱いされなきゃいけんのだ。俺はここにいる経緯を説明した…ん?
「あのぉ、探偵左文字始まってますけどいいんですか?観なくても?」
エプロンをつけた男性がリビングから現れた。そういや、探偵左文字を見ながら冷やかすとか言ってたっけ。そのことを告げられた草野さんは少々声を荒げながらお風呂に行ってしまった。岳野さん曰く、草野さんは自分の出る番組は恥ずかしがって皆と見たがらないそうだ。その間に俺達はリビングに移動して、女性芸能人はなにやらサプライズの準備にかかるようだ。俺?俺はキッチンをお借りして手軽にできる軽食類を作っていた。
そうそう、エプロン姿の男性は間熊篤さんと言って草野さんのマネージャーだそうだ。それにしてもヨーコさんたちのサプライズってアース・レディースの衣装を着て驚かせる計画なのか…画面越しだとそうでもないけど実際に目の当たりにすると結構扇情的な格好だったんだな。小五郎さんの鼻の下伸びっぱなしだし。
――
「緋勇君!はい、君からも何かメッセージお願いね!」
「あ、寄せ書きですか?…俺が最後みたいですね。それにしても皆さん個性的なことで…」
「あはは…輝美もユキもお茶目だから」
ヨーコさんに手渡されたのは草野さんへの寄せ書きの色紙だった。タバコの跡にキスマークに、これは…涙のあと?間熊さんか。やっぱりマネージャーとして傍にいたタレントの門出には感極まっちゃったのかな?
「あれ?間熊さん、薫を呼びに行ったんじゃ?」
「そ、それが何度呼びかけても返事がなくて…」
「もしかしてお風呂でのぼせちゃってるんじゃ…」
「だったら剣崎さん!早く迎えに行ってあげた方がいいんじゃ?」
小五郎さんに言われて剣崎さんは席を立ち、お風呂へと様子を見に行った…なぜか新ちゃんもついて行ったが。
『か、薫!!!?』
剣崎さんの大きな声にリビングにいた全員が風呂場へと向かった…ん?血の匂い?
「ちょっと何よ大きな声だして…」
「「「「か、薫!?」」」」
首からの出血か。俺は事情を把握したと同時にリビングへと戻った。俺が動き出したと同時に間熊さんが草野さんへと動き出したのは気になるが今はとにかく救急箱だな。感覚を広げて…あそこか。リビングにある棚の引き出しを開けると救急箱はなかったが、未開封の包帯やガーゼがあった。よし、タオルで止血するよりかは衛生的だろう。
ガーゼと包帯を持ってリビングを出ると蘭ちゃんが携帯で電話をしていた。救急車を呼んでいるようだった。俺は小走りでその横を通り抜け、風呂場へと戻った。
「間熊さん、落ち着いて!」
どうやら、風呂桶の中で草野さんを抱いて泣いている間熊さんを小五郎さんが落ち着かせているようだった。あまり湯船に浸からせたままなのはよくないんだがな。しゃーない。
「え!?薫?!」
「ひ、緋勇君?!」
俺はその声に答えず、するりと間熊さんの抱擁から彼女を奪い床に座らせて持ってきた包帯とガーゼで止血を行う。その際に患部を観察したが…思ったより深くは切られていないな…これなら十分持つかな。切られて傷ついた血管を合わせるように抑えて…うん、出血が目に見えて弱まったな。
「な、なにを「間熊さん!!」っ!!」
「ただただ泣き叫んで、抱きしめているだけでは彼女の命は流れ落ちてしまうだけです!彼女を救うために今やれることをやりましょう。間熊さんはマンションの一階に下りて外にでて救急隊員の誘導を!剣崎さんは管理人にマンションの玄関のオートロック式の扉をあけっぱなしにしてもらえるようにして下さい!もし居なかったらあなた自身が扉をあけっぱなしになるように壁になって下さい!小五郎さんは一階でエレベーターの扉をあけっぱなしにして救急隊員が円滑にこの28階まで来れるようにしておいて下さい!さあ、早く!」
「お、おう!」
「わ、わかった!」
「……っ!」
男性陣は俺の言った通りの行動をとるために風呂場から出て行った。間熊さんを玄関外に配置したのは…彼が一番錯乱して精神状態が危なかったからだ。だから、救急隊員が一番最初に目に入る位置に配置した。あとはまあ…男性陣に裸を見られないようにという草野さんのアフターケアというか…まあ俺は土下座して謝るさ。
「ひ、緋勇君。私達にも何かできること無いかな?」
「そうですね…ヨーコさんと岳野さんはバスタオルを出して彼女の体に巻いてあげてください。流石に全裸というのは…ね?」
まあ、それだけではないけどね。普通大量出血が起きた場合は四肢の血管が収縮して主要臓器へ血液が行くようにするものだがお風呂に入った状態だと体全体が温まって全身の血管が弛緩したままになってしまう。その為に俺はまず外に出したわけだが。だからと言って全裸でただ体温を下げればいいわけもなく。出来る限り彼女の裸体が目に入らないようにしているが流石に止血の手を止めてまで服を着せられないしね。
「わかったわ!ユキ。そこにあるバスタオルを…!」
「え、ええ。任せて!」
脱衣所にあった衣装ケースからバスタオルを複数枚持った二人が中に入ってきた。
「出来れば体の水をふいてあげてください」
「え、ええ…か、薫こんなに血がいっぱい出て」
「………」
涙ぐみながら真っ青になって体を拭いて行くヨーコさんと黙々と体をふく岳野さん。しまった、ちょっと酷なことだったか…?
「…私は何もしなくてもいいのかしら?」
そう聞いて来たのは、一人脱衣所にいる星野さん。いや、俺が彼女に何も言わなかったのは彼女が一番動揺が少なかったからだ。ヨーコさんも、そしてぱっとみそこまででなさそうな岳野さんもかなり動揺していた。本当は新ちゃんでもいいだが、この役割は彼女に割り振る方が今後の事を考えて適任だろう。
「星野さんには何かメモ帳のようなもので俺の言うことを書きとめてほしいんです。救急隊員に渡すために。彼女たちでは、動揺で手が上手く動きそうにありませんから」
「…わかったわ」
星野さんはそれだけ言うとリビングへと小走りに戻りすぐにメモ帳を持って戻ってきた。
「準備良いわよ」
「それじゃあ。まず、止血開始時間は○×時。切傷部位は頸部××の…」
星野さんは俺のいう事をよどみなくメモを取った。俺が必要な情報を言い終わり、彼女がメモを取り終わったと同時に草野さんの身体にバスタオルが巻き終わった。
「それじゃあ、彼女を廊下まで運びましょう。ここでは救急隊員が来るには狭すぎる」
「で、でもあんまり動かさない方がいいんじゃ?」
「ヨーコさんの言う通り、一般人の方がするのは危険なんですが…詳しくは言えませんが俺には心得があります。ほんの数mでも今やれることをしておくと言うのは重要なことですよ」
「で、でも…」
「ヨーコ!」
「輝美…」
「そのこ、この面子の中で二番目に最年少なのにものすごく冷静に、迅速に対応していたでしょう?大の大人の私達が動揺して立ちすくんでいる中てきぱきと指示を出して、止血までして。だから彼の言うとおりにしましょ」
その言葉に納得したのか、はたまたこのまましていてもいいことがないことに気付いたのかヨーコさんは俺の行く手を阻もうとはしなかった。
俺は彼女の体を慎重に抱え、部屋の玄関まで運んで…お、エレベーターが動いたな。救急隊員が到着したか。これで後は病院で処置してもらうだけだな。
――
間熊さんは草野さんの付添として病院について行き、俺は残った。ふぅ、助かると分かっているけれどちゃんと結果を聞くまでは緊張は解けないな…ベランダに出て黄昏ていると新ちゃんが話しかけてきた。
「なあ、龍斗。彼女、大丈夫なのか?」
「新ちゃん。ああ、結構派手に出血していたみたいだけど。担当医師が切傷部位を拡張でもしない限り助かると思うよ」
「そっか。オメーの目から見てどうだった?彼女の傷は」
「んー、確かにあの血管を傷つけたってことはかなり深く切られているだけど…」
「んだよ?なんか歯切れが悪いな」
「なんというか、ためらい傷?のように感じた、かな。最後の最後で無意識に、心が歯止めをかけたって感じだ」
「…それだとストーカーって線は」
「多分、ないだろうね。そうそう、星野さんと草野さんってそんなに仲が悪いわけではないと思うよ」
「え?」
一応さっき感覚開放したときに気付いたんだけど岳野さんの親指から微かに草野さんの血液の香りがした…風呂場に入る前にもかかわらず、だ。だけど、彼女自身もかなり参っているようだし、これは俺がどうこう言うより新ちゃんに任せた方がいいのかもしれないな。人間関係のうち、草野さんと星野さんの中が悪くないという事が新ちゃんの推理に役に立つといいけど。
「ねえ…」
「ん?ああ、星野さん」
「その、ありがとうね。薫の事」
「いえ。出来うる限りの事をするのは当然ですから」
「そう。でも一つ聞きたいことがあるのよ」
「ええ。どうぞ」
「…貴方、あの三人の中で一番動揺してないと言った。私ってそんなに冷徹に見える?」
新ちゃんと入れ替わるように俺に話しかけてきたのは星野さんだ…というか、そのアースレディースの衣装のまんまなのね。
「貴女の事、冷徹だなんて思っていませんよ。ただ、三人の中で一番動揺が少なかったってだけで。まあそれも、90と100の違い程度ですけど。ただ他の人と違ってそれが表に出ない…というより、出ないように努められるのが貴女だったってだけです。だって今、ほら…」
そう指差したのは、ベランダに出たことでタバコに火をつけようとしたライターを持つ右手。その右手はかすかに震えていた。
「…ふう。それなら、ヨーコはともかくユキはどうなのよ?それとなんでそんなにわかるのかって聞いてもいいかしら?」
「まあ職業柄ってことで。岳野さんは、彼女が実は一番動揺していましたよ。ヨーコさん以上に…俺も聞いていいですか?俺、小五郎さんの影響で皆さんの事を知っていたんですが…」
俺がリビングでヨーコさんを慰めている小五郎さんを見る。星野さんもつられてリビングに目をやった。
「確か、解散の理由は不仲…おそらく草野さんと星野さんだと思います。でも、今日星野さんが来た時のやり取りから不仲特有の嫌悪感のようなものを感じませんでした。なんというか、じゃれ合ってるというのがしっくりくる表現ですね」
「…ほんと、初対面の子にそこまで見抜かれちゃうなんて。女優廃業しようかしら?」
「あはは、これでもそう言う機微を見抜く訓練は星野さんの芸能活動歴より長くしてますから」
そこから教えてもらったのはアース・レディースの解散秘話。四人での活動に限界を感じて草野さんと二人で一芝居をうったそうだ。岳野さんとヨーコさんは続けたがっていたそうで、あの二人には内緒にしておいてと言われた。うーん、この事はあまり事件には関係なさそうかな?
――
…なーんで、一日に二回も応急手当てしないといけないのかね。いや、これは俺の見通しの甘さか。新ちゃんに丸投げしてしまっていたから安心していたが、躊躇ってしまうということは今回の場合草野さんへ深い情を持っていたという事。そんな彼女を傷つけた岳野さんが自殺すると言う可能性は十分にあった。俺は警察(目暮警部だった)がきてもベランダにいたが、草野さんの手術が無事に住んだという連絡があった後岳野さんがキッチンに入りその後を新ちゃんが追った。耳をすまして二人の様子をうかがっていると岳野さんが倒れたようで俺は慌ててキッチンに入った。
そして俺の目に飛び込んできたのはスティックシュガーを開けている新ちゃんの姿だった。
「コナン君、彼女は!?」
「血糖降下薬を飲んだみたいだ!」
おいおい、てことは低血糖性意識障害かいな。それならさっき調理したときに見つけた…あった!
「それならこっちの方がいいでしょ!」
「ブドウ糖か!!サンキュー!!」
草野さんがなぜか買っていたブドウ糖を新ちゃんに渡すと、スティックシュガーを放り投げブドウ糖を手に取り彼女の口内に擦り付けはじめた。
「おい、どうした!?」
「オジサン、ユキさんが間違って糖尿病の薬飲んじゃったみたいなんだ!」
「んだと!?」
……間違って?新ちゃんの方を見ると俺に対して黙っていろと目線で訴えていた。なるほどね、そういう風にする方がいいと判断したのか。なら、今は従うよ。あとでちゃんと説明してもらうけどね?
おっと、運ばれていく岳野さんに近づきこれ以上インスリンが分泌されないように膵臓に弱めのノッキングを行い。そうして、アイドルの家で遭遇した事件は幕を閉じた。
――
結局、岳野さんも無事目を覚まし逮捕もされることもなく草野さんと和解したそうだ。と、いうか死に掛けたのに自分が悪いと言える草野さんと、岳野さんの関係って俺が思っていた以上に深い関係だったんだなあ。俺は事件の詳しい話を聞くために博士の家に遊びに来ていた新ちゃんを見ながら…
「…ん?なんだよ、龍斗」
「もし、新ちゃんを俺が殺そうとしたらどうする?」
「はあ!?なんだそりゃ」
「例えだよ、たとえ」
「んなこと、ありえねえけど…まあ、まずは考えるな」
「考える?」
「ああ。龍斗がそうしなくちゃならなくなった理由をな。オメーがその手段に出るってことはかなり八方ふさがりの状況に追い込まれてるってこった。ならそれを読み取って」
「読み取って?」
「その原因をぶっ潰す。命をただ奪う事を最も嫌悪している龍斗をそこまで追い込むなんて俺は許せねえからな!」
そう言って笑った新ちゃんの笑顔は俺にとても尊いものに写った。
後書き
頸部切傷の応急処置の正確な情報が見つからなかったので適当になってます。信用しないでください。四肢の場合は患部を心臓より上にして、心臓に近い部分で止血帯で縛るなどありますが…頸部は座らせるといいと言うのがどこかで見ました。正しいかはわかりません。
糖尿病治療薬の低血糖症状の応急手当は、飲んだ薬にもよりますが一番はブドウ糖の摂取を促す事ですね(次点で砂糖。ただ薬の種類によっては砂糖だと意味ない場合があります)。意識がない場合は歯ぐきと唇の間に塗りつけます。
風呂場での有無を言わせない役割分担は友人のピンチをただ見届けるより、何かしらの役割を強制的にも与えた方が心理的負担が減るだろうという龍斗の配慮でした。あ、寄せ書きに書いたのは「披露宴には是非ご依頼を!」でした。
多分、高木刑事との初邂逅でしたがまさかの会話なし。ここで顔見知りになっている事は後の事件でもその体で接してきます。
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