渦巻く滄海 紅き空 【下】
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十 操演の幕開け
最初につくったのは、父と母だった。
赤砂のサソリ。
そう呼ばれるようになったのはいつからだったか。
砂隠れの天才造形師と謳われるようになったのはいつだったか。
人を待つのも、待たせるのも嫌いになったのはいつからだったか。
サソリが傀儡つくりに熱中するようになったきっかけ。
両親を『木ノ葉の白い牙』に殺され、チヨに待つように諭され、死者の帰りをひたすら待った幼少期。
それが全ての始まりだった。
影が落ちる。
いくつもの影が天から降ってくる。
それは徐々に人の形をかたどって、やがてサソリの周りを取り囲む。
その数。
およそ、百。
「数で圧すつもりかの…」
洞窟を埋め尽くすサソリの傀儡人形に、引き攣った表情を浮かべたチヨは、しかしながら至極真っ当な事を指摘した。
「そんな多くの傀儡を一人で操るには荷が重いじゃろうて」
「フッ…そうでもないぜ?」
黒衣の胸元から膨大なチャクラ糸を人知れず放出しながら、サソリは口角を吊り上げる。
そうして、洞窟の外である鳥居の向こうに、彼は眼を凝らした。
我愛羅を囮にしたデイダラを、九尾の人柱力の波風ナルと、はたけカカシが追っている。
その後を追い駆けなければいけない。よってサソリはこんな所で足止めを喰らうわけにはいかなかった。
「さっさとそこをどいてもらおう。デイダラに先を越されるわけにはいかないんでな…」
「見た目同様、せっかちなのは変わらんな…」
チヨの手元を離れた時から年を取っていないサソリ。
変わらないその姿に、同じ傀儡師であるチヨは、サソリが何故若いままなのかという理由にすぐ思い当った。
自らを人傀儡に改造した孫を見るその瞳に、一瞬憐憫の情が掠める。
だが直後、自分も人のことは言えまい、と己の腕を見下ろして、チヨは自嘲した。
「じゃがお前はもっと用心深い子だったと思うが?いきなり奥の手を出すとは…サソリ、お前らしくもない」
【赤秘技・百機の操演】。
一国を落としたとされる傀儡人形。
おそらく彼にとっては最大のカラクリであろう奥義を最初から披露してきたサソリに、チヨは訝しげに訊ねる。
自ら禁じていた術【白秘技・十機近松の集】の十体の傀儡人形を解放しながら、警戒心を露わに、彼女は問うた。
「急を要するからに決まってるだろーが。早くしねぇとデイダラが九尾の人柱力と……」
チヨの質問に、何を言っているとばかりに、サソリは肩を竦めた。
「コピー忍者…『木ノ葉の白い牙』の息子を殺しちまうだろうが」
サソリの発言に、チヨはハッ、と眼を見開く。
砂隠れに応援としてカカシが来訪した際も、彼女自身、『木ノ葉の白い牙』と見間違えた。
それほど似ている為に、血の繋がりがあるとは一目瞭然。
よって、『写輪眼のカカシ』や『コピー忍者』として有名なはたけカカシが『木ノ葉の白い牙』の息子だと判断するのは実に容易い。
だが、まさかあのサソリがその点に注目するとは思ってもみなかった。
「チヨ婆よぉ…確かに俺は血の繋がりだとか家族だとか、そういったものには興味はねぇ……────だがな」
砂隠れにいた当時のサソリは天才造形師と謳われ、優れた傀儡を数多くその手で生み出した。
だが一方で、己の芸術として、心血を注いだのが『人傀儡』。
傀儡にした人をコレクションし、芸術作品の一つとする事が、サソリにとっての『永久の美』であった。
何故なら傀儡にした相手は、朽ちない。寿命に縛られない。
死なない。
いくらでも作り直せる。
待つことも待たされることもない。
幼いあの日、『木ノ葉の白い牙』に殺された父と母を、いつまでもいつまでも待ち続けることもない。
「つくった人形には思い入れがあるんだよ」
幼少期が原因で、人を待つのも待たせるのも嫌いになったサソリは、己がこうなった理由は『木ノ葉の白い牙』だと考えた。
故に、その息子であるはたけカカシには、それ相応の報復をするつもりだった。
自分で操った父と母に抱かれたところで、返事は返ってこない。温もりなどない。
所詮、偽りの肉親。されど、サソリにとって始まりの傀儡。
よって自らがつくった傀儡を、多少なりともサソリは心にかけていた。
どんな事態が起こるか判り得ぬ戦場やその場に応じて、人形への思い入れが浅いか深いかは、変わるだろう。
だが、今ここにカカシがいるのならば、良い機会だとサソリは眼を細める。
砂隠れの里から我愛羅を連れ戻しに、洞窟にまで追い駆けてきた追っ手。
サソリが注視していたのはチヨではなく、カカシのほうだったのである。
「俺としては…チヨ婆。アンタがあの『木ノ葉の白い牙』の息子と同行していた事に驚きだがな。なんとも思わないのか?」
「……子どもに罪はない」
「どうだか…。なんにせよ、傀儡にするにも質が良さそうだ。うちは一族でもないのにあの【写輪眼】を保持していると、大蛇丸が散々訝しがっていたからな」
人形は数を増やせばいいわけではない。現在発動している【赤秘技・百機の操演】は確かに数の暴力といったものがあるとは認める。
だがコレクションするなら量より質に注目する。
よって、何か特殊な能力を持っている人間を傀儡にするのが良い。
「『木ノ葉の白い牙』の息子である『写輪眼のカカシ』を殺せば、仇を討ち、優れた傀儡人形の器も手に入る。一石二鳥だ」
その上、九尾の人柱力まで手に入れられたら言う事ないのだがな、とサソリは悪びれもなく言い放つ。
父の罪はその子どもであるカカシには関係ないことだ、とチヨが反論したところで、聞く耳を持たない。
「…………黙って聞いてりゃ、好き放題ベラベラ言ってくれちゃって…でもおかげで良い事を聞いたわ~…」
サソリの話を黙って聞いていたいのは、湧き立つ怒りを全力で抑えた。
できるだけ冷静になることを努め、静かに口を開く。
「アナタ、今、『大蛇丸』って言ったわね」
「ああ…。アイツとは昔、組んでたからな」
かつて、『暁』でパートナーだった大蛇丸の事を訊ねられ、サソリは怪訝な表情を浮かべつつも答えてやる。
その返答に、いのは眼光を鋭くさせた。
「────なら、色々と聞きたいことがあるわ」
木ノ葉の里を抜け、大蛇丸の下へ行ってしまった、うちはサスケ…そして春野サクラ。
想い人と親友の居場所を知る為に、いのはサソリを鋭く睨み据える。
いのの急激な感情の高ぶりに、サソリは首を傾げつつも、己の目的を改めて告げた。
「あいにくだったな。俺はさっさとお前らを片付けて、さっきの奴らを追い駆けないといけない。早くしねぇと、せっかくの傀儡人形の器をデイダラが爆死しかねないからな」
人間の死体からつくる人傀儡。傷一つでもつけられたら、堪ったものじゃない。
特にデイダラの攻撃は爆発だ。欠片も残らないほどバラバラにされてもらっては困る。
「人を待たせるのは嫌いなもんでね。質問に答えている時間はない。答えてやる義理もねぇしな」
九尾の人柱力はノルマなので、自分の判断で勝手に傀儡には出来ないだろうが、九尾を抜いた後なら交渉してみてもいいだろう。
なんせ、あのナルトに似た相貌だ。傀儡人形としてコレクションするのも悪くない。
そして『木ノ葉の白い牙』の息子である『写輪眼のカカシ』も良い人傀儡になるだろう。
「コピー忍者と九尾の人柱力……後者は『暁』の意向がどうかわからねぇが、前者は俺のコレクションの一体に加えても構わないだろうよ」
言外にナルとカカシを殺すと告げるサソリに、いのは抑えていた怒りを解放する。
洞窟の外にある鳥居を背に、彼女は吼えた。
「そんなことさせない…!許さない…!!」
「威勢が良いな、小娘。この数を前に、何をどう許さないって?」
圧倒的な傀儡人形を従わせ、サソリはいのを鼻で嗤う。
傀儡使いは使える人形の数でその者の能力を量れるとされる。
指の数と同じ十体の傀儡を同時に操る、チヨ婆極意の指の数。
城一つを落としたほどの攻撃力を誇る故にチヨ自らが禁じていた傀儡衆【白秘技・十機近松の集】だ。
だがその十倍の数をも保持している己の【赤秘技・百機の操演】を前にしては、たとえその禁じられた技でさえ霞んでしまうだろう。
己の勝利を確信し、冷笑するサソリに、いのは身構えた。
「勝負は数じゃない」
チヨがいのに囁く。チャクラ糸を結んで、いのを傀儡人形と同じく操ってくれるらしいチヨに、いのは囁き返した。
「チヨ婆様。申し訳ないですけど、私を操り続けてくださいね」
「わかっておる」
ぐっと腰を落としたいのに、チヨは頷く。
サソリの攻撃を回避するには、自分の補助が必要だろう。
いのが地を蹴ったのと、チヨが指を構えるのを、サソリは見下した。
無駄な足掻きを、と嘲笑する。
「たった二人で何ができる…!!」
瞬間、百体もの傀儡が一斉に、チヨといのに向かって襲い掛かる。
数多の傀儡の猛攻撃に、無駄のない動きで傀儡を操るチヨに、内心、称賛しつつ、サソリはいのに視線を向けた。
二人が自分の傀儡の数を減らす一方、サソリがいのを狙うのは至極当然。
その後、チヨに攻撃を集中させ、さっさと操演を終わらせてやる。
(まずはコイツから…)
攻撃の矛先をいのに集中させる。サソリに従い、傀儡人形がいの一人に殺到した。
怒涛の攻撃がいのひとりに襲い掛かる。
「…いの!!」
白煙が立ち昇る。
いくら自分がチャクラ糸で操っているとは言え、既に【白秘技・十機近松の集】を操っている身。
チヨは己の指をくいっと引っ張り、いのの身体と繋がっているか確認する。
手ごたえを感じ、ほっとする反面、今のサソリの攻撃をかわし切ったいのに、内心舌を巻いた。
(自らでも見極めないと、サソリの攻撃は回避し切れん…大した小娘だ)
白煙が晴れた向こうで、いのの無事な姿を認め、胸を撫で下ろすチヨに反して、サソリは眉を顰めた。
(なんだ…?)
今の攻撃は確実に、いのに命中したはずだ。
だが、掠り傷一つないいのの姿に、サソリは一瞬違和感を覚える。
もう一度、改めて攻撃しようとした彼はハッ、と身を翻す。
「よそ見している場合かのぉ!!」
チヨの傀儡人形の攻撃。
いつの間にか間近にまで接近していた傀儡を、サソリは冷ややかに見やった。
自分の傀儡で容易にチヨの攻撃を受ける。
そのままチヨの人形を破壊しようとしたが、すんでのところで後退した白秘技の一体に、サソリはチッと舌打ちした。
傀儡師同士の壮絶な戦闘。
その片隅で、いのは人知れず、だが着実に、傀儡人形の数を減らしていく。
サソリが操る数多の傀儡人形。
それらを前に、彼女の脳裏には、先ほどサソリがなにげなく口にした人物の名が強く反響していた。
(大蛇丸…)
サスケくんとサクラに近づく為には、大蛇丸の情報を得る必要がある。
やっと見つけた手がかりを、みすみす見逃すわけにはいかない。
(────絶対聞き出してみせる…ッ!)
大蛇丸に関する情報をサソリから得る。
サスケとサクラ────二人の情報を手に入れる為に。
「待てってばよ!!」
我愛羅を囮に、ナルを誘き寄せる事に成功したデイダラは背後を振り返った。
確実に自分の後ろを追い駆けている九尾の人柱力に、満足気に頷く。
同時に、サソリがいるであろう洞窟から爆発音が聞こえる。
遠目でその白煙を認めたデイダラは肩を竦めて、心の中でサソリに謝罪した。
(悪いな…サソリの旦那)
あの暴れっぷりだと、おそらく自分を追い駆ける為に、さっさと片付けようとしているに違いないサソリを思い浮かべ、デイダラは苦笑する。
だが、こんな機会なかなか無い。
サソリに譲る気など更々無いデイダラは、ちらりと横目でカカシのほうを見やった。
「それにしても…やっぱり邪魔だな」
九尾の人柱力を捕まえるには、コピー忍者は邪魔なだけだ。
先にカカシを始末しようと考えるデイダラは知らない。
『木ノ葉の白い牙』の息子であるカカシも、サソリのターゲットである事を。
爆死なんてさせたら、後でサソリからどれだけ苦情を言われるかなどとはそ知らず、デイダラは起爆粘土を練った。
ナルとカカシを引き離す為に、蜘蛛型の粘土を鳥から落とす。
直後、真下から聞こえてきた爆発音。
下を覗き込んだデイダラは口許に苦笑を湛えた。
「流石にコピー忍者相手には起爆粘土一つじゃお粗末だったな、うん」
無事なカカシの姿に肩を竦め、今度は多数の蜘蛛型粘土を墜落させる。
助走をつけての突破を防ぎ、対象に張り付いて爆発するタイプの起爆粘土。
後ろへ下がる際は一定距離を保ち、たとえ振り切っても、ジャンプして対象に追いつく。
カカシに上手く蜘蛛が張り付いて爆発したのを見届けて、デイダラは旋回した。
「カカシ先生…?」
後ろから聞こえる爆発音。
追い駆けているはずのカカシの身に何か起こったのか。
どうしたのかと、ナルは背後を振り返った。
途端、鳥の羽ばたく音に、ハッ、と空を振り仰ぐ。
「やっと…二人きりになれたな、うん」
頭上から落ちてきた影。
自分を強く睨み据えるナルに、デイダラは不敵な笑みを浮かべてみせた。
圧倒的な人形の数の差。
だが、チヨが気を抜いてはいけない相手だとは、サソリとて理解していた。
だから、上手く誘導し、チヨと彼女が操る【白秘技・十機近松の集】の十体の傀儡人形を引き離す。
そして隙をついて、チヨに向かってサソリは傀儡人形を殺到させた。
「しま…ッ!!」
目の前の傀儡に気を取られていたチヨは、頭上から迫り来る人形に身を強張らせる。
慌てて白秘技の人形を呼び戻すが、それより速く、サソリは傀儡を操った。
「おせぇよ…────ソォラァ!!」
刹那、サソリは背後から迫る傀儡に気づき、反射的に反応した。
チヨの白秘技の一体かと視線を奔らせたサソリは、身を翻し様に、眼を見開く。
回避しつつも思いも寄らない人形の姿に、彼は眉を顰めた。
(…どういうことだ…?)
今、自分に攻撃してきたのは、サソリの傀儡【赤秘技・百機の操演】。
その百体の内の、一体だった。
後書き
いのがチヨ婆様に頼っているように見えますが、そんなことないので、ご容赦ください。
チヨ婆様は反応したのに、サソリが反応しなかったのがちょっと気になったので…カカシ先生ごめんなさい(汗)
また、随分前に書いた駄文ですが、「渦巻く滄海 紅き空」の没作品をpixivのみ公開中です。
「没・忍法帖」という題名での映画ネタです。
本編に全く関係なく、設定もまだあやふやな時に書いた駄作ですが、興味のある方はどうぞご覧ください〜!
次回もよろしくお願いします!
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