渦巻く滄海 紅き空 【下】
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九 傀儡師
「―――とっくの昔に…引退したと聞いていたんだがな…」
肩を落とすだけでなく、全身で溜息をつく。
我愛羅を使い、九尾の人柱力を誘い出したデイダラを洞窟の中から睨んだサソリは、改めて懐かしい顔を見据えた。
サソリの実の祖母であるチヨ。
引退の身故、戦線には出てこないだろうと、考えていたチヨとまさかの再会を果たし、聊か動揺していたものの、その顔に感情めいたモノなど微塵も浮かばせない。
表情に一切出さないサソリの強い眼光に、いのの足が無意識に後退した。
己より遥かに、実戦経験の差と人を殺してきた数が桁違いだと悟る。
「急に孫の顔が見たくなってな…」
懐かしげに眼を細めたチヨは、ゆっくり前へ進み出る。
たじろぐいのに「怖れるな。このワシに任せろ」と、力強く頷いてみせる。
老いて猶、頼りになるその背中を、いのは尊敬の意を込めて見つめた。
サソリと対峙したチヨがおもむろにクナイを取り出す。
ワイヤーで繋がれているかのような九本のクナイ。それらは重力に逆らい、宙に漂っている。
それらをチヨは一斉に解き放った。
引き寄せられるようにクナイはサソリ目掛けて飛び掛かる。
軌道を読んで、サソリはそのクナイを難なく全て叩き落した。
「俺に盾突こうってなら仕方ねぇ…」
面倒くさげに溜息を再度ついて、サソリは自ら服を破いてみせる。以前とは異なる形態を見せつけ、サソリは尾で地面を強かに叩いた。
「そこの餓鬼と一緒に俺のコレクションにしてやろう、チヨ婆よ」
昔の自分では無いと、己の力量を示すかのように。
粘土の巨鳥が翼を広げる。
空で旋回する鳥に乗ったデイダラは、眼下の二人を見下ろした。巨鳥の口がパカリと開き、我愛羅の足が垣間見える。
我愛羅を囮に、九尾の人柱力を誘い出す事に成功したデイダラは、自分を追ってくるナルを満足げに見下ろし、直後、チッと舌打ちした。
九尾の人柱力であるナルだけでなく、はたけカカシまで追い駆けてきた事に、面倒くさげに溜息をつく。
洞窟内に視線をやって、デイダラは「いいのか?俺なんか相手にしてて」とカカシに向かって、諭すような物言いで注意した。
「写輪眼のカカシ先生よぉ…うん?」
ナルと共に洞窟から出てきたカカシ。チヨといのを洞窟に残して来た彼を非難する。
「言っちゃぁ、なんだがサソリの旦那は俺より強いぜ?」
たぶんな、と付け加えつつ、デイダラは洞窟にいるサソリの強さを暗に指摘する。
チヨといの。二人だけでは到底太刀打ち出来ぬ相手だと。
「芸術に関する考えはだいぶ違うが、旦那の強さは本物だ。そっちを相手にした方がいいと思うがな…」
九尾の人柱力を捕まえたい故に、デイダラは邪魔なカカシをその場に留まらせようと促す。
巨鳥の口にくわえさせた我愛羅を取り戻そうと、怒りに満ちた表情で己を睨むナルを、デイダラはちらりと見遣った。
洞窟前の紅い鳥居の上に佇む九尾の人柱力は、金色の長い髪をなびかせて、デイダラを真っ直ぐに睨む据えている。
その容姿はナルトに似通っていたが、瞳の色だけは違っていた。
炎の如く真っ赤に燃える赤。
(ナル坊とは眼の色が違うな、うん)
やはりナルトとは似ていない、と結論づけて、デイダラはナルを挑発する。
「可哀想な嫌われ者の人柱力同士、放っておけない?だからコイツを取り返そうと必死なわけか?うん?」
紅い鳥居の上。
ナルの頭上を旋回しながら、デイダラは巨鳥にくわえさせた我愛羅をこれ見よがしに見せつける。
「人柱力は根暗で人嫌いなヤツが多いと聞くが…お前は変わってるな、うん」
失くした片腕の裾を棚引かせて、デイダラは口許に弧を描いた。
わざと声を張り上げる。
「我愛羅は死んだ!!」
尾獣を抜かれた人柱力は死に至るのは当然。その上、あのナルトが一尾を抜いたのだ。
現に、鳥の口の中で、我愛羅は身動ぎ一つしない。息をしていない。心臓も動いてやしない。
「安心しろ、うん」
寸前の顔とは打って変わって、にこりとデイダラは笑顔を浮かべる。口許に湛えるそれは、気遣っているかのような穏やかな笑みだ。
だが、その口からもたらされる言葉は酷く辛辣で冷たいモノだった。
「―――直に、お前もそうなる」
傀儡使いは後ろで糸を操るのが定石。
何故なら、傀儡を操る時、隙が生じやすいからだ。遠距離戦を得意とする傀儡使いは、反面、接近戦に弱いのが通常。
それを克服する為に生み出されたのが、現在のサソリの姿。
傀儡人形『ヒルコ』だ。
本体である傀儡使いは、内から人形を操り、傀儡は術者の鎧とも、そして武器ともなる。
つまり、まずは攻防一体の傀儡『ヒルコ』から、本体であるサソリ自身を引きずり出さなければならない。
実戦経験はこの場で一番多いチヨは、用心深く此方を窺うサソリに、ふ、と口許を緩める。
待つのも待たせるのも嫌いなサソリが迂闊に手を出してこない。
昔からの性格は変わっておらんな、と思いつつ、チヨはいのに耳打ちする。自分に聞こえぬよう小声で囁くチヨを、サソリは訝しげに遠目で見遣って、やがて高らかに嗤った。
「喜べ!貴様らで、俺の芸術はちょうど三百体となる」
今まで人傀儡にしてきたコレクションを自慢するかのように、冷笑する。
(できることなら坊を記念すべき三百体目にしたかったが…まぁいい)
もっと特別な機会にナルトを己の芸術作品にしようと勝手に決めたサソリは、何やら自分を倒す手立てを模索しているらしき二人の動きを注視する。
やがて、真正面から突っ込んできたいのに、呆れ返ったサソリは攻撃態勢を取ろうとして、自由に動かぬ我が身に、顔を強張らせた。
「なに…!?」
ハッ、と我に返ったサソリは、直後、チヨの先制攻撃であるクナイの意図を悟った。
「婆、てめぇ……ッ」
だが、その瞬間、いのの拳が迫り来る。
咄嗟の判断で『ヒルコ』から抜け出たサソリは、案の定、バラバラに砕かれた傀儡に、チッと舌打ちした。
カラカラカラ、と乾いた音を立てて地面に転がる『ヒルコ』の傍ら、黒のフードで顔を隠したサソリは「流石だな、チヨ婆…」とチヨを称賛する。
九本のクナイで攻撃した際、チヨはクナイについていたチャクラ糸を『ヒルコ』につけ直したのだ。
叩き落したのが仇となり、逆に己の得物である傀儡人形をチャクラ糸で全身に結んだチヨを、サソリは黒のフードの陰で見据えた。
「傀儡遊びを俺に叩きこんだだけはある…」
「…もう終わりじゃ。傀儡遊びも……そしてサソリ――お前も」
サソリの傀儡人形『ヒルコ』のコントロールを奪ったチヨは、指に結んだチャクラ糸を眼前に掲げた。
己の武器であり、鎧であった『ヒルコ』がチヨの命令で、バラバラに砕かれても猶、サソリに襲い掛かってくる。
「さァて…」
だが、それより速く、サソリは『ヒルコ』を何の未練も無く、粉砕した。
「そう、うまくいくかな?」
空中分解した傀儡人形の中、サソリは黒のフードを脱ぎ捨てた。
愕然と眼を見開くチヨを、愉快げに眺める。
そうして、厳重に紐で結わえた巻物を取り出し、彼は最初から手の内をさらけ出した。
圧倒的力で、相手を叩きのめす為に。
「婆相手に出し惜しみはしねぇ」
百体もの傀儡人形を従えて、サソリは嗤った。
「始まってすぐで悪いが、終演にしよう」
二十年前、砂隠れの里を抜けた当時のまま。
若々しい十五歳の容姿で、サソリは優雅に、それでいて不敵に微笑んでみせた。
「チヨ婆さまよぉ……?」
後書き
お待たせしました!
短くて申し訳ございません。また原作と変わり映えしなくて(最後以外)本当にすみませんが、これから微妙に違ってきますので、ご容赦ください!!
これからもどうぞよろしくお願い致します!!
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